リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

ばかばなし

2024-04-27 15:38:49 | 断片
 こんにちは、なぜか空き地にヒメジョオンが多い今年、ゴールデンウィークですね。みなさま、大連休取れそうですか? 東京地方、うまく暦通りの方はだいたい良い天気のようで。
 わたしは大連休はとくにありがたくなかったけど、何といっても通勤電車が空いててうれしかったよ。なんとなく世間が浮かれてるのもいいし。今日の昼は生まれて初めてビッグマックなるものを食べてしまった。あんな箱に入ったマックは初めて。味が濃いからポテトと合うね。値段のことをいわなきゃお薦めだな。値段のことをいえば、並みマック3個のほうがいいけど。味、さっぱりとね。
 
 世間は国内旅行が15%だって。海外旅行は1%。
 わたしは行きたいのはBBQ。ネットに、ワンピースを着て行くとどうの、という記事があって、あ、そういえば、と思いつきました。問題は一人二人で行っても面白くないことで。5,6人でビール飲みながら焼肉つまむのって最高。そこらの原っぱでいいからだれか誘ってくれないかな。
 
 それ以下で目を引くのが「デ・キリコ展」都美術館、2200円。
 といっても最近の人は知らないだろうね、昔のマンガ絵描き。なんちゅうと怒られるね、新聞とかには「巨匠」だって書いてある。見たって別に感動はしないのだけれど、明るくて好き。でも行かないだろうな。都美術館はいつも私と趣味が似ている。一人の主任学芸員が仕切っていると見た。

 さて本日のやくにたつきじ、
 「足の小指を脅威から守る!「ギリギリ役に立つ」発明品に賞賛の声」(おたくま経済新聞)。これが、家具に足をぶつけても大丈夫なガンダムの足のようなガード。なかなか信頼感がある。
 薬指は対象外だろうか? 私の薬指の靭帯損傷は3カ月経ってようやく癒えてきましたが、小指も毎日あちこちにぶつけてる。今日もぶつけた。あと、頭ね。これも毎日のようにどこかしらぶつけている。今日はまだ。屋内ヘルメットがいるかも。気の利いた機能を持ったヘルメットをつくって欲しい。ぶつけると閃光を発する、とか、どうだろうか。頭が活性化するかも。
 (どうでもいいけど、この「おたくま経済新聞」表記って、テキストコピーで発見した、「おたくま」の飾り文字に隠されたテキストデータ。どうやって作るんだろうか、、、)。

 といったばかげた記事にちょうど合う
 「「子どもの票は僕のもの、って」吉村知事の「0歳児に選挙権」提案にSNSドン引き 蓮舫も苦言」(女性自身)
 ゼロ歳児にも選挙権を与えれば政治が未来志向になるってさ、吉村が「僕は子どもが3人だから、僕は4票の影響力」と書き連ねたそうな。
 ばか。
 奥さんが逃げた吉村。ほんと大阪民て、と思うぞ。
 
 これは感心
 「実写『シティーハンター』海坊主役が話題 ビジュアルそっくり!マフィア梶田が担当で「配役ナイス!」「本物」」(ORICON NEWS)
 マフィア梶田なる俳優が、ほんと「海坊主」氏にそっくり!!
 これだけで実写見たくなる。
 冴羽リョウ(鈴木亮平)もまあまあ。ただ、槇村香(森田望智)がちょっとシリアスさに欠ける顔だけど。香、原作の一途さがいいんだけどなあ。
 
 ちょっと現実に戻って、
 「カスハラ「対応いたしません」=厳格な方針発表―JR東グループ」(時事通信)
 ヒマなじじいどもの発言は無視するって。素晴らしい! めったにない朗報。
 パワハラ、セクハラ、マタハラ、ケアハラ、モラハラ、アルハラ、、、自動車に乗れば若人をひき殺す、悪いことは全部クソじじいのせい。
 
 なんていっててもしょうがない、本日のまとめ。 
「あしなが育英会奨学金 応募の高校生6割余り給付受けられず」(北海道 NEWS WEB)
 各都道府県で募金キャンペーンをやっているもよう。お近くで見かけたら、ぜひ、1票(?)を。
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連帯が求める唯一の因果連関

2024-04-20 16:03:30 | 社会学の基礎概念
 こんにちは。東京地方、今日もいい天気。明日から良くないけど、温度はきちんとあるって。ただ洗濯は今日のうちが良かったみたい、もう遅いけど。
 わたしは毛糸のカーディガンを洗えばよかったところ、今日は薄いパジャマをamazonで買ったのでそれを水洗い。臭いしなんか薬品ぽいし。で場所取るから。

 日用衣類は隣町のイトーヨーカドーで買ってたんだけど、パジャマ見に行ったら最低4500円(税込)って何の話だろう。信じられない、なんのためのスーパーか。ヨーカドーもつぶれていくわけだね。ここももういらない、買うモノ、ゼロ。下着さえM以上しかない。もうわたしの御用は靴下だけ。靴下なんかドンキがあるし。
 というわけで、宅配便さん、お世話をかけます。

 今年はタケノコ豊作で安いんだって。100g38円だって(練馬区)。でも家の近くのスーパーで家人が65円で買ったやつ、下茹でして皮剥いたらぐずぐずに崩れて、臭いったら。前からそういうスーパーなんだけどね。食品スーパーは複数欲しい。今回はヨーカドーでそこそこ大きいのを750円(税込)で買いました。問題なかった。フキノトウもタラノメも売ってなくて買えなかったので、せめてタケノコくらいアクを感じるやつを食べないと。ヨーカドーはつぶれてもそのあとに食品スーパーは入るから問題ない。
 
 ネットに「サクランボ狩りをする子供たち=山形県東根市で」なんて写真がでてます。まだ早すぎ? たしかに。いや、まだ寄り目の年長さんほどの子どもたちがサクランボ狩りしててね、可愛い。

 食べ物だと、
「新幹線車内で「豚まん」を食べるのはNG?ネットの“マナー違反論争”にJR東海が示した「回答」」(女性自身)なんてのもあるよ。豚まんが臭くて迷惑だって。
 こうゆうのもなんなんだろうねえ、、こんなどうでもいいことを声高に言いたがるって、どこの人間たちなのか、と思って。たとえば、SNSやってる3%の人間か、若人の6割の人間なのか、、、ばっかばかしい。けど、日本のどっかにいるんだよね、これも信じられない。わたしが時代遅れなのかね。
 
 まともなニュースがありました。
「一本指で奏でた第九 脳性まひの少女、夢かなえた「だれでもピアノ」
ショパンのノクターンを弾きたい――。手足に障がいがある少女の願いと、それに共鳴した研究者の情熱、AI(人工知能)も活用したメーカーの技術力が、「夢のピアノ」に結実した。名づけて「だれでもピアノ」。一本指の演奏が、ベートーベンの「第九」の壮大な調べをホールに響かせた。」(朝日新聞)
 指一本で第4楽章を引いたって。技術の、あるいは技術をひっさげた人間の心の、勝利だね。

 も一つ、乗りかかった船で、子供支援金の税金増、後期高齢者分が出ました。
被用者保険で年収200万円で月350円、年収400万円で月650円のところ
「加入者1人あたりの見込み額は、年収250万円で月額550円、300万円で750円。」(朝日新聞デジタル)
 だってさ。可哀そうな年寄り。
 さて、しかし、これは自称平均。
 後期高齢者医療というのは、当然、県によって違う。子供が多けりゃ拠出も多いし、所得が低けりゃ、その県で人数は少ないけど所得が多い少数派に負担がしわ寄せされる。で、dodaのサイトによれば、わが熊本県では平均と比べて子供が1割以上増し、所得が1割減。こうして平均と2割違うことが規定されます。
 年収250万円で月額660円、年額8000円。300万円で900円、年額1万円強。ま、国保と比べて同情するには当たりませんが、世の中の政府発表とは、こういうものです。ほんと、そもそも官僚なんて、生活者のことなど何も知りゃあしねえ。

 さて、本日はひさしぶりの社会(科)学。
 眼も良くなったから図書館借本を再開して、一通りできた原稿諸メモに、新しい知見でも添えていこうか、なんて思って、図書検索で2000年以降出版の社会学本を検索して6冊借りてきました、ら、箸にも棒にも掛からない。呆れかえった惨状。
 こんなのを大学で読まされる若人は、社会学をなんだと思って卒業するんだろう?
 学者は何を考えて研究しているのかねえ、、誰にとって、何の意味があるのか。本を買う若人が可哀そう。
 まあいいけどね、他人のことだし。若人は今の社会学なんて勉強しようと思わないように。大学は卒業証書のためにある。大学に行かなかった人は無駄な人生の時間を費やさずに済んでラッキー。
 でさ、面白くないのが、誰とは言わないが昔はマルクス主義社会学でならした転向学者。いいたいこといってたくせにソ連崩壊で左翼から足を洗った証拠でも示したいのか、(私は山田盛太郎のような)「日本農村に対するイデオロギー的批判の観点をできるだけ排除して、具体的な事実に関する記述を拾い上げ、「日本の農村」の姿を描き出すことにしよう」だとさ。何だよ、イデオロギー的批判の観点て。いい歳した社会学者がそういう存在非拘束性に無知な発言はやめて欲しいものだ。マルキストたちはかえって存在非拘束性って知らないんだよね、知ってたらブルジョア社会学批判なんてできなかっただろうしね。
 
 では、あらためて、
 
 まずは(当該諸本は)「無意味だ」と。
 意味があるってどんなことでしょう? 自分が想定する範囲内の行為主体について、なんか役に立ちそうだ、ということでしょ? 自分の役に立ちそうだ、とか、友だちのA君には役に立ちそうだ、とか。
 だからね、難しく言うと、「意味」は、その情報が、想定される行為主体の未来行為について、適用可能なものだ、ということです。
 だから、原理的に個人的なものなのです。
 それが政治的に役に立とうが、自分の学者の経歴に役に立とうが、その違いを説く資格は誰にもない。同じ価値を持ったものです。これが、誤解を避けて強調すれば、ウェーバーの価値自由の本当の意味です。イデオロギーで結構。逆に言って、事実だけを述べて筆をおけばそれはイデオロギーから逃れている、などという素朴な見解、つまり学問が政府のものであった100年前の時代錯誤の見解は、まさか現代の社会学者の取る見解ではないのです。つまり、第1に、事実だけしか書かない選択をして、保守反動に資する著述行為をあえて行った点について、第2に、その著述行為以前に、政治イデオロギーを退けたその選択について、それは当該筆者のイデオロギー的選択なのです。
 
 と、まあね、こんなことは社会学の常識。こんな低レベルのことをこのブログではわざわざいわない。
 本日のお題は、無意味な本に頭にきた研究者として、「意味があることを綴る意義について」です。
 
 まず、ある論は視点と視座によって因果連関の学となることを既に述べました。去年の3月以降のブログ連載、ね。因果連関などいくらでも、在る。ただし、それは視点と視座によって決まる、と。
 今日は、その視点と視座。それらは、行為主体の想定対象によって決まる、ということを強調します。理論者に十分に想定された行為主体にとっては、彼の行為の目的は決定されている。それはほかの誰のものでもない、唯一、その行為主体に属する目的である。それをイデオロギーだ、偏っている、と「批難」しようと、それはお門違い、というものなのだ。想定対象にとって、それ以外の未来の目的とは無意味である。実はある事象に1000の理由や原因があろうとも、想定対象の目的に集約されないそれは、無意味なのである。
 もちろんそれによって決定された視座による因果連関とは、唯一、それ以外ない当該事象に対する因果連関なのである、論理のつじつまがあってれば、だが。
 
 このくらいきっぱり言えば、いかに転向マルキストでも誤解の余地はないでありましょう。
 では、理論者と批難者の違いは何か。
 想定行為対象との連帯の有無です。
 何がイデオロギーだ。
 イデオロギーを放擲し連帯の立場を放擲し、事実だけを書く、ってじゃあそんな人間が読まそうという相手は誰なんだ??? (ちなみに放擲はほんとうに「ほうてき」で「ほうちゃく」じゃないのかねえ。打擲は「ちょうちゃく」じゃないか)
 

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強度近視と(核)白内障手術(その3)

2024-04-19 10:07:56 | その他
 こんにちは。東京地方すっかり春で。桜は終わったけれどもハナミズキが街路樹で青空に映える季節。昔、武蔵境にいたころ春闘かなんかで国電が止まって、三鷹まで歩いたとき綺麗だったな。中央線の窓から見れたやつ。今は知らない。もう大木かと思えば、ハナミズキは成長が遅い、って。遅いったって、高木は間違いない。もう切られたかね。

 さて、もう3回目のお客様限定ブログ。前々回の続き(その1は、2024.4.5)。

 白内障手術の本は事前に8冊ほど読みましたが(なんだ、読めたんじゃん、とか。メガネの目を5センチにくっつけて読んだよ)、7冊までは強度近視なら手術で良く見えるようになるぞ、とか書いてある。「やめとけよ」というのは1冊のみ。新聞広告にだってよく載ってるし。
 そりゃ素人としては憧れますよね、憧れない? わたしゃ、それいいなあ、、と思ったんですが。

 近視が2通りあって、水晶体(レンズ)の屈折率が上がるのと、目のガラス体の奥行が伸びたという原因。核白内障は前者。

 そこで話が変わるようですが、手術後、視界は驚くほどクリアである一方、現状、右目で足元を見ると、降りている階段のふちが湾曲して見える。おや、と左目で見ると、階段のふちが波打ってる。
 乱視のせいかも、と思いましたが、診察時に医者が、「そうとう強いレンズが入ってる」などと言いました。
 んんん? てことは、単に強いコンタクトレンズを固定しただけ?
 これはちょっとまずい。医者に、「近視進みますかね」と聞いたら「ふつうは中年すぎりゃ進まないけど、その年で強度近視の人は、もともとが年とっても眼の奥行が伸びるんだよね」だと。
 ええええ、、、
 「でも、僕の患者にあなたみたいに近視の強い人はめったにいないけど、手術後それほどひどくなった例もないから」だと。
 
 なんだよ、強いコンタクトかあ、、しかも身体固有の調整機能なし。あんましありがたくないなあ。そりゃ湾曲もするだろ。 
 メガネやコンタクトでよけりゃ、手術なしでそのまんま買い換えりゃいいじゃん。
 なんかだまされちゃったよ、って、核白内障近視は水晶体由来だけど、病気前の5年前に戻ったって極強度近視には変わらない。わたしは手術は「今しなきゃもうできな」かったそうだからだまされていいのですが。

 というわけで、白内障でない近視の方は手術なんかしない方がいいですよ。調節機能の有無は大きい。ただしかし、理屈、目の奥行近視の人もちょっとは水晶体レンズの影響があると思うんだけどね。水晶体レンズは調節可能なんだからね。身体だってまずはそっちで調節しようとするさ。
(医学情報? 諸説ふんぷん。ネット情報は医者だってコピペだし。)
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順調な時期へ

2024-04-13 11:32:50 | 断片
 こんにちは。東京地方、今日も晴れ(昨日は部分的にだけ通り雨)。世間はあちこちに若葉、いかにも4月が来たもよう。
 花見は行けましたか? 東北各地も福島、宮城、山形と満開前線が通り、あとは北東北を残すだけ。この土日は最後のチャンスでしょう。花見というのはお客がいないとつまらないところが不規則勤務の不利な点ですね。
 わたしも、先週お客見で近場に行ってきました。みんな楽しそうで、こちらも楽しい。お花見は、現状アルコール不可なので、しない。酒のない花見なんて、トッピングのないラーメンのよう。酒飲みに自販機のホットココアじゃ、子供の鬼ごっこでも見るのがお似合い。
 
 ところで今年の「サッポロ一番」、人気1位はサッポロ一番塩ラーメンだそうな。
 このところ、袋麺は、しっかり麺のラ王か正麺か、スーパーのPBブランドくらいしか食べてないので、懐かしの塩ラーメン買ってみました。
 たら、ちょっと味薄くなってない? あのパンチが消えた気が。昔とげとげしかったゴマふりかけが、なじんで汁に溶け込んでしまう。一緒にキャベツ(やモヤシ)を煮たのが失敗か。キャベツ臭くなるのは経験済みだけど、わざわざ炒めるのがめんどうで(最近は塩系だと生麺でちゃんぽん買うのでまあいいか、と。あれはなぜか煮キャベツが良く合う)。
 まあ、失敗でした。
 
 さて、ニュース。
 子育て支援金。まずは国保の負担額のニュース。
「加藤鮎子こども政策相が答えた。加藤氏は「機械的な計算」とした上、28年度時点では加入者1人あたり、年収200万円で月額250円▽400万円で550円▽600万円で800円」( 4/11朝日新聞)。
 で、ついで被用者保険の負担額のニュース。
「保険料を払う被保険者1人あたりの28年度の負担額は、年収200万円で月350円、年収400万円で月650円、年収600万円で月1000円」(4/9フジテレビ,政治部)
 へえ、会社の保険より国保のほうが安いのか、と思ったあなた、政治家も官僚のそんな善人じゃございませんよ。
 
 国保は「加入者」1人当たり。会社は被保険者1人当たり。
 4人家族がいるとしたら、「機械的な計算」をすれば、加入者4人で国保は年収200万で月額1000円、年額1万2千円。年収600万で3200円、年額3万8千400円の急増。
 間違ってないよ、先に「機械的な計算」を吹っ掛けたのは官僚だからね。
 
 「でも4人家族なら子供がいるでしょ?」って。
 お兄さん、手当の金額は今までと変わらないの。支援金の行方は
 「児童手当の所得制限撤廃や支給期間延長(高校まで)」。額は変わらず。(読売新聞と楽天インシュアランスプランニング㈱)
 貧乏人はふんだくられて、金持ちの政治家や官僚のガキたちに新しくカネが支給されるだけなの。
 どうして新聞ははっきりそう言わないかねえ、、 赤旗(のネット見出し)さえいわない。年寄りばかりで子育て党員なんていないんじゃないか? 不遇の小池書記長くらいしか知らないことなんだね。

 さて、最悪のニュースが。
 「陸海空3自衛隊を一元的に指揮する常設組織「統合作戦司令部」の創設を柱とした防衛省設置法などの改正案が4日、衆院本会議で審議入りした。」(共同通信)
 なぜ赤旗にニュースがない? レベルが知れるぜ。
 これは大きい。なんたって単なる「軍」の部署じゃないんだぜ、「国家」の行く末をトータルに考える部署だぜ。ここの司令官(参謀長)はどうでもいいが、若いもんの「参謀」、こいつらが怖い。左翼の政治局員のような空論アホのレベルじゃないのだから。そいつらが考えるのは、今現実の「国家」。軍事なんか刺身のツマ。左翼の「党勢」ごとき子供の遊びじゃないんだ。ほんとうにこれが怖い。現状、かなう人間なんていやしない。だから私も悪戦苦闘してるのだけれど、おしりに火がついた。そう思わない左翼は、遊び。


 というわけで、わたしの状況は5年くらい前まで戻ってきました。視力から言えば、小学生まで戻ってるし。次回作も少しづつ軌道に。ただ体力低下で、じっとして考えてると眠くなるのが問題。
 左目手術で病院にいったら、角膜移植した子供なんかいるのね。元気そうではありましたが、私のその時と一緒でいまいちのもようでした。かわいそうだねえ、、 最近は「可哀そうと言うな」というのが流行ってますが、可哀そうだと思わない奴なんか嫌いだな(これ他人の場合ね。友達は別。そもそもそんな暇なこと思うきっかけなんか、(かわいそうさんに)会ってる20回に1回あるかどうか)。いつの時代もそんなことを言いたい奴はいるんだよ、ただ、今は正義っぽく主張するのが流行りになって。同情は、いつの時代もどんな対象にも、わざわざ口に出すことじゃない、というだけ。他人は、自分はそれほど可哀そうじゃないんだ、と思って生きていけばいい。わたしなどは、自分に、ぶうぶういわずに自分の仕事をしろ、と内語しましたが。

 今日は早いね。仕事しないと。

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(核)白内障手術と眼圧上昇(その2)

2024-04-11 16:13:37 | その他
 こんにちは。東京地方、次第に微妙にでも気温が上がってきて、今日などさわやか5月の風。これが困る。現在、洗顔不可。汗かいちゃうとめんどう。
 
 というわけで、本日はお客さま限定、前々回の続き。
 神様の思し召しのため、その2。
 (当ブログの題はいい加減です)

 右目が順調に推移し、予定通り左目手術へ。
 ここで私には想定外のことに、手術翌日眼帯をとったら白くぼやけてよく見えない。視界にベールがかかっているよう。
 眼についていた抗生物質軟膏をとっても薄くベールがかかっていて、これは困った。
 医者に言わせるとこれは「眼圧が上昇して黒目が濁っているせい」とのこと。濁っている、って多分水分が溜まってるのかと思われますが。たしかに目にときどき押されるような圧迫感が。
 「不思議なことに右目に出なかったんだよねえ」とかいっております。
 強度近視で白内障も進んでたから出るものだろうって。白内障はきれいに取れてるから一過性のもので、1週間もすれば直るだろう、とのことでした。
 それが火曜手術で昨日のこと。ネットには「2,3日で直る」という情報もあって期待してましたところ、今日の午後にはベールは相当取れてきました。けど、まだ、血液の鼓動が目に反映してときどき視界が揺れる気がします。昨日も午後に少し良くなったのですが、これは昼ごはんの消化に血液を使うせいでしょうか、、(知らない)
 
 まあ、強度近視の皆様におかれましてはちょっと我慢してればいいようです。
 わたしは右目がクリアなので許す。
 
 なお、ネット等情報には「視力は1カ月経たないと収まらない」、というのがあります。
 実際、右目、1週間でずいぶん近くが見えるようになりました。これなら文庫本も苦労しない。、、、って、またガラス体が伸びて近視になったりして、、、

p.s. またなお、人によって花粉症だと、白内障の手術して目がかゆくなると(目に触れてはいけないので)困るがなあ、、という場合もあるかと。
 これは手術後は大丈夫でしょう。ステロイドの目薬をずうっとさせといわれますからその間は炎症は起きないでしょう。そのあとは知りませんが。

(p.s. ステロイドとは別に、ネバナックという抗炎剤を、これは長く2,3カ月つけさせられますが、要注意。
    1 固まるので、さかさまつ毛状態で、まつ毛が目に入る場合がある。
    2 白く固まるので、余分な薬が目やにのようについて、はたから見てみっともない。
      これは事後的にも目から流れるようで、1回拭いただけじゃダメ。
   です。
    相変わらず、ていねいなわたくし。)

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昨日の今日で

2024-04-06 16:28:28 | 断片
 こんにちは。珍しく東京地方(と九州南部)だけは、ぜんぜん花見日和じゃないですね。 来週は晴れ、東京の街路はソメイヨシノが散っても八重桜が綺麗です。ちょっと仕事の息を抜いてね。町会のブロック花壇でチューリップも盛りになるよ。

 さて昨日の今日で別に話題といってないのですが。
 両目が利くようになると世界が変わりそう。とりあえず観光パンフなんか見る気になったり、もしかして人のためになる役目があればまた働いてもいい気がしそうな。と思うと、ほんと昨今自信というものが消えてた気がする。
 うそつけ? はい半分だけうそです。
 ま、片目でも記録されたテキストデータが軽々読めるのさ(パソコン画面は40センチでピントが合う)。これだけで将来が明るい。 
 1カ月経ったら、眼鏡(2個)のレンズだけ遠方と近用で替えれば。しかも度は弱いので、最低価格のレンズで十分。う~~ン、明るい。
 
 昨日の夜は、テレビで、若人と昭和の花見を比較、という特集をやってました。昭和の花見、、知らん。職場で花見にいったことがない。「花見」と言って5分歩いてから居酒屋に行ったことは2,3度。その頃は目黒川沿い花火スポットなど提灯がつってあるだけでしたが。
 ともかくも上野公園とかのえげつない映像のオンパレード。野球拳やらチークダンスやら。あ、こりゃみんなこんな文化からは逃げちゃうわ、と同情しきり。世の中やらんでいい経験はたくさんあります。
 で、昨日の朝日新聞夕刊では、昭和のモーレツ社員なるものの写真特集が。社訓唱和やら絶叫合宿やら。これはちょっと知ってるけどな。
 結論。この数十年で世の中はうんとよくなりました。
 で、良き時代の人間は悪い時代があったことさえ知らん。平成生まれは戦後昭和のことさえ知らんのだから、戦前のことがわかるはずもない。ましてや江戸時代など。
 解釈歴史学が科学になるはずもない証拠です。
 
 さっき見た今日のgooニュースの見出し。 
「危険業務従事者叙勲 3615人受章」
だのというからトビ職の人の職業勧奨にでも勲章を作ったか、と思えば、『警察官、自衛官、消防吏員、刑務官、入国警備官、、、』要するに元公務員だってやんの。人を馬鹿にして。世の中危険な業務なんか山のようにあらあ。すぐ上の見出しは「【速報】窓の清掃中に転落か 45歳の男性作業員 心肺停止で搬送 静岡・伊豆の国市」だよ。
 どうにかしろよ公務員天国。
 そういやあ、公務員でも非正規は公務災害の本人請求権がないと昨日の新聞に出てた。親方公務員というのは実は「吏員」、天皇の召使のことだかんね。こんなもん今だって自治省官僚の常識。「公務員」とは民間委託できない仕事をする人間のこと。公務員なんて言わなきゃ誰も誤解しないで済む。

 とかなんとか。来週はどんなことが起こるか。神様の思し召し。
 
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核白内障手術

2024-04-05 11:06:35 | その他
 こんにちは。今週はずいぶん春でしたね。花見らしい日はなかったけどあったかくはありました。空き地ではタンポポが満開かな、平たい道路以外、外出ないのでわからない(転ぶ)。
 
 常連の方へはお騒がせしましたがおかげさまで白内障手術、片目、手術段階で成功しました。
 白内障症状はないかと思っていたところ、レンズに替えたら、周り中が白い! これはびっくり。まだ残っている左目の茶色さったら。今まで冬の光のせいだろうと疑ってた。
 フィルムカメラを知ってる人だと、アンバーフィルターを2枚重ねてつけた感じ。それでも両眼がそうだと気づかないんだよねえ、、
 これを核白内障といいます(「核」だと茶色いフィルター)。40歳過ぎた皆様が近視が急に進むようなら眼科受診をお勧めします。自分では気づきはしませんから。一応、わたしも病名は知ってましたが、どう考えても自分は違うと思ってたのに。これは見えなくなってからでは手遅れですのでお気をつけください。1回平気と言われても、2年くらいしたら再度受診を。私の行った医者も4年前にはそんなこといわなかった。
 
 ところで手術後。一般に「近く重視」というと-3Dくらいの近眼にするようです。焦点距離で公称30センチですが、実は40センチ。まあ、パソコンにはよろしい(個人の眼の奥行とかで、距離はぴったりはしないもよう)。
 ところが、肉眼のように筋肉調節ができないので、40センチは40センチ。文庫本読むなんて不便でしょうがない。まあ本は読めなくもないし、ちょっと遠くも見えないわけじゃない、というどっちつかずな、だから眼医者も選ぶんでしょうね。わたしも普通が好きなので、文句はありません。
 というわけで、とりあえず100均の+1.0の眼鏡を買ってきました。今は見えない左目があるけど、手元が本気で見えないから。ま、老眼です。
 情報によると、左目が終わって1か月くらいしたら目の状態が落ち着くので、そこで眼鏡を作り直すそうな。遠くと近くと眼鏡を使い分ける高齢者。まあ、前よりはうんとましです。
 
 で、現状目がちんばで(昭和人)、危険極まりない。遠近がまったくわからず毎日痛い思いを何度も。ぶつけちゃいけない手術眼も、食器戸棚のバネが悪くて開いた扉の角にぶつけたり(そんなこともあろうかとゴーグルを買ってつけてた。ほんと危険)(このゴーグルってやつも実は危険で、眼鏡の周りのガラスカバーで、左右も上下も見えなくなる。ぶつかったり足を踏み外したりするのは、片目が見えないことより、そっちのせいではないかと疑い。)。ともかく、早く左目も手術したい。
 
 さて、こんなところで後進の人(とそのご家族)への情報提供はよろしいかな。
 これだけ先に片を付けておこうかと思って。
 
 お越しの皆様にはほかのページはフィットしませんので、また何かの機会にお会いしましょう。何かって、まあ、神様次第。

(p.s, 神様より、続きを書けというので2024.4.11へ。)

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思想小説の組み上げ方、その2

2024-03-30 16:23:13 | その他
 こんにちは。東京地方、昨日の午後から文句なしの春。当然桜なんか咲いちゃって。まだ白い花がちらほら見えるだけですが、空は青空だから問題なし。とはいえ、まだ照葉樹が日差しを跳ね返してる白さの方が、断然強い。目が悪いとキラキラきれい。
 
 さて、もう4月ですね、お仕事・学業は相変わらず? わたしゃ異動は多かったけど、待遇が変わるわけじゃないからそこそこ楽しみではありました。自分は変わらなくても同僚が変ったりするしね。楽しい同僚が待ってるといいね。
 もっとも、もっとシリアスな方もいるかも。
 「4月1日から居場所を失ってしまう方へ」(工藤啓認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長)という記事もあります。
 おっしゃるには、とりあえず
 「・少しでもいいので収入を確保する
  ・自分の状況を周囲に伝える
  ・気分転換になるものを見つける
  ・支援機関を探してアクセスしてみる」
 のが大事とのこと。
 何度か書きましたが、袖すりあうも、です。なにかありましたら隈までメール等でお伝えください。
 
 ではネットニュースちょっと。
 
「「使い方を間違えた結果です」 ジョージア大使の親戚の少女を襲った悲劇に「一度は通る道ですね」(Hint-Pot)
 なにかと思えば、親日派のジョージア大使に起こった、銭湯でのビン牛乳の蓋の取りそこない。蓋抜きで抜くタイプ。
 ああ、、あったね、そんなの、と思って。
 今月末で銭湯のビン牛乳はなくなるんだってさ。銭湯自体がないんだけどね。
 蓋抜きって知ってる? 柄はあるけどただの釘。
 小学生の頃、牛乳の蓋の取りっこして(机に並べた蓋を手のひらでたくさんまとめて引っくり返すと勝ち)、穴の開いた蓋は美しくないからめったに使ったことはないけど、駄菓子屋でコーヒー牛乳買うと、お店の人が蓋開けてくれるの、なんて知らないね、

 次、「結局は大企業会社員で「月850円」負担増 子ども・子育て支援金 それでも「実質的な負担は生じない」?」(東京新聞)
 まだまだ、うそばっか。
 いまだに具体的試算を出さない。そんなもん出すの簡単なのに。
 それやると裕福商店主と貧乏老人が発狂するからね。
 
 さて、今日は変わったところで、2通りの小説書きについて。
 (「その2」を書く日が来るとは思わなかった。その1は 2018.2.10)
 
 朝日新聞でそろそろ終わる連載小説が2件あって、「今村翔吾」の楠正行(まさつら)の話と、「沢木耕太郎」の江戸時代の講談家の話。
 両方時代劇なのだけれど、えらい違い。今村のはストーリー重視で、登場人物はただのキャラクター。沢木のはストーリーなどどうでも、一一(いちいち)の場面で登場人物がどう生きるか(考え、動くか)という作り。
 いや、この2パターンを取り間違えて模範にすると、小説家志望人はひっちゃかめっちゃかになるだろうな、と思って。
 どちらも芥川賞志向者には関係はありませんが、
 素人が真似るには今村のほうが良い。つまり、本の中に思想を盛り込もうなんて思う人々ね。早い話が、簡単だから。あるキャラクターが設定の中でどう動くかを書けばよろしい。
 でも小説で人生を映し出したい、なんて思う人、あるいは本で哲学を表現しようという人は、沢木ね。沢木とか、本物の玄人だから難しいぞ。ある行為主体と別の行為主体が、それぞれの主体をかけて内面的に、なぜ、そしてどう、行為するかを書かないといけない、というか、その行為主体(たち)を、読者自身として、描くのが趣旨だから。
 
 こんだけ。
 短い? ちょっと気持ちがいっぱいでね。
 来週早々、いよいよ眼を変えるの。
 白内障手術。
 ふつうは簡単なんだけどね、眼医者に「お前のは難しい」と言われてて。
 でも失敗しても今とさして状況は変わらないから。もうぎりぎりで読めてるだけだし。この目じゃ次回作は作れない。「手術はもう遅いくらいだ」ともいわれてるし。白内障症状なんて自覚ゼロなんだけどね。
 で、2週間、本も満足に読めないんで図書館本も借りられず、その点暇なわけ。
 暇でどうするって、ボーッとできるわけだ。そこがまあ高齢者さ。

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「痛みの沈潜と風化」の実態

2024-03-23 17:13:27 | その他
 こんにちは。東京地方どうしちゃったのか、ずーっと寒い。ちょっと前には桜の開花は東京がいつも一番早い、なんていってたのに、蕾はかちんかちん。
 なんだけど、寒くても夜風は3月の匂い。雪が解けた関東山地の匂いなのだろうか。
 なお、今日は高知で一番咲きだって。 
 花より団子、今年はなんとかスーパーで牡丹餅を探して二日目に見つけて食べました。どうせニセモノの団子と思ったらちゃんと半殺しの中身が入ってました。おはぎはスーパー特売くらいの可愛いのでいいや。

 今日はちょっとだけニュース。
 新宿アルタ、来年2月で閉店て。「東京・新宿の待ち合わせスポットが営業を終了します。」(テレビ朝日)
 40年間待ち合わせスポット、って時代が違う。私らん時は待ち合わせは断然紀伊国屋前。昔はなんかしら店頭出店が出てたから暇つぶしできるし。アルタはわたしゃ2回くらい。場所じたい狭いから分かりやすいんだけどね。知らないうちに時代が飛び越えて過ぎ去ってしまったか、という感じ。でも、アルタは「新時代」の象徴。アルタに新宿騒乱は似合わない。

 「“飛ばないバット”狂騒曲のウラ側で…青森山田の2選手が異例の「木製バット」を選んだワケは?」( Number Web)
 これが感心。ちょっと長い。
「、、、吉川が報道陣から「新基準のバットに変わり、初めて木製バットを使った選手ということについてどう思うか?」と尋ねられた時、、、。
 吉川が反射的に答える。
「珍しいとは思いますけど、自分としては今までと変わらず、勝利に繋がるバッティングをすることが一番だと思っているんで」」
 ほう、こうした言語化が以後も生きるんだよね。野球なんてどうでもいいけど、(中身に寄らずとにかく)自分のイデオロギーの下で自分を生きられた、という経験が大切。
 それは自分にとって嘘じゃないから。SNSでなんか言われて泣くような生活は、けしてやってこない。
 口の先で周囲をごまかして生きてるっていう奴は、心の底まで憐れだけどね。
 
 というわけで、本日のお題は、良心的な高校生への倫理の授業。
 いや、現実には高校生にはこんなこといわないけどね、現実をいえば、こんなブログ、引っくり返っても高校生来ないし。だから安心して本当のことを言ってしまおう。
 
 世の中には良心的な人はいらっしゃいます。「彼らも私も同じ人間」という志向を持つ方たちのことです。とくに、アフリカやその他の後進諸国についての本を眺めていると何人も出ていらっしゃって、内発的開発論とかね、そういう研究者たちが集まって作る本もある。あるいは、公務員の外交官の手記なんかも、モラハラでも安心して読める。誰らがどうとは言いませんが。
 さてところで、そうした「平等主義的な」良心が正しいかといえば、人間の世ではそうではないから不思議。
 別に不思議じゃないか。つまり、「彼らも私と一緒だ、私たちと一緒だ」、という地点からは、「実は彼らに特有の状況」を変化させるべき努力は生まれない。確かに同情に満ち満ちてはいるが、研究者は「現地の一般人を支持することに腐心」し「外交官は自分の出世コースを歩む」。
 ああ、イライラする優柔不断。
 
 なんて指摘をするほうがいやな奴だね。
 しかし、世界は、かえって、不平等主義者とそれに歯向かう手段を選ばない反逆者の2者によって、結果のみ「平等主義的に」変更される。
 良心的な人にとっては哀しいことです。
 
 が、しかし、現実は哀しくなんかない。そんな感情の余裕があるはずもない。だってその変化の過程は痛みの連続だもの。「そんな過程に耐えろ」という偉そうな発言が許される人間などいやしない。
 第三者の言にかかわらず、世界の行く末は差別する人間と、差別を許さない人間との間で闘われる。
 
 でははじめに「痛み」を感じた良心的な者はどこへ行く?
 人間はその気持ちを自分の行為過程に繰り入れない限りは、「昔そうだったな、俺は知ってるよ」という認知のまま、第三者のレールをゆくしかない。繰り入れない人間が歩む過程は、どんな人間でも歩む、その同じ過程に過ぎない。
 嘘だ? ほんとに嘘か?
 冗談じゃない。長生きした人間をバカにするな。
 隈はそう答えるしかない。
 ただ1点、違うといえば、痛みを感じた良心は、その時点で凍結され、いつでも自分の中で戻っていける、という「美しい誤解」をもちうる。
 
 と、これは、ただの事実。
 ここで話は研究主体Aに移ります。
 
 ここで仮に、自分の家族や親族が、困難な目にあったとしよう。ここでは研究主体Aは、慌てふためいて、彼らを何とかしようとする以外に取る手立てはない。
 そりゃ理屈じゃないし。自分のはらからだから。だけどそのときの研究主体Aは「研究主体」などではない。 
 対象が自分や自分の家族の時の日常行為であれば各一瞬一瞬が選択の嵐。仲間だって裏切り者ばかりじゃない、かけがえのない仲間はいるさ。
 
 問題は次だ。 
 ところが自分の次の動作をつかさどるホルモンにかかわらない観念作業はそうではない。
 つまり、ウクライナやガザと、それに直面している私たちの関係です。
 これは、どうきれいごとをいおうが、2つの道のどちらかを選択するしかない。
 仲間のような人々を助けるか。
 仲間のような人々を無視して研究に専念するか。
 きれいごとを除いて2つしかない。
 この現実について、そこに直面してない人間がコメントをしうることはない。昨今の観念世界で生きている人間が何を言おうと、「脱構築」というやつさ、世界というのは2項対立なのだよ。なぜか。自分が次にとる行為はひとつしかないから。だから「この世界」の構成者も2つに分かれるのだよ。自分が選んだ人々と選ばなかった人々と。
 きれいごとをいったところで、きれいごとを遂行できるのは他の気持ちがなかっただけのこと。
 ああ、イライラする優柔不断。

 さてそこで、現状、アフリカその他の現状を具体的に読まされては、そりゃあ「敢えて(あえて)」無視しようと努力するしかない。研究主体Aに彼らを助けることなどできやしない。もちろんこの事態を、研究主体Aが研究主体として彼らと生活をすることはできない、と言ってもいい。
 庶民の良心を無視する私をスターリニストと言えば言え。 
 社会科学で研究主体を待つものは、不平等主義者とそれに歯向かう手段を選ばない反逆者の2者によって構成される平等のみ。
 
 、、、ほんと、高校生から変わらない隈。

 そうそう、朝日新聞の投書だったと思うけれど、「私は子供の時に人は孤独と言い聞かされていたので、他人にどんなことを言われても平気だった(趣旨)」というのがあって。
 ああ、私もそうかも、と思いました。ほんと、子どものときに(中也挫折や安保挫折を社会で待ってる通例と思ってて、)挫折なんかするのが当然と思ってたからね。おかげさまで挫折が100倍になって自分の富になった人生でしたよ、カネにはならんけど。
 
 さて、最後っ屁のように書けば、
 朝日新聞の鷲田清一のコラムが選んだ今日の言葉

「命の重さはみんな同じはずなのに、この世界はフェアにはできていない。世界中が自分たちを攻撃している。」
 (ガザの病院スタッフ)

 そうだよ、忘れてほしくないのは、世界、つまり自分の自称「仲間」なる者たちも自分たちを攻撃している、ということだ。ハマス? イスラム勢力? 誰一人攻撃しない者はいない。
 これは病院スタッフに言ってるのではないよ。病院スタッフに同情した方々に言っている。
 まあ普通ならこういう同情もない書き方はしないんだけどね、いくら言っても分からない方の多さといったら。てゆうか、このところいらいら。

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諸国噺

2024-03-16 17:23:40 | 断片
 こんにちは。東京地方、また暖かくなって昨日はタンポポを一つ発見。恒例の花粉症も。
 といっても昼に外に出ない限りあったかい気はしません。着てるものも変わらないし、手だって血行不良でしびれるし。朝や夜だと冬と変わんない。
 ご来臨のお勤めの方は内勤でしょ? 昼休みとかなら春だよね。 
 
 「車庫をねぐらに「ピチュピチュ」 越冬ツバメの大家族、薩摩川内の民家に70羽住み着く」(南日本新聞)
 日本で冬越しだって。いいなあ、けど70羽はちょっとねえ。マンションの管理人さんによると、ツバメのフンは水で洗えば落ちるって。ハトのフンより始末がよいようで。
 
 ニュースです。
 「ライドシェア、4月から東京・京都など4都府県で開始…タクシー不足などの一部地域に限定」(読売新聞オンライン)
 えええ。なにそれ。東京になんかいらねえよ。電車あんじゃん。
 すっかりだまされちゃった、わたしも庶民だねえ。非常勤導入、ただのタクシー会社の人件費抑制じゃねえか。観光青森に導入しろよ。そもそもからタクシーないとこ。
 みなさまもお気をつけください。「人手不足で」というお題目は、人件費抑制のかけごえ。
 
 「北陸新幹線の金沢―敦賀間が延伸開業」(読売新聞 )
 福井県、今を除いて宣伝のチャンスないですよ。
 福井県の県庁所在地ってどこだ? とさんざん考えてしまった。思い出さないのでyahooマップまでみてしまった。福井なんて町がありました。知らない。東尋坊は行ったことあります。友人が福井のどこかの民宿に泊まったら夕食にカニが一匹ついてきた、と感激してました。くらいしか知らない。福井っていやあ化学者だよ。謙一。いやあ、香川県より地味。香川しってます。讃岐うどん。県庁所在地は讃岐市。
 いや、軽い冗談。
 
 「「日産は強盗。ジャイアンどころじゃない」 下請け取引で島根知事」(朝日新聞)
 日産が下請けへの支払い、さんざん脅して値切ってきたんだってさ。
 えらいじゃないか島根県。知ってるよ、松江市。
 いくら春闘で満額回答したって、大企業の子飼いの社員だけ儲かるんじゃなんの意味もありゃしねえ。どうしてくれるんだ、連合ばあさん。
 おっとエイジハラ。
 で、あっちもこっちも労組要求以上で回答があったって。
 なにやってんだよ、連合ばあさん。嘆かわしい。

 アカデミー賞が「君たちはどう生きるか」と「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」で受賞だって。
 そりゃあめでたい。
 ところ、家人がこういうのって、昔だったら退廃文化ではないかと。
 おう、そりゃあそうだ。昔からどの国でも政府支配権力が嫌う、自由と個人主義、と在野のエリート、の文化。
 最近は在野のエリートも平民化しているところが民主日本、って、このセンテンス、前もなんかの話題で書いたな。エリートが消えて日本はほんと良くなったよ。

 で、「ジブリパークが全面開業=「魔女の谷」5エリアそろう―愛知」(時事通信)だってさ。そりゃあめでたい。で、入場料は・・・平日大人7300円。
 ば~~か。何回もいくものか。半年ももちゃしねえぞ。

 「秋田市最後の銭湯、ビール醸造所として再生 「星の湯」の看板そのまま、設備活用」(共同通信)
 て、じゃあ秋田に風呂屋ゼロ? どうやって暮らせというんじゃ。ビールのほうが風呂より大事か?? 分からない世界。車で公衆温泉にでもいけるのか??

 というわけで、ここのところ具体的な現実の知識を増やしつつ、反国家の道を悪戦苦闘しております。どうすればウクライナを支持する人間を作らないことができるか、ということです。(ロシアやイスラエルやハマスや、なんちゅうのは論外)。最良の左翼、K派分派のように口で議論してたって無駄。主流派ごとき国家を担ぐ奴らよりは1万倍ましだけれど。
 たとえば最近のヒット知識。高根務「ガーナ」。
 ガーナの国会議員には、田舎の伝統首長は憲法でなれないのだって。政党活動もしちゃいけないのだと。伝統首長が議員になれないように、そもそも政党は、すべての地域に政党支部を持ってないといけないのだって。
 なんていきなり言われてもというわけですが、つまりアフガニスタンのように封建思想の田舎地主が国政に口を出せないというわけだ。これは最重要。
 ガーナは昔からの植民地国家=半国民国家だからできるんだろうけど、憲法規定、という手があるのだね。
 なんて知識を抽象的に繰り込むわけ、今回は未来世界社会学だから。ま、悪戦苦闘、です。
 
 最近は眼のグチが少ないでしょ。もう最後の酷使だから。
 
 さて、5時。
  
 テレビの建築エンタテイメント「ビフォーアンドアフター」を見てたら、100歳の一人暮らしの家を作り替えたのはいいが、思った通り、台所ガスをIHヒーターに勝手に変えられてしまった。
 アパートやマンションはなんか起きた時影響が大きいからしょうがないかもしれないけど、年寄りの一軒家の場合は絶対だめ。年寄りには使えないって。せっかく一人暮らしできてたのに、余計なお世話を。
 御実家のおうちのことなどはよくよくご考慮ください。

(p.s. さっきまでNHKの衛星放送、「はるかなる古代文明 マヤ」なるものを見てて。
 でてきた司会の女とどっかの教授らしき男の会話がなんとも不愉快。男がロスジェネなんだろうね、このブログの2,3回前不愉快を表明したおしゃべり志向のように、マヤの人民は物見遊山で王のピラミッドを作ってやったって。で、女もNHK脚本家のゆう通り、ほんと民主的ですねえ、なんてゆうわけだ、それぞれ語彙は違うけど。
 よいですか、その1、あなたは今日は大石100個運ぶよと言われてうれしいですか?
 その2、おなたはせっかく日々耕作して何とか食ってるのにその土地を荒らされるとしたらどうしますか?
 お考えの通り、日本の歴史は運びます。その1、いやだけど、その2、しょうがねえ、武器を持ったあの支配者どもににお願いに行かなきゃなんめえ。その代わりに石垣だって作ってやるさ。
 そんなもん、日本中世史の基本。
 どうにかしろよ、幸せ暮らしのロスジェネ。
 もちろんロスジェネが悪いんじゃない。自分だけの安楽暮らしをみんなそうだと思ったやつら、とりわけ史学の右翼教師の弟子たちが悪い。誤解なきよう。)



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