life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「蛍の森」(著:石井 光太)

2021-10-23 21:35:31 | 【書物】1点集中型
 「感染宣告」を読んで以来。個人的に、ノンフィクションとSFは1冊読むと一気に波が来てそればっかりになりがちなので(笑)抑えめにしていたのであるが、それでも次に読みたいノンフィクションを探す中で、そういえば石井氏のノンフィクションに感銘を受けたことを思い出し、どれにしようかいろいろ見ているうちに、そういえばハンセン病のことをそもそもちゃんと知らないよな、と思ってこれにしてみた。

 ストーリーはミステリ仕立て。村人の集団が「カッタイ」と呼ぶ何者かを、怒りに任せて惨殺する場面がプロローグ。のっけから目を背けたくなる。その場面の裏には何かしらの誤解のようなものが生じていると思われるが、村人は一切耳を貸そうともしなかった。
 予備知識ゼロで読み始めたから、「カッタイ」がおそらくハンセン病患者に対する差別用語なのではないかということだけは推測がつくものの、この忌まわしい事件の正体はいったい何なのかという疑問を抱きながら、本編に入っていく。そして、四国のとある田舎の集落で起きた連続失踪事件に、父親がかかわっているとみられたその息子の時間軸=現在と、事件につながるのであろう1950年代の物語が交互に展開する。

 読み進めるほどにハンセン病患者の境遇が露わになり、予想の遥か上を突き抜ける過酷や残酷に絶句するばかり。フィクションだけど、それはリアルではないということではないのだ。病に侵された人々が、社会から自らを切り離してなんとか手に入れようとした小さな安らぎや、勇気をもって見出そうとした希望が次々と潰えていく。誤った知識がもたらすものの恐ろしさ、恐怖と嫌悪の同調が呼ぶ人々の狂気と、その狂気に虐げられる人々の悲劇が壮絶すぎて、こんな社会が現実だったとは思いたくない。確執ある父親の事件が何故、連続失踪事件にかかわっているのかを探っていく中で、現在も続く村の風習や実態を知ることになる息子の姿はそのまま読者の視点ともいえる。
 そして次第に、父が何故自分に医師となることを強いたのか、何故過去に事件を起こし今また別の事件にかかわることになったのか、その人生が明るみに出される。ハンセン病患者たちとともに暮らした日々が彼にもたらしたものが事件への真相を描き出す。最後には、これはある意味小説らしい一つの種明かしが待っている。小春と乙彦の物語は、人としてありたい姿を語るようにも思えるのである。

 この作品の題材はハンセン病だが、こうした過ちや悲劇はおそらくどんな差別にも起こりうるということを肝に銘じておかなければならない。それを今後絶対に起こさないために知ることを避けて通れない、人類の負の遺産だろう。

「暗殺者の追跡(上)(下)」(著:マーク・グリーニー/訳:伏見 威蕃)

2021-10-10 23:18:23 | 【書物】1点集中型
 実はこっちを見落としてて先に次作に行ってしまった。なので慌てて借りてみた。

 任務中に別の作戦に巻き込まれたらしいジェントリー。盗んだアウディでのカーチェイス&銃撃戦はほとんど曲芸なんだが、盛り上がるなあ。そしてCIAの「資産」となるべく準備中のゾーヤのいる隠れ家が襲撃されて、ゾーヤはそのまま出奔。さらにまた別の筋では、別の筋では北朝鮮の細菌兵器研究者とロシアとの接触があり、得体の知れない人物が暗躍中。
 特にゾーヤの家族についてはそれなりに重い話のはずなのに、まず再会したジェントリーとゾーヤが思った以上にラブラブで、なんかニヤニヤしてしまう。いや、過去、他の案件でもちょっとした恋愛モードがなかったわけではないけど、今回はある意味ちゃんとイチャイチャしてるので。上巻終盤ではゾーヤがジェントリーに身の上話をしてくれるし。

 一方ではザックも、ちゃんと(スーザンをおちょくりながら)絡んでくる。当のスーザンは、なんでいつまでたってもそこまで「資産」を嫌悪できるのかねえ、とある意味呆れちゃうくらいなんだけど(笑)。まあどっちにしてもザックが出てきて面白くならないはずがないので(もちろん、グレイマンの活躍ありきでのプラスアルファの話)、何はともあれ下巻へ進むと、舞台はロンドンへ。
 マーズの策略はやっぱり単純ではなく、そこに最初に気づくのはこれまたやっぱりゾーヤ。それが父を思う娘だからなのか、これ以上ないほどに優秀な諜報員だからなのか。しかし下巻に入っちゃったらもう、ジャニス・ウォンの影がほとんどなくなっちゃって(笑)。もっとマッド・サイエンティストな感じをエスカレートさせてみてほしかったところもあるが。
 とはいえ今作のいちばんのポイントは人外魔境なハインズとジェントリーの肉弾戦であろう。やられっぱなしだったジェントリー、最終的には作戦勝ち。相手がこうならこう終わらせるしかないって感じだ。腕力で勝っちゃったら漫画になっちゃうもんなあ。

 結局、うまくいきそうだったジェントリーとゾーヤの関係にもまだ、簡単には突き崩せない障害が残った作戦にはなる。スーザンの悪意に気づいてジェントリーを守ろうとしたゾーヤなので、きっと時間が解決してくれることではあるんだろうけど、つかず離れず想い合う、というのが「ポイズン・アップル」の間はいいのかもしれないね。いやしかしジェントリーがこんなに一途だとはなあ、とページをめくるたびに認識を新たにしたものですよ、今回は。
 まあそれにしてもザックが出てくると本当に楽しくなる。ジェントリーが個人的に変えてあげるのはいいとして、公的には面白いのでずっと「ロマンティック」のままで嫌がらせをしたい(笑)。