5月のことである。
同級生の友人けいちゃんが、厳かに発表した。
「7月のスタジアム、3人取れたから!」
スタジアムが取れた‥それは広島人にとり、天の声であるらしい。
広島カープの観戦チケットを入手したという意味。
「都合を聞いてたら売り切れると思って、独断で買ったよ」
昨年のリーグ優勝以来、カープ人気はすさまじく
チケットが取りにくいらしい。
病院の厨房で同僚だったけいちゃん、エミさん、私の3人で
観戦に行こうというのだ。
「ワー!」
手を叩いて喜ぶ、一回り年上のエミさん。
彼女は昔からカープファンで、プロ野球にすごく詳しい。
けいちゃんは昨年の秋以降、にわかにカープファンとなった。
甲状腺の手術で広島市内の病院へ入院したのは
ちょうどカープの優勝が決まるかどうかの時期だった。
病室の窓からスタジアムの灯りが見え
耳をすませると歓声が聞こえたという。
今週は横浜、来週は東京と、追っかけをしていた韓流スターは兵役中‥
萌えるものを欲していたけいちゃんはその瞬間、カープに目覚めた。
試合を録画して、何度も見る熱の入れよう。
「私が運転するから、行こうね!」
「嬉しいっ!ありがとう!」
当惑する私をよそに、けいちゃんとエミさんは盛り上がる。
「野球、知らなくてもスタジアムは楽しめると思うよ?」
けいちゃんは、今ひとつの反応の私を気にかける。
そうよ、私は広島県人でありながら
プロ野球に全く興味の無い不調法者。
昨年の優勝以来、寄ると触るとカープ、カープ‥
この雰囲気の県内で、生きにくくなった一人である。
でも野球を知らないわけではない。
うちの父はプロ野球が大好きで
私が子供の頃は、時々父娘でキャッチボールをした。
高校では、コーラス部とブラスバンドの他
人数が足りなくてほとんど活動しないソフトボール部に籍を置いていた。
父の弟は紀元前の大昔、カープにスカウトされたと聞く。
夫の趣味は野球、見るよりやる方。
息子2人は少年野球をやっていた。
義父アツシは元選手の何人かとゴルフ仲間だったし
義母ヨシコは毎年知人の催す行事で、今現役の何人かと面識がある。
だから人様よりは多少、野球というものに触れる機会は多かったと思う。
席の方も本社の年間指定席があり、いつでもというわけにはいかないけど
空いている日を選んで希望を出せば無料で座れる。
このように環境は充分なんだけど、興味が無いというのはどうしようもない。
断ればよかったものの、皆が行くというマツダスタジアムに
一生に一度くらいは行っておいてもいいのではないか‥
そんな欲から、ついウンとうなづいてしまった私に、けいちゃんは言う。
「当日までに勉強しとくんよ!」
この人、私たちと行く前日も姉夫婦と観戦する。
観戦だけならまだしも、高速を使っての往復もあるのだ。
午前中の仕事を済ませて駆けつけるという。
すごい情熱と体力。
「わかった‥」
力なく答える私であった。
その時は5月だったので、まだまだ先のことと思っていた。
しかし月日はまたたくように流れ
観戦はいよいよ来週となってしまったではないか。
私はカープの勉強以前に、スタジアムの道徳から学ぶ必要があった。
30年近く前、長男の少年野球の行事で
昔の市民球場へ行ったことが一度だけあるが
今の新しい球場のことは何も知らない。
市民球場の時は、下の子がまだ小さくて手がかかったし
あとは弁当やかき氷を食べているうちに終わった。
意気込んでミニスカートをはいて行った母親の一人が
姿勢を崩せなくて、ものすごく苦しんでおり
野球観戦にスカートをはくもんではないな、と思ったのと
中日の落合が打席に入ってバットを構えたら
とても大きく見えた記憶しかない。
そこでまず、会社へ立ち寄った夫の従姉妹の旦那に習う。
「缶のジュースやビールは持ち込み禁止」
「水筒はオーケー」
缶の持ち込みが何でわかるのか聞いたら
手荷物検査があると言われ、その段階ですでに震え上がって意気消沈。
けいちゃんからは、時々質問される。
「勉強してる?」
「う‥うん‥」
「神ってる人は?」
「ま‥前田‥」
「もうおらんわ!」
そして鈴木誠也の魅力というのを延々と講義。
「じゃあ最近注目の外国人選手はっ?」
「バ‥チスタ?」
「心臓手術じゃないのよっ!
バティスタ!言ってごらん!バ・ティ・ス・タ!」
厳しい修行は続く。
着る物にも注文がつく。
「赤いユニフォーム、着てないと恥ずかしいよ?
貸そうか?」
しかし、これはうちにある。
他にもタオルやらウチワやら、応援セット一式は長男が貸してくれるという。
彼はそこそこのカープファンなのだ。
本選だけでなく、二軍の試合もよく見に行っている。
この子に色々習えばいいんだろうけど、ほら、男の子って
面倒臭がりじゃん。
他人の方が、まだ優しいわけよ。
わずかな知識を少しずつ蓄え、あとは当日、暑くないことを祈るのみになった。
長時間、屋外にいるなんて、もう何年もしたことがない。
けいちゃんは70才のエミさんを案じているが
私の方が危ない気がする。
スタジアムデビューより、雨天中止を願う私である。
同級生の友人けいちゃんが、厳かに発表した。
「7月のスタジアム、3人取れたから!」
スタジアムが取れた‥それは広島人にとり、天の声であるらしい。
広島カープの観戦チケットを入手したという意味。
「都合を聞いてたら売り切れると思って、独断で買ったよ」
昨年のリーグ優勝以来、カープ人気はすさまじく
チケットが取りにくいらしい。
病院の厨房で同僚だったけいちゃん、エミさん、私の3人で
観戦に行こうというのだ。
「ワー!」
手を叩いて喜ぶ、一回り年上のエミさん。
彼女は昔からカープファンで、プロ野球にすごく詳しい。
けいちゃんは昨年の秋以降、にわかにカープファンとなった。
甲状腺の手術で広島市内の病院へ入院したのは
ちょうどカープの優勝が決まるかどうかの時期だった。
病室の窓からスタジアムの灯りが見え
耳をすませると歓声が聞こえたという。
今週は横浜、来週は東京と、追っかけをしていた韓流スターは兵役中‥
萌えるものを欲していたけいちゃんはその瞬間、カープに目覚めた。
試合を録画して、何度も見る熱の入れよう。
「私が運転するから、行こうね!」
「嬉しいっ!ありがとう!」
当惑する私をよそに、けいちゃんとエミさんは盛り上がる。
「野球、知らなくてもスタジアムは楽しめると思うよ?」
けいちゃんは、今ひとつの反応の私を気にかける。
そうよ、私は広島県人でありながら
プロ野球に全く興味の無い不調法者。
昨年の優勝以来、寄ると触るとカープ、カープ‥
この雰囲気の県内で、生きにくくなった一人である。
でも野球を知らないわけではない。
うちの父はプロ野球が大好きで
私が子供の頃は、時々父娘でキャッチボールをした。
高校では、コーラス部とブラスバンドの他
人数が足りなくてほとんど活動しないソフトボール部に籍を置いていた。
父の弟は紀元前の大昔、カープにスカウトされたと聞く。
夫の趣味は野球、見るよりやる方。
息子2人は少年野球をやっていた。
義父アツシは元選手の何人かとゴルフ仲間だったし
義母ヨシコは毎年知人の催す行事で、今現役の何人かと面識がある。
だから人様よりは多少、野球というものに触れる機会は多かったと思う。
席の方も本社の年間指定席があり、いつでもというわけにはいかないけど
空いている日を選んで希望を出せば無料で座れる。
このように環境は充分なんだけど、興味が無いというのはどうしようもない。
断ればよかったものの、皆が行くというマツダスタジアムに
一生に一度くらいは行っておいてもいいのではないか‥
そんな欲から、ついウンとうなづいてしまった私に、けいちゃんは言う。
「当日までに勉強しとくんよ!」
この人、私たちと行く前日も姉夫婦と観戦する。
観戦だけならまだしも、高速を使っての往復もあるのだ。
午前中の仕事を済ませて駆けつけるという。
すごい情熱と体力。
「わかった‥」
力なく答える私であった。
その時は5月だったので、まだまだ先のことと思っていた。
しかし月日はまたたくように流れ
観戦はいよいよ来週となってしまったではないか。
私はカープの勉強以前に、スタジアムの道徳から学ぶ必要があった。
30年近く前、長男の少年野球の行事で
昔の市民球場へ行ったことが一度だけあるが
今の新しい球場のことは何も知らない。
市民球場の時は、下の子がまだ小さくて手がかかったし
あとは弁当やかき氷を食べているうちに終わった。
意気込んでミニスカートをはいて行った母親の一人が
姿勢を崩せなくて、ものすごく苦しんでおり
野球観戦にスカートをはくもんではないな、と思ったのと
中日の落合が打席に入ってバットを構えたら
とても大きく見えた記憶しかない。
そこでまず、会社へ立ち寄った夫の従姉妹の旦那に習う。
「缶のジュースやビールは持ち込み禁止」
「水筒はオーケー」
缶の持ち込みが何でわかるのか聞いたら
手荷物検査があると言われ、その段階ですでに震え上がって意気消沈。
けいちゃんからは、時々質問される。
「勉強してる?」
「う‥うん‥」
「神ってる人は?」
「ま‥前田‥」
「もうおらんわ!」
そして鈴木誠也の魅力というのを延々と講義。
「じゃあ最近注目の外国人選手はっ?」
「バ‥チスタ?」
「心臓手術じゃないのよっ!
バティスタ!言ってごらん!バ・ティ・ス・タ!」
厳しい修行は続く。
着る物にも注文がつく。
「赤いユニフォーム、着てないと恥ずかしいよ?
貸そうか?」
しかし、これはうちにある。
他にもタオルやらウチワやら、応援セット一式は長男が貸してくれるという。
彼はそこそこのカープファンなのだ。
本選だけでなく、二軍の試合もよく見に行っている。
この子に色々習えばいいんだろうけど、ほら、男の子って
面倒臭がりじゃん。
他人の方が、まだ優しいわけよ。
わずかな知識を少しずつ蓄え、あとは当日、暑くないことを祈るのみになった。
長時間、屋外にいるなんて、もう何年もしたことがない。
けいちゃんは70才のエミさんを案じているが
私の方が危ない気がする。
スタジアムデビューより、雨天中止を願う私である。