電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

飯森・山響のモーツァルト交響曲全曲演奏「アマデウスへの旅」第1回を聴く

2007年08月12日 18時40分26秒 | -オーケストラ
昨日の11日(土)夜7時から、山形テルサホールにて、飯森範親指揮山形交響楽団による、8年越しの企画「アマデウスへの旅」第1回演奏会を聴きました。これは、モーツァルトの交響曲の全曲を中心に、協奏曲や声楽曲なども織りまぜて、オリジナルスタイルを取り入れながら現代のモーツァルトを演奏し、録音するというものです。

会場の山形テルサホールには、プレトークぎりぎりに到着、すでに座席は満席に近く、指揮者の飯森範親さんが「マイクが聞き取れますか?」と問いかけます。いつもながら、語りかけが届くホールの大きさが、聴衆との一体感を生むんだなぁと感じます。

35年の生涯で約600以上の音楽を作曲したヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品については、19世紀の初めにケッヘルがほぼ年代順にまとめています。最後のK.626が「レクイエム」。これらの楽譜をまとめたものが、旧モーツァルト全集と呼ばれます。これに対し、モーツァルトの没後200年にあたる1991年にまとめられたのが新モーツァルト全集で、ベーレンライター社から出版されました。ここで取り上げられている交響曲は、Anh.(アンハング、疑問)つきのものを含めて47曲。「でも、最近もう1曲楽譜を入手しちゃったんですよねぇ!もしかすると、1曲増えるかも」と飯森さん。

1曲目の「交響曲ヘ長調K.Anh.223」は、9歳の頃に書いたと言われています。父レオポルドに連れられて、貴族の前で名人芸を披露しお金に替える旅の合間に、いつ作曲したのでしょう。ロンドンで、大バッハの息子のヨハン・クリスチャン・バッハの影響を受け、父の病床で書かれた第1番と同じ3楽章の交響曲です。

そして団員の皆さんが登場。男性はいつもの正装スタイルで、女性はカラフルなドレス姿です。コンサート・ミストレスの犬伏さんは、エメラルドのような少し緑がかったブルー。皆さん、とてもきれいです。

交響曲ヘ長調はいつもより少人数で、配置は第1ヴァイオリンがステージ左、第2ヴァイオリンが右に、その奥に左がチェロ、右にヴィオラ、次の列には管楽器が、最奥部にコントラバスとバロック・トランペットが陣どります。

第1楽章、アレグロ・アッサイ。飯森さん指摘するとおり、石畳の上を馬車が走るときの規則的なリズムとテンポ感が、この楽章にはあります。そして第2楽章アンダンテ。ここは、出会った女の子に寄せる感情のようなチャーミングな曲。短い終楽章はプレストで。疾風怒涛と言えばよいのか、快速な音楽です。

曲間に飯森さんが再び登場してトークをいれます。メモによれば、あらまし次のような内容。

次の曲目は、ヴァイオリン協奏曲第5番。ザルツブルグ時代に書かれた協奏曲ですが、この頃モーツァルトは第31番「パリ」まで交響曲を書かなくなります。この協奏曲は、初めの魅力的な旋律がテーマだと思うとそれが実は主部の対旋律、伴奏だというこった作りになっています。オスマン・トルコの支配により、イスラム文化が欧州に入り、ウィーンで流行したのがトルコマーチでした。流行に敏感なモーツァルトは、さっそくこれを取り入れます。当時は専門の指揮者はなく、ソリストが指揮を兼ねていました。今日は高木さんが弾き振りをします。私(飯森)は客席で聴かせてもらいます!

で、ヴァイオリンを片手に、高木和弘さん登場。小編成は変わりありませんが、中央の指揮者の立ち位置に高木さんが立ち、演奏が始まります。二本のマイクにぶつからないかとはらはらしましたが、第1楽章、アレグロ・アペルト。緊張の中にも愉悦感を感じさせるカデンツァが素晴らしい!
第2楽章、ソリストのヴィヴラートもほとんどありません。もちろん、オーケストラのほうもノン・ヴィヴラート奏法。奏法は鋭い切れ込みを特徴とするのですが、響きが透明で純度が高いように感じられ、たいへんに繊細優美な音楽になっています。第3楽章、ロンド~テンポ・ディ・メヌエット。ソロと第1、第2ヴァイオリン、チェロとヴィオラのトップ各1名、それに時折コントラバスやホルンなども入って、室内楽ふうのかけあい。そして全オーケストラの音楽になるときには曲想も大きく変化します。トルコ風の軍楽隊のリズムを刻むのは、チェロが弓を打ち付けるようにして演奏するのですね。あの音をどうやって出しているのか、ようやくわかりました(^o^)/

そして演奏会は休憩に入ります。当記事も、ここでいったん休憩。
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