life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「15のわけあり小説」(著:ジェフリー・アーチャー/訳:戸田 裕之)

2017-04-27 22:27:32 | 【書物】1点集中型
 本屋に行けば必ず見かけるし、それはつまり興味のあるタイプの作品っぽいことだけはわかっているからなんだけども、多作すぎてどれを読もうか決められずに読めないパターンの作家のひとり。で、短編集ならとりあえず味見くらいはできるだろうという感覚でやっと読んでみることにした次第である。そうはいっても同じ作家でも短編と長編では感じ方が全然違うことはよくあるんだけども、ひとまずそこはご都合主義的に無視する。(笑)

 タイトル通り15の作品が収められているが、うち10作は実際にあった事件に基づいている。巻頭作「きみに首ったけ」の手口は確かにどこかで聞いたことがある気がするし、「女王陛下からの祝電」はどこかで同じネタを読んだような……映像作品だったか? 全く思い出せないが。っていうか気のせいか。でも間違いなくこの話を知っていた。何故だ? と、読んでいる間じゅうず――っと考えていた(笑)。結局思い出せなかったのだが。
 気に入ったのは「ブラインド・デート」「メンバーズ・オンリー」。前者は思わずクスッと笑ってしまう感じで、後者は一つの人生の物語として懐かしいような清々しさもある。「アイルランド人ならではの幸運」や、トリの「カーストを捨てて」もこれに近いかな。一生懸命な人ならば人生捨てたもんじゃない、と思わせてくれるというか。
 「迂闊な取引」はあんまり珍しくないネタだと思うのでちょっと面白みに欠けたが、逆にかなり「やられた」感があったのは「人は見かけによらず」。タイトルからそういう展開になることは匂わされているわけだが、そっちかー! と。まんまとミスリードされてしまったよ(笑)。

 短編ということもあって、サクサク読めるわかりやすさはあった。さほど難しく考える必要のないとっつきやすい作品ばかりだったので、このくらいの雰囲気で進むなら長編を読んでも理解できそうだなとは思う。とはいえ上下巻ものにいきなり挑戦という気はまだしないので、とりあえずデビュー作から狙ってみようかな。題材も面白そうだし。

「さあ、気ちがいになりなさい」(著:フレドリック・ブラウン/訳:星 新一)

2017-04-24 22:08:49 | 【書物】1点集中型
 星氏が訳したブラッドベリの「都市と星」を読んで、翻訳ものもいいなぁと思ったら他にもこれがあったので一も二もなく飛びつく。カバーデザインも好きだ。そして作者といえば「奇想短篇の名手」って、奇しくもすぐ前に読んだ「ゴッド・ガン」と似た系統が続いた……ということになるのか?
 表題作は少し長めだが、ほかの作品は概ね20ページ前後でサクサク読める。このタイトルに集約されるように、そして訳者あとがきにもあるように、人の心に潜む「狂気」が映し出されて見える作品が多い。SFでありつつサイコサスペンスの雰囲気も匂わせて、個人的にはかなり好みの作風である。

 「ぶっそうなやつら」なんかは、途中まではよそでも見た感のある流れだが、まさに最後の最後で狂気が爆発し、それが逆にちょっとした喜劇のようなオチになっているのが面白い。「おそるべき坊や」もそれに近くて、思わずにんまりしてしまう。「電獣ヴァヴェリ」はアイディアの勝利という感じ。電力ブラックアウト世界というネタは小説でも映像でもいくつか見たことがあるけど、このオチは好きだなぁ。「ノック」「ユーディの原理」は大人っぽい雰囲気。「みどりの星へ」は星氏のシリアス系ショートショートに通じる雰囲気がある。
 さらに満を持して大トリに置かれた表題作は圧巻。狂気と正気の境目を人ならざるものを媒介に見事に消し去り、そのうえで主人公の物語を「日常」に引き戻す。それが無限ループのような、あるいは底なし沼のような得体の知れない薄気味悪さを残す。

 探索が浅く、今までこの作家を知らなかったのがもったいないなーと思ってしまった。「火星人ゴーホーム」なんて、タイトルは聞いたことあるのに全然気にしていなかったし。せっかく数も多いので、他の作品も読んでいきたい。って、出版はハヤカワより創元の方が多いんだね。

「ゴッド・ガン」(著:バリントン・J・ベイリー/訳:大森 望、中村 融)

2017-04-17 21:48:45 | 【書物】1点集中型
 「カエアンの聖衣」がちょっと気になっていて、でも読む前にこれを本屋で見かけて、カバーデザインが好みだったのと短編集だから入門的に読んでみようってんでジャケ買いならぬジャケ借り(結局from図書館)。
 とか言いつつカバーの紹介文とか事前にあまりちゃんと読み込んでおらず、読んでみたらなんとなく「これ書いた人変人じゃないか」な雰囲気を感じ、あらためてちゃんと訳者あとがき含めて隅から隅まで読んでみたらばちゃんと「奇才」って書いてあったじゃないか、という(笑)。その奇想の数々を眺めてみると、漠然とイギリスっぽいなぁという気もする。人の悪い笑いと言うか、凡人には発想の及ばない、例えばシャーロック・ホームズの推理語りを聞いてでもいるかのような。

 訳者あとがきにもあるんだけど、「文学的完成度を犠牲にしてもSF的思弁を追求すべき」という主張の作家であるらしく、その点に関しては非常に納得できた。神を殺せる銃、地底を進む「潜艦」、空間という海を渡る船、未来と現在という時間のパラドックス、脳と肉体の分離が可能だとしたら……。アイディアもまさに奇想ならば、そのアイディアからのオチがなかなかに気持ち悪い(いい意味で)。「ブレイン・レース」や「ロモー博士の島」あたりなんかは一瞬、ちょっと笑えそうな話に思わせておいて話が進むと実はかなりどす黒い。
 そうなると、読んでてなんか癒されるような気になる「蟹は試してみなきゃいけない」は、この中ではちょっと異色な感じ。でも面白い。蟹の生態が妙にリアルで、そこに人間の俗っぽい思考が重なって、見事なまでの蟹の青春群像。映像化してほしいくらい(笑)。

 そんなこんなで「アイディア重視」な作風は非常によく伝わってきた。この奇想天外さにもう少し振り回されてみたい気もしてきたので、やっぱり「カエアンの聖衣」も読もうかな。

「完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込」(著:若林 正恭)

2017-04-05 23:05:26 | 【書物】1点集中型
 本屋でこの、若林画のふざけた表紙(笑)を見かけてまんまと興味を持たされてしまい、図書館に予約を入れてみたのであった。
 当然、オードリーは特に嫌いでもないけどかといってもちろんファンというわけでもなくたまーTVで見かけるくらいでしかない。なので、読む前は「へえ、人見知りする人なんだ」くらいにしか思ってなかったんだけれども、読み始めるとまあなんというか……尖っているという言い方はしてるけど、もっと言えば無駄に突っ張ってる感じというか(笑)。そしてその若林的思考は、読めば読むほどそのまんま自分に跳ね返ってきたのである。
 真面目な話、「ああこれは自分も(相当にいい歳して)中二病だな」とか思うこと多々。そのくらい共感できる話だらけだった。まあ、「パスタ」はさすがに恥ずかしくないけど(笑)。

 ただ、著者自身はそういう自分のまま社会に出て行くことになって、そこここで壁に当たるわけだ。こうして時系列に並んだエピソードを順に見ていくと、壁に当たったときにそこで突っ張り通すというよりは躱す方法、いわゆる処世術的な世の中の慣習の意義や意味をちょっとずつ理解していく過程を見ている感じがする。社会でなんとなーく暗黙の了解のある慣習らしきものとは、妥当性というよりはむしろ必然性によって存在するものが多い、のかもしれない。ってこんなこと言ってる時点で結局未だに中二病真っただ中なのかもしれんが(笑)。
 まあでも、言ってしまえば、読んでるこっちはとりあえず形式上では社会人になって早○○年となった今さら、「社会って結局どうよ?」と外から見させられているような気分にもなるのである。

 「結果」よりも「過程」」を自分の中に取り込み続けて行き着いた「特別な才能がないから自己ベストを更新し続けるしかない」という結論を、著者は「諦め」と言った。その諦めが「自信になった」とも。「諦め」という言葉の中には、もしかしたら自分の中で夢見たのかもしれない「結果」に行き着かなかったという思いがあるのかもしれないが、でもこの「諦め」に辿り着くまでに自己ベストをたくさん出し続けてこられたという手応えがあったという実感でもあるはずだ。
 つまり、それだけ何かしらのトライを繰り返しているということだ。「ネガティブを潰すのはポジティブではない」と言い、ネガティブな意識を変えると言うよりは「没頭」という別の手段をひたすらおっかぶせて忘れる、というやり方を見つける。そしてそれを実践する。その実践ができるかできないかが、双六の次のコマに進めるかどうかの分かれ目だな、と今さらのように思うのであった。

 「ツッコミ続けた挙句、死の直前に何も楽しんでいなかったなんてことに気付く大ボケ」
 何だかんだ言っても、うまいこと言うなぁ。
 ……なんて感心してないで、どうせ同じ生きていくならボケを恐れるな、って話だ。社会を和ませるのは結局ボケられる人だから。

「オール・クリア(上)(下)」(著:コニー・ウィリス/訳:大森 望)

2017-04-01 13:53:15 | 【書物】1点集中型
 それだけである程度まとまると思っていたのに全然違った(笑)「ブラックアウト」の続編。ダンワージー先生の動きがやっと少しだけ見えて、風向きの変化を匂わせつつも、やっぱり捕まえたい人を捕まえられずに戦時下を走り回る学生たち。オックスフォードへのメッセージだけでも託したい相手、バーソロミューにもどうしても会えず……
 正直、上巻を読み終わった時点では物語の3/4を経てなお全然進まない感覚だったが(笑)、ウィリスは当時を生きた人々を本当にリスペクトしているんだな、ということはよく伝わる。戦時下で変わらず働き続けるデパートの人々や、夜ごと防空壕で難をしのぐ人々、そして空襲被害の真っただ中で負傷者を救うために奔走する人々を、史学生たちの目を通して見ていると、だんだんSFではなく時代小説(近代だけど)を読んでる気にもなっていた。空襲下で冷静沈着なアガサ・クリスティ、暴走自転車のアラン・チューリングなんて、ほんの短い描写だけども、大筋に無理に食い込ませてこずにその程度で済ませているのが逆に良い。ブレッチリー・パークは私もぜひ生で見てみたい(笑)。

 速いテンポで場面転換が行われるので、なかなか進まない物語ながらも(笑)飽きずに読むことはできるんだけど、41年と45年でそれぞれの時代名が違っていることもあって、誰が誰なのかをしっかり押さえておかないとけっこう混乱はする。そこが若干の難点ではある。
 それはそうと、この壮大なとっ散らかりぶり、カオスをいかにして本来の2060年に辿り着く歴史の時間軸に収束させるのか。最終巻でウィリスらしい気持ちいい解決があるものと期待しつついよいよ下巻に向かうと、ダンワージー先生にやっと会えたのに事態はさらに悪化。時代から抜け出せない袋小路。
 一体どうなってしまうのかと思いきや、というかウィリスはいったいこの状況をどうひっくり返してくれるのかと延々と期待を持ち続けてページを捲り続ければ(笑)、最終盤の一気の謎解き。3冊と半分、かなり待たされた感があるので(笑)「やっと来たこのカタルシスー!」って感じ。これですよ、これを待っていたのです(笑)。壮大なSFミステリが一気に収束していくこの流れはいつもながらお見事である。しかも今作は、サー・ゴドフリーという存在を通して随所でシェイクスピア劇を直接味わえているような気分にもなれるし、ミステリを解決していく流れそのものがクリスティへのオマージュのように感じられる。そうした歴史とそれを作ってきた無数の人々をひっくるめたウィリスの、まさに祖国に対する愛の物語だなあと思う。

 しかしこの物語はただの「喜劇」でもただのハッピーエンドでもない。すべてを知りながらポリーたちのもとに赴いたコリンの苦悩、マイクとアイリーンの選択の結末からは「自分の分を尽くす」姿が胸に迫ってくる。安易に全員一緒に丸く収めて、ではないところになんとなく、日本人が書くと(大戦ネタだからということではなくて)こうはいかないかもしれないなぁと思ったりもするのである。