life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「ゴースト・スナイパー(上)(下)」(著:ジェフリー・ディーヴァー/訳:池田 真紀子)

2020-12-27 19:19:22 | 【書物】1点集中型
 久々のリンカーン・ライムシリーズである。まずもってライムがNYを出ることがあるなんて想像してなかったぞ。
 国家機関で暗躍する敵を追いかけるという展開はこれまでの事件とまた一味違っていて、どうやって犯人たちに迫っていくのか、どう驚かされるのか期待しつつ読み進めた。それにしても、神業の域の狙撃テクニックといい、「旬」ナイフによる拷問といい、毎度毎度、暴力の手口はまさに身の毛もよだつほどである。だからこそそんなことができる犯人ってどんな人物なのかと、怖いもの見たさのようにこの物語世界に惹きつけられてしまう。

 リンカーンがバハマで出会ったポワティエ巡査部長もかなりいい味出している。最初は思うような協力が得られずにいたものの、実際には志を同じくする心強い仲間になった。リンカーンが彼を見る目にはプラスキーに対するそれと同じような雰囲気を感じもして、それが微笑ましいような気にもなったりして。
 そんなポワティエと対極にあると言えるのが、サックスとあまりに反りが合わないローレル地方検事補だろう。人を人とも思わない、自分の仕事を自分の思い描くシナリオ通りに決着させることしか考えていない。でももしかしてその裏には彼女をそうさせる何かがあるんじゃないの? と、犯人たちの人物像に対して思うのとある意味近い感覚で、想像を巡らせたくもなるのである。ローレルに関しては実際にやっぱり背景があって、最終的にはサックスとも理解しあえてよかった。ライムにとっても、また今後の捜査活動に活きる人脈がひとつできたってことにもなるかもしれない。
 しかし、スワンのレシピはいちいち食べたくなるが、まあ素人には作れなさそうだよね、とも思ったり(笑)。そして今回もお約束の、一度は解決したかに見せて、いやまだだいぶページ数が残っている、ほらやっぱり。と思わせてさらに、あれ? でもまだ残ってるぞ、もう1回どんでん返しあるの? ……で、1周回って元通りって、今度はそう来たか。って感じでしたね。

 それにしても今回、ライム(とトム)は文字通り生命の危機から紙一重で脱したわけだけども。最後のライムの決断は……らしいといえばとてもライムらしい。サックスにも後顧(しばらくの)の憂いがなくなり、一緒に捜査を続けられるということがライムにとってはいちばんなんだろう。そして今の自分の身体の状況を、この身体だからこそ今の自分が肯定的に受け止めている。踏ん切りがついていよいよ心身ともに万全になった2人が、今後ますます推理を冴えわたらせるのを楽しみにしたい。

「我らが少女A」(著:高村 薫)

2020-12-21 23:28:20 | 【書物】1点集中型
 相当久しぶりの高村作品は合田シリーズ。って3年後に還暦ってどういうことだ、とその衝撃がでかすぎて(笑)どうにも想像できんと思いながらもとにかく読み始めたのであった。

 発端は、ある女性の他殺事件。被害者女性の家族からその周辺へと波紋は広がり、さらには現在は現場を離れている合田の手がけた12年前の変死事件が掘り起こされる。本筋はミステリのようで、しかし本質はそこにはない。
 人の記憶は失われる。ただ、どこか見えないところに溜まってもいる。そしてぼやけたまま引き出され、再構成される。あまりにも心もとない、これは「冷血」でもあった感じだなあと思い出す。12年前に少女だった女性は、死して再び人々の不確かな記憶の中に、少女として現れる。母、友人とその母親、遊び仲間、幼馴染、そして刑事。現実社会に本当に起きたことが淡々と背景にある中で、相も変わらず、登場人物ひとりひとりの生活も思いも、どこにどうやってこんなに取材しているのかと思わされる緻密さと鋭さ。モノローグのひとつひとつにドキッとさせられたり、その人の暮らす自分の見知らぬ世界を脳裏にまざまざと描き出してみたり。
 その一方で、これまた相も変わらずつかず離れずな合田と加納の様子は、何がどうなって今に至っているのか特に語られるわけでもない。ただ互いに日常にあるだけで、あるのが当然の存在であるだけ。でもそれがいつまで続くのかわからないのもまた現実だ。けれどそうした密やかな不安も日々の営みに微かに浮かんでは消え、そしてまた何かの拍子に顔を出す。いつかそれが何かの結果という形になるのかどうかは、今はまだわからない。

 制御できない自分を少しずつ変えていったADHDの青年の目に映った空は、もしかしたら希望だったかもしれない。けれどその人生も一瞬で変わる。あまりにも淡々と示されるその結末は「土の記」で感じた無常を思わせる。だけど今回は、物語は新しい命の兆しで締めくくられている。隣でひとつの命が失われても、自分が明日死ぬかもしれなくても、人は日々を暮らし続ける。

 それにしても、どんどん純文学になっていく高村作品。まあ、純文学って何だって話で、私の勝手なイメージでしかないわけだが、余韻がそんな感じなんだよね。そして合田は捜査の現場に戻るようだし、この刑事の話が続いていくのもまだまだ楽しみではある。