電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

『暗殺の年輪』と『蝉しぐれ』~両親の造型などから

2009年10月30日 05時59分33秒 | -藤沢周平
藤沢周平著『暗殺の年輪』と『蝉しぐれ』は、物語の基本的構造が、実に良く似ていると感じます。たとえば、
(1) まず、父の死が、藩の権力争いが関係しての切腹あるいは横死である点
(2) 次に、周囲の冷たい視線の中で成長期を過ごすのですが、剣術修行に没頭することで、高い技量に達している点
(3) また、父の死に関係した藩の権力者の争いが再燃し、暗殺や赤子の連れ出しなど、隠密の役割を果たすことを余儀なくされる点
(4) さらに、任務の遂行の先に、権力者による圧殺が仕組まれていること
などです。

東京での藤沢周平は、直木賞作家として押しも押されぬ存在ではありましたが、故郷に対しては、少しばかり負い目というか、屈折した感情を抱いていたようです(*)。それは、主として、和子夫人と再婚する前に一時同居していた女性への申し訳なさがおもな要因だったのでしょうが、また作品の面から、別の見方をすることもできるのではないか。

直木賞受賞作として、作家に生涯ついてまわる作品は、『暗殺の年輪』ということになります。この作品中での両親の造型は、父は暗殺者であり、母は家名存続と息子の命とを身体であがなうというものです。

「父上が斬ろうとした重臣というのは、嶺岡さまのことらしいですな」
不意に振り向いて馨之介は言った。波留はまた縫物に眼を落している。斜めに傾いた日射しが、その手元を染めていたが、規則正しく光る針の運びに乱れはなかった。
「またその話ですか」
波留は俯いたまま言った。
「私はお父上になんにも知らされていなかったのですよ。相手が誰かなどということが、解るわけがありません」(p.101)

しかし、その母が、息子に問い詰められて自害する。運命に対する憤りや、不遇感にとらわれていた頃には、それでもよかったのかもしれませんが、ある年齢になったとき、作者の描いた作品を通して、実在の作家の両親が誤解される危険性を感じたことはなかったでしょうか。

郷里の新聞から、連載の依頼があったとき、直木賞受賞作と同じ構造の作品を、もっと気品ある形で、書き直したいと考えたのではないか。どうしても、作者によるリメイクの可能性を考えてしまいます。

(*):『知られざる藤沢周平の真実 待つことは楽しかった』を読む~「電網郊外散歩道」より
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