life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「誇りと復讐」(著:ジェフリー・アーチャー/訳:永井 淳)

2010-07-19 23:40:51 | 【書物】1点集中型
 今さら感満載ですが、ジェフリー・アーチャーは初めて読みました。原題は「A Prisoner of Birth」だそうですが……わからない。(笑)

 まあそれは措いといて(本当は措いといたら良くない気がしますが)、解説でも書かれてある通り、内容としてはまさしく現代の「モンテ・クリスト伯」、これも私自身はとても好きな物語です。死人になりすますという脱獄の仕方も似てる。というか、脱獄ってこれがいちばん確実な(と言うのも妙ですが)方法なのかと錯覚するぐらい。
 ただ主人公ダニーの復讐の結末は、モンテ・クリスト伯ことエドモンのそれとはちょっとだけ違いました。でも、めでたしめでたしなのは一緒。あ、死人になりすますのもそういえばエドモンとは逆の意味でだったか……

 主人公の自動車修理工ダニーが、無実の殺人罪(しかも自分の親友であり、婚約者ベスの兄でもあるバーニーを殺害したという罪)で22年の懲役を科せられたのが、物語の始まり。自暴自棄になりそうだったダニーが、獄中で得難い友であり仲間を得て、自分を陥れた4人の社会的エリートたちに、相応の報いを与えるべく邁進する姿は爽快そのものです。
 ダニーの聡明な資質を見抜き、獄にあって出所後の学位取得が可能となるまでに充分な教育を施したニックをはじめ、最後は頼もしい相棒となったビッグ・アル、ダニーの無実を最初から最後まで信じ抜いた婚約者ベスと弁護士レドメイン父子などなど、脇を固めるキャラクターたちも魅力的。中でも、ダニーを初めにニックとビッグ・アルとの同房に入れることを決めたジェンキンズ看守長は、ダニーがことを成し遂げるにあたっての最高の功労者じゃないかと、個人的には思っています(笑)。

 物語の前半でも、一度再審のチャンスがあったのがフイになったり、そのためダニーがベスと娘の幸せを想って別れを告げたり、ニックの財産をダニーがニックとして合法的に獲得するための、ニックの叔父ヒューゴーとの戦いなど、エピソードは色々あります。が、読む方にエンジンがかかってきたたのはやっぱり後半の、真犯人たちを追い詰めていく鮮やかな手際が見せられていくあたりからでしたね。
 盛り上がりが最高潮に達するのは第5部「救済」、ギリギリのところで仇敵たちにカウンターパンチを食らって逆に逮捕され、他人になりすまして脱獄した罪に問われた絶体絶命のダニー。その窮地を最も効果的に救う手立てになったのが、亡きニックの遺言であったところが心憎いです。あまりにも周到だったニックの手際には惚れ惚れします(笑)。
 この、物語最後にして最大の見せ場である法廷での、レドメイン父子と証人たちや判事、検察側との丁々発止のやり取りも非常に小気味良いテンポで進んでいきます。

 そして、ダニーの殺人罪が誤審の結果であったことが白日の下に晒されたあとの最終章では、ダニーが行ったとされていたバーニー殺害について、ダニーを陥れようとしていた真犯人たち(1人が死んで残り3人)を被告とした再審が行われます。
 それでも、3人のうち2人はここでも無実を主張し、また無実を勝ち取れることを確信していました。が、最後の1人ダヴェンポートが最後に決定的な一言を述べたことで、ダニーの「復讐」は本当の意味で幕を下ろします。
 彼は主犯ではなかったにしろ、罪を負っていたことは間違いなかったわけで、最終的にダヴェンポートはこの一言で自身の、人間として守るべき「誇り」を取り戻すことができたと言ってもいいのかもしれません。ダニーが、自らの正当な権利を自ら掴み取ってみせたように。

 作者アーチャー自身が実際に収監された経験があることもあってか、刑務所内での出来事ひとつひとつもリアリティに富んでいると思います。ちゃんとティーの時間があるあたり、イギリスなんだなーとか思うし(笑)。そういうディテールもけっこう面白かったりする。
 物語自体もエンタテインメントとして面白かったですが、人物の性格がきっちり描かれているのが個人的にはツボでした。なので、アーチャーはもうちょっと読み進めてみたいです。

「チャイルド44(上)(下)」(著:トム・ロブ・スミス/訳:田口 俊樹)

2010-07-11 00:28:38 | 【書物】1点集中型
 晩飯は「風味や」にて。ししゃもがっこ茶漬け、絶品です。

 さて今回の本、帯で選びました。「このミス」で1位! みたいな(最終的には図書館で借りたので、正確な文言は覚えてませんが)。普段は「このミス」みたいな書評本の類は実はほとんど読まないので、基準もあんまりわかっていないのですが(笑)今まで目にしたことにない作家さんに手を出してみるには、そういうのに乗っかるのもいいかなと。
 で、そしたら図らずもスターリン時代のロシアものという……こないだの「一九八四年」といい、併せて読み返した「宿命」といい、なんかこの手の題材が続いています。自分で選んで読んでるんですけども。 

 物語の根幹を成す連続殺人事件というのが、実際にあった事件に着想を得ているそうです。その連続殺人(52人の少年少女を暴行、殺害したチカチーロ事件)は、自国が「理想の国」であり続けんがために「この国に犯罪は存在しない」という建前を実現しようとしていた旧ソ連体制、犯人の存在を認めなかったがゆえに起き続けた殺人でもあると、著者スミスが感じたがゆえに書かれたとも言える作品です。

 上下巻構成になっていますが、1冊ずつ借りて読み進めたので、冒頭に出てきた幼い兄弟の名前を私が忘れ去ったころに(笑)主人公レオの秘密が明かされた形になりました。というか、その兄弟に起こった出来事すら忘れ去っていたとも言う。
 でもこの自分の記憶力のなさのおかげで、話の展開をより楽しめたとも言えます(笑)。「ああそうか! うまく作ってあるなー」と素直に感心してしまいました。

 身分を剥奪されて、文字通り身一つになったレオが、愛し合っているはずの妻ライーサから、自分たちの関係は愛ゆえの結びつきではないと知らされたときの衝撃。その後もレオに反発と、嫌悪すら感じながら、それでもともに行動するしかないライーサ。
 でもレオがさまざまなことを経験していく中で変わっていくのをライーサも感じ取り、やっと本当にお互いを理解し、対等な関係を築き上げていく。流れだけをこうやって書くと非常にありふれた話に聞こえると思いますが(笑)、ライーサのそれまでの想いの吐露やレオの葛藤の表現などを読んでいくととても面白い。この一連のふたりの関係の変化が、個人的には好きです。

 そして、レオの個人的捜査と逃避行に、それが発覚すれば間違いなく処刑されるであろうことを理解しながら協力してくれる人々があちこちで現れることは、恐怖体制下にあっても、民衆は自分たちの世界が変わることを(口には出せなくても)望んでいるということを示しているのでしょう。正義とか言うと陳腐ですが、結局「何が自分にとって幸せかということは、国家に決められることではない」ということなんだと思います。

 強いて言うならば、アンドレイの連続殺人とレオ(パーヴェル)への想いという繋がりは、ちょっと展開しすぎじゃないか? と一瞬思いはしましたが(笑)。ただ、飛躍しすぎるからこその尋常ならぬ事件ではあったんだよなとも思うので、ま、それはいいのかな。そもそもそんな飛躍でもなければこんな事件、起こらないし。尋常な事件なんてものも実際、存在しないわけだし。
 そんなわけで、エンタテインメントとして充分に楽しめる作品でした。スターリン体制とはなんだったのか、ということも少し知ることができたし。←今さら??