life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「誠実な詐欺師」(著:トーベ・ヤンソン/訳:冨原 眞弓)

2012-03-27 23:12:25 | 【書物】1点集中型
 まだムーミンは読んでないけど、先にこれを読んでみた。ヤンソン画になる表紙も素敵で、ずっと気にはなっていた作品。

 物語は冬の朝から始まる。北欧の海辺の田舎町の、厳しく静かな冬の情景が目に浮かぶ。土地の暮らしの風景と雰囲気を感じ取らせてくれる、豊かで落ち着いた描写がすばらしいと思う。
 犬を介した2人の女性の姿のありようが、言葉にはしにくいけど、人と人が接するときの軋みや共感を表しているような。カトリとマッツとアンナのそれぞれが見い出した次の道が、それは決して優しさばかりに満ちてはいないけれども、それでも雪解けを縫ってほの明るく見えた気がする。

 ある意味純文学的な感じで、私などは深読みして言えることはないけれど、まるで鰊の匂いさえしてきそうな雰囲気を味わうためだけにでも読み返したいと思えた作品ではあった。寒いけど、いいなぁ、北欧。なんて、漠然としてるけど。冨岡氏の解説はさすがです。

「絶叫委員会」(著:穂村 弘)

2012-03-20 23:48:22 | 【書物】1点集中型
 タイトルも秀逸、さすがのほむらさん視点で語られる言葉たち。それが降って来た瞬間、あまりにもいきなり、自分の常識が常識じゃなくなるフィールドが形成される。そんな感じ。
 究極的には、本文最後の一文がこの本全体を現していると言っても過言ではないと思う。一息で吐き出す言葉たちの中に、ジェットコースターの如く現れる展開。個人的には宮田珠己氏や円城塔氏の、言葉のパズル的な文体を思い出す。

 「致命的発言」には共感できる読者も多いと思うし、「出だしの魔」にある「空を見てみなにゃー」はもう、音そのものがかわいすぎて……(笑)。あと「直球勝負」シリーズはとても勉強になりました。わりとマジで。何を以て「直球」とするか、これは確かに一考すべきところ。言葉自体が持つストレートさとその組み合わせから生じる表現のストレートさは、聞き手にどう伝わるかという一点においては実は似て非なるものだということだ。

 そういえば昨年、スコットランドはエディンバラ城に行く機会があったのだが、日本語(に限らず、いくつかの英語以外の言語の)の案内パンフレットとかも置いていた。そして、とある建物内にこんな貼り紙がしてあった。

 THIS DOOR IS ALARMED. EMERGENCY EXIT ONLY

 このドアは驚かされた非常口だけである

 WEB翻訳でもかけたもののような気がするが、それにしても(笑)。同行の友人と2人が2人とも思いっきり変なツボにハマってしまった。笑いすぎて腹が痛くなった。
 日本語の後ろにフランス語やらスペイン語? やらドイツ語やら中国語(簡体字)やらでも書かれてあったんだけど、ヨーロッパ言語はともかくもしかして中国語訳も日本語訳とどっこいのレベルだったりするのだろうか。想像したらやっぱり天使が飛び回る気がする。

 今となってみては、まさしくこれは私にとって本書にてほむらさん言うところの「偶然性による結果的ポエム」であった。

「エージェント6(上)(下)」(著:トム・ロブ・スミス/訳:田口 俊樹)

2012-03-12 22:33:23 | 【書物】1点集中型
 「チャイルド44」から続くレオ・デミドフ3部作の完結編。前作(=第2部)「グラーグ57」での血のにじむような(実際にじみまくっていたわけだが)苦悩、辛酸を舐め尽くした末にゾーヤが落ち着いたと思ったら、今度はエレナ。そしてなんとライーサまでもが……。平穏を取り戻しつつあったレオ一家に、史上最大の衝撃。ネタバレを避けようと思うと言及できないできごとがけっこう多いのがつらい(笑)。
 純真なまま育ったからこそこうなった、このうえなく大事に思い、自分たちのように傷つけたくないがために、エレナ自らこの悲劇を招き寄せることにさせてしまったというレオの痛烈なる悔恨は、その因果関係の正しさを納得させられるだけにつらく、どうしようもないやるせなさを読む側に伝えてくる。レオとライーサの不器用な出会いによって前2作がより引き立つだけに、一家の幸せを祈らずにはいられない。

 下巻に入ると、舞台はニューヨークからアフガニスタンへ。恥ずかしながらこの時代のソ連とアフガンのことについて全く無知だったので、少し勉強させてもらった感じでもある。
 アフガンの共産革命を推し進めるソ連軍の顧問となったレオと、その生徒である現地人のナラ。捜査官のイロハを彼女に説くレオと、救える命をなんとか救おうとするレオとの対比がやるせない。

 家族への愛のために、アフガンのひとりの少女を救ったことで追われる身になったレオ。そこからこそ、彼のライーサを巡る真実を探す旅がいよいよ始まる。それと同時に、長かった物語が終わりに近づいていることを感じるからか、読んでいて、全3部の中でいちばん気持ち的に盛り上がった。
 終わってみれば、結局レオを導くのはどこまでもライーサだったという、切なさここに極まれりの純情物語。その後レオがどうなるかまで考えてしまうとまたアレなんだけれども、この物語の結末そのものは、ひたむきにライーサを愛し続けたレオへの確かな報いだと思う。
 ゾーヤとエレナはレオの罪を乗り越えた。だからナラもいつか、自分が為したことをザビに伝える日がくるのかもしれない。

 長かったけど、それぞれの作品を間をおいて読んでいたこともあり、もう1回、今度は3作一気に読んでみたいなーと思う。
 このレオ・デミドフ3部作は、単純なアンチ・コミュニズムだけを謳ってる作品ではないと思う(実際、最終的には愛の物語だし。←断言してしまっているが。)んだけど、読んでたら無性にオーウェルの「一九八四年」を読み返したくなってきてしまい、前回読んだときは図書館で借りたものだったので、今回ついに買ってきてしまった(笑)。

「悪の教典(上)(下)」(著:貴志 祐介)

2012-03-10 00:09:52 | 【書物】1点集中型
 これも気がつけば貸出予約申込から1年が経過していた(笑)。

 一見、絵に描いたような好青年で非の打ちどころのない教師である主人公・蓮実の行動の裏に潜むものが、本人の視点での行動と他人からの見え方を通して少しずつ見せられていく。
 他人に共感する能力の欠落したサイコパス、ゆえに殺人にも呵責なしという設定は、なるほど~って感じ。なまじ天才的な頭脳を持っているだけに余計たちが悪い、無敵の犯罪者である。目障りな生徒を退学へ追い込み、気に入った女子生徒はしっかりモノにし、邪魔な同僚には轢き逃げの罪を着せ、あるいは自殺を装って殺害し、その合間には幼少のころの空恐ろしい完全犯罪までもがいくつも語られて……と、「三文オペラ」の「モリタート」に乗って、まあとにかく蓮実のやりたい放題で話がどんどん広がっていく上巻。

 しかし、やりたい放題なのは良いけどこのままいくと落としどころはどこになるの? と思いつつ下巻へ。
 後半のひとつの目玉は、蓮実のもうひとつの過去であるアメリカ時代。蓮実の1枚上手を行った当時の上司・モルゲンシュテルンとの確執を決定的なものにした事件が明らかになるとともに、現在の事態は泥沼のジェノサイドに転がり落ちていく……のはいいんだけど、数十人を薙ぎ倒していく様子にはさすがにちょっと飽きがきてしまった。
 蓮実が同僚を陥れつつ狙っていた水落教諭のこととか、モルゲンシュテルンとの因縁とかが、結果的に宙ぶらりんのまま終わってしまったのが若干消化不良。あと、もう少し頑張らせるのかなと思ったキャラクター(早水とか蓼沼とか)があっさりいなくなってしまったりしたのとか、優実と美彌が蓮実の中で一瞬だぶるようなイメージも、何かが起きるようでいて結果的に起きたんだか起きなかったんだかわからないような感じになったのも残念。

 というわけで、この学校の話だけで考えると、落ち着くところに落ち着いた物語ではある。そういう意味では、エンディングも含めて意外性はあんまり感じなかったので、空恐ろしい感じというには物足りないかもしれない。たとえば、裁判で蓮実が無罪になるところまでいけばすごかったかもしれないけど……でもそれじゃあまりにもリアリティがなさすぎて白々しいしな。
 でも、人の心理を魔法のように読んで手玉にとっていく蓮実の手腕とか、共感能力がない人間というアプローチはユニークで面白かったと思う。