イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「RED ヒトラーのデザイン」読了

2019年11月21日 | 2019読書
松田行正 「RED ヒトラーのデザイン」読了

ネットか新聞で、こんなタイトルの本があると紹介されていた。
ヒトラーを、デザインを通してみてみようというものだ。この本には、ヒトラーは、
「メディアの重要性、それのともなうデザインの重要性を誰よりも認識していた。ナチ党のイメージ戦略を担ったアート・ディレクターであり、イメージディレクターであり、クリエイティブディレクターであった。
また、映画が好きで、プロパガンダのための動画の有効性というものに一早く気づいていた。シンボルマークという静止画(グラフィック)も旗やバナーにつけて大量にたなびかせることで動きを与えた。ナチスは、政治と芸術を合体させて「国家」をアートにしようとした。アートを、意味とは関係なくカッコいいと思ってしまう感性を手玉に取ったのだ。」と書かれている。
あれほどドイツ国民を煽動することができた要因のひとつがハーケンクロイツやその他のマーク、軍服、演説会場などのしつらえにあったというのである。
最近では欅坂46や氣志團の衣装がナチスに似ているといってユダヤ系人権団体から叩かれていた。古くはYMOの舞台装置がナチスに似ていたそうだ。ショッカーの怪人のベルトには鷲のマークがついていたりそれっぽいいでたちの幹部がいたりしたけれども、これはそもそも設定がショッカーはナチの残党が集まって作った組織だったそうである。
スターウォーズの帝国側のキャラクターたちもそういうイメージなのである。
まさに意味とは関係なくカッコいいと思ってしまう感性がここにある。
ちなみにユダヤ系の人権団体は「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)」という名前だそうである。

ヒトラーの略歴はこんな感じだ。
1889年(0歳):オーストリア・ハンガリー帝国のブラウナウ地方でバイエルン人の税関吏アロイス・ヒトラーの4男として生まれる。
1900年(11歳):小学校を卒業。大学予備課程(ギムナジウム)には進めず、リンツの実技学校(リアルシューレ)に入学する。
1904年(15歳):シュタイアー実技学校入学。
1905年(16歳):シュタイアー実技学校中退。以後、正規教育は受けず。
1906年(17歳):遺族年金の一部を母から援助されてウィーン美術アカデミーを受験するも不合格。以降、下宿生活を続ける。
1908年(19歳):アカデミー受験を断念。下宿生活を終えて住居を転々とする。
1909年(20歳):住所不定の浮浪者として警察に補導される。独身者向けの公営住宅に入居。
1911年(22歳):遺族年金を妹に譲るように一族から非難され、仕送りが止まる。水彩の絵葉書売りなどで生計を立てる。
1913年(24歳):オーストリア軍への兵役回避の為に国外逃亡。翌年に強制送還されるが「不適合」として徴兵されず。
1914年(25歳):第一次世界大戦にドイツ帝国が参戦するとバイエルン軍に義勇兵として志願。
1918年(29歳):マスタードガスによる一時失明とヒステリーにより野戦病院に収監、入院中に第一次世界大戦が終結する。最終階級は伍長勤務上等兵。
1919年(30歳):革命中のバイエルンでレーテ(ドイツ革命前後のドイツにおいて発生した兵士と労働者による評議会組織)に参加し、大隊の評議員となる。革命政権崩壊後、ミュンヘンを占領した政府軍に軍属諜報員として雇用され、ドイツ労働者党への潜入調査を担当する。
1920年(31歳):ドイツ労働者党の活動に傾倒し、軍を除隊。党は国家社会主義ドイツ労働者党に改名される。
1921年(32歳):党内抗争で初代党首アントン・ドレクスラーを失脚させ、第一議長に就任する。Führer(フューラー:総統)の呼称がこの頃から始まる。
1923年(34歳):ベニート・ムッソリーニのローマ進軍に触発されてミュンヘン一揆を起こすが失敗。警察に逮捕される。
1924年(35歳):禁錮5年の判決を受けてランツベルク要塞刑務所に収監。12月20日、仮釈放される。
1926年(37歳):『我が闘争』出版。党内左派の勢力を弾圧し、指導者原理による党内運営を確立(バンベルク会議)。
1928年(39歳):ナチ党としての最初の国政選挙。12の国会議席を獲得。
1930年(41歳):ナチ党が第二党に躍進。
1932年(43歳):ドイツ国籍を取得。大統領選に出馬、決選投票でヒンデンブルクに敗北して落選。しかし国会選挙では第一党に躍進してさらに影響力を高める。
1933年(44歳):ヒンデンブルク大統領から首相指名を受ける。全権委任法制定、一党独裁体制を確立。
1934年(45歳):突撃隊幹部を粛清して独裁体制を強化(長いナイフの夜)。ヒンデンブルク病没。大統領の職能を継承し、国家元首となる(総統)。
1936年(47歳):非武装地帯であったラインラントに軍を進駐させる(ラインラント進駐)。ベルリンオリンピック開催。
1938年(49歳):オーストリアを武力恫喝し、併合する(アンシュルス)。ウィーンに凱旋。ミュンヘン会談でズデーテン地方を獲得。
1939年(50歳):チェコスロバキアへ武力恫喝、チェコを保護領に、スロバキアを保護国化(チェコスロバキア併合)。同年に独ソ不可侵協定を締結、ポーランド侵攻を開始、第二次世界大戦が勃発する。以降大半を各地の総統大本営で過ごす。
1940年(51歳):ドイツ軍がノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランスに侵攻。フランス降伏後、パリを訪れる。
1941年(52歳):ソビエト連邦に侵攻を開始(独ソ戦)。年末には日本に追随してアメリカに宣戦布告。
1943年(54歳):スターリングラードの戦いで大敗。また連合軍が北アフリカ、南欧に攻撃を開始、イタリアが降伏する。
1944年(55歳):ソ連軍の一大反攻(バグラチオン作戦)により東部戦線が崩壊、連合軍が北フランスに大規模部隊を上陸させる(ノルマンディー上陸作戦)。7月20日、自身に対する暗殺未遂事件によって負傷。
1945年(56歳):エヴァ・ブラウンと結婚。ベルリン内の総統地下壕内で自殺。

ヒトラーは結局、優生思想を中核にして祖先であるアーリア人の帝国を築こうとしたわけだけれども、デザインからひも解くとそれは歴史や伝統などにはほぼ関係がない寄せ集めであったことがわかる。
鉤十字(ハーケンクロイツ)や親衛隊の「SS」マークこそ、ゲルマン人が使っていたルーン文字というものを図案化しているけれども、制帽の上の鷲のマーク(アドラー)はどこの国にもあるし、軍服は一次大戦に敗戦したドイツ軍の残りにインドやイギリスの様式を取り入れている。カッコよければなんでもよかったらしい。またハーケンクロイツの国章の黒、白、赤の配色は敵国であったロシアからのイメージだそうだ。
あのハーケンクロイツは45度傾いているけれども、あれは傾かせることで高揚感というか、躍動感を醸しだす効果を狙っているそうだ。そしてルーン文字というのも現代では呪術で使われるような古い文字であり、ナチスはそういうことも利用して神秘性や正当性を演出した。

もともと文化というものは他のところから新しいものを取り入れながら移り変わってゆくものだからそれはそれでいいのだろうけれども、なんの根拠もないものをあたかもつかってイメージだけで自分たちの民族が優位にあると言うためにでっち上げてしまったというのははやり稀代の悪党であるということしか考えられない。そして簡単にそんなことに民衆は騙されてしまうのだということも恐ろしいことだ。

しかし、ヒトラーもその出自をみてみると、そう、立派な家系ではないのがわかる。そういう人がのし上がってゆくにはそれはもう、何もかも利用しなければならなかったのだろう。ほんとうにつぎはぎの張りぼてという印象だ。そもそも、この人はドイツ人ではなかったというのが驚きだ。
僕は階級社会を肯定するつもりはないけれども、悲しいかな、世の中は体制が違ってもそうなっている。上に立ち国民を引っ張る人たちは貴族であるべきというのは確かなことではないだろうか。もちろん、正しい見識を持った貴族であるという条件付きであるけれども。
僕の友人に社長をしているやつがいて、学生の頃、彼の家で暇をつぶしていたとき、そこのおやじさんが突然息子に説教をしはじめたのを聞いて、どんなことを言っていたのかは忘れてしまったが、ああ、帝王学ってあるんだな。としみじみ思った。
それなりの階級にはそこの階級の帝王学があって、そういうものを身に着けた人たちが民衆を正しく導くというのが一番いい社会なのではないだろうか。
成り上がりの張りぼてではすぐにメッキがはがれてしまうということだろう。
フランスも、革命の後、結局また皇帝をいただいて国を創ったというところにもそれが現れている。まあ、ナポレオンとて貴族とは名ばかりだったので失脚をすることになるのであはるけれども。

日本の国でも、肉を配ったとか、ジャガイモを配ったとか桜を見るのに人を呼びすぎだという話題でワイドショーは持ちきりだけれども、攻めている方も政権を目指すといいながら烏合の衆で張りぼて組のような気がする。繰り返して言うけれども、張りぼてが悪いわけじゃないけれども、実際張りぼてが作った政権は何もしないまま終わってしまった。それが現実というものだろう。
しかしながら、世襲を繰り返して、現代版の貴族の位置にある人たちはその奢りに有頂天になって、やりたい放題だ。この人たちには “noblesse oblige” という言葉や、“韜晦”という意味への理解と誓いみたいなもののかけらもないのだろうかと思う。だからこれらの人も人を導くような資格はないのである。
自分たちが国民を導く立場にあるという自覚があるのなら、このふたつの言葉にもっと誠実になってもらいたいと思うものだ。これも対峙する側の張りぼて組つぎはぎ組がなめきられているからで、もっとしっかりしろよと言いたい。花見を責める前にもっと攻めなきゃならないものがあるだろう。こんなことをしていて国民がかっこいい!と声援を送ってくれるとでも思っているのだろうか。

宇宙のすべては混沌とした世界に収束してゆくというのが物理学の法則だそうだが世の中の仕組みもそういう運命にあるのかもしれない。

バカな花見をやってるくらいなら、温泉マークでもいいからシンボルマーク貼りつけたバナーを垂らして「ハエル!アベちゃん」ってやってる方が気が利いてるんじゃないかと同じくバカな頭で考えてしまうのである。
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