goo blog サービス終了のお知らせ 

イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「神さまたちの遊ぶ庭」読了

2020年05月28日 | 2020読書
すこし前に読んだ、「とりあえずウミガメのスープを仕込もう」の著者である。この本を読んで、この作家はいい!と思った。もともと小説が好きというわけではないのでこの作家の小説を読もうとまではまだ思わないがぜひエッセイは読んでみたいと思いこの本を探した。
その本にも書いてあったが、著者は2013年から1年間、北海道の大雪山の麓にある村に山村留学のために家族全員で移住をしている。
その1年間を日記風にまとめている。

そのきっかけは著者の夫の提案であった。かねてから北海道に移住したいという希望を持っていた夫がこの場所を見つけてきた。

大雪山系は十勝地方にある。そういえば、「なつぞら」の舞台は帯広からはなれた十勝の閑村だった。そして著者たちは福井からそこへ向かう。
「チア☆ダン」という映画をついこの前放送していたけれども、そこは福井県が舞台だった。
「なつぞら」と「チア☆ダン」の主演は広瀬すずであった。著者の移住といい、広瀬すずといい、福井県と十勝は何かの因縁を持っているようだと感動するのはちょっと筋違いだろうか・・。

大雪山系にあるトムラウシ周辺は十勝地方のなかでもかなり辺鄙なところらしく、一番近いスーパーまで37㎞、DVDを借りようとすると90分車で走らなければならないところである。著者である奥さんは反対したけれども3人いる子供たちが「いいんじゃない。」「おもしろそう。」ということであっさり移住が決まった。著者がこの土地を調べている中で、ここはアイヌから「カムイミンタラ」と呼ばれている土地で、その意味は、「神々の遊ぶ庭」だということで著者も興味を持ち始める。
その期限は1年間。一家は家族の仲がすこぶるいいらしく、子供は18歳で家を出すが、それまでは必ず一緒に暮らす。という考えのもと、ここには高校がないため長男が高校に入学するまでという期限を切った。

しかし、夫というひとはどんな仕事をしている人なのかというのは謎だが、1年間だけ仕事も変えて移住するとはすごい。まあ、奥さんもベストセラー作家なのだから、そんな人の旦那さんも何かの相当なスキルがあってなおかつ生活力もあるのだろう。

そこはまさしくカムイミンタラと呼ぶにふさわしいところであった。
エッセイは著者の子供の1年間の生活を中心に書かれているが、四季の移り変わり、自然の風景、そしてなにより人との濃密なかかわりがすばらしい。
生徒の半分は著者と同じような山村留学の人たち。そんな都会の人たちと村人たちがお互いの分け隔てなく交流している。
生活のすべてとは言わないが、村や学校の行事には全員で参加し、それぞれの役割を持って取り組む。そこには小さいながらも、“だれかの役に立っている。”という意識が大きく働いているのだろう。子供たちも、“たくさんの中の一人”ではなく、”かけがえのないひとり”としてお互いを認識する。
小さな学校、小さなコミュニティではまったく全員がしっかり生きないと成り立たない。こういう濃密な人間関係が煩わしいというのが現代の風潮だろうが、人は本来、そうした人間関係の中で生きてきた生物であったはずなのだ。そして、よく言われる“ムラ社会”と言われる排他的なコミュニティよりももっと人口が少ないからこんな濃密な人間関係が築けるのだろうとも思う。
たとえ自分の思い通りにならないことがあってもそれは多分ほとんどが自然相手のこと。あきらめもつくだろうしそれに対してイライラすることもないだろう。もっとも、僕は魚が釣れないとイライラしてしまうが、それは海況のせいでイライラしているのではなく自分の腕前の無さに対してなのだ。

叔父さんの家に午前8時過ぎごろに行くと、必ず、近所のおいやん連中が数人、缶コーヒーを飲みながら小さな椅子に座って円卓会議をしている。議題といっても他愛もない話で何の結論もないし、結論を出さなければならないものもない。そういうのがいいのである。

そして1年後、著者も子供たちの目を見張る成長ぶりに驚く。
そして悲しいながらもまた未来へ向けての一歩となる別れをして福井へ戻ってゆくのである。
その文章は軽いタッチながらも、ひとが生きてゆくうえで何が大切かという重みを含んでいる。それがこの作家の魅力的なところだろう。
作家は、こういう環境で暮らすための一番大切なものは何かと問われ、家族の仲がいいことと答える。そういうことをサラッと書いているのだ。
サラッとというと、北海道で暮らすということを話した時の周りの反応もサラッと書いている。そのなかで、優等生の子供を持つ親子に対して、「この人たちは縛られているのだ。」という感想を持つ。賢明すぎて離れられない。
そうだ、僕も生活するために縛られている。こんなにくだらない誰がやっても同じような仕事をさせられながらもここから逃げ出すことができない。(まったく賢明とは正反対だが・・)だから、いっそのことリストラでもあればあっさり解放されることができるのではないかなどとあられもないことを考える。コロナショックの影響を受けてこの会社も相当業績を悪化させるだろう。来年の決算を受けて株主総会での業績浮上策のひとつとしてリストラも考えているのではないだろうか。前の大胆なリストラの黒幕も今の経営陣の人たちだ。
その時僕は57歳。失業保険をもらって約1年。通常の定年退職まではもう一息だ。そしてその頃には少しは景気も回復しているだろうか・・。その間に自分のやりたい仕事が見つかるかどうかなんてわからないけれども、それのほうがひととして人間らしい生き方ができるのではないかなどと思ったりしてしまうのだ。
しかし、そんなことを考えている輩に自分らしい生き方ができるような仕事はない。新しい仕事を見つけたとしてもまたそこで悪態をつくだけだ。
だから、やっぱりできるだけここにしがみついてなんとか振り落とされないように生きていくしかないというのが結論だ。
さわやかな本を読みながらその一方でそんなことも考えていた。
光の反対側には影がある・・・。