殿は今夜もご乱心

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墓騒動・6

2015年10月16日 11時05分36秒 | みりこんぐらし
私は考えた。

確かに一連のゴタゴタには、嫌気がさしている。

しかしこのまま、村井の主張する10センチ案の返事を引き伸ばしたり

よその墓地に変えたらどうなるか。


こっちは復讐や決別のつもりでも、人から人へ伝わると

違う形になってしまうのはよくあることだ。

この話は、うちが村井の勢いに負けた…という形に歪められ

村井親子によってアキバに伝わるだろう。

アキバに伝われば、業界に伝わる。


建設業界の情報網は、人が考えるよりもすごいのだ。

なぜすごいかというと、建設業界の社長というのは

たいてい現場に出て働かないので、暇がある。

その暇をあちこちの会合や親睦旅行、ゴルフ、喫茶店や酒場で

おしゃべりに使うからだ。


どこそこ建設の奥さんが、旦那の葬式で

白でなく派手な花柄のハンカチを使って涙を拭いていた…

なんてことまで、男から男へすぐに伝わり、何年経っても消えない。

暇な男達が消さないからだ。

暇な男というのは、姑よりもタチが悪い。

噂で人を潰すのは、簡単なのだ。


私は元々、人に何と思われようと知ったこっちゃない主義。

人目も人の口も気にしない。

が、「引いた」「譲った」「逃げた」の項目だけは別扱い。

弱いや優しいは、商売の命取りになるからだ。

たかが墓一基のことでも、ひとたび引いた、譲った、逃げたと印象づけたら

くつがえすのは難しい。

商売の相手はそのつもりで押してくるので、力関係が変化するのだ。

男には…いや、女だけど…絶対に引いてはならない時がある。



私は思い出した。

村井の墓と通路をへだてた真ん前に

岡野石材が所有している空き墓地があったことを。


「村井の目の前に建ててやらんかい!」

私は言った。

村井め…未来永劫、墓参りのたびに、おのれの浅はかを思い知るがいい。

アツシにはこの際、安らかに眠るのはあきらめてもらう。

我々は岡野石材の墓地を買うことに決めた。


週末、見積りを持って来た二代目に

「村井さんの墓の正面にある、お宅の墓地を買いたい」と切り出した。

「仕切りの石を動かせなんて、あちらは無茶をおっしゃるけど

あの石は質も磨きも相当いいもので、深く埋めてあると思うの。

あのままそっとしておいて、うちは別の所にする方がいいんじゃないかしら」

未来永劫思い知れ…などと思っていることは黙り

仕切り石の賞賛を路線変更の理由にする私だった。



しかし、二代目の反応は意外なものだった。

「もめているのは聞いています。

でも、洋子さんの墓地を買っていただきたいんです」

我々は驚いた。

墓地と墓石で二重の利益になるというのに、彼はそれを断ったのだ。


「お察しの通り、あの仕切り石は僕のこだわりです。

タイミングの問題で、たまたまいい石があった時でした。

入り口の斜めになっている所なんかは、細かく計算して作ったので

絶対に動かしたくありません。

それに、うちは洋子さんの所より、幅が30センチ狭いんです」

「そんなに狭いの?」

「はい、ワンサイズ小さいお墓でないと無理です」

「じゃあダメね」

目の前に建てることはできても、墓石を小さくしたんじゃあ

今ひとつ迫力に欠ける。

未来永劫苦しめ計画は、この時点で消滅した。


「うちの墓地に、あの仕切り石は使っていないので

お勧めしたくありません。

いい仕切り石を使っている所には

良さをわかってくれる家がふさわしいです。

僕が村井さんと話して納得してもらいますから」

二代目は、そう言って帰った。


仕切り石をほめたばっかりに、振り出しに戻った。

複雑な心境の私だが、父親の故郷という立地にこだわっていたヨシコは

手放しで喜んでいる。

墓に入るのはあの人達だから、まあ、いいか。


その後、岡野石材の二代目は改めて測量をやり直し

二区画で85万のところを村井が41万、うちが44万と算出した。

測量の結果が出た途端、村井は静かになった。

そう、二つの墓地にたいした差はなかったのである。

うちが買うはずの所が端っこだったので、広く見えただけなのだ。

隣の芝生は青いと言うが、強欲な村井め

よくも幅を10センチも狭くしろと言えたものだ。


ともあれこうして、アツシの墓は手に入った。

夫の祖父母の墓が市内の中心部、私の実家の墓が市内の西のはずれ

ヨシコの実家の墓が南の方角にある離島

そして今回求めたアツシの墓が市内の北のはずれ。

将来、我々が主だって墓守をする予定の墓たちである。

ワーイ!あとは東の方角さえ入手すれば、十字架が完成だ~い!

ちっとも嬉しくないわい。

(完)
コメント (4)
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