リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

核白内障手術

2024-04-05 11:06:35 | その他
 こんにちは。今週はずいぶん春でしたね。花見らしい日はなかったけどあったかくはありました。空き地ではタンポポが満開かな、平たい道路以外、外出ないのでわからない(転ぶ)。
 
 常連の方へはお騒がせしましたがおかげさまで白内障手術、片目、手術段階で成功しました。
 白内障症状はないかと思っていたところ、レンズに替えたら、周り中が白い! これはびっくり。まだ残っている左目の茶色さったら。今まで冬の光のせいだろうと疑ってた。
 フィルムカメラを知ってる人だと、アンバーフィルターを2枚重ねてつけた感じ。それでも両眼がそうだと気づかないんだよねえ、、
 これを核白内障といいます(「核」だと茶色いフィルター)。40歳過ぎた皆様が近視が急に進むようなら眼科受診をお勧めします。自分では気づきはしませんから。一応、わたしも病名は知ってましたが、どう考えても自分は違うと思ってたのに。これは見えなくなってからでは手遅れですのでお気をつけください。1回平気と言われても、2年くらいしたら再度受診を。私の行った医者も4年前にはそんなこといわなかった。
 
 ところで手術後。一般に「近く重視」というと-3Dくらいの近眼にするようです。焦点距離で公称30センチですが、実は40センチ。まあ、パソコンにはよろしい(個人の眼の奥行とかで、距離はぴったりはしないもよう)。
 ところが、肉眼のように筋肉調節ができないので、40センチは40センチ。文庫本読むなんて不便でしょうがない。まあ本は読めなくもないし、ちょっと遠くも見えないわけじゃない、というどっちつかずな、だから眼医者も選ぶんでしょうね。わたしも普通が好きなので、文句はありません。
 というわけで、とりあえず100均の+1.0の眼鏡を買ってきました。今は見えない左目があるけど、手元が本気で見えないから。ま、老眼です。
 情報によると、左目が終わって1か月くらいしたら目の状態が落ち着くので、そこで眼鏡を作り直すそうな。遠くと近くと眼鏡を使い分ける高齢者。まあ、前よりはうんとましです。
 
 で、現状目がちんばで(昭和人)、危険極まりない。遠近がまったくわからず毎日痛い思いを何度も。ぶつけちゃいけない手術眼も、食器戸棚のバネが悪くて開いた扉の角にぶつけたり(そんなこともあろうかとゴーグルを買ってつけてた。ほんと危険)(このゴーグルってやつも実は危険で、眼鏡の周りのガラスカバーで、左右も上下も見えなくなる。ぶつかったり足を踏み外したりするのは、片目が見えないことより、そっちのせいではないかと疑い。)。ともかく、早く左目も手術したい。
 
 さて、こんなところで後進の人(とそのご家族)への情報提供はよろしいかな。
 これだけ先に片を付けておこうかと思って。
 
 お越しの皆様にはほかのページはフィットしませんので、また何かの機会にお会いしましょう。何かって、まあ、神様次第。

(p.s, 神様より、続きを書けというので2024.4.11へ。)

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思想小説の組み上げ方、その2

2024-03-30 16:23:13 | その他
 こんにちは。東京地方、昨日の午後から文句なしの春。当然桜なんか咲いちゃって。まだ白い花がちらほら見えるだけですが、空は青空だから問題なし。とはいえ、まだ照葉樹が日差しを跳ね返してる白さの方が、断然強い。目が悪いとキラキラきれい。
 
 さて、もう4月ですね、お仕事・学業は相変わらず? わたしゃ異動は多かったけど、待遇が変わるわけじゃないからそこそこ楽しみではありました。自分は変わらなくても同僚が変ったりするしね。楽しい同僚が待ってるといいね。
 もっとも、もっとシリアスな方もいるかも。
 「4月1日から居場所を失ってしまう方へ」(工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長)という記事もあります。
 おっしゃるには、とりあえず
 「・少しでもいいので収入を確保する
  ・自分の状況を周囲に伝える
  ・気分転換になるものを見つける
  ・支援機関を探してアクセスしてみる」
 のが大事とのこと。
 何度か書きましたが、袖すりあうも、です。なにかありましたら隈までメール等でお伝えください。
 
 ではネットニュースちょっと。
 
「「使い方を間違えた結果です」 ジョージア大使の親戚の少女を襲った悲劇に「一度は通る道ですね」(Hint-Pot)
 なにかと思えば、親日派のジョージア大使に起こった、銭湯でのビン牛乳の蓋の取りそこない。蓋抜きで抜くタイプ。
 ああ、、あったね、そんなの、と思って。
 今月末で銭湯のビン牛乳はなくなるんだってさ。銭湯自体がないんだけどね。
 蓋抜きって知ってる? 柄はあるけどただの釘。
 小学生の頃、牛乳の蓋の取りっこして(机に並べた蓋を手のひらでたくさんまとめて引っくり返すと勝ち)、穴の開いた蓋は美しくないからめったに使ったことはないけど、駄菓子屋でコーヒー牛乳買うと、お店の人が蓋開けてくれるの、なんて知らないね、

 次、「結局は大企業会社員で「月850円」負担増 子ども・子育て支援金 それでも「実質的な負担は生じない」?」(東京新聞)
 まだまだ、うそばっか。
 いまだに具体的試算を出さない。そんなもん出すの簡単なのに。
 それやると裕福商店主と貧乏老人が発狂するからね。
 
 さて、今日は変わったところで、2通りの小説書きについて。
 (「その2」を書く日が来るとは思わなかった。その1は 2018.2.10)
 
 朝日新聞でそろそろ終わる連載小説が2件あって、「今村翔吾」の楠正行(まさつら)の話と、「沢木耕太郎」の江戸時代の講談家の話。
 両方時代劇なのだけれど、えらい違い。今村のはストーリー重視で、登場人物はただのキャラクター。沢木のはストーリーなどどうでも、一一(いちいち)の場面で登場人物がどう生きるか(考え、動くか)という作り。
 いや、この2パターンを取り間違えて模範にすると、小説家志望人はひっちゃかめっちゃかになるだろうな、と思って。
 どちらも芥川賞志向者には関係はありませんが、
 素人が真似るには今村のほうが良い。つまり、本の中に思想を盛り込もうなんて思う人々ね。早い話が、簡単だから。あるキャラクターが設定の中でどう動くかを書けばよろしい。
 でも小説で人生を映し出したい、なんて思う人、あるいは本で哲学を表現しようという人は、沢木ね。沢木とか、本物の玄人だから難しいぞ。ある行為主体と別の行為主体が、それぞれの主体をかけて内面的に、なぜ、そしてどう、行為するかを書かないといけない、というか、その行為主体(たち)を、読者自身として、描くのが趣旨だから。
 
 こんだけ。
 短い? ちょっと気持ちがいっぱいでね。
 来週早々、いよいよ眼を変えるの。
 白内障手術。
 ふつうは簡単なんだけどね、眼医者に「お前のは難しい」と言われてて。
 でも失敗しても今とさして状況は変わらないから。もうぎりぎりで読めてるだけだし。この目じゃ次回作は作れない。「手術はもう遅いくらいだ」ともいわれてるし。白内障症状なんて自覚ゼロなんだけどね。
 で、2週間、本も満足に読めないんで図書館本も借りられず、その点暇なわけ。
 暇でどうするって、ボーッとできるわけだ。そこがまあ高齢者さ。

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「痛みの沈潜と風化」の実態

2024-03-23 17:13:27 | その他
 こんにちは。東京地方どうしちゃったのか、ずーっと寒い。ちょっと前には桜の開花は東京がいつも一番早い、なんていってたのに、蕾はかちんかちん。
 なんだけど、寒くても夜風は3月の匂い。雪が解けた関東山地の匂いなのだろうか。
 なお、今日は高知で一番咲きだって。 
 花より団子、今年はなんとかスーパーで牡丹餅を探して二日目に見つけて食べました。どうせニセモノの団子と思ったらちゃんと半殺しの中身が入ってました。おはぎはスーパー特売くらいの可愛いのでいいや。

 今日はちょっとだけニュース。
 新宿アルタ、来年2月で閉店て。「東京・新宿の待ち合わせスポットが営業を終了します。」(テレビ朝日)
 40年間待ち合わせスポット、って時代が違う。私らん時は待ち合わせは断然紀伊国屋前。昔はなんかしら店頭出店が出てたから暇つぶしできるし。アルタはわたしゃ2回くらい。場所じたい狭いから分かりやすいんだけどね。知らないうちに時代が飛び越えて過ぎ去ってしまったか、という感じ。でも、アルタは「新時代」の象徴。アルタに新宿騒乱は似合わない。

 「“飛ばないバット”狂騒曲のウラ側で…青森山田の2選手が異例の「木製バット」を選んだワケは?」( Number Web)
 これが感心。ちょっと長い。
「、、、吉川が報道陣から「新基準のバットに変わり、初めて木製バットを使った選手ということについてどう思うか?」と尋ねられた時、、、。
 吉川が反射的に答える。
「珍しいとは思いますけど、自分としては今までと変わらず、勝利に繋がるバッティングをすることが一番だと思っているんで」」
 ほう、こうした言語化が以後も生きるんだよね。野球なんてどうでもいいけど、(中身に寄らずとにかく)自分のイデオロギーの下で自分を生きられた、という経験が大切。
 それは自分にとって嘘じゃないから。SNSでなんか言われて泣くような生活は、けしてやってこない。
 口の先で周囲をごまかして生きてるっていう奴は、心の底まで憐れだけどね。
 
 というわけで、本日のお題は、良心的な高校生への倫理の授業。
 いや、現実には高校生にはこんなこといわないけどね、現実をいえば、こんなブログ、引っくり返っても高校生来ないし。だから安心して本当のことを言ってしまおう。
 
 世の中には良心的な人はいらっしゃいます。「彼らも私も同じ人間」という志向を持つ方たちのことです。とくに、アフリカやその他の後進諸国についての本を眺めていると何人も出ていらっしゃって、内発的開発論とかね、そういう研究者たちが集まって作る本もある。あるいは、公務員の外交官の手記なんかも、モラハラでも安心して読める。誰らがどうとは言いませんが。
 さてところで、そうした「平等主義的な」良心が正しいかといえば、人間の世ではそうではないから不思議。
 別に不思議じゃないか。つまり、「彼らも私と一緒だ、私たちと一緒だ」、という地点からは、「実は彼らに特有の状況」を変化させるべき努力は生まれない。確かに同情に満ち満ちてはいるが、研究者は「現地の一般人を支持することに腐心」し「外交官は自分の出世コースを歩む」。
 ああ、イライラする優柔不断。
 
 なんて指摘をするほうがいやな奴だね。
 しかし、世界は、かえって、不平等主義者とそれに歯向かう手段を選ばない反逆者の2者によって、結果のみ「平等主義的に」変更される。
 良心的な人にとっては哀しいことです。
 
 が、しかし、現実は哀しくなんかない。そんな感情の余裕があるはずもない。だってその変化の過程は痛みの連続だもの。「そんな過程に耐えろ」という偉そうな発言が許される人間などいやしない。
 第三者の言にかかわらず、世界の行く末は差別する人間と、差別を許さない人間との間で闘われる。
 
 でははじめに「痛み」を感じた良心的な者はどこへ行く?
 人間はその気持ちを自分の行為過程に繰り入れない限りは、「昔そうだったな、俺は知ってるよ」という認知のまま、第三者のレールをゆくしかない。繰り入れない人間が歩む過程は、どんな人間でも歩む、その同じ過程に過ぎない。
 嘘だ? ほんとに嘘か?
 冗談じゃない。長生きした人間をバカにするな。
 隈はそう答えるしかない。
 ただ1点、違うといえば、痛みを感じた良心は、その時点で凍結され、いつでも自分の中で戻っていける、という「美しい誤解」をもちうる。
 
 と、これは、ただの事実。
 ここで話は研究主体Aに移ります。
 
 ここで仮に、自分の家族や親族が、困難な目にあったとしよう。ここでは研究主体Aは、慌てふためいて、彼らを何とかしようとする以外に取る手立てはない。
 そりゃ理屈じゃないし。自分のはらからだから。だけどそのときの研究主体Aは「研究主体」などではない。 
 対象が自分や自分の家族の時の日常行為であれば各一瞬一瞬が選択の嵐。仲間だって裏切り者ばかりじゃない、かけがえのない仲間はいるさ。
 
 問題は次だ。 
 ところが自分の次の動作をつかさどるホルモンにかかわらない観念作業はそうではない。
 つまり、ウクライナやガザと、それに直面している私たちの関係です。
 これは、どうきれいごとをいおうが、2つの道のどちらかを選択するしかない。
 仲間のような人々を助けるか。
 仲間のような人々を無視して研究に専念するか。
 きれいごとを除いて2つしかない。
 この現実について、そこに直面してない人間がコメントをしうることはない。昨今の観念世界で生きている人間が何を言おうと、「脱構築」というやつさ、世界というのは2項対立なのだよ。なぜか。自分が次にとる行為はひとつしかないから。だから「この世界」の構成者も2つに分かれるのだよ。自分が選んだ人々と選ばなかった人々と。
 きれいごとをいったところで、きれいごとを遂行できるのは他の気持ちがなかっただけのこと。
 ああ、イライラする優柔不断。

 さてそこで、現状、アフリカその他の現状を具体的に読まされては、そりゃあ「敢えて(あえて)」無視しようと努力するしかない。研究主体Aに彼らを助けることなどできやしない。もちろんこの事態を、研究主体Aが研究主体として彼らと生活をすることはできない、と言ってもいい。
 庶民の良心を無視する私をスターリニストと言えば言え。 
 社会科学で研究主体を待つものは、不平等主義者とそれに歯向かう手段を選ばない反逆者の2者によって構成される平等のみ。
 
 、、、ほんと、高校生から変わらない隈。

 そうそう、朝日新聞の投書だったと思うけれど、「私は子供の時に人は孤独と言い聞かされていたので、他人にどんなことを言われても平気だった(趣旨)」というのがあって。
 ああ、私もそうかも、と思いました。ほんと、子どものときに(中也挫折や安保挫折を社会で待ってる通例と思ってて、)挫折なんかするのが当然と思ってたからね。おかげさまで挫折が100倍になって自分の富になった人生でしたよ、カネにはならんけど。
 
 さて、最後っ屁のように書けば、
 朝日新聞の鷲田清一のコラムが選んだ今日の言葉

「命の重さはみんな同じはずなのに、この世界はフェアにはできていない。世界中が自分たちを攻撃している。」
 (ガザの病院スタッフ)

 そうだよ、忘れてほしくないのは、世界、つまり自分の自称「仲間」なる者たちも自分たちを攻撃している、ということだ。ハマス? イスラム勢力? 誰一人攻撃しない者はいない。
 これは病院スタッフに言ってるのではないよ。病院スタッフに同情した方々に言っている。
 まあ普通ならこういう同情もない書き方はしないんだけどね、いくら言っても分からない方の多さといったら。てゆうか、このところいらいら。

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諸国噺

2024-03-16 17:23:40 | 断片
 こんにちは。東京地方、また暖かくなって昨日はタンポポを一つ発見。恒例の花粉症も。
 といっても昼に外に出ない限りあったかい気はしません。着てるものも変わらないし、手だって血行不良でしびれるし。朝や夜だと冬と変わんない。
 ご来臨のお勤めの方は内勤でしょ? 昼休みとかなら春だよね。 
 
 「車庫をねぐらに「ピチュピチュ」 越冬ツバメの大家族、薩摩川内の民家に70羽住み着く」(南日本新聞)
 日本で冬越しだって。いいなあ、けど70羽はちょっとねえ。マンションの管理人さんによると、ツバメのフンは水で洗えば落ちるって。ハトのフンより始末がよいようで。
 
 ニュースです。
 「ライドシェア、4月から東京・京都など4都府県で開始…タクシー不足などの一部地域に限定」(読売新聞オンライン)
 えええ。なにそれ。東京になんかいらねえよ。電車あんじゃん。
 すっかりだまされちゃった、わたしも庶民だねえ。非常勤導入、ただのタクシー会社の人件費抑制じゃねえか。観光青森に導入しろよ。そもそもからタクシーないとこ。
 みなさまもお気をつけください。「人手不足で」というお題目は、人件費抑制のかけごえ。
 
 「北陸新幹線の金沢―敦賀間が延伸開業」(読売新聞 )
 福井県、今を除いて宣伝のチャンスないですよ。
 福井県の県庁所在地ってどこだ? とさんざん考えてしまった。思い出さないのでyahooマップまでみてしまった。福井なんて町がありました。知らない。東尋坊は行ったことあります。友人が福井のどこかの民宿に泊まったら夕食にカニが一匹ついてきた、と感激してました。くらいしか知らない。福井っていやあ化学者だよ。謙一。いやあ、香川県より地味。香川しってます。讃岐うどん。県庁所在地は讃岐市。
 いや、軽い冗談。
 
 「「日産は強盗。ジャイアンどころじゃない」 下請け取引で島根知事」(朝日新聞)
 日産が下請けへの支払い、さんざん脅して値切ってきたんだってさ。
 えらいじゃないか島根県。知ってるよ、松江市。
 いくら春闘で満額回答したって、大企業の子飼いの社員だけ儲かるんじゃなんの意味もありゃしねえ。どうしてくれるんだ、連合ばあさん。
 おっとエイジハラ。
 で、あっちもこっちも労組要求以上で回答があったって。
 なにやってんだよ、連合ばあさん。嘆かわしい。

 アカデミー賞が「君たちはどう生きるか」と「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」で受賞だって。
 そりゃあめでたい。
 ところ、家人がこういうのって、昔だったら退廃文化ではないかと。
 おう、そりゃあそうだ。昔からどの国でも政府支配権力が嫌う、自由と個人主義、と在野のエリート、の文化。
 最近は在野のエリートも平民化しているところが民主日本、って、このセンテンス、前もなんかの話題で書いたな。エリートが消えて日本はほんと良くなったよ。

 で、「ジブリパークが全面開業=「魔女の谷」5エリアそろう―愛知」(時事通信)だってさ。そりゃあめでたい。で、入場料は・・・平日大人7300円。
 ば~~か。何回もいくものか。半年ももちゃしねえぞ。

 「秋田市最後の銭湯、ビール醸造所として再生 「星の湯」の看板そのまま、設備活用」(共同通信)
 て、じゃあ秋田に風呂屋ゼロ? どうやって暮らせというんじゃ。ビールのほうが風呂より大事か?? 分からない世界。車で公衆温泉にでもいけるのか??

 というわけで、ここのところ具体的な現実の知識を増やしつつ、反国家の道を悪戦苦闘しております。どうすればウクライナを支持する人間を作らないことができるか、ということです。(ロシアやイスラエルやハマスや、なんちゅうのは論外)。最良の左翼、K派分派のように口で議論してたって無駄。主流派ごとき国家を担ぐ奴らよりは1万倍ましだけれど。
 たとえば最近のヒット知識。高根務「ガーナ」。
 ガーナの国会議員には、田舎の伝統首長は憲法でなれないのだって。政党活動もしちゃいけないのだと。伝統首長が議員になれないように、そもそも政党は、すべての地域に政党支部を持ってないといけないのだって。
 なんていきなり言われてもというわけですが、つまりアフガニスタンのように封建思想の田舎地主が国政に口を出せないというわけだ。これは最重要。
 ガーナは昔からの植民地国家=半国民国家だからできるんだろうけど、憲法規定、という手があるのだね。
 なんて知識を抽象的に繰り込むわけ、今回は未来世界社会学だから。ま、悪戦苦闘、です。
 
 最近は眼のグチが少ないでしょ。もう最後の酷使だから。
 
 さて、5時。
  
 テレビの建築エンタテイメント「ビフォーアンドアフター」を見てたら、100歳の一人暮らしの家を作り替えたのはいいが、思った通り、台所ガスをIHヒーターに勝手に変えられてしまった。
 アパートやマンションはなんか起きた時影響が大きいからしょうがないかもしれないけど、年寄りの一軒家の場合は絶対だめ。年寄りには使えないって。せっかく一人暮らしできてたのに、余計なお世話を。
 御実家のおうちのことなどはよくよくご考慮ください。

(p.s. さっきまでNHKの衛星放送、「はるかなる古代文明 マヤ」なるものを見てて。
 でてきた司会の女とどっかの教授らしき男の会話がなんとも不愉快。男がロスジェネなんだろうね、このブログの2,3回前不愉快を表明したおしゃべり志向のように、マヤの人民は物見遊山で王のピラミッドを作ってやったって。で、女もNHK脚本家のゆう通り、ほんと民主的ですねえ、なんてゆうわけだ、それぞれ語彙は違うけど。
 よいですか、その1、あなたは今日は大石100個運ぶよと言われてうれしいですか?
 その2、おなたはせっかく日々耕作して何とか食ってるのにその土地を荒らされるとしたらどうしますか?
 お考えの通り、日本の歴史は運びます。その1、いやだけど、その2、しょうがねえ、武器を持ったあの支配者どもににお願いに行かなきゃなんめえ。その代わりに石垣だって作ってやるさ。
 そんなもん、日本中世史の基本。
 どうにかしろよ、幸せ暮らしのロスジェネ。
 もちろんロスジェネが悪いんじゃない。自分だけの安楽暮らしをみんなそうだと思ったやつら、とりわけ史学の右翼教師の弟子たちが悪い。誤解なきよう。)



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雑談

2024-03-09 17:27:32 | 断片
 こんにちは。今回も東京地方、寒さ見舞い。わたしが一番寒がってるだろうけど。
 きのうは雪なんか降っちゃって、うち田舎だから朝起きたら雪景色。嫌いなんだよね、単に寒いから。
 でもすぐに太陽がでて、草の上で溶けてきらきら(ギラギラ)輝いてました。ふと高校のクラス合宿で見た菅平(根子岳)の融雪を思い出して、しんみり。
 いい思い出なのだけど、そのいい思い出の感情が思い出されなくて淋しい。おまえいくつだよ、って、そんな歳だしね。

 鳥山明氏がなくなった、とのこと。朝日新聞コラムは「Dr.スランプ」アラレちゃんが好きだったと。いつもの女の論説委員と思われる。アラレちゃん、知ってる? わたしは時代が違うので、ってそれにしては「ドラゴンボール」は単行本でずいぶん長くまで読んだけど。ピッコロがやられるくらいまで。その辺すぎるともう感性が違う。めちゃくちゃじゃん、という気が。それにしてもマンガ描くのは大変。すべてを擦り減らすね。 
 
 「「一人暮らしに必要&不要な家具・家電」ランキング」(まいどなニュース)
 ダントツの1位が「テレビ」だって。次いで、2位「掃除機」、3位「ソファ」はいいとして、4位は「炊飯器」だと。
 炊飯器いらないの。ひょえ。前、家に薬缶ないという同僚がいたけどね、鍋で沸かすから。いや、どっちもどっち。
 たくさん炊いて冷凍しときゃいいのに。レトルト米なんか買う気しないなあ。毎日外食なのかな、若いうちは野菜いらないからそれでもいいけどね。

「日鉄呉の跡地に防衛拠点整備の提案 かつては戦艦大和建造の海軍工廠」「 防衛省から「多機能な複合防衛拠点」として活用する提案」(朝日新聞デジタル)
 だってさ。やりたい放題だね。呉軍港は休憩所じゃない。日本海軍の基地なのだ、と。まあ驚きません。

 さて、本日の題材は、昭和の写真。写真美術館編「昭和の風景」という写真本。中平卓馬載ってないかな、と思って。
 そしたら中には百花繚乱の写真家たちが。おう、わたしは写真機械だけじゃなくて、写真が趣味だったんだ、と自己認識。ふつうの人は写真家なんて知らないもんね。
 で、ところで、居並ぶ写真家たちの写真が1980年を境にぴったり無内容になるから不思議。この本の人で言うと石内都、須田一政まで。おお、誰が撮っても同じじゃないんだ、写真にはやはりそれぞれの意味があったのか、と解釈。時代を写してたんだね。
 もっとも単にそれ以後はなじみのない写真家のせい、ともいえる。他方、でもときどきはアサヒカメラとか(借りて)読んでたから、やはり時代の感性が違うともいえる。

 話題というには軽かった、もう5時過ぎ。
 あいかわらずなにかとあって、って、幸いささいな話ばかりだけど、結局頭が悪くなったようで処理時間が長い。
 ささいさのレベルといえばこのレベル。 
 1か月前の足の突き指、まだ痛いよ。変な方向に力を加えると、飛び上がる。靭帯損傷だな。
 といった、わたしの出来事はこんな程度のささいなことばかり。年寄りってくだらないことをしゃべるから年寄りなんだね。
 
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昔のこと

2024-03-02 16:35:11 | 断片
 こんにちは、寒いなか、お元気? 今日のネット情報だと、SNSのおばさん文というのがあって、他人の体の心配をするそうな。まあね、それは年齢ってもんだよ。
 ともかく、昨日は暖か。今日は寒い。時候の挨拶が書けません。
 花粉だけは止まらず飛んでいるもよう。目がかゆいったら。窓越しに階下住人のくしゃみが聞こえます。
 相変わらずなにかと忙しくて、本当は行きたい近代美術館も(中平卓馬展)行けませんでした。体力の問題かね。同時に岸田劉生「麗子像」特集もしてるというのに。
 沈丁花は、予想通り近場40年前の新開地にはありました。匂いはいいし、色もきっぱりとしてきれい。 こんな田舎でも最近は庭のない家ばかりで。庭もなく何がよくて一戸建てなんかに住むんだろうね、そこそこ高いのに。
   
 で今日の朝日新聞、
 学校給食特集で、みると1952年の給食で分厚く大きなクジラ肉の竜田揚げが2つも。
 ありえない。こんなの新聞に載せたら未来の実証資料にされちゃうじゃないか。
 これはフェイク記事。
 52年なんて東京以外の給食は味噌汁のみ(ご飯は持ってくる)でもあればいいほう、という時代ですよ、富岡町の給食問題というのが地方的にありました。わたしゃ生まれてないけど。そのましな東京、実際の目黒区の昭和30年代のクジラの竜田揚げ給食は、1センチ角のサイコロクジラ肉5個。運が良ければ6個。塩の浅漬けキャベツ、臭い食パン2枚とマーガリン小包み、臭い脱脂粉乳。これでおしまい。
 それでもわたしなんか喜んで食べました。
 実証資料は、ネットで武蔵野市給食・食育振興財団ー「献立カレンダー」ー「思い出の武蔵野学校給食」ー「昭和30年代後半の給食」画像がとても近い。武蔵野市は東京都。若い人は次代にそう伝えてください。ま、ネット情報は図書資料と違って消えてしまうし。
 
 と、昔のことでは
「「第五福竜丸」被曝70年、元乗組員の言葉「原水爆の被害者はわたしを最後に…」風化させない」(読売新聞)
 これは昔、わたしが高校1年の時、民青と一緒に大井町駅頭で船の保存署名活動をしたっていう昔話。新聞部だったしね。
 ところで、そうじゃなくて、世界から、日本にさえ、無視されている核実験地元のマーシャル諸島の人の話がのっていました。そうだよ、なんども上塗りされた被害者の歴史。
「アメリカは一九四六年からマーシャルで核実験を実施。一九五四年三月一日の実験は過去最大で、死の灰がロンゲラップ・ビキニ・ウトリック・エニアエトッ クの四環礁に降り積もり、島民は吐き気・脱毛・火傷などの急性放射線障害に苦しみました。実験後、アメリカは島民をクワジェリン環礁に退去させましたが、 事前に実験は知らされていませんでした。」(全日本民医連理事)ホームページより。
 「第五福竜丸」はそれとして、こちらも記憶にとめてくださいませ。
 
 昔のことの3
「「あの場所で生き延びた者として」町長が決断…南三陸町の旧防災対策庁舎、震災遺構に」(読売新聞オンライン)
 壊さないって。よかった。
 公けというのは本来そういうもんだよ。大槌町の旧役場庁舎はまったいらにされたまんま虚しく雑草が生えてらあ。いわしてもらえば、ド田舎さ。私は冷たい。
 
 昔のことの4
 1週間ばかしシャワーばかり使ってて、さて今日は風呂に入ろうとしたら、風呂の入り方(洗う順とか)忘れてしまってた。まあ高齢者ってことにしよう。
 ただ、考えないと体が勝手に動く。長生きしてると体が覚えてんだねえ、、自分で感心。
 
 何日か前、ニュースを見てたら中国戦で伊藤美誠が高揚して試合に参加してました。「伊藤監督」って流行ったやつです。
 おう、元気でよかったじゃん、と思いました。プレイは落ち着いてないとまずいんだろうけど(知らない。一般論)、とりあえず元気で一安心。
 と思ったら、その前SNSで応援の仕方でぶうぶう言われてたから? としたらなんとも不器用な対応。
 生きるのが下手なんだね。下手でいいんだけどね。
 しかし、ほんとにSNSなんて20代の女が見たり書いたりするもんじゃない。
 このブログもSNS? うそだろ。わたしツイッターなんて見る気にもならないもの。全然違う種類。
 というのは前段。でさ、卓球選手って、もう人間の域を超えてるね。体が反応すんだよね、知らないけど。剣道なんかそうだよ、年寄りは相手が構えたら次どう動くか、自分の体が知ってるんだね。という域に20やそこらで達してしまうのがすごい。
 
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せっかく晴れたけど

2024-02-24 17:02:10 | 断片
 こんにちは。寒かったですねえ。若い人は関係ないか。幸いそれは昨日まで、東京地方、昨日は日中せいぜい3度のところ、今日は10度。なんたってお日様。晴れるとやる気が違います。明日あさっては天気が悪いけど、それを通り過ぎればまた。
 関東地方はもう春一番も吹き終わり。yahooに鹿児島の椿の花がポロポロポロっと落ちてる写真が出てました。やっぱ椿はきれいだねえ。ここらで沈丁花でも探しに行きたいものです(近場のが切られた)、って、けど寒い。
 
 さて値上げ話題。
「長崎ちゃんぽん」は標準価格で税込み720円から780円になる、って。480円だったのって、そんな昔? みんな黙って注文するのかねえ。
 スライスハムの安売り値段は変わんないのはえらい、と思ってたところ、ひさしぶりにパンにのっけてトーストしてみたら、いやあ縮んじゃうったら。なんだよ、全部水かよ。
 これは税抜き230円の日本ハムのせいか、と思って伊藤ハム税抜き290円を買って、2種類並べてフライパンしてみました。さすが実証派。
 たら、伊藤ハム、どよーーんと楕円形に変形。みっともない。これはITヒーターと薄っぺらいフライパンとのなせる業だろうか、、フライパンにはたくさんの水。虚しいので追試はやめました。

「「肉の万世」秋葉原本店が3月31日をもって閉店。33年の歴史に幕」(GAME Watch)
移転だってさ。33年なんてすぐ経つね。昔はただの古ぼけた安ステーキ屋だったのに。
 今の店では息子にカツサンド買ってきてもらった。さすがに美味しい。カツサンドがどっかに残ればそれでいいや。

 と、ここで記事ネタ探しへ。しかし、なんだか気分が悪い。
 
 どうもささいな話題しか目に留まらない。「ささい」じゃないといったら、ウクライナが2年目で朝日等がくっちゃべってるのはささいじゃないのか。といって、是非戦争をしろといった藤原帰一が今度は人々のことを考えろ、というとか、こんな国際問題というのは戦争で解決しなければとかいった東野篤子が、ウクライナ人の決断に傍から口を出すな(ウクライナ人は戦うと言っている)とか言う話ばかりだ。戦争推進者カテゴリーを増やしたって、カエルの面(ツラ)だ。
 こんなもんばかりで、いったい報道が悪いのかわたしの感受性がなくなったのか。

「吉本から契約解除のプラス・マイナス岩橋、古巣を痛烈批判「俺が辞めるって言ったのに汚ねぇ会社だよ」(デイリースポーツ)
 あ~~ん? ボスのせいだろ。嫌いなんだ、大崎。

「避難所の炊事「男性もカレーくらい作ってほしい」 女性に偏る傾向、役割固定化に懸念の声」(産経新聞)
 これも単純。カレーくらい作らなくてどうする。爺どもは死ね。
 ともかく取り上げたサンケイ、偉いぞ。

 ちょっと話題を変えると、商業問題の確認をしていたところ、笹本正治という学者が、戦国時代、圧倒的多数の人民を少数の武士が刀で脅すことなどできない、とかのたまっている(「中世都市と商人職人」所収、1992)。引っくり返っちゃうところですが、この時期、30年前って日本史に雨後の筍のようにそんな「自由な人民」話が出てくるんだよね。どこのお坊ちゃんか。信州大学で猪瀬直樹に脅されなかったんだろうか? 今、どうなのか知らんけど、どうせそんなのが「当たり前」になっちゃってんだろうね。神国日本の歴史に抑圧などありゃあしない。みなさまには通俗本には眉に唾をつけてのぞんでくださいませ。

 いや、やる気はあって、さらに見えなくなった目で読んだのもくやしい。晴れた日はせめて匂い木でも探しに行くべきだったか、、、

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食べ物のお薦め

2024-02-17 15:57:36 | その他
 こんにちは。お元気? あったかいですねえ。東京地方、春の雑草もその気になってしまって、ヒメオドリコウなんて、もう咲いてますよ。さすがに蜂までは飛んで来なくて受粉が心配ですが、自家受粉ができるんだかで、まあ安心。
 といってもこれもあと2,3日。関東地方はあとずっと天気が悪いとのこと。わたしゃそっちの方が困る。なけなしの日差しが部屋に入らないと寒くて。で、10日も経てば、晴れたってもう入らない。季節で一番寒い時の始まり。まあ3月ですが。
 
 今週は、所用のついでに、豊洲市場に行ってきました。テレビで場外に新施設「先客万来」が出来たとかで、おいしそうな串焼きの宣伝をしてたので。
 お目当ては、その中の「炭焼魚串 おにぎり 越後屋助五郎」。そこのアジ串焼き。
 いや、これが美味い! 青魚が食べられる人には絶対おすすめ。ただの塩(醤油)焼きですが、感動。よほど良い味の素がふってあるのか、700円。メニュー写真で見るとこんな小さいのに700円か、と思いますが、実物は十分大きい。といって食事にはならないのでおにぎりを焼き鯖でたのみましたが、これも中身たっぷり、大きさ十分。400円。女の子のお弁当くらいにはカロリーはあります。おすすめです。
 
 ただし、お水がありません。この施設にはノンアルコール売り場というものがない。案内嬢がいってたから間違いない。店で水を頼むと小さなコップで150円。
 先の商品は年寄りには毒なくらい塩分が入ってますので、水筒必携。(あ、テイクアウトなので、外のイートインで食べます。屋根は少ないので雨にはご注意)
 駅に自販機はありますが、貧しい駅でお茶一つ売ってない。これほんと。あるのは見せかけ。といって飲まずにいると死ぬので、死ぬほどまずい炭酸水を買って往生しました。
 また、休日に普通に行っても混みすぎで食べられないでしょう。平日でもどの店も午後1時過ぎまで並んでましたから、推して知ってください。
 
 ところでイートインて食べたことある? へんなポケベル渡されて、その辺で待たされて出来上がるとブーブーなるので取りに行くのさ。大嫌い。
 
 さて、ニュース。
 大谷モノ。ドジャースの練習で「監督がカメラマンに…球団幹部も虜の「観光名所」」(Full-Count)。
 大谷をバックに家族と記念写真撮ったってさ。これに限らず大谷モノのニュースをみると、だいじょぶだろうか、と心配になる。これで期待通りに打てなかったらどうしよう、、って。心配性なんだよね。他人事だけで。
 
 今日の朝日新聞によると,ADHDの人は期日が切迫しても焦らない、というか焦ることができないんだってさ。うらやましい。期日前の心配度と言ったら。ものすごいストレス。
 といっても、昔の職場にもいた(いらした)けど、ほかの人に絶えず馬鹿にされてて。あれはあれでいやだな。私は別にバカにする気もないけど、完璧に話が合わなかった。
 
 ついでに新聞にいつものように、家を買うときはその土地の情報を調べて災害を予測して、みたいに特集面で書いてありました。そんな情報、事実の半分にすぎないのに。その土地がどんな窪地でさっき土砂入れただけ、なんて分かるはずもない、googleマップ(過去付き)に載るような高額物件は別として。周りも聞かれりゃ教えてあげるのに、買い終わるまではそれが誰かなんて分からないしね。
 みなさまもお金には縁がないでしょうから関係ないでしょうが、親御さんとか、お気をつけください。
 
「なぜ地味な家庭料理「豚汁」が外食でブームに…「令和の価値観」にマッチしている“納得の理由」”(現代ビジネス)
 なんて書いてゴージャスな豚汁を紹介しております。
 ずっと以前に、中華スープで干しシイタケの軸のかけらと刻みネギだけでできた美味しい昭和の中華スープ(品川一楽)をご紹介したところ、昭和の豚汁というのもあって、名前を忘れた40年前のガード下のトンカツ屋のスープは、豚の脂身の細片と玉ねぎの切片だけでできた塩コショウ醤油スープでした。これも美味しい! 家でマネして作ったもの。ほんとチープで楽しかった時代。
 まあ特に一人暮らしの皆様には、汁でたくさん野菜をとってくださいませ。元気の素は野菜です。私が言いたいのは、「なんも地味じゃねえ」ということだけで。
 
【速報】月500円の支援金など少子化対策法案を閣議決定 子育て後押しへ児童手当など拡充」(FNNプライムオンライン)
 これは「1人あたりの月平均の負担額」で「公的医療保険に上乗せする」そうな。
 こういう場合の1人というのは構成員全員のこと。4人家族なら月2000円だ。今春あなたの給料いくら上がる? とんでもねえ「増税」だ、とお判りでしょう。
 「いや平均だから」って。じゃあ国保4人家族でどうなるんだよ。いってみやがれ。いえやしない。ぜーんぶ嘘なのだ。ほんとのことを言ったら通りゃあしない。
 わたしはモラハラ。この間(かん)「資本主義の嘘つきの価値」というメモを書きましたよ。嘘が道徳になる社会など、壊れつくしてしまえ。
 
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次回作構成予定(人間の居場所)

2024-02-10 17:18:47 | 賃金・価値・権力
 こんにちは、東京地方、今日もいい天気。といって、月曜は雪でひどかったです、ね。お勤めごくろうさまでした。わたしは真底冷えてぞくぞくしながら家に閉じこもっていました。黴菌には触れてませんから、寒さの風邪。
 で、関東地方、来週は18度、20度だってさ。めちゃくちゃ。うれしいんだけどね。3連休とれなかった人も、火、水はよい天気なので、ずれたほうがよいかも。梅は終わり加減ですが、こういうときは代わりがなんでもある植物園とかね、あったかかったら。わたしは珍しく所用外出予定。
 
 ところで、ふつう外出は買い物くらいにしかしないのですが、出かけると町でしんどそうに足をひきずる年寄りがぞろぞろいます。年取るとあんなになっちゃうのかねえ(私は違くてよかった)、なんて思った翌日、重いテーブルの脚にいやというほど自分の右足の指をぶつけ、痛さにソファーにうずくまりました(足元なんか遠すぎて見てない)。その結果、翌日の買い物はびっこひきひき止まり止まり。靴に圧されて痛いのだよね。可哀そうな年寄り、とか思われたかねえ、、、今は内出血アザも足の甲全体に広がったので、吸収されて終わりでしょう。
 
 皆様には、「何ごとも一瞬で起きる」という人生の真実を、とくに55歳過ぎたら思い出してくださいませ。55歳でそういう状況に陥り出すので、とばっちりで社会に迷惑がかからないように、人間、60歳定年制を作ったのであります。70過ぎたらアホばかり。
 ともかく暮らしの暗転は一瞬で起きます。まあ、5年に一回くらいの割かな。暮らしの明転というものも理屈上ありそうですが、まあ、10年に一回起これば幸せな人生ですね。
 ゆめゆめ自分は別だなどと思わないように。眼の悪い人は早く治しましょう。
 
 さて、きょうも特別なニュースはなく。
 ニュースではありませんが、ビオレ・キッチンハンド・ジェル・ソープ、の入れ物。以前サンスター練歯磨きのことを褒めたところ、これも素晴らしい。最後の最後まで石けん水をすくってくれ、まことに美事。美しい技術っていいなあ。

 ま、ということで、本日のお題は、スペース潰しで前回の続き。
 残された『それよりも問題は、「なんだこれは。どこに人間がいるのか」という批判で』問題。

 これはもともとは黒田寛一の「宇野経済学方法論批判」の提起。曰く、宇野には「疎外されたプロレタリアの自己回復のための主体性論」がないんだそうな。そりゃま、そうだ。
 彼の遺産にはもう主導理論の死に絶えた一派がありますが、若い頃には問題意識レベルではまともなものがあります、その意図は全部失敗しましたが。
 とはいえ、マルクスの意図は人間の主体性だ、とかって、そんな話は知っちゃいないさ 夜鳴鳥 関係ねえし。
 
 さて、ひとは或る理論に対してどう向きあうものなのか。

 社会科学の役割は、科学による社会把握とそこから発する因果連関の法則を武器として、人それぞれに異なる自己の人生を良い方へ向かわしてゆく、自己の自由を求めていく、そこにあり、そこにしかありません。それ以上に科学様に、あるいは理論様に、教えていただけるものなどないのです。
 人間行為者は、自己の環境を認識し、これを自己の自由に合わせようとして行為する。これは根本原則です。
 しかしある環境に対抗し自己の自由を手に入れるためにどうすればよいか、ということは決して普遍的に決まってはいない。 
 シンプルな例を出しましょう。「山火事だ、さあ逃げろ』。そんな状況で、もちろん多くの人々は炎の見えない方へ逃げるでしょうが、それが正しいかどうかは別問題です。炎の先へ先へと逃げても後から火が追いかけてくるイタチごっこかもしれない。そうじゃなくて炎を迂回して後ろに回ってしまえばそこが本当に安全なのかもしれない。
 つまり、資本論がどう工場労働者の現在の疎外を教えてくれようと、問題はそこではない。
 問題は、行為主体が持つ未来への道筋とその到達地点です。それがなければレベル上は「どうぞお好きな道を』でおしまいです。自由勝手な実存主義。もちろんそこで、前衛主義者の恫喝が入るわけで。「これこそが正しい道だ。他は堕落への道だ」。結論をどう評論しようが、同じことです。 
 
 社会科学上の実存の道とは、そうではありません。「この未来への道、行き先が知らされている道を、君の人生として行くのか行かないのか」という問いです。
 行先といっても、それは抽象的なものですから、「君の行先として君の人生に組み入れるのかどうなのか」というのが正しい言い方でしょうか。それは現象としては人それぞれで違う。
 そこまで提起して、それが科学の結語なのです。
 
 積極的に立ち入って書きましょうか。
 すなわち、それによって、自己と全世界人民の同一性なり加害・被害の関係なりを認識し得なければならない。
 プロレタリアート? 何の世迷言か。結論の場面までで科学として明らかにし終わっている(はずの)ように、世界はグローバルですが、その人民主体はプロレタリアートではありません。被支配人民一般なのです。くやしかったら工場労働者はグローバルな農民なしで生きてみろ、ということです。そうではない。次回作では、被支配人民は、プロレタリアに限らず、「生産・消費の場面においても」これこのように、同一の運命を持っているのだ、ということが明らかになっているはずです。「生産・消費の場面」、すなわち次回作が「経済学批判」たる所以です。

 さてその時点で、人生は読者にゆだねられるのです。
 

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次回作構成予定(その、、4かな)

2024-02-03 14:21:43 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。今日は節分、明日は立春。東京地方、ここまで暖冬。去冬はマフラーや手袋を1、2回したけれど、今年はないかな。ただ、天気予報は、日、月、火と寒いと言ってはいます。
 本日の昼食が、恵方巻。例によって最低品と、珍しくキンパ巻(韓国海苔巻き)。いや、キンパはもういいや。ごま油飯。好きじゃないの。酢飯は時々食べたくなって、助六とか買うんだけどね、安いし。それと牛肉巻やらウナギ巻やらトンカツ巻は食べたくないから、結局最低品だね。

 さて、ニュースがなくてNHKは困ってる様子。あるいは少ない取材記者を全部能登に投入しているせいか。いずれにしても、戦争以外は交通事故くらい。

 以下少し。
 「「路頭に迷った気分」ヤマト運輸“クロネコメイト”個人事業主ら約2万5000人がきょうで契約終了」(TBS NEWSDIGEST)
「すべて団体交渉という形では拒否」「今まで弊社を支えて頂いた方には、心から感謝を申し上げる」」とヤマト運輸がいったと。
 いやさあ、こんなのヤマトって「会社の」問題の気がしないね。こういうこと発言するやつってさあ、「お前だろ」。いや、あなたではなく。
 そんな気が多々。裏切り者が多すぎる。

 「五輪王者ウルフ・アロンか、新星の新井道大か 柔道男子100キロ級の五輪代表争いの行方」「2月2~4日、柔道のグランドスラム(GS)パリ大会が行われる。、、、成績次第で代表争いが決着する」(産経新聞)
 この新井って若人の大外刈がすごいって。足の長さが92センチあるからぐるっと巻き付いて逃れられないんだと。いっちゃなんだけど山田風太郎の世界。
 ただスタミナがないんで長引くと疲れちゃうんだってさ。まだ19歳だからね、これから。ちょっと楽しみ。

 というわけで、本日は、次回作品の構成、もう何回目かしら、と思うけど、ここにはあまり載せてないね。
 それぞれそれ以前の構成を変えたわけではありませんが、そして今回もはっきりとは変わってませんが、心の中ではガラッと変わり。まあ外観的には、以前に出てた部品を縮めて、全部を大くくりにして提示する、というか。
 
 一番初めに出したのが、「資本論」の構想と同じという
 1 一般的・抽象的諸規定
 2 ブルジョワ社会での諸カテゴリー
 3 国家形態におけるブルジョワ社会の総括
 4 生産の国際的関係
 5 世界市場と恐慌
 
 うん、やっぱり外見的にはあまり変わってないのが不思議。
 ま、結局

0 序論

1 概念構成

(0) 「経済」学なるもの

(1) 資本家と労働者と、いわゆる国家

(2) 擬制国家による商品経済介入

2 経済学の社会規定性 
 
 (1)資本主義前史時代の規定力
     労働力創出と労働者陶冶
    
 (2)資本主義国家における規定力
     支配者と人民

3 国家の本性(題目は変えます)

(1)国家による世界市場創出、正しく言えば侵略

(2)世界資本主義内国家への対抗と新たな国家性の誕生
   
(3)国家間戦争その他の支配者的賞賛の発現

(4)政治経済体制の崩壊と崩壊への対抗

終章 元に戻って、現在とは

 と、「なんだ、取らぬ狸の。。」とおっしゃるかもしれませんが、主観的には、大枠が確定すればこれを太らせれば結果が生ずる(はずだ)という、シンプルな「明日の予定」というところになります。

 それよりも問題は、「なんだこれは。どこに人間がいるのか」という批判で。
 もちろんこの隈が忘れているわけではありませんが、名目上表現できてないのは大いなる欠点。
 まだ最終じゃありません。あと1年あるので、原稿としての終了は秋だな。
 
 この「秋だな」なんちゅうのも若い頃なら書かないところ。昔なら「11月だな」とか言った。いろいろとね、時期をきっぱり言えない身体があるのですよ。
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