life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「世界の辺境とハードボイルド室町時代」(著:高野 秀行、清水 克行)

2017-01-30 21:38:33 | 【書物】1点集中型
 この語感のタイトルでこの表紙(山口晃氏画)で高野氏の本と来れば……と期待して借りてみた次第。と言っても、辺境作家としての高野作品をまともに読むのはこれが初めてかもしれない。でも一応アヘン王国も辺境に入れていいのかな。
 それはそうと、共著の清水氏は日本中世史がご専門。「タイムスクープハンター」の考証なんかもやられていたそう。タイトルの通り、現代の「辺境」ソマリランドと、室町時代は意外に共通点がある! というところから始まった本なのらしい。そして「血であがなうか、金であがなうか」なんて話はもろにハードボイルドなのである。けっこう細かく脚注を入れてくれているので理解の助けになる。ありがたい。

 印象に残ったのは「Back to the future」という表現が実はシャレではないという点。「サキ」と「アト」がそれぞれ「過去」と「未来」の両方を指すことのできる言葉であること、よく考えたら確かにそうなんだけどこうやってあらためて捉え直すと面白い。そこからお寺の話に飛ぶのはちょっといきなりだけど(笑)。しかし、同じ仏教の寺であっても、国によって全然違う働きを持っているのがまた不思議な感じ。まあ、それは宗教だけで決着する話ではなくてその国の行政も関わってくることでもあるということなのだろう。
 あとはご多分に漏れず「伊達政宗のイタい恋」だろうか(笑)。ただ、女性の代わりに手近な男性に走るというわけではなくてもっと男男した感覚であるというのが「なるほど」だった。BLというよりはブロマンスなのか。……とか言ってる割に綿々と恋文書いちゃう政宗って笑える。
 それと、戦場において馬は高級外車と同じようなもの、というのもまた「なるほど」だし、そう考えると武田の騎馬隊は存在しなかっただろう、という驚くべき話とか。源義経の先方は「チンピラの喧嘩」だとか。さらに、「歴史学の若き天才は現れない」とか。理学系の人のノンフィクションばかり読んでいたから、学者という人たちはそんなに早くに業績をあげないといけないのか! と思っていたのだけれども、歴史学となるとどれだけたくさんの史料を読んでいるかが大きな要素になるので、遅咲きの人が多いとか。

 ……と、室町時代とソマリランドの共通点を軸に展開されているはずの本ではあるが、実は全体としてはそんなに系統立った話をしているわけでもないようである(笑)。けっこうあちこちに話がとっ散らかっていて、小ネタというかトリビアというかそういったものの宝庫という感じだろうか。その分いろいろな「へ~」があるし、歴史をどう見るか、史実がなぜそういう史実なのかの(教科書には書かれていないような)背景や、専門家がそれらを見るときの視点の作り方みたいなものを感じ取れるような気がする。
 こう言うと、どっちかというと清水氏の話の方が(国内の話のせいか)頭に残ったということなんだろうか。もしかしたら先に「謎の独立国家ソマリランド」とか、高野氏のソマリランド関連の著作を読んでおいたらさらに納得度が深まったのかな。どっちにしても、高野氏の辺境モノもそろそろ手をつけねば……

「ブラックアウト(上)(下)」(著:コニー・ウィリス/訳:大森 望)

2017-01-20 23:59:20 | 【書物】1点集中型
 ウィリス長編にとりかかるのは「犬は勘定に入れません」以来。大戦中のイギリスへ降下する史学部生3人それぞれのドタバタが繰り広げられている。
 コメディ度で言うと「犬は……」ほどの騒ぎではない(気がする)けど、ポリーがアンファン・テリブルどもに散々振り回されたり(笑)、降下の計画が何だか知らないところで微妙に狂っていたり、ダンワージー先生も何だか怪しげな動きをしていたり……学生たちが無事、大戦下の各々のトラブルを切り抜けられるかはそれはそれで見どころだけど、上巻ではまだ学生間の動きがバラバラだから、この物語全体をどう収束させてくれるのか今は全く予想がつかない。

 下巻に行ってみると、今度はオックスフォードに戻るシーンが全くない。何せネットが開かないのだ。回収チームも来訪の気配がない。その理由がわからないどころか混迷の度が増すまま、学生3人がそれぞれの地で奮闘し続ける様子が延々語られる。ほとんどタイムトラベルの物語であることを忘れそうになるような、戦時下の人々の生活がとてもリアルに感じられる描かれ方。どれだけ取材したんだろう。
 で、学生たちはそれぞれに、自分がオックスフォードに戻るには誰かの降下点に便乗するしかないという同じ結論に達する。何度もすれ違いながらいよいよ空襲真っ只中のロンドンで何とか互いを見つけ出すのが、やっと最終盤……ってとこで話が終わる。そうか、ここで一段落せずに謎は謎のまま「オール・クリア」に続くのか、と今さら気づいた次第。

 ダンワージー先生も出てこず、オックスフォードで何が起きているのかも全く語られていない今は、物語全体についての感想が言える状況ではない。ということで、「オール・クリア」を読み終わってからまた考えることにする。

「エピローグ」(著:円城 塔)

2017-01-05 23:35:05 | 【書物】1点集中型
 「プロローグ」につながる物語は、これまた相変わらずの円城塔ワールド。毎度のことだがよくこんなお話を思いつくなあ。物語とは何ぞや、ってことが出発点なのかな。「プロローグ」を先に読んじゃっていたので、榎室ってこういう人物なのかと今さらわかったぐらいにして。でも特にネタバレにもならないから逆に読んでも大丈夫。

 チューリング・テストをクリアする「エージェント」なる存在がいて、それが(ある意味当然)人間とともに人間と変わらない生活をしていて……といった場面から幕が上がる。そして本筋は、特化採掘大隊(スカベンジャーズ)の朝戸と彼の支援ロボットであるアラクネの仕事、「現実宇宙」の解像度を果てしなく上げ続けるOTCとのせめぎ合いからスタート。手始めに見せられるその様子で気の遠くなるような世界観が語られる。1人の人間が数千もの人格を同時に走らせるという量子力学的な状況がもうそこから全然、非現実の世界なんだけども、そこで何が起こっているのかを文章から想像するのが意外に楽しい。朝戸とアラクネの掛け合いもまたウィットが効いていて、思わず笑みを誘われる。
 その一方で展開するのが、ある2つの宇宙で起こった2つの殺人事件を調査することになった刑事クラビトの物語である。こちらでは、「登場人物たちは記述されてから死ぬのか、死んでから記述されるのか」の論争が起こっていて、クラビトの妻は人間ならぬどころかインベーダー(しかも男性型)であった。

 で、それぞれの物語をひとつに収束させていく存在が榎室である。物語がこの世界の中でどのように記述されるのか、彼女の言葉でやっとこの物語世界の全貌が明らかになっていく。
 クライマックスに向かうその大転回を迎えての9章からは、記述方法そのものから読む側がこの世界を体感できる仕掛けが施されている。もうルール無用の世界。文学に対する実験だったり挑戦だったり、それの視覚化。物語と人間の関係が、最終決戦で決定的な決裂を迎え、なぜこの世界が、このシステムが築かれたのかが語られる。朝戸の存在にもまたひとひねり加わっている。

 世界観もそうだが、物語という概念を組み立てる壮大なる言葉遊び(遊びって言うと語弊はあるけど)だった。楽しく混乱しながら堪能した。かなり頭を引っかき回されるし最終的にわかったようなわからないような……になること多々なんだけどそれが楽しいのが円城作品。この世界には何度でも浸ってみたい。単行本だと重いので(笑)、文庫になったらこのシリーズ(って勝手に言ってしまうが)買っておこうと思った読後である。