殿は今夜もご乱心

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台風とダム・2

2019年10月18日 16時36分38秒 | みりこんばばの時事
前回の記事で、昨年の西日本豪雨から


ダムのことを考えるようになったと話しました。


それまでの私は、田中康夫元長野県知事の脱ダム宣言の騒ぎや


民主党(当時)の八ッ場ダム建設中止の騒ぎを


ゴシップとしてとらえるにとどまっていました。



「ダム建設をやめて、もしも洪水が起きたら


この人たちはどうやって責任を取るつもりだろう?」


もちろん、そんなことを考えたりもしましたが


私にとって洪水は、どこか遠くで起きるものであり


賢い誰かがどうにかするのだろうとタカをくくっていました。


まさか、日本人の生命や財産がどうなってもいい人たちが‥


責任なんか、はなから取るつもりの無い人たちが‥


何食わぬ顔です政治家になっているとは、まだ思っていなかったからです。



そして昨年の豪雨がやってきました。


見知った町の悲惨な光景をテレビで目にするたびに


土石流や氾濫の恐ろしさを痛感しました。


報道では、どこそこで死者何名という簡単な表現ですが


亡くなった人やその家族の事情はそれぞれ違います。


年老いたお母さんが外の様子を見に出た途端


裏山にあった神社が家に落ちてきて、ご主人と家族が亡くなったり


子供夫婦が川に流され、やはり年老いたお母さんが一人残されたり


そういうことを聞くたびに、明日は我が身と思って


胸を塞がれたものです。



そんな中、ダムの緊急放流が被災の原因ではないかと


問題になった町がありました。


緊急放流のタイミングや水量が適切であったか否かが


被災した住民の間で問われ始めたのです。



私のような一介のオバさんは、緊急放流と聞いたら


水洗トイレみたいに


ザバッと一気に流してしまう印象を持ってしまいますが


実際の緊急放流とは、ダムの貯水量を超えた分だけの水を


下流へ流すことです。


これを行わなければダムは決壊し


下流はさらなる大惨事に見舞われることになるのですが


被災した人々にとっては「ああ、そうですか」


で済まされない気持ちもわかります。



問題のダムは古く、貯水量もさほど大きいものではありません。


昔はこの程度で十分だったのが


それでは間に合わない量の雨が降るようになったのでした。


これはとても怖いことです。



だからといって、おいそれと作り変えるわけにはいきません。


莫大なお金と長い年月がかかります。


新設ならまだしも、すでに存在するダムを改築するとなると


もっと大変です。


今の重機や車両の幅と重量に耐えられるように


まずダムへ続く道路から作り変えなければならないでしょう。



万が一、予算が出てダムを改築することになり


たまたまこの仕事がうちの会社へ回ってきたとしたら‥


遠いのであり得ないと思いつつも


仕事柄、一応は考えてみるわけです。



難工事は間違い無し‥


予算も少ないはず‥


少ない予算の難工事に参加するのはリスクが高い‥


しかもまた氾濫したら「あそこの会社がやった」


なんて言われるかもしれない‥


辞退するに限る‥


その町が二度と洪水に襲われませんように、と祈りつつも


仕事の頭では、ドライにそう考えてしまいます。


私はダムを建造物という


物理的な面から見るようになったのでした。



ゴシップのネタから現実的な建造物へ‥


私のダムに対する印象は変化したわけですが


ダムに関してはもう一つ、別の印象があります。


「教訓」としてのダムです。



ここからは私ごとになりますが


何十年も前、近くの町にダムを造る計画が持ち上がりました。


私が結婚して長男を生んだ約40年前には


周辺住民の立ち退きが少しずつ始まっていました。


それから25年後、業者の入札が行われ


いよいよ着工が見えてきました。



当時、義父の会社はすでに火の車で自転車操業中。


このダム工事に参加できなければ、明日にも倒産です。


なぜならダム建設は、大きな公共工事。


公共工事に参加すると、銀行からお金を借りやすくなるからです。


逆から言えば銀行は、大きな公共工事に参加する会社を


当面は潰さないという習性があるのでした。


義父は何としても工事に参加して、銀行から運転資金の融資を受け


とりあえず一息つきたい一心でした。




やがて入札が行われ、たまたま懇意な建設会社が工事を獲得しました。


仕事は当然のように義父の会社にも振られることになり


彼はとても喜んでいました。



一緒に仕事をするからには、その建設会社と義父の会社とで


単価の契約を結ばなければなりません。


この契約で、義父はひどく安い単価を要求され


利益がほとんど出ない金額を了承してしまいました。


どうしても工事に参加したいと焦る義父は、足元を見られたのです。



ダム工事は始まりました。


巷で立ち退きよ、代替え地よと言っていた頃には


赤ん坊だったうちの子供たちが


大人になって工事に参加するのは感慨深いものがありました。



しかしそれも一瞬です。


困ったことが起こりました。


中東でナンカあったらしくて


ダンプや重機の燃料になる軽油の値段が急騰したのでした。



利益がほとんど出ない仕事で、燃料が値上がりしたら完全に赤字です。


ダムは山の上にあるものですから、上りも下りも燃料を食います。


やればやるほど赤字は膨らんでいきました。



悪いことは重なるもので、ほどなく重機が一台故障しました。


重機が無ければ仕事ができませんから


急いで何とかする必要がありました。



「新調すれば2千万円、修理だと7百万円。


ただし修理しても直る保証はありません」


重機のディーラーは言いました。


建設業界では暗黙の掟の一つに


「修理で直らなくても、修理代は払わなければならない」


というものがあります。


乗用車と違って金額が大きいため


例えば小さな修理工場だと、一回の不払いで簡単に倒産するからです。



昔はトンカンと叩けば何とかなったかもしれませんが


今どきの重機はコンピュータ制御なので


ひとたび不具合を起こしたら、ずっと祟り続けます。


そのため夫は新調を強く主張しましたが、義父は修理を選択しました。


義父が夫の意見を聞かないのは当たり前です。


浮気三昧の合間に仕事をするような


不肖の息子に従う気にはなれないからでした。



結果、修理に出した重機は直りませんでした。


義父は7百万円をドブに捨て、新車を買うしかなくなりました。


この出費がトドメとなって義父の会社は目に見えて弱り


数年後、工事が完了した時には借金が数億になっていました。


早い話が、地獄ですな。



私はこの経緯を淡々と眺めていました。


自分と我が子までが火の粉をかぶるかもしれない恐怖より


私をいじめ続けた義父や、浮気で私を苦しめ続けた夫が


頭を抱えて絶望する姿を見る楽しみが勝ちました。



そして知りました。


落ち目になった者の判断は、ろくな結果にならないこと‥


ひとたび不運に魅入られた経営者には


不運が付いて回ること‥。



ダムは商売上のさまざなことを私に教えてくれました。


しかし最も大きな教訓は


日頃の行いが全てを決めるということでしょうか。



ダムに対する思いを聞いていただいて、ありがとうございました。


《完》
コメント (6)
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