殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…新たな展開なのか?・5

2022年03月07日 18時40分08秒 | シリーズ・現場はいま…
永井部長と業者の仲裁に入ったF社長が

総額150万円の豪勢な接待を行ったことで、対立はひとまず白紙になった。

ここは金を使わなければおさまらないという、F社長の判断による措置だった。

とはいえ、酒を飲ませれば解決するというわけではない。

山陰地方でも一目置かれるF社長に敬意を払う形で

業者は矛(ほこ)を収めたのだった。


誰が見ても向こうが悪い場合、警告をした上で争いを仕掛けた側は

何らかのもっともな理由が無い限り、自分から引くわけにはいかない。

これは業界におけるスジの一つ。


穏便に解決するには、問題のサイズに見合うか

あるいはそれ以上の人物が出てきて和解を提案する必要がある。

問題の性質にもよるが、誠意と呼ばれる各種のサービス…

つまり和解を円滑に行うための“飴”が必要になる場合もある。

結果、その人物の顔を立てるという建て前によって

仕掛けた側は振り上げた拳を下ろすことができるのだ。

これも業界のスジといえばスジだが

このスジを取り違え、はなから飴を目的に争いを仕掛けること…

あるいはそれを行う人を“外道”と呼ぶ。


余談になるが、うちの夫が70才まで勤務する確約を

本社からもらっているのは、今回のF社長のように仲裁役となり

手打ちの話ができる複数名の人物と親しいからだ。

速やかに問題を解決し、無事に帰って来るのは難しい仕事なので

誰でもいいわけではない。

相手が納得して迎え入れ、話し合いの席に付いてくれるランクの

経歴、知名度、人望、交渉能力が必要になる。

建設資材関係の同業者に勤める夫の親友、田辺君もその一人だ。


彼らとは仕事で知り合ったり、親の代からの付き合いだったりと

出会いはそれぞれながら、交流は長きに渡って継続している。

しかし、あのように塩の効いた人々が

なぜ甘ちゃんの夫を相手にするのかは謎の域を出ない。

塩の効いた人というのは、何も考えない人間に会うとホッとするのかもしれない…

などと想像する程度だ。


そのようなわけで、夫は各種の情報源と

使ったことは無いものの、万一のセーフティネットを保持している。

けれども本社は、それを持っていない。

複数の顧問弁護士を雇っているが

この方面の問題で訴訟や裁判ばっかりやるわけにもいかず

予防、あるいは火を小さいうちに消すための手段として

夫の交友関係をあてにしているフシは折々に感じられる。


定年という便利な制度があるんだから、お情けで合併してやった極小会社の二代目なんか

一日も早く切り捨てたいのが人情であるにもかかわらず

夫を手放さないのは、以上の理由からだ。

だったら丁重に扱えよ、と言いたいところだが

普段は粗末にして、いざという時に泣きつくのが本社である。



さて、問題が白紙になったとはいえ、F社長には

今後、永井部長と業者がうまくやって行けるとは思えなかった。

また何か問題が起きるに違いない…

その度に泣きつかれたら面倒くさい…

ということで、業者とは手を切らせることにした。

向こうも二度と永井の顔を見たくないと言っているので、話はすんなり決まった。


となると、本社はこれからどこで資材を仕入れるか、ということになる。

F社長は自分の会社が仕入れている業者から、一緒に仕入れをさせることにした。

方法がそれしか残ってないのもあるが、彼の目が届く所であれば

予防も後始末も容易いというのもあった。

げに人の世話をするとは、消耗と苦渋が付いて回るものである。


永井部長は喜び、仕入れ先を変えた。

企業舎弟の業者と手を切り、後始末をしてもらってルンルンだ。

しかし、問題は残っている。

F社長が立て替えた、150万円の接待費。

解決した当初はF社長を泣いて拝み、必ず払うと約束した永井部長だが

喉元を過ぎるとF社長に会わないよう逃げ回り、電話にも出なくなった。


不義理の見本のような行為だが、その気持ちはわからないでもない。

永井部長は一応、取締役の肩書きが付いてはいるものの、取締役の中では一番下っ端。

経理部に150万円の接待交際費を請求したって

下っ端には大き過ぎる金額なので簡単に出してもらえるわけがない。

経費から支出してもらうには、取締役会で説明の上

社長と5人の先輩取締役の同意が必要になる。

包み隠さず説明しても金の出る可能性は低く、彼の落ち度だけが明るみになる恐れ濃厚。


そうなると自腹ということになるが、マンションのローンを抱え

二人の子供は大学生となると、そんな余裕は無さそうだ。

よって身銭を切るぐらいなら、一生逃げ回った方がマシということで

彼は居直ったと思われる。


ともあれF工業の仕事は今も山陰で継続しているが

永井部長が割り込んだ工事は小さかったので、じきに終了。

彼の山陰通いも終わり、F社長の影に怯えることは無くなった。


そして年が明け、2月が来て、永井部長は急に

地元のチャーターを使えと言い出した。

つまり、F工業の排除を主張し始めたのだった。


市外のチャーターを使ったらいけないと永井部長に言われた…

配車係の次男はF社長に相談した。

F工業にはほぼ毎日、仕事を依頼していたので

お互いに翌日の配車の段取りがある。

早めに伝えて、善後策を考える必要が出てきたからだ。


次男の訴えに、F社長は笑って答えた。

「永井には金を貸してるからね。

僕が邪魔なんだよ」

F社長はこの時点で、次男にコトの経緯を詳しく説明した。


永井部長が山陰で何かやらかして迷惑をかけたのは聞いていたが

土下座やお金のことは、この時に初めて知った。

汚点を知られたF工業が出入りするのは困るんだ…

次男から話を聞いた我々は、そう理解した。


「金はいいんだ。

僕が勝手に決めたんだから、今さらゴチャゴチャ言うつもりはない。

いい勉強になったよ」

F社長は言ったが、内心ではかなり怒っている様子だったという。


「やっぱり、うちへ来ない?」

F社長は次男に言った。

「あんなのが次のトップになったら、本社は続かない。

君の所も無くなるよ」


F社長は去年にも次男を誘ってくれ、次男もすっかりその気だった。

しかし当時は事故で体調が思わしくなかったので

期待に応える自信が無くなり、断っていた。

その時に夫も誘われ、良い条件を提示してもらったが

次男が断ったので話は立ち消えた。


私は何も言わなかったが、よその会社の人に夫の働きが認められたことは嬉しかった。

しかし次男の方は、長男と2年余りに渡る冷戦中。

兄との決別と、転職を混同するのは良くないと思っていた。

引き抜きだ、スカウトだと浮かれたって

その実は、憎たらしい兄と顔を合わせたくないだけだったりする。


憎しみを原動力に転職したって、あんまりいい結果にはならないものだ。

うちの次男の性分からすると、兄より優れている所を周囲に見せようと

寝る間も惜しんで張り切りまくるに違いない。

そしてやがては身体を壊し、使い捨てられる可能性大。

よって、ひとまず話が消えてホッとしたものだ。


兄弟の仲はそのうち元に戻って、現在に至っている。

そして今回、F社長は再び次男に言った。

「お父さんとお兄ちゃんと、3人でこっちにおいでよ」

《続く》
コメント (4)
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