殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

あばれうぐいす

2010年11月17日 20時59分11秒 | 選挙うぐいす日記
選挙戦が始まった。

候補は約束どおり、すごくしゃべってくれる。

うぐいすが二人いるのと変わらないので、けっこう楽だ。


高齢者が中心の、こじんまりした陣営は

候補の親戚と、近所の人々で構成されている。

選挙を深く知っているのは、30代の若い候補一人だけ。

絶対権力者のいない、しろうと集団の陣営は

和気あいあいとしており、アットホームで居心地が良い。

マイナス面として、危機感の無いことが挙げられる。


昼休みで事務所に戻ると、候補が議員秘書だったこともあり

県議や秘書時代の仲間が、陣中見舞いに訪れている。

しかし、いつまで経っても、茶の一杯も出る気配が無い。

台所をのぞくと「お茶を出すか、コーヒーを出すか」でもめている。

知らない人に、ビビっているのだ。


    「早くコーヒー、お出ししてください」

「コーヒーじゃなきゃいけないんでしょうか?お茶じゃダメなんでしょうか?」

どっかの女大臣みたいなことを言う者もいる。

    「何でもいいですから、来客があったら、サッと出してください。

     コーヒーはいらないと言われたら、お茶を出し直したらいいです」

「じゃ、コーヒー、コーヒー」

「あ、お湯が足りない…」

「あ、ストーブのヤカンもカラ…」

「どうしよう…お客さんの前のストーブにかけてるのしか、お湯が無い…」

「あなた取りに行ってよ…」

「いやよ…あなたが行ってよ…」

「え~?私が?」

怒鳴りつけたいのを我慢して、ヤカンを取りに行き、湯を注いでやる。


「砂糖、砂糖」「ミルク、ミルク」「スプーン、スプーン」

工場の流れ作業のように、一人ずつ必要なものを盆に乗せ

今度は誰が持って行くかで、もめている。

ろくに接待もできないのに、砂糖乗せ係や、ミルク乗せ係は

しっかり決めてあるのだった。

たたきまわしたいのを我慢して、持って行く。

一時が万事、この調子である。


後で皆から、すまなそうに言われる。

「すいません…私ら、何も知らないので、色々教えてください」

こんなことも知らずに、よくもまあ今まで生きてこられたこと…

などと、イヤミのひとつも言ってやりたいが

よく考えれば、知らなくても充分生きてこられた、幸せな人達なのだ。


このユルい陣営に喝を入れるべく、私は一計を案じ、候補も賛成した。

手伝いの老若ならぬ、老々男女を集め、私はおごそかに言った。

     「皆さんに明日から交代で、ある極秘計画に参加していただきます」

一同は、大いにザワつく。

     「よろしゅうございますか?

      これは、大変重要な任務です。

      失敗は許されません。

      名付けて、チェリープランです!」

「チェ…チェリープラン…」

皆はしんとして顔を見合わせ、固唾を飲んで次の言葉を待った。


      「候補は毎日、スーパー“ふじみ”の前で、街頭演説をしています。

       そこへ何人かずつ、順番に行っていただきます」

「行って、何をしたらいいんでしょうか…」

      「さりげなく立ち止まって、演説を聴いてもらいます」

「それが…チェリープラン…」

      「そうです」

「あの、それは、サクラっちゅうもんじゃないのけ…?」

      「だからチェリープランです」


「無駄じゃ、無駄じゃ…陣営のモンがサクラやっとると笑われるだけじゃ」

後援会長は言う。

     「無駄ではありません。

      もちろん人寄せもありますけど

      聴衆が多ければ、候補も燃えて、いい演説ができます」

「そういうもんかの?」

     「そういうもんです」

とは言ったものの、今回の目的は、実はそうではない。

候補が外でどう戦っているか、のんきな支援者達に見せるためである。


ずっと建物の中に居ると、外のことがわからなくなる。

食事作りといっても、この陣営はカジュアルと言おうか

これといった支持団体は無いので、事務所に出入りする人数は少ない。

選挙カーに乗る4人分の他は、留守番をする自分達10人余りの食いぶちを

せっせとこしらえているのだ。

夕食は、手間いらずの弁当である。


その程度で「頑張ってる」と思われては困る。

おっとりとメシ作ってりゃよし…来て座ってりゃよし…で

ズルズルと一週間が終わってしまう。

外に引っ張り出して、可愛い近所の坊やである候補が

通行人に無視されながら、懸命に演説している姿を見せる。

心優しい彼らは胸を打たれ、あと1票でも2票でも…と思うに違いないのだ。


「そうよねえ…お店でも人が並んでると、おいしそうに思うもんねえ」

女性のほうが、思考は柔軟だ。

かくしてチェリープランは、決行されることとなった。


「どうやったらいいんでしょうか?」

素直なのが取り柄の陣営である。

キョロキョロするな…みんなでかたまらず、散らばるように…

事前にあれこれ演技指導はしたが、これがなかなかの名優揃い。

自然で大変うまかった。


事務所に帰って、ほめちぎる。

     「あのさりげなさ、すばらしい!皆さん、アカデミー賞ですよ!」

一同は喜び、次はもっと自然になっていく。

日に日に参加希望者が増え、入り口の花屋をひやかすそぶりや

店の中で演説の開始を待ち、出てきて耳を傾けるふうを装う芸達者も出てくる。

自分達につられて、知らない人が立ち止まる様子が、嬉しいようだった。

極秘任務を遂行している使命感が、徐々に彼らを引き締めていった。
コメント (28)
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