羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

2013年04月25日 06時59分12秒 | Weblog
 書店の太い柱にはポスターサイズの張り紙があった。
《 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、完売いたしました。 》
 予想通りだった。
 はやく読みたいと思うほどの村上春樹ファンではない。
 待つことに抵抗はない。
 それでも手ぶらで書店を出るのは、勿体ない気がしていた。
『漂白される社会』開沼博著 ダイヤモンド社、が目に飛び込んできた。
 分厚い。460㌻?
「おぉー」
《 社会に蔑まれながら、人々を魅了してきた「あってはならぬもの」たち。彼らは今、かつての猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつある。私たちの日常から見えなくなった、あるいは、見てみぬふりをしている重い現実がつきつけられる 。 》
「これか、書評にあった本は……」
 迷わずレジに向かった。

 数日して読みはじめた。
 クローズアップ現代、朝日新聞、テレビ朝日のニュース特集等々で、報道された内容も含まれていた。
《 売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウス、貧困ビジネス…… 》
「確かに、東京のカラスが減った。西新宿高層ビル街に出る地下道のホームレスは一掃された。なるほど」
 ルポルタージュと学術論文が合体した文体をとって、非常に読みやすい。筆の力がそこかしこに光っている。なにより、現代社会で漂白される現象、人々へのどことなく温かな眼差しが感じられる。
 
 著者は言う。
《 現代社会は漂白される社会だ。中略 「周縁的な存在」が本来持っていた、社会に影響を及ぼし変動を引き起こす性質が失われていくことを示す 》
 物質的なものだけでなく精神的なものまで「色」が失われる社会の有り様を描き切っている。
「色」つまり、社会における情事、猥雑さ、表立って忌避されるもの。「色事」「色街」「色物」があらわす偏りや猥雑さが失われる社会。
《 「周縁的な存在」自体が社会からなくなることを意味するのではなく、「偏りや猥雑さ」を持つ「周縁的な存在」が隔離・固定化されたり、不可視化されることを示す。中略 周縁的な存在が現代の「無縁」の一つの形態だとすれば、それは本来見せていた「人の魂をゆるがす文化」や「生命力」も衰えつつあると言える。 》

 表面は清潔に漂白された「シロ」、そこから「グレーゾーン」から限りなく「クロ」に近づく。すると突然のように「アカ」や「アオ」、原色が色とりどりに光彩を放つ現代がある。
 落ちるのは容易い。ブラック企業から人材派遣会社へ、気づくと家族と離れて周縁に暮らす若者たちの群れがある。
 落ちるのは容易い。環境の変化。それは自然がもたらすものと人為がもたらすものと、双方が絡み合って人生を狂わせ、漂白されてゆく。

 この本を読む途中で『色彩を持たない……』村上春樹の本が手に入った。
 実に巧妙に読者を夢と現実のなかに陥れる。リストの巡礼の年を聞かせながら、惑わせる。
「待てよ。ここにも色を取り戻すことの意味が描かれているんじゃないか?」
『漂白される社会』がえぐり出したのとは無縁の家庭に育った青年が、社会人となって本当の大人に成長する途上で、「色」を見つける旅に出る。これは通過儀礼だろうか。
 新宿駅のプラットホームで、電車や列車を眺め、乗降客の流れをぼーっと見続ける。客体とも違う見方、主体とも違う見方。漂白された人工的な「シロ」から「グレー」を抜けて「クロ」に到達すると、そこに開ける「色とりどりのミステリー」だった。
「でも、灰色はどこに行ったのだろう」

 思い返せば、私も主人公同様に「松本行き」を見送ったことがある。この行を読んで、思わず笑ってしまった。これまでの64年間、いちばん多く乗り降りした駅は新宿駅だ。それなのにここから長距離列車に乗ったことはない、と気づく。
 
 二冊の本が描こうとした「色」の世界は、社会と個人の違いはあっても、現代を生きる人間の本性を、かたやドキュメントとして、かたやフィクションとして、同じ調性の同じ通奏低音を鳴らしながら、読む者に多様な気づきをもたらす佳作だ。
 たまたまだったか、偶然だったか、同時に二冊にであったことは、必然だったのかもしれない。それは2013年、3月と4月に出版された。
 二冊を通して、「今」を読んだ。「今の日本」を読んだ。そしてそれは他の言語の国にも共通する現代であり、過去であり、未来なのかもしれない。多分、おそらく、この二冊は翻訳されて、他国の人々に読まれることを望んでいる。
 世界は「色」に満ちているのだ。しかし、一方で表面の「漂白文化化」は、社会的にも個人的にも確実にすすんでいる。
 もう一度言おう。
「偶然ではない、必然がこの二冊を生んだ」と。
コメント
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