羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

ダンス ダンス ダンス タンゴ!! + 歓喜の歌

2013年10月20日 08時48分46秒 | Weblog
 FBで紹介したアルゼンチンタンゴの映像です。
 設定がとても素敵だし、ダンスで女性をエスコートする姿が、魅力的なのであります。
 女性は彼の誘導に従うようでありながら、本来の美しさを開花させていく過程が見えます。

 もう一曲、ベートーベン「第九」歓喜の歌。路上演奏。すばらし!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1970年代の野口体操とニュージーランド・オーストラリア人との邂逅

2013年10月20日 07時56分24秒 | Weblog
 昨日の朝日カルチャー「野口体操講座」には、先週に引き続き外国からの参加者を迎えた。
 前回は、スイスからで、今回はオーストラリアからだった。
 二人とも野口体操を海外で経験していた。
 昨日の方はニュージーランドから日本に来ていたビッキーという女性に習ったらしい。
 彼女はふくよかなからだつきで、野口先生はお気にいりで、唯一、ビザの保証人にまでなっていらした。
 そのビザは何回か更新されていた。NHKで放送された「訪問インタビュー」に彼女の動きを見ることができる。

 さて、13日の日曜日に観た「舞踏」のことや、風営法の問題にからめて「アルゼンチンタンゴ」の成り立ちからその後の発展、そして世界無形文化遺産登録までの流れの話等々もテーマとして、1970年代、私がはじめて野口体操に出会ったころの動きを紹介した。
 といっても現在取り上げている動きなのだけれど、当時の演劇や舞踏へとつながる野口体操解釈による動きを、皆さんにも体験していただいた。
 動き方は同じなのに、まったく同じに思えないほど、からだの中身の在り方やイメージや意識の置きどころは異質な世界である。
 若手舞踏家5名による「降海の夢」を観たことがキッカケとなって、ほぼ40年前に引き戻された私は、来た道を辿ることができた。最初は戸惑いを見せていた方々も、非日常の動きの質に引きずり込まれた。その一つに、オーストラリアから来日した男性参加者の動きに依るところが大きい。

 ヨガを本格的に学んでいるそうだが、ビッキーに習ったらしい「上体のぶらさげ対話」での話しかけと受け答えの素晴らしさが、誰の目に新鮮で驚きで感動であった。
「とても優しい。でもべたべたとしつこくない」
 最初に組んだ新井さんの印象である。

 握手から始まり、挨拶としてハグしたり頬にキスを軽くする、と言った行為を親密な特別な関係でなくても、身体的な接触を日常的に行う習慣がある文化に育った人の距離感かもしれない。そこにビッキーから伝わった「上体のぶらさげ対話」が加えられている。

 最後に再び、アレックスさんと新井さんに再演してもらい、思わず私も話かけを所望。その触れ方の微妙な優しさ、距離感、あっさり感、方向感、相手の動きを内面から察知して次の動きを促す感!
 久しぶり、というより新しい感覚の体験をさせてもらった。
 ものすごく気持ちがいい。ものすごくからだが軽くなった。ものすごく解き放たれる。
 質のいいからだの触れ合いというのは、最高に人を癒していくことを改めて実感させてもらった。
 この感覚は、いったい何だろう。

 新宿駅までの帰り道、同行したある女性は、こんな言葉をつぶやいた。
「首や肩が凝っているせいか、にょろ転をキッカケとして1970年代のイメージで動いてみたら、気持ちが悪くなったんですが……」
 当方、久しぶりによい気持ちで動いたし、アレックスとの「上体のぶらさげ対話」で得た新鮮な感覚に解きほぐされ、元気をもらったのとは裏腹な言葉に、今後の課題をもらうことができた、と思っている。

 さて、さて、今朝は久しぶりに熟睡観を得て目覚めた。
 課題は課題として、最初は「とんでもない空間」、ここに身を置いてもいいのだろうか、とまで思いながらも次第に嵌まっていった1970年代から80年代初めの野口体操の意味を改めて噛み締めていきたい。
 社会化のために少しずつ落として来たこと、少しずつ変質したこと、それはそれとしての意味はあるが、新しい感覚としてアレックスやビッキーが育てていった“触れ方の極意”は、大切にしていきたいと思った。
 13日の「舞踏公演」、そして昨日のアレックスとの出会いは、節目の時を自然が与えてくれたものとして暖めていきたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする