イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた」読了

2019年11月01日 | 2019読書
アダム・オルター/著 上原 裕美子/訳 「僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた」読了

この本は、「行動嗜癖」というものについて書かれている。「行動嗜癖」とは、何らかの行動に依存しすぎて日常生活を送ることができない状態になったことをいう。
スマートフォンを通して入ってくるゲームやSNSがその行動嗜癖を引き起きしているというのである。

こういうたぐいのものは巧妙に人々を依存症に導くように作られているというのが著者の分析だ。スティーブ・ジョブスは自分の子供にはiPhoneを持たせなかったそうだが、大元を作ったひとはそういうことを承知していたということだろう。

依存症というと、麻薬に溺れて廃人同様になってしまうようなことを想像するけれども、この本を読まなくてもビデオゲームやオタクアニメにのめりこんでしまった人たちの末路のようなものがときたまニュースやワイドショーで取り上げられているのでさもありなんというところである。
脳のなかで依存症の原因となるものは、「ドーパミン」という物質で、これが脳の中に広がると幸福感を感じることができる。様々な刺激がドーパミンの分泌をうながすけれども、薬物だけでなく、ある種の習慣や刺激もドーパミンの分泌を促すことがわかってきた。そのなかのいくつかがインターネットからもたらせるものなのである。

ドーパミンは出すぎるとよくないので脳は自動的にそれを抑制しようとするのだけれども、依存症をもたらす刺激はそれを超えてしまう。そうするとドーパミンが効いているハイの状態と、そうでないローの状態の落差が激しくなる。のめり込んでいる状態があまりにも心地よいと脳はドーパミンの量を少なくしようとしながら、一方では快楽を得られるためにドーパミンが少なくなった状態への対処法を必死に探し出す。これが依存症である。

薬物などの刺激が与えられると必ず依存症になるものではないとこの本には書かれている。それに加えて、心理的な苦痛を和らげたいという要因が加わる必要があるというのだ。満ちたりた状態でヘロインを打たれてもそうそう中毒にはならないらしい。まあ、完全に満ちたりた人なんて世界に数人しかいないのだろうからほぼ誰でもそうなるのだろうとは思う。
そして、そういう性質は生物が持っている生存のための本能がそうさせるそうだ。育児に対する意欲や、恋人を求める欲求がそうらしい。苦労や困難の前でもなんとかしようとするのがドーパミンなのである。しかし、パチンコしてて、子供を車の中で熱中症で死なせる母親というのはどっちの動機でドーパミンを出しているのだろうか?どうもこの説は本当に正しいのかと思えてくる。

後半、依存症を引き起こすテクニックが紹介されている。過去から現在まで、ビデオゲームやSNSのほぼすべてにその要素が含まれているらしい。
それは、
① 小さな達成すべき目標がある。
② 確実な報酬よりも予測不能なフィードバックがある。
③ 進歩の実感
④ 難易度のエスカレーション
⑤ クリフハンガー
⑥ 社会的相互作用
この六つである。
①の代表的な例としてマラソンランナーのタイムが挙げられている。マラソンランナーのタイムというのは切りのいい時間の直前を記録する人が多いそうだ。例えば、3時間30分や4時間という手前の時間だ。何としてもこの時間を切ろうと人は頑張れる。また、記録の積み重ねもそうである。毎日ランニングを続けているひとは継続の記録が続くほどそれを途切れさせないでおこうと体調が悪くても走り続けようとする。そして、目標が走ることから記録を伸ばし続けることが目標になってしまう。目標に依存してしまうのだ。明日はそれを少しだけ上回ろうという少し上の目標をと考えるのは人間の本能なのである。
それをこの本は慢性的な敗北状態にあると書いている。常に新しい目標を求めずにいられないというのは敗北感の裏返しなのである。ギリシャ神話に、山の頂上まで石を運んでは神様にその石を麓まで落とされ続ける男の話があるけれども、遠い昔からひとはそうであったようだ。
②の予測不能なフィードバックについてはこんな実験が紹介されている。ハトに押したらエサが出てくるボタンを押させる実験で、必ずエサが出てくるボタンより、ランダムにエサが出てくるボタンの方を押すらしい。確率を50~70%に設定するときが一番猛烈につつく。これが10%まで下がると心が折れてやめてしまう。これは人間がギャンブルの不確実性に惹かれるということと同じ現象であると著者は言う。
③、④ではスーパーマリオブラザーズとテトリスが例として挙げられている。最初は易しい場面から始まるが、ステージが上がっていくにつれて少しずつ難しくなっていくということで次の場面に行かざる終えなくしてしまう。これはフローという心の状態である。

⑤は崖っぷちという意味だが、連続ドラマの各回の終わりやバラエティー番組のCM前は、次に期待を持たせる終わり方をする。それだ。ネット配信のドラマではビンジ・ウオッチングという連続再生の設定がされているらしく、次を観たいという欲求が止められなくなる。ユーチューブも次から次と関連する動画が再生されるけれどもこういう効果を狙っていたんだと納得してしまう。
⑥は、人間が持っているという、ほぼみんなと横並びでいたい。そして少しだけ抜きんでていればなおのことよいという心理だ。これは集団の中でしか生きてゆけない人間のもっている本能のようなものである。抜きん出すぎると村八分になるけれども少しは人から良く見てもらいたいと願う気持ちというのは確かによくわかる。それを、「いいね!」の数で判断したくなる。「いいね!」で数値化されてしまうというところが恐ろしいところなのである。

ここまで読んでいて、あらら、僕もそれに乗せられていることが多々あるじゃないかと気づいてしまった。
これ、魚釣りは④までは相当に当てはまる。
魚を釣るという目標があり、釣れる日もあり釣れない日もあるというのが釣果というものだ。やっているうちには腕が上がってくるし、もっと難しい釣りに挑戦もしたくなる。そしてインターネットで⑥番が加わる。釣った魚の画像をフェイスブックにアップしてちょっとだけ褒めてもらいたい。ほかの人の釣果も気になる。同じ日に釣行していた人よりも少なければ少しは残念に思うし、多ければうれしくなる。
また、このブログもそうであるが、記録をつけ続けることで昔と比べて少しは上手くなったのではないかと小さな自己満足もあるし、年ごとの釣行回数が左の列に出てくると、去年は50回行ったから今年はそれよりも回数を増やしたいとやたらとボウズの積み重ねをしてしまうのだ。ちなみに読書もそうで、去年よりもたくさん読まなくてはと熟読することなく読み飛ばしてしまう本も少なくない。もったいないことだ。パソコンがあるとそういうことが簡単にできてしまう。
著者はそれを、「おせっかい」という言葉で表現しているが、確かに頼みもしない(でも僕は、記録を残したくてせっせとキーボードを叩いているのであるが・・)のに色々な情報が向こうからやってくる。
と、いうことは、僕もネットを通して魚釣りの依存症になっているということだろうか・・・。

まあ、どちらにしても、依存症になってしまったのなら仕方がない。この歳になってそれをどうこうしようとも思わないのであるが、この本にも、そういった依存症から抜け出すための方法ということが書かれている。

ひとつには、依存症の元になっているものから意識的に遠ざかれというものだ。スマホを枕元にまで置いておくなということだ。もうひとつは、依存の根源に対して、それをすることによって自分は幸せなのか、また、そこから得られる利益はあるのかということを自問せよ。というものだ。依存症に陥っている人たちのほぼすべては、そういうことに罪悪感をもっている。そこに深く向き合えというのだ。
アメリカには、実際に薬物ではない依存症に陥った人たちのための厚生施設もあるそうだ。
また、依存症を克服するためのデバイスもあって、たとえばフェイスブックにアクセスしたら電気ショックが流れるというようなブレスレットなるものがあり、一部で活用されている。
また、著者はゲーミフィケーションというものを提案している。この、依存症を引き起こす仕掛けを利用して苦手な学科を克服したり、社会問題を解決しようというものだ。
ゲーム形式の勉強は学生たちの興味を引くと言う。最近の学校ではタブレットを使って授業をするなどと聞いたことがあるけれども、ゲームの依存症が危険だというテーマなのに最後にゲームは有効だという論が出てくるとはどういうことなのだろうか。また、ゴミ問題ではゴミを分別してきちんとゴミ箱に放り込んだら得点ボードの点数が上がったり、なかなか使ってもらえない駅の階段にはピアノの鍵盤のように音の出る仕掛けを盛り込んでみる。(これらは実際に行われている施策だそうだ。)
これはゲームも使い方次第でいい方向にも利用できるのだと、ゲームを作っている人たちに恨みを買わないためのフォローなのだろうかなどと訝かんでしまう。それとも、結局、またゲームに逆戻りしてしまったというのは、人はもうこういうものから永遠に逃れることはできないのだよと皮肉たっぷりにからかわれているのだろうか。

電車の中で吊革につかまりながら周りを眺めてみるとスマホの画面を見ていないのは老人か僕だけという場面も少なくない。朝っぱらから動きの激しい画面を見ていてしんどくないのだろうかと心配になるのだが、もうひとつ、この人たちはみんな依存症なのかという心配も生まれてしまった。

コメント
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