life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「フランクを始末するには」(著:アントニー・マン/訳:玉木 亨)

2022-01-03 19:23:24 | 【書物】1点集中型
 タマキングこと宮田珠己氏のつぶやきから拾わせていただいた。巻頭作「マイロとおれ」、いきなりマイロがかわいい。というか、マイロにだんだんペースが合っていくマッキャンがかわいいんだな、これは。そして事件が子供絡みというほろ苦さ。続く「緑」はほんの少しの狂気を孕んだ、でもどこか切ないような一種ファンタジーの雰囲気も感じる。
 かと思えば「エディプス・コンプレックスの変種」は本物の狂気の物語。チェスで強くなるためには父親の排除が必要で、それがこのうえなくうまく進み……かと思うとオチはあっちへ。同じチェスを扱った「プレストンの戦法」は、なんだか不思議なハッピーエンド。でも、実はその先があるのかもしれないと考えると……チェスはいつか死ぬのか?
 そして狂気はどんどん加速して、「豚」ではどっちが正常なのかわからなくなりそうな、そして本当にそういうことがあり得そうな。境界線が崩れていくというか融けていく感覚を味わう。「買い物」は果たしてこれは小説なのかという話だが、日々の買い物メモの中に間違いなくストーリーがある。読み手はそのストーリーをひたすら頭の中で妄想するのみだ。おぼろげにしか見えない、しかし恐らく確実に起きたであろうできごとが、しかし一夜にして日常に戻っていったのを感じて薄ら寒くなる。
 表題作「フランクを始末するには」と「エスター・ゴードン・フラリンガム」は、話の筋も事件もまったく違うんだけども、タイトルの指す人物のもつ不気味な不死性みたいなものが共通している気がする。あと、芸能界と出版界という差はあれど、業界裏事情をネタにしているあたりも。「フランクを……」のほうはちょっとニヤっとしちゃうかな。

 なんというか、どっかネジが飛んでるサイコっぽい雰囲気を確実に漂わせつつ、しかしどこか肩の力が抜けている。というよりは読者に肩透かしを喰らわせて喜んでいるのかもとも思う。狂気と「奇想とユーモア」の絶妙なバランスかもしれない。読みやすかった。

「日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年」(著:田口 俊樹)

2021-12-22 23:53:17 | 【書物】1点集中型
 翻訳の裏側の本が、しかも田口氏の! というわけで、著者の訳書には毎度楽しませていただいているので、その裏にどんな工夫や苦労があるのかとワクワクしつつ。タイトルがいいよねえ。
 高校の英語教員だった氏がその傍ら翻訳を始めたきっかけが、教員になって逆に英語の実力不足を感じたから勉強のためだったそうだ。できるからやるのではなくて、できないからやってみるということだったわけで、収入にもなって一挙両得という着眼もまたいい。何せ本業があるのだから、勉強といっても時間を作るのもそう簡単なことではない。やらねばならぬ状況と、いわゆる目の前ニンジンにぶら下げる状態を作っておくのは理に適っている。

 ……と、そんなところから始まった氏の翻訳者人生の「誤訳ざんげと回顧と翻訳談義」の1冊である。
 氏の訳になる作品を読み始めたのはおそらくここ10年以内だと思うので、この本に出てきた作品は実はどれも読んでない。ル・カレとチャンドラーは辛うじて読んだことだけはあるけど作品&訳者違いだった。けど、ル・カレって原書もやっぱ難物なんだなぁと思われたのと、しかも「スマイリー三部作は翻訳を読んでもよくわからなかった」とおっしゃっておられるところをを見て、1回読んだだけでは理解しきれないことにも安心もする(笑)。
 英語が全くできない者としては、こうやって訳者の読み比べまではとてもじゃないがなかなかできないので、比較の断片だけでも見られるのは面白い。ニュアンスや原作者が語らない真意をそれでも掘らねばならぬ。そう思うとものすごい労力の恩恵に我々読者は預かっているのだな。足を向けて寝られません。

 氏絶賛の「神の銃弾」はとても気になるので(「暴力シーンの描写がすさまじい」らしいが、それはなんだったらウィンズロウ作品で結構免疫ついてるんじゃないかと思うことにして)ぜひ読んでみたい。あと、氏には珍しいSF「オルタード・カーボン」。記憶のデジタル化による不老不死という、ネタ的には普遍化してきている話だけど、この手の話はやっぱり好きなので。SFはそこそこ読んでいても、やっぱりハードSFだと訳注とかある程度の用語的なものだとか、なんとなくでも言葉のイメージが掴めるものがないと話を理解しにくいところもあるので、立場はまったく違うけど気持ちは多少なりともわかる気がする。
 ほかにも、原作者とのやりとりや、原作者とほかの作家の関係からつながる翻訳の仕事など、翻訳業界のあれこれが垣間見えるのも興味深かった。また、訳することによって発見される日本語の使い方も。特に「ひとりごつ」「濡れそぼつ」は、わかってるようでわかってない言葉だったんだなと理解できた。ありがとう田口さん! 今後気をつけよう。

 個人的には「超訳」までいっちゃうともう訳本というよりはなんというか、小説をドラマ化したとかそういう話に近いんじゃないかという気がする。あるいは「原案」みたいな?
 小説を同じ小説という形で読もうとしているからにはせいぜい意訳まででとどめてほしいなあ、とは思う。原書という事実ベースだけは生かしてほしいというか。とはいえ意訳がどれだけ正確なのか、というとまたそれも境界が曖昧ではあるんだろうから、本当に難しい世界だなと思うけど、これからも訳者さんの苦労や苦悩に乗っからせてもらって(笑)面白い世界をたくさん見ていきたい。

「ワニの町へ来たスパイ」(著:ジャナ・デリオン/訳:島村 浩子)

2021-12-17 22:49:56 | 【書物】1点集中型
 確かタマキングのつぶやきで見たんだと思う。タイトル(邦題)のキャッチーさに乗っかってみた。ワニの町ってなんだよ。スパイがワニに何の用事だよ。みたいな。

 敵の目を逃れるために元ミスコン女王になりすましてルイジアナの片田舎に潜伏したCIA工作員フォーチュン……のはずが、まあもともとがやりすぎて狙われているトラブルメイカーだからなのだろう、まるで引き寄せるかの如くいきなり事件に巻き込まれては、何故かおばちゃん(おばあちゃん)2人組、ガーティとアイダ・ベルの素人捜査を手伝わされる羽目に……と思ったら、このおばあちゃんたちもただ押しが強いだけではない事実が発覚したり、シンフルの町の漫画っぷり(笑)に振り回されまくるフォーチュンだったり。
 次々に笑かしてくれるネタが繰り出され、腕利き工作員のはずのフォーチュンのハズしっぷりも絶妙で、久々に深く考えなくていいドタバタコメディとして読めた推理もの。かつ、しっかり人情ものだったりもする。ついでに言えばバナナプディングも食べたくなる。キャラクターの造形が面白いので、充分に楽しませてもらえるエンタメ。シリーズだそうなので追っかけてみようと思う。

「死のドレスを花婿に」(著:ピエール・ルメートル/訳:吉田 恒雄)

2021-12-05 22:40:58 | 【書物】1点集中型
 ルメートルのデビュー2作目だということで。
 自分の記憶が曖昧になっていく、ものを失くす、失くしたはずのものが気づけば出てきている。仕事も生活もままならなくなり、さらに気づけば身近な人が、どう見ても自分が殺したとしか思えない死に方をする。ソフィーは、もう何が何だかわからないまま逃げ続けている。

 ヴェルーヴェン警部シリーズほどどぎつい残酷シーンはないけども、単に血や暴力が少ないという意味である。そのぶん、心理的にどこまでも追い詰められていく怖さにはルメートルらしい迫力充分。犯人のやり口は、あり得ないと思いつつも、一方でもしかしたらあり得るのかもしれないと思わせる絶妙のリアリティで、その動機が被害者である主人公ソフィーには不条理なだけに余計空恐ろしく感じる。目次で各章のタイトルを見たら流れ自体はわかる。が、そうしておきながら、いやむしろそうしてあるからこそ、犯人のサイコパスっぷりが際立つのかもしれない。

 それにしてもソフィーの父親がいなかったらどうなっていたことか……なんだけども、この父娘のタッグも「目には目を、歯には歯を」状態で、なかなかに恐るべしだな。特に父のトリック。ルメートルの人悪さ、さすがである(褒めてる)。

「死の鳥」(著:ハーラン・エリスン/訳:伊藤 典夫)

2021-11-24 22:39:55 | 【書物】1点集中型
 ケン・リュウ「もののあはれ」巻末広告から、エリスン初読。安定の伊藤氏訳。「北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中」だの、「「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった」だの、タイトルが面白いものが多かった。

 世界観が特に好きなのは「~ランゲルハンス島沖~」。映像化できちゃいそうな気もする。巻頭作はチクタクマンとかネーミングが子供向け漫画みたいなのに、話の中身はディストピア。ディストピアもの大好きなので、そういうアンバランスさはなかなか癖になるかも。同じくディストピア系といえば、「死の鳥」は一種円城塔的な文庫版編集泣かせだなあ、と思いながら人類と地球の終わりを見届ける。
 あと「竜討つものにまぼろしを」とか「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」「プリティ・マギー・マネーアイズ」などなど、本の中頃の作品群は、なんつーか、アメリカっぽい(独断と偏見)ちょっとわざとらしいくらいの下世話さというか露悪趣味というか。まあまあどぎついと言ってもいいのかもしれない。そういう雰囲気で言うと全体的な好き嫌いはまだ判断しにくいけど、見せてもらっている世界は面白かったと思う。「ヒトラーの描いた薔薇」や「愛なんてセックスの書き間違い 」なんてタイトルだけで引き込まれる作品がまだまだあるようなので、もうちょっと読んでみたい気もしないでもない。