殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

年度末

2019年03月27日 10時28分17秒 | みりこんぐらし

いつもお立ち寄りくださって、ありがとうございます。

仕事の方が何かと慌ただしく、すっかりご無沙汰してしまいました。

ご心配くださったかたも、いらっしゃるのではないでしょうか。

申し訳ございません。

私は元気です。




さて、我々建設業界人にとって、3月は特別な月。

この月は3月ではなく、年度末と呼ぶ。

国や県からおりる予算の性質上

仕事の工期は3月いっぱいで締め切られることが多い。

それに間に合わせるため、3月は忙しいのだ。


3月は卒業や入学準備、異動や転勤などで世間も慌ただしい。

その時期にやたらあちこちで道路工事が行なわれ

ますます慌ただしく感じるのもそのためである。


そんな慌ただしさを横目に、私は相変わらずタラタラするのが常だが

今年の年度末は忙しかった。

その原因は、本社の経理部長ダイちゃんにある。


さかのぼること昨年の5月末、私は会社の事務職をクビになりかけた。

ダイちゃんの勧める新興宗教に入らなかったからだ。

彼の勧誘をのらりくらりかわすこと6年

ついにのらりくらりも通用しなくなったため、私が口頭ではっきり断った。

言うことを聞くと思っていた目下の者が

思い通りにならなかった場合、その憎しみは大きい。

私は報復を覚悟していた。


当時のダイちゃんは、新入社員を勧誘したことが

パワハラとして問題になっていた。

月に何度か我が社を訪れる習慣も、この時に無くなり

来年に迫った定年まで窓際の席を温める身の上となる。


同じ頃、53才で中途入社した昼あんどんの藤村が

我が社へ赴任したところだった。

うちの事務所には本社の地方営業所が併設されており

その責任者として藤村が抜擢されたのだった。

本社は、育成の経費がかからないという理由で年配者を雇いたがる。

しかし使えないことがわかると、肩書きを付けて田舎の終着駅‥

つまり我が社へ島流しにしたのだ。

迷惑な話である。


ヒラから営業所長になった藤村は、最初のうちこそ張り切ったが

しょせん昼あんどん。

挨拶回りが終わってやることが無くなった彼は

営業所の仕事だけでなく、我が社の事務も兼任したいと言い出した。

自身の無能に目をそむけ、よそを見たがるのは前任者の松木氏と同じだ。


松木氏も以前、本社に同じ提案をしたが

彼には事務の経験が無いので本社が認めなかった。

しかし藤村は、事務の経験を持つ。

何しろ自分で会社を二つ起業し、短期間だが経営していたのだ。

そして二つとも倒産させた、輝かしい実績がある。


やりたいと言う者を無視できず、本社は試験的にやらせてみることにした。

この判断にはダイちゃんの後押しがある。

宗教の勧誘によって発言権と外出の自由を失ったダイちゃんだが

経理部長の肩書きは定年までそのままだ。

その経理部長が人件費削減を主張すれば、もっともらしく聞こえる。

私を削減し、家族から引き離すのがダイちゃんなりの報復であった。


この計画を聞いて、私はどんな気持ちだったか。

狂喜乱舞。

もうダイちゃんや藤村と関わらなくていいのだ。

嬉しくてたまらなかった。


6月の始め、請求書の作成を兼ねて

ダイちゃんから藤村への事務の引き継ぎが行われた。

これには本社取締役の一人と、ダイちゃんの部下二人も立ち会った。

ここまで仰々しいのは、ダイちゃんの監視のためと思われる。


私はこの引継ぎに呼ばれてないので、行かなかった‥

と言うよりダイちゃん、絶対に私を呼ぶわけにはいかない。

私の仕事は、全てダイちゃんのサポートによって

成立していることになっている。

本社では、そういうことになっているのだ。


全然かまわない。

私は本当に何もできないおばちゃんだ。

何もできないおばちゃんに手を焼かされる‥やれやれ‥

男の世界では、それが平和の秘訣である。


夫の話によると、引継ぎは厳かに行われたが

午後になって藤村は音を上げた。

しかし上司と部下の見守る中、後へは引けないダイちゃん

無理に夕方までレクチャーを続けて帰った。


引継ぎ御一行が帰った後、藤村は夫に相談した。

「断ったらクビだろうか?」

「無理なら、早めに伝えた方がいい」

夫は答えた。

翌朝、藤村は本社へ行き、事務の兼任を断ったという。


ここで宙に浮いた、我が社の事務。

仕方がないので、そのままダイちゃんがやることになったが

彼は我が社の経理を見るようになって6年間

宗教の勧誘をするばかりだったので、基本的なことしか知らない。

それでも本人は全てを掌握しているつもりなので、何とかやっていた。

しかし取引先から次々とクレームが来て

事務の仕事は一つ、また一つと私に戻され、クビになり損ねた。

このことは以前、記事にしたように思う。


こうして10ヶ月が経過した今月、ちょっとした事件が発覚。

ダイちゃんは仕事の大半を私に差し戻したが

戻ってこないままの仕事がいくつかあった。

その一つに、A社の請求書がある。


A社は夫の親戚である。

バックに一部上場企業が付いていて

時々、おいしい仕事を振ってくれるので純益が高い。

しかも請求方法が単純かつ簡単。

A社を握っておけば「仕事してます」というそぶりができるので

なんだかんだと理由をつけて、ダイちゃんは手放したがらない。

そこでA社の伝票は使い走りの藤村に託し、ダイちゃんに直送していた。


ダイちゃんは、毎月順調に請求書を作成しては送り続けた。

そして年度末がやってきた。

ここでダイちゃんは200万円の赤字に気づく。

過去9ヶ月に渡り、A社の請求単価を間違っていたのだった。


A社に納入する商品は2種類ある。

一つは高く、一つは安い。

この二つの単価の差額は2500円。

細かいことを知らないダイちゃんは、伝票から商品の区別を読み取れず

どちらの商品も安い方の単価で請求していたのだった。

それを9ヶ月も続けていれば、これぐらいの差額は出てしまう。


ここでダイちゃん、軽く藤村に言った。

「藤村さん、謝っといて。

で、A社の社長に今月中に差額を入金してくれるように頼んでよ」


ピンチの時ほど軽く扱うのは、ダイちゃんの習性である。

彼はこれまでも、こうして切り抜けてきた。

彼のライトな口ぶりにだまされて、我々は何度も恥をかいたものだ。

社内での立場が危うくなった今

ダイちゃんはいちだんとライトになってきたようだ。


藤村は狼狽した。

こっちでいかにも仕事をしているフリをし

我が社の業績にも大貢献しているように装っていた藤村だが

実はA社の社長と面識が無い。

着任した時、挨拶回りに行くと言ったら断られ、そのまま放置していたのだ。

初対面の相手に

「初めまして、請求書が間違っていたからお金ちょうだい」

なんて、言えるわけがない。


ダイちゃんと藤村の醜いなすり合いは、数日間続いた。

どっちも本当のことがバレると首が危ないので、必死だ。

夫も私もそれを面白く眺めていた。


《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする