life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「象られた力」(著:飛 浩隆)

2017-02-23 22:30:44 | 【書物】1点集中型
 寡作の人であるらしいが、何やらとても魅力的な作品を書いているらしい、と知ってまずは中編集から。というか、図書館にも全部は入っていなかったというのもあるのだが。

 巻頭の「デュオ」で早速、SFとしてもサスペンスとしてもちょっと予想していなかった角度からの衝撃を受けた。体が一つになっている双子の天才ピアニストと、そのサポートを請け負う調律師。双子の中にある、身体的特徴だけではない秘密が少しずつ明らかになっていき、「もう一人」との密かな戦いが始まる。命のあるところ、命をかたちづくるものとは何か、というSFらしいテーマをユニークに照らし出す物語だと思う。これだけで一気に作品世界に惹き込まれた。
 これはいわゆる普通の世界の中に異物的な要素を置くことによって転回される物語だけれども、表題作は逆にユニークな世界観によって展開される物語。この世界観がまたすばらしかった。象徴としての図形が人の心に与える影響は確かに存在するわけで、それを物語世界の中で人の生活により密接なものとして置くことによって「もの」と「かたち」の関係、さらにそれらを繋ぐ「ちから」を突き詰めていく。その集大成としての週末の場面には、「幼年期の終り」のような雰囲気も感じつつ。

 そのほか、「呪界のほとり」はユーモアあるキャラクターの会話が面白い。老人の冗談に紛らわせた種明かしも、SFならではの洒落がきいていると思う。「夜と泥の」は何といっても空気感だろう。東南アジアの湿度の高い熱帯を思わせるような、ねっとりした夜と沼のざわめき、少女の「亡霊」ともいえる「残像」。その「残像」を中心にした生態系が築かれ、そこにはやはり人の命のあり方の可能性が描かれている。
 総じて、切り口のアイディアに気持ちよく驚かされるものばかり。他の作品もぜひ読みたいと思わせてくれる1冊だった。……ので、図書館に「自生の夢」も入れてほしい。あと他の文庫も……。←買えよ

「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」(著:二宮 敦人)

2017-02-16 21:16:02 | 【書物】1点集中型
 上野で何かの展覧会ついでに一度、日本画の学生作品展をやっていて立ち寄ったことがある。私などの目から見るとどの作品もただただすごくて、意味もなく「これが藝大かあ」と圧倒されたことを覚えている。そんな作品のためにどんな風に学ぶのか知りたくて読んでみた。

 「美校」と「音校」の文化の違いは理屈としては何となくわかっていたけど、中身を見ると想像以上。学生時代からプロ活動が当たり前な音校の話からは、美校以上に幼年時からの取り組みがモノを言う、まさにその世界の道がどういうものなのか知ることができた。極端な話、楽器を弾くためには洗い物もしないような生活になるとか。美校は美校で、教授からして時間にルーズな傾向とか(笑)。金工をやる人なら、自分で使う素材のために金相場を常にチェックしているとか……作品にかかる費用を自分で捻出しなければならないと考えると、何をやるにしてもかなり大変だろうと思われる。もしかしたらある程度なら予算は組まれているのかもしれないけど、そうだったとしても国立だからさほど出ないだろうし……(そのへんまではわからなかった)
 学びの場として美術と音楽に分かれてはいるけれど、学生たちは自由に互いの領域を組み合わせる活動に取り組んでもいる。互いの作品に手を貸し合うことはもちろんだし、文化として美術が歩んできた道の傍らにあった音楽であったり、音楽を形として残すため、あるいは音楽の世界を視覚からも表現するための美術であったり。そういう話を知ると、やはり芸術表現のもつ可能性を無条件に信じたくなる。

 結果、当然というべきか、院どころか学部からして「学ぶ」よりも「研究する」に近い場で、「やりたいこと」がないと普通の大学以上に全く何もできない場だとよくわかった。卒業後が必ずしも安泰な世界ではないし、「好きだから」これしかないと思って取り組む人もいれば、好き嫌い以前に「腐れ縁」のような離れられなさを感じて取り組んでいる人々いる。卒業を機に、すっぱりとその世界を離れる人もいる。
 そして、こうした人たちによって今は想像もできない新しい世界が生み出されるであろうことに対しての、大きな期待も感じる。苦しいような、しかしやっぱり眩しい世界でもある。自分にはできないことを、切り拓けなかった世界を進む人々がいる。変人万歳、である(笑)。鞴祭、いつか行ってみたいなぁ。

「暗殺者の反撃(上)(下)」(著:マーク・グリーニー/訳:伏見 威蕃)

2017-02-14 20:03:55 | 【書物】1点集中型
 久々の「グレイマン」シリーズ、かつての所属CIAに追われながらも、いよいよ本国アメリカへ帰ってきたジェントリー。シリーズの核心である、何故ジェントリーが抹殺されるために追われなければならないのか、その謎を巡る闘いの幕が開く。

 NCS(国家秘密対策本部)のトップであるカーマイケルがジェントリーのターゲットであるが、このカーマイケルがいっそ笑えるくらいどこまでも悪役なのがアメリカ風である。陰謀を一人胸に秘したまま、辣腕の女性局員スーザンを起用し、果てはサウジアラビアの情報部とも密かに手を組み、難としても秘密裏にジェントリーを葬ろうと行動を開始する。
 カーマイケルはさらに、懐かしい人物を黄泉の国から呼び戻す。かつてのジェントリーのチームを率いたザック・ハイタワーである。前作から間が空いてしまったので細かいところをすっかり忘れており、ザックって死んでたんだっけ、とか今さら思い返した次第(笑)。相変わらずの軽口を叩き、露悪的にも見える様子が「正義の味方」なジェントリーといい感じに対照的で際立っている。
 ジェントリーはジェントリーで、ほとんど身ひとつでアメリカに戻ってきながらなんとかカーマイケルのもとに辿り着こうと一人、作戦を計画し進めていくのだが、その過程で悉く濡れ衣を着せられることになる。そして図らずもそれらの事件を追うことになった敏腕調査報道記者キャサリン、ジェントリーの属していたチームを運用する立場にあったマット・ハンリーといった人々が、少しずつジェントリーに情報を提供する形にもなり、ついにはザックもジェントリーを手助けする立場になる。

 後半は、ジェントリーにとっては図らずもだが、キャサリンを介してカーマイケルとぎりぎりの駆け引きが始まる。追いt追われつの中で初めて明かされたジェントリーの家族エピソードが新鮮だったし、視線を交わす父親の思い、あのさりげなさもかっこいいし、泣かせる。
 で、肝心のカーマイケルとの決着もただの決着ではなく、ジェントリーの面目を保つどんでん返し。ちょっとご都合主義気味かと思いつつも(笑)なるほどそう来ましたか、と思わずニヤニヤしてしまう。そもそものジェントリーの不死身っぷりがここに生きている感じかなー。

 おかげさまで、シリーズ初ではないか? と思うくらいすべてが丸く収まった、後ろ髪引かれることのない大団円。今後のジェントリーは、まさに誰に恥じることなく正義の味方になるってことですかね。ザックとのコンビもまた見てみたいものである。
 まあ、ジェントリーはあくまでも一匹狼な性質を隠さないので、ザックからしたらツンデレというか(笑)。ジェントリーとザックのノリが組み合わさると一種の凸凹コンビみたいな感じで、それはそれでちょっと笑いも誘われる。なんだかんだ言ってザック、いい奴だなー! とか(笑)。というか、老眼鏡をかけるような歳なのか……とか、今さら。戦闘能力が全然変わってないのでその辺の違和感もまた面白かったり。
 というわけで、相変わらずサクサク楽しく読めた。章展開がスピーディで、話が多少入り組んでいてもリズムで読んでいける読みやすさも魅力かな。