殿は今夜もご乱心

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墓騒動・2

2015年10月12日 08時19分54秒 | みりこんぐらし
アツシの墓購入は、順調に進んでいる様子で

大手墓石チェーンのセールスマンに勧められ

彼の会社と提携している町はずれの墓苑に決まりかけていた。

平地にあって車で乗り付けられ、水道とゴミ捨て場、水洗トイレ完備。

高齢者のニーズにぴったりのナウ!な墓地である。


先月下旬に見積りが届いて、あとはヨシコが首をタテにふるばかり。

しかしここで、母娘は行き詰まる。

ヨシコが引っかかったのは、年間の管理費と無縁仏の関係であった。


この墓苑は一基分の敷地が狭く、墓石の大きさしか無いので

お参りは通路で行う。

狭いけど設備が充実しているため、墓地の料金が80万円から100万円と

田舎にしては少々高めの設定。


年間の管理費も8千円から1万円と、やはり田舎にしては高め。

家が絶えて管理費が引き落とされなくなると

骨壷は墓から出され、同じ敷地にある無縁墓へ埋葬し直される。

そして空いた墓は再び売りに出されるという。

ナウな墓苑にふさわしく、システムがドライである。


うちの息子達は独身だし、この先結婚するかどうか

ましてや子孫に恵まれるかどうかわからない。

ヨシコはこのシステムが摘要される可能性の高さを心配して

躊躇するのであった。



さらに見積りが届いた翌日、洋子ちゃんという女性が家に訪れた。

昔は両親の妹分のような存在で、しょっちゅう家に来ては

ソプラノの大音響で騒いでいたものだ。

しかしアツシの会社が左前になって以来、ぷっつり来なくなった。

悪い人ではないけれど…といった類いである。


その洋子ちゃんが、約20年ぶりに現れたのには理由があった。

アツシの死を知らなかったそうで、まずお悔やみ。

本題は、自分の持っている墓地を買って欲しいというものだった。

数年前に親の分と一緒に二区画買ったものの

前の墓地の墓石を新調して合祀することになり

買った所には建てなかったので、そのまま空いているという。


ヘンピな山奥にあり、水道もトイレも無いが

二区画で85万と格安。

コンパクトなナウ墓地に比べると、6倍の広さだ。

しかも管理費無料。

家が絶えても無縁墓に入れられる恐れは無い。

しかしヨシコが食いついたのは

その墓地が、ヨシコの父親の故郷にあることだった。


10才で母を亡くしたヨシコには、父との別れも待っていた。

戦争から復員して、初めて妻の死を知った父親は婿養子。

姑、つまりヨシコの祖母はきつい人で

婿養子の再婚を許さず、ヨシコを連れて家を出ることも許さなかった。

離島に暮らしていたため、復員したところで仕事が無いのも

現実的な問題として存在した。


父親は泣く泣く離縁して実家へ帰り、再び婿養子になって別の家へ入った。

祖母と二人きりで暮らすヨシコは「捨てられた」と思ったそうだ。

ヨシコの父親への思慕は、察するに余りある。

現世では縁の薄かった父親の、せめて生まれ故郷で眠りたいと思うのは

自然な気持ちだろう。


父親の故郷ということで、すっかり洋子墓地に魅せられたヨシコ。

しかしこっちには、あまりにも広すぎるという問題があった。

墓石を大きくして、灯篭やベンチなどのオプションを色々付けないと

かえってみっともないことになる。

資金に見合った一般的な墓は、建てられそうもない。


ヨシコは一区画だけ売って欲しいと頼んだが

洋子ちゃんは「一緒に売ってしまわないと、あとあと私が困るから」

と首をふる。

この日は押し問答に終始し

「じゃあ、お姉さん、考えといてね!」

洋子ちゃんはソプラノでそう言って帰った。


通いやすいが無縁仏になりそうなナウ墓地…

父親の故郷だが二区画もいらない洋子墓地…

2つの墓地を巡って激しく心が揺れたヨシコは

老人がよくやってしまうように

洋子墓地のことをナウ墓地のセールスマンに全部話してしまった。


こうなったら、ナウ墓地の男も黙っちゃいない。

ほとんど決まりかけていたものを

みすみす奪われるわけにはいかないので日参する。

洋子ちゃんからは、決断をせかす電話がかかってくる。


しばらくは、近年珍しい引っ張りダコの状況を喜んでいたヨシコ。

しかしやがて、決められない苦しさに夜も眠れなくなった。

墓の呪い、やはり開始か?


墓、墓と、うわ言のように繰り返す母親をルイーゼは見放した。

「だって私が入るわけじゃないし!」

ごもっとも…ということで、呪い?の渦中に足を踏み入れた私だった。


(続く)
コメント (4)
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