相手は何処でしょう?
何時もの場所で見ているのに、今日もそれなりに盛況です。
しかし結果は? チーム最高年棒のあの男が今日も見事に、敵に塩を送りました。
これじゃぁね
新球場効果での観客動員も、この体たらくでは何処まで続くのですかね?
『藜羹(れいこう)を喰らうものは、大牢の滋味を知らず』という言葉が中国にあるが、直訳をすれば、不味いもの(れいこう)ばかり食べていると、美味しいものの味を忘れるという事だが、本意は『つまらない人間には高尚な事や、本当に重大な事は理解できない』と教えられている。
器に盛られたものはさしたるものではないが、器は一見の価値があると思いませんか?
オイラの尊敬する先輩が精魂込めて焼き上げた一品で、無理をお願いして頂戴したもの…
それにしても、もう少し気の利いたものを盛り付けてほしかったなも?
9月とはいえ初旬では相当の暑さが予測され、年寄り集団のこととて、予期せぬ事態の到来を避けるためにも、時間付けは慎重にするに越したことはない。
とは言ってもさして難しいことではない。要するに朝早く、夕も早めに切り上げることを忘れなければ、ほぼ完璧といっても過言ではない。
そぼ降る雨の中、昼食場所の発掘と時間割を考えながら散策。
満足できるものではないが、それなりの答えらしきものを得て帰宅。
訪問予定場所の街並みである。電柱が無ければなぁ~
私はこれまであえて避けてきましたが、昨日故あって体験談を拝聴する機会を得ました。
学童の時に軍管区司令部で、通信業務に携わっておられた方のお話です。60年以上昔の出来事を生々しく語られましたが、軍の中枢で勤務していたことから、機密事項に近い情報の詮索や、同僚の不幸な生い立ちを慮って口を閉ざしていたこと等、深い傷を背負って生きてこられたことを、淡々と昨日の事のように語られました。
先の戦争は遠い昔のことと思っていましたが…
広島城の石垣と土盛りによって巧妙に隠された形の「軍管区司令部跡」。被爆体験を勤務していたその場所、その部屋、その位置で語られました。
何時までも暗い画面では気が滅入るばかりなので、ショートリリーフで明るい表紙に替えてみました。
宮里 藍ちゃん! やったね!! あのゆったりしたスイングがやっとアメリカで花開いたね。 おめでとう
今年も「原爆の日」が近づいて、広島ローカルエリアの報道は熱を帯びてきた。
所属するボランティア団体も、関連活動の準備に入った。
私は是非は別として、この種の行事には一定の距離を置いて接してきた。今年もこのスタンス変わらない。
広島平和記念公園にある碑の中では、もっとも宗教的なにおいが感ぜられるのがここ
“原爆供養塔”
広島市でも90%近く欠ける部分日食が見られると期待して、直接太陽を撮影しないまでも、90%欠けた庭の木の葉を写さんとと準備していたが、地上に降り注ぐ太陽光は弱く、地上に90%に欠けた木の葉を映す強さはなかった。
僅かな出費をケチって日蝕グラスを購入しなかったツケを、もろに被った形。
今回一連の日蝕騒動は「これにて一件落着」
久し振りに入った自慢の『持芳庭』に、忘れ去られた如き風情で、さし木をしておいた観賞菊の株が健気に葉を広げている。
遅ればせながら助け舟を… 秋までに遅れを取り戻して見事大輪を…
我ながら余りの虫の良さに失笑???
“祇園精舎の鐘の音 沙羅双樹の響きあり…”
平家物語に登場する『沙羅双樹=夏つばき?』が、鶴林寺本堂前に植えられていました。
右近の位置です。
平成の皆既日食、お天気は如何と相成りましょうか? 折角ですから部分日食でも“冥土の土産”としたいものです。
昨夜のマツダスタジアムは夕方から雨との予報に併せて、指定席へのご案内は40分遅れで開門。それでも17時前にはサァ~っと一雨…怪しい雲行きとなる。
悪天候にも関わらず、お客様は続々と詰め掛けて、試合開始前には3万人越えの大入り、雨陽気に加えて成績も上がらず、何時まで大入りが続くのか少々不安。
今の内に成績の帳尻合わせないと…
久し振りの立ちっ放しボランティアは老いの骨身に堪えます。その上戦績が今一ではなおの事…
砂に書いたラブレターならぬ、砂上に描かれた本物の“寛永通寶”をどうぞ
広島は85%程度欠けるのかな? その時現世の神々たちは、どのような表情を見せるのだろうか?
ちょっと表紙で雰囲気を先取りです。
しかし本家備前池田家より、徳川幕府に厚遇されていたふしが感じられるのは、何に起因するのだろうか?
写真は鳥取池田家の藩祖:池田光仲の墓石である。堂々たる亀趺墓であり、光仲以降の歴代藩主も全て亀趺の上に墓石が建てられている。
一説ではこの形の墓は従三位以上の官位に許されると云われており、藩祖光仲公こそ従三位を賜っているが、以降の歴代鳥取藩主は四位以下であり、この条件を満たしていない。
ちなみに備前岡山池田家は藩祖:光政公は従三位だが、以降の藩主は四位以下であり、鳥取と同じ官位にとどまっている。
墓石に見られる両家の差は何処にあったのだろうか?
ご多分に漏れずここ浄土寺の阿弥陀三尊も撮影禁止、迫りくる迫力をお伝えするすべを持ちません。
この阿弥陀三尊立像ですが、なにか違っていると思いませんか?
普通「阿弥陀三尊」と言えば中央に阿弥陀如来、脇侍は向って右が「聖観音菩薩」、向って左が「勢至菩薩」ですが?
更に阿弥陀さんの立ち姿、何か違和感がありませんか?
足利尊氏所縁で尾道にも同名の名刹がありますが、仏像を鑑賞するなら断然、こちら小野市浄谷(きよたに)の浄土寺でしょう。
国宝の浄土堂に1歩足を踏み入れた瞬間、全身に戦慄が奔ります。西日を背中に受けた“阿弥陀来迎図”さながらのお姿が喧伝されますが、いつ何時訪れてもその神々しさに圧倒されてしまいます。
こちらの阿弥陀三尊(像高5.3m)は様々な特徴を持っていますが、それはさておいて『日本唯一の禅宗様式建築:浄土堂』の外観をどうぞ!
内部の写真撮影が許されませんので禅宗様式の説明が出来ませんが、係りの方が親切に解説してくれますので、是非皆さんのお目で確認してください。
出発前の天気予報は見事にハズレ、この日も蒸し暑い梅雨時の日差しで不快指数が高い。温泉での癒しが究極の目的なので、最小限の歴史探訪に留める。
ここが肝心我慢のしどころで、これからの活動を確保する為の辛抱第一。
加古川市にある国宝:鶴林寺、聖徳太子所縁の古刹だが、太子の宿敵「物部氏」や織田・豊臣時代から徳川の世まで、迫害の連続にに耐えてかろうじて残された、天台宗のお寺である。
残念ながら「釈迦三尊」を初めとする、仏像たちは固く閉ざされた扉に遮られて拝観は叶わず…
国宝本堂をどうぞご覧下さい
訪問先はお国の悪法、高速道乗り放題千円を利用しての2泊3日。兎に角温泉に浸かってが第一ののんびり旅である。
初日は瀬戸大橋を渡って四国入り、写真の景色が有名な町近くの宿で、手足を思いっきり伸ばして過ごした。
高速道乗り放題千円と言っても、四国会社区間は別料金なので、西日本会社区間と併せて2千円必要です。