自分の気持ちだけで泣き言を並べた昨日のページ、今朝一番に訪れた広島平和公園の光景が添付の写真です。
世界に誇る事が出来るこの場所は、何方の力で護られているのでしょうか 雷雨に見舞われた直後の光景、9時過ぎでしたでしょうか?
リヤカー懐かしむ、を通り越してただ頭の下がる思いでした。ナント清掃のお母さん方は遍路傘を被っているんです。自分の八十八箇所遍路を思い出して…
世界遺産原爆ドームは当分安泰ですネ
今週は全て広島平和公園内で、修学旅行生のための碑巡りガイド。1日に2回が3日間、全部で8回だ。
全国各地から、小学生・中学生・高校生が訪れる!!オイラはさておき子供たちの為に、雨が降らないようにお祈りする。此処のところ夏日の連続で「熱中症」が心配。知らない土地への旅で、体調を崩す子供もいる。
基本的に「広島平和公園」は観光ガイドする場所ではなく(オイラはそのように思う)、子供たちの期待する内容で、案内できているか非常に不安。ガイド歴も6年になるが、依然としてこの思いは続いている。
でも思い出の修学旅行、精一杯の思いを込めて、広島を案内します。
5/22日 観光ガイドのボランティアを始めてから6年目、これ迄で一番嬉しい日である。お客様は神戸から「万葉の会」の皆さん、宮島をご案内する日である。
出会いはナント閑谷学校をご案内した事からだ。
閑谷で偶然ガイドを担当したのが始まり、帰り際求められて史跡の、住所、電話番号が印刷された名刺をお渡しした。
きっかけはこの時のリーダーHさんから、閑谷学校経由で丁重な礼状が私に届けられてからである。文面は史跡:閑谷学校の素晴らしさが、説明を聞いて良く理解できた。と云う内容であった。
拙い説明を熱心に聞いてくださり、その上手紙まで頂いた事に正直感激したものである。
出会いから1年半が過ぎた今年5月、今度は宮島でお会いしましょうの手紙を頂いた。感激!二つ返事で再会を約した。
好天に恵まれ、今回も自分の出来る事は全て提供出来たと思う。次回の出会いがあることを切に願って帰路についた。
宮島からの帰路、連絡船上で見た河平連山の夕日である。晴れやかな心を映している。当麻寺阿弥陀に遜色無い美しさだ!
5/20日も歴史探歩、快晴の備後路に歴史のロマンを求めて粛々と進む。
驚いたのは備後一宮、地元では親しみを込めて一宮(いっきゅう)さんと呼んでいるらしい。
丁度訪れた時妙齢のご婦人が祈願されていたが、ナント!神主さんは太鼓を激しく打ち鳴らしながらの祈祷であった。(まるで日蓮宗のお経の如くである)
詳しい事は判らないが写真をよく見ていただくと、本殿入り口の掲額には「虎眠山」と書かれている。神主のご説明では、この地は吉備勢力の西の端、だから西の守りで虎なのだと云う。四神相応でいけばなるほど西の守りは白虎だ。
社殿は数度の火災に会い、現在の建物は江戸期の物だが造りは室町様式。神仏習合の名残が色濃く残っているのが額装や祝詞に現れているのか?
5/16日 上方へ旅した後は感謝の気持ちも込めて、恒例の閑谷学校で奉仕。
現在中心施設大成殿(孔子廟あるいは聖廟とも云う)は修理中。これまで判然としなかった建屋の謎を解く絶好の機会、必死になって疑問解明に狂奔中です。
秋限定、閑谷学校のスターは大成殿前に聳える一対の楷樹。今年は柔らかな若芽が均質に伸びて、秋の紅葉を約束するかの如く伸びやか!!
今秋は見事な紅葉が期待出来そう…11月中旬是非お越し下さい。
5/13日(日)~15日(火)まで、又々奈良方面の歴史探歩です。今回は特に3月に尋ねた、二上山山麓にある当麻寺の阿弥陀来迎を今に写した「二十五菩薩お練り供養」を中心にした訪問です。
5/13日は「初瀬詣・長谷信仰」で知られる、真言宗豊山派総本山長谷寺に参詣。
この寺は全国に3千を越す関係寺院を持つが、伽藍は度重なる火災により消失しており、現在の本堂も江戸期の再建。従って国宝指定は平成18年とつい最近である。
当麻寺縁起に伝わる中将姫(後述)も、度々参詣したと云われる登廊399段の長谷寺
、御本尊十一面観世音菩薩は黄金で三丈三尺(10メートル)の立像、境内は四季折々の花々が優しく出迎えてくれます。
行き交うお坊さんが気持ち良く、笑顔と挨拶で迎えてくださる長谷寺!皆さんも機会に是非お出かけ下さい。