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「天明年中叓」を読む 4

(水路土手のヤブマオの花)

目立たない雑草の花だが、この季節、水路の土手に一杯咲いている。

ヤブマオはカラムシ(苧)と近縁で、和名はカラムシの別名であるマオに藪を冠したもの。かつてはカラムシと同様に、茎の植物繊維から糸を紡いで、布を織ったという。

午後、昨日に続いて夕立で、激しく降る中、金谷宿大学の打ち合わせで、みんくるに行く。会議に間、止んでいたのに、終るころにまた激しく降った。そろそろ、酷暑の夏も先が見えて来たようだ。

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「天明年中叓」の解読を続ける。

一 岡部殿御馬先の、種ヶ島(たねがしま)と見えし鉄炮五挺、一文字に並び、供(とも)せしとなり。
一 跡乗(あとのり)、家老栗宮七郎兵衛、行列りっぱなる事の由。対鑓四本、持鑓(もちやり)弐本、鼻高牽馬(ひきうま)、以上弐疋の由。
一 岡部殿御出馬、通り町筋御通行。将軍家も御透見(すきみ)遊ばされ候との風説これ有る由。それ故、通り町筋御出馬と、風聞これ有り候なり。
※ 跡乗(あとのり)➜ 行列などに供奉して、最後に騎馬で行くこと。また、その人。
※ 持鑓(もちやり)➜ 大将のしるしとして持つ、短い槍。
※ 鼻高(はなたか)➜ 天狗の異称。但しここでは、「自慢の」という意か。
※ 牽馬(ひきうま)➜ 貴人または諸侯などの外出の行列に、鞍覆をかけて美々しく飾り、連れていく馬。
※ 透見(すきみ)➜ 物のすき間からのぞいて見ること。のぞき見。


    丁未(ひのとひつじ)(天明七年、一七八七)十二月八日
    阿部伊勢守殿にて、御留守居、召し呼ばれ、左の通り、
    御書付御渡し成られ候。
一 遠州相良城破却、仰せ付けられ候に付、取毀(とりこぼち)の儀、井上武三郎本多伯耆守西尾隠岐守へ、仰せ付けられ候。前三人より、人数差し出し候筈候の間、その意を得べく候。
                         岡部美濃守、
遠州相良城破却、仰せ付けられ候に付、城破却に随い、在番人数、追々減少致すべく候。
※ 阿部伊勢守 ➜ 阿部正倫(まさとも)。備後福山藩四代藩主。江戸幕府で寺社奉行、老中を務めた。この時、老中であったが、田沼派に属したため、翌年には辞任した。
※ 井上武三郎 ➜ 井上正甫(まさもと)。前年、父(正経)の死去により、幼くして家督を継いで浜松藩主となる。
※ 本多伯耆守 ➜ 本多正温(まさはる)。駿河田中藩第四代藩主。
※ 西尾隠岐守 ➜ 西尾忠移(ただゆき)。遠江横須賀藩の第四代藩主。正室が意次の娘であった。
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「天明年中叓」を読む 3




(突然の大雨の雨粒と、大雨の後の虹)

夕方、図書館と買物から戻ると、突然の大雨に、しばらく車から出られなかった。家の駐車場には吐けきれずに、みるみる水が溜まり、叩きつける雨粒に、無数の王冠を作っていた。やがて、雨も止み、東へ去る黒雲に、西に傾いた夕日が虹を作った。

   驟雨きて 地に王冠の 数多落ち

午後、昨夜は全員集合で泊った孫たちが、それぞれ家に帰って行き、我が家の夏休みの騒動は終わりを告げた。

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「天明年中叓」の解読を続ける。

丁未(ひのとひつじ)(天明七年、1787)十一月三日、(岡部)美濃守殿、御出立拝見の人より、書付来たり候。

 先備(さきぞなえ)  弓、鉄炮、長柄、数多(あまた)
     その外、諸物頭、家老、平士など。
 弐番備(ぞなえ)  鉄炮五拾挺、これへ、持筒射手五拾人、
     侍(さむらい)と相見え、付き添い居り申し候。
        侍已上(いじょう)塗笠(ぬりかさ)にて、
        分(わか)り相見え申し候。
 この二手  弓弐拾張、長柄弐拾本、騎馬の士(さむらい)、拾弐人なり。
 籏本  弓、鉄炮、長柄、、太鼓迠引き、
     太鼓は負(お)わせ候て、太鼓打ちの装束、見事なる事の由。
※ 物頭(ものがしら)➜ 頭だつ役。長。かしら。
※ 平士(ひらざむらい)➜ 普通の身分のさむらい。
※ 持筒(もちづつ)➜ その人が所有する鉄砲。自分の持料の鉄砲。
※ 射手(しゃしゅ)➜ 弓を射る人、の外に、銃を撃つ人、もそう呼ぶ。
※ 塗笠(ぬりかさ)➜ 薄いへぎ板に紙を張り、黒漆を塗った笠。
※ 貝(かい)➜ ほら貝、であろう。


一 騎馬廿五騎と書き出しにはあれども、余程多く候。朝五ッ半時より、先手(さきて)繰り出し、八ッ時まで通りしとなり。
一 弓、鉄砲、凡そ数え見しに、百五拾挺、弓弐拾張程これ有りとなり。
一 家中の持たせる弓、余程多く見え候。もっとも、臺弓(だいきゅう)はなく、一張りずつの弓をもたせ、中には馬先に負箙(おいえびら)など持たせる人も多し。甚(はなは)だ見事のよし。その外、腰に差し候騎馬士(ざむらい)もあり。種々(しゅじゅ)の出立、見事なり。もっとも、惣躰(そうたい)綿服(めんぷく)のよし。
   但し、当春高松公、京都へ御洛代(らくだい)の人数より多くなりし、
    との評判。岡部侯の人数、凡そ三千人という沙汰の由。
※ 騎馬(きば)➜ 馬に乗ること。また、乗っている人。
※ 先手(さきて)➜ 行列や供揃えなどの先頭をつとめる者。
※ 臺弓(だいきゅう)➜ 弓を立て掛ける台。
※ 負箙(おいえびら)➜ 矢を入れて、背負う型の、携帯する容器のこと。
※ 惣躰(そうたい)➜ だいたいにおいて。一体に。総じて。
※ 綿服(めんぷく)➜ 綿布でつくった衣服。綿衣。
※ 洛代(らくだい)➜ 代わりに上洛すること。
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「天明年中叓」を読む 2

(裏の畑のタカサゴユリ)

繁殖力旺盛なタカサゴユリは裏の畑に止まらず、庭にも我が物顔で咲いている。百合の葉を見ると、住人の方も、引き抜かずに残してしまうから、しっかり花まで咲かせてしまう。花も見応えがあるから、悪くはないのだが、今では雑草の仲間に入っている。

読み始めた「天明年中叓」の最初は、どうやら相良城引渡と破却のあたりのことが記されているようだ。田沼意次の失脚後、その孫が陸奥下村藩に転出、相良城が破却となるのは、天明6年から8年の間であったから、天明年中の出来事なのである。

明日は名古屋のかなくん親子が帰るので、今夜は掛川のまーくん親子、合わせて6人が我が家の一部屋で雑魚寝している。孫たちの夏休みも、いよいよ終りに近づいている。そういえば、まーくんは、日曜日、安倍川河川敷で行われた練習試合で、ランニングホームランを打って、チームの勝利に貢献したという。ホームランはおそらく初めてである。

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「天明年中叓」の解読を続ける。(昨日「例書」の続き)

                相良へ召し連れ候人数
                 家老       中 与左衛門
                          栗宮七郎兵衛
                 番頭(ばんがしら)濱田七郎左衛門
                          那須為右衛門
                 用人       平生九兵衛
                 籠奉行      桑山友右衛門
                 甲賀頭      前川元右衛門
                          大塚兵右衛門
                 留守居      府川仁助
                 徒士頭      乾 新助
                   取次役    三人
                   足軽頭    三人
                   長柄奉行   弐人
                   大目付    弐人
                   使番     弐人
                   馬廻りの者  拾人
                   近習士    四拾弐人
                   甲賀士    五拾人
                   徒士     弐拾八人
    〆て、侍分百六拾七人
    前已外(いがい)、小頭、小役人、足軽、中間 千弐百八拾五人程。
    都合人数高 千四百六拾人余り。
※ 番頭(ばんがしら)➜ 江戸時代、大番組・小姓組・書院番などの長。
※ 徒士頭(かちがしら)➜ 江戸幕府の職名。徒組 (かちぐみ) の長。
※ 近習士(きんじゅうし)➜ 主君のそば近くに仕える侍。
※ 徒士(かち)➜ 江戸時代、下級武士の一身分。主君の警備にあたる歩卒。
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「天明年中叓」を読む 1

(庭のサルスベリ(白))

「古文書に親しむ」講座が終ると、しばらく受講の講座もなく、一休みできる。名古屋のかなくん親子は、息子と女房が粟ヶ岳から掛川城へ連れて行ったので、一日、家でごろごろしていた。たまには良い。

「復讐 天橋立」の1冊目を、昨日読み終えた。まだ、4冊ほど続くようだが、こちらは一休みして、最近手に入った「天明年中叓」という和本のコピー、何が書かれているのか、内容がよく分らないのだが、少し読み進めて見ようと思う。

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「天明年中叓」の解読を始める。細かい点は後回しにして、少し読み進んでみよう。

一 今度伺い奉り候儀は、宝暦八寅年(1758)、松平能登守濃州郡山の城、請け取り在番、仰せ付けられ候節の先例を以って、伺い奉り候儀に御座候。
一 相良へ召し連れ候騎馬並び武器などの儀、弐万五千石の先格、相知り難く候に付、弐万石と五千石に騎馬差積書、出し申す儀に御座候。
一 相良へ召し連れ候惣人数の儀、なおまた、相伺い候上、追って申し上げ候様、致すべく候。以上
    十月五日               岡部美濃守
※ 在番(ざいばん)➜ 江戸時代、大名の改易の際、他の大名が幕府の命令で無主となった城地を守ったこと。
※ 先格(せんかく)➜ 前からのしきたり。以前からのきまり。先例。


一 弐万石役馬向け
    騎馬弐拾五騎 鉄炮六拾挺 籏七本 弓弐拾張 長柄六拾本
右の通りに御座候、この積りにて用意仕るべくと、存じ奉り候。先格相知り難く候に付、この段窺い奉り候。以上
    十月五日   伺わさせべくの通りに候。     岡部美濃守
※ 長柄(ながえ)➜ 戦国時代に足軽が用いた柄の長い槍。

    例書
享保八年卯年(1723)十二月、松平紀伊守様、和州郡山御城、御請け取り御在番、仰せ付けられ候節、翌年正月御当地御発足、同二月、郡山御城御請け取り、相済み申し候。
宝暦八寅年十二月、松平能登守様、濃州郡山御城、御請け取り御在番、仰せ付けられ候節、翌年二月御当地御発足、同四月、郡山御城御受け取り、相済み申し候。
   右の通りに御座候。この段、各(おのおの)様まで申し上げ候。以上
    十月五日               岡部美濃守家来
                          府川仁助
※ 発足(ほっそく)➜ 出発すること。

(同文書つづく「召し連れ人名など」)

読書:「匂い袋の宵 口入屋用心棒2」 鈴木英治 著
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「復讐 天橋立」を読む 26

(畑のミョウガ)

夕方、思い付いて身に行くと、畑のミョウガが頭を出していた。食用するこの部分は「花穂」という。ここから花芽が出て、花を咲かせる。ミョウガの花穂はいくつも出ていたが、取りあえず二つ収穫し、お昼の残りのソーメンの薬味として食べた。美味かと聞かれれば、びみょう(微妙)と答える。

午後、「古文書に親しむ」講座。酷暑の昼間にかかわらず、10人の出席に有り難いことと思う。森町から出た地方文書12通、読み終えた。

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「復讐 天橋立」の解読を続ける。

延引に及びしと、委細を(つぶさ)言上(ごんじょう)すれば、殿、御悦喜浅からず。扨こそ、いしくもしたり。汝が練摩の早業(はやわざ)をもって立ち向かわば、その九郎兵衛とやらん、縦令(たとへ)神人鬼没の働きありとも、よも仕損じる事はあるまじきなり。片時も早く、かの地に立ち越し、本懐を達し、亡霊の積欝をはらすべし。
※ 具(つぶさ)に ➜ 細かで詳しいさま。詳細に。
※ 言上(ごんじょう) ➜ 目上の人に申し上げること。
※ いしくも ➜ 見事に。殊勝にも。
※ 神人鬼没 ➜(正しくは、神出鬼没)自由に現れたり隠れたりすること。 または、何の兆しもなく、突然現れたり隠れたりすること。
※ 片時(かたとき)も ➜ 一瞬たりともゆるがせにしないさま。ほんの短い間も。
※ 本懐(ほんかい) ➜ もとから抱いている願い。本来の希望。
※ 積欝(せきうつ) ➜ 心につもる心配や憂鬱のこと。


餞別(はなむけ)せんとて波平行安の刀、御手づから賜りければ、臺右衛門頂戴して、誠に若の高情、何時(いつ)かは報じ奉らん。この上は直ぐさま御暇(いとま)を戴き、罷り出で、やがて本意(ほんい)を遂げ、目出たく再勤仕るべしと、低頭拝謝し、退くやいな、時刻をうつさず、用意あらましにして、元伊勢の城下へこそは、赴きける。
※ 餞別(はなむけ) ➜「餞」一字でも「はなむけ」と読む。旅立ちや門出に際して、激励や祝いの気持ちを込めて、金品・詩歌・挨拶の言葉などを贈ること。ここでは、刀を贈った。
※ 波平行安(なみのひらゆきやす) ➜ 平安時代から近世まで続いた、薩摩の世襲の刀工名。
※ 手づから ➜ 直接自分の手で。自分で手を下して。
※ 高情(こうじょう) ➜ 他人を敬って、その心づくしや親切をいう語。芳情。
※ 本意(ほんい) ➜ もとからの考え。本来の意志。本懐。
※ 再勤(さいきん) ➜ 再び職務に就くこと。二度の勤め。
※ あらましに ➜ だいたい。おおよそ。また、いい加減。

(第二回 おわり)
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「復讐 天橋立」を読む 25

(静岡城北公園のクスノキ群)

午後、駿河古文書会で、静岡へ行く。台風の名残りの厚い雲から、時折、雨がぱらついた。

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「復讐 天橋立」の解読を続ける。

(やが)て御盃を賜わりければ、臺右衛門平伏し、臣の身としてかゝる無礼も芸道の私(わたくし)ならざる所、若(わか)、これを咎(とが)め給わぬ大量(だいりょう)のほど、恐れながら感ずるに余りありと。頻りに拝謝(はいしゃ)し奉れば、その時、城主仰せけるは、かほど剛強(ごうきょう)逞一(ていいち)の侍に、比興(ひきょう)至極の一矢(いっし)あり。心づかざるや、如何に、と宣(のた)もう。
※ 大量(たいりょう) ➜ 度量が大きいこと。心が広いこと。
※ 拝謝 ➜礼を言うことをへりくだっていう語。 心から感謝すること。
※ 剛強(ごうきょう)➜ たけく強いこと。勇猛なこと。
※ 逞一(ていいち) ➜ 最高にたくましいこと。
※ 比興(ひきょう) ➜ 卑怯。正々堂々としていないこと。
※ 一矢(いっし) ➜ 一本の矢。転じて、向けられた攻撃や非難。
※ 心づく ➜ 気が付く。


臺右衛門、承り、某(それがし)いやしくも累代当家の禄を給わり、武門において、仮にも臆(おく)せし心を抱かず。何がゆえに、こは仰せ出さるゝや。願わくは、御示(しめ)し給わるべし。城主宣(のた)もうよう、去頃(さいつころ)、汝が弟、貞蔵、中禅寺に於いて横死(おうし)をとげたる。その敵が姓名住所も分明(ぶんめい)なるに、何とてこれを討たざるや。等閑(なおざり)に差し置くは、その意得ずと宣もうとき、
※ 去頃(さいつころ)➜ 先つ頃。さきごろ。先日。
※ 横死(おうし) ➜ 殺害されたり、災禍などのため、天命を全うしないで死ぬこと。不慮の死。非業の死。
※ 分明(ぶんめい) ➜ はっきりしていること。明らかなこと。
※ その意得ず ➜ 合点がいかない。納得できない。


臺右衛門進み寄りて、さればこそ、先達て病気と披露し、出仕を怠(おこた)り、密かに岩谷の城下に立ち越し、かよう/\の始末にて、弟の仇敵(きゅうてき)、日下部藤弥太は討ち留(と)め、もっとも、いまだ元伊勢山の大谷木をば討ちとらず。(かれ)は聞こゆる豪傑なるゆえ、術(てだて)をめぐらし討ち留(と)めんと、ひと先ず帰宅し、そのことに預かる所、はからざる御咎めを蒙り、閉門いたし罷り有り。
※ 仇敵(きゅうてき) ➜ 憎んでいる相手。かたき。あだ。
※ 渠(かれ) ➜ かれ。三人称の代名詞。
※ 預かる ➜ (正しくは、「与(あずか)る」)物事にかかわりをもつ。関係する。関与する。
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「復讐 天橋立」を読む 24

(台風10号の雲)

台風10号は豊後水道を進み中国地方を横断し、日本海に抜けた。しかし、当地は明日の朝まで、大雨の可能性が残るようだ。大型台風の割には、大きな被害がなく終わりそうで、何よりである。

孫たちは掛川に泊っているので、今夜は静かである。

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「復讐 天橋立」の解読を続ける。

殿これを制し給い、臺右衛門を近く召され、某(それがし)愚昧(ぐまい)にして我が意にほこり、何卒(なにとぞ)以前の仕返しせんと、汝が閉門のうち、日夜その術を講明(こうめい)し、寝食も忘るゝばかり励みしが、去るにても、その方は永々の籠居(ろうきょ)に身体も屈曲(くっきょく)し、自由の働き、なるまじと思いの外、却って手の内、以前に勝りて健(すこ)やかなるは如何にぞや。
※ 愚昧(ぐまい) ➜ おろかで道理に暗いこと。
※ 何卒(なにとぞ) ➜ どうにかして。なんとかして。
※ 講明(こうめい) ➜ 研究して物事の意義や本質をあきらかにすること。
※ 籠居(ろうきょ) ➜ 家に閉じこもって外に出ないこと。閉居。また、謹慎して自宅に閉じこもること。
※ 屈曲(くっきょく) ➜ かがまりまがること。折れまがること。
※ 手の内 ➜ 腕前。手並み。


臺右衛門言う。若(わか)のそこに御心付(こころづ)かせ給うは、則ち、練磨の余計(よけい)なり。某(それがし)閉門仰せ付けられし砌(みぎり)より、斯(か)かる(もう)あることを勘察(かんさっ)し、潜居(せんきょ)のうち、鴨居(かもい)、柱を相手となし、昼夜手を砕き、しばしも懈怠(けたい)あらずと言う。
※ 余計(よけい) ➜(正しくは、「余慶(よけい)」)おかげ。余光。
※ 儲(もう)け ➜ 設(もう)け。あらかじめ決められていること。また、計画。
※ 勘察(かんさつ) ➜ 物事の実態、実情を調査すること。考察。
※ 潜居(せんきょ) ➜ 隠れ住んでいること。


城主かさねて、さこそあらん。さるにても、汝は不敵(ふてき)曲者(くせもの)かな。両度まで某(それがし)を打ち据えたる大丈夫(だいじょうふ)の魂(たましい)、感心せり。天晴れ、一方(ひとかた)の助けともなるべき豪傑、今より林田右膳と倶(とも)に我が師範たるべしと。
※ 不敵(ふてき) ➜ 敵を敵とも思わないこと。大胆でおそれを知らないこと。
※ 曲者(くせもの) ➜ 普通とは違った人物。なみなみでない人。
※ 大丈夫(だいじょうふ) ➜ りっぱな男子。ますらお。偉丈夫。
※ 一方(ひとかた) ➜ いっぽうの人。片方。
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「復讐 天橋立」を読む 23

(散歩道のシチヘンゲ/一昨日)

シチヘンゲはランタナとも呼ばれ、花の色が、初め黄または淡紅色から、橙色・濃赤色に変化する。この花の群れは、シチヘンゲの最終段階なのだろう。

台風10号が西日本に近付いている。当地、夕方スコールのような雨があった。

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「復讐 天橋立」の解読を続ける。

臺右衛門承り、誠に有り難き御意、報い奉るに所なし。この上、兎も角も、仰せに背くは却って不敬の至りなりと、少しも恐るゝ色なければ、殿、御悦喜(えつき)斜めならず。頓(やが)て日限を定められ、家中の面々、見物御赦免仰せ付けられ、すでにその日になりければ、稽古(けいこ)所の正央(しょうおう)に御座を儲(もう)け、左右に家老中をはじめ、林田右膳、その外諸士、厳重に膝を並べ、異儀(威儀)を正して相詰めける。
※ 悦喜(えつき) ➜ 非常に喜ぶこと。
※ 斜(なな)めならず ➜ 機嫌や喜びがひととおりではない。
※ 正央(しょうおう) ➜ 真正面。中央。
※ 異儀を正す ➜(正しくは「威儀(いぎ)を正す」)身なりを整え、おもおもしい態度をとる。



(「復讐 天橋立」挿絵8)

臺右衛門、(おく)する色なく、式礼(しきれい)して立ち向かえば、殿、頓(やが)て竹刀(しなえ)追取(おっと)給い、一声叫んで打ちかけ給うを、臺右衛門受け留め、双方練磨(れんま)手を砕き争いけるが、城主この度こそ勝利を得んと、十分思し召しける故、扨(さて)こそ、かくの如く、諸士に見物を赦免有りしが、終(つい)に叶わずして、受け太刀しどろにならせ給うを、得たりと臺右衛門、たゝみかけて、また/\さんざんに打ち据え奉りければ、林田右膳たまりかねて、竹刀(しなえ)を打ちふり踊り上がり、臺右衛門に打ってかかる。
※ 臆(おく)する ➜ 気後れしておどおどする。おじける。
※ 式礼(しきれい) ➜ 礼をすること。会釈。あいさつ。
※ 追取(おっと)る ➜ すぐに手に取る。 勢いよく取る。
※ 練磨(れんま) ➜ きたえてみがきあげること
※ 手を砕(くだ)く ➜ さまざまに工夫をこらす。
※ しどろ ➜ 秩序なく乱れているさま。
※ 得たり ➜ しめた。してやったり。
※ たたみかける ➜ 相手に余裕を与えないように、立て続けに行う。


読書:「まぼろしのコロッケ 南蛮おたね夢料理2」 倉阪鬼一郎 著
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「復讐 天橋立」を読む 22

(散歩道のサルスベリ/昨日)

午後、菊川図書館に行く。掛川古文書講座の先生、KT氏が関与されている「戦争体験を伝える会」の展示を拝見するためである。毎年、この時期に展示されて、35回になるという。範囲を菊川市に限って、爆弾被害、大井航空隊、学童疎開、アメリカ人形、忠魂碑、防空壕、出土日本軍砲弾、など、この35年の活動の集大成のような展示がされていた。当番の女性が「会員が皆んな歳をとってしまって、‥‥‥」と語った。

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「復讐 天橋立」の解読を続ける。

殿聞こし召され、臺右衛門が不届き、奇怪には思えども、さして命を取るにも及ばず。我聊(いささ)か思う事あれば、この方より沙汰致すまで、厳しく押し込め、番士(ばんし)を付け置き、決して外へ出すべからず。その由、申し渡すべしと。思いの外なる仰せに、人々殿の寛仁(かんじん)なるを感拜(かんぱい)し、頓(やが)て家老中、その旨を取り計らい、閉門(へいもん)致させ、差し置きけるが、
※ 番士(ばんし) ➜ 江戸時代、 殿中の宿衛、諸所の警衛に勤番した士。
※ 寛仁(かんじん) ➜ 心が広く、情け深いこと。
※ 感拝(かんぱい) ➜ 有難さを感じて深く頭を下げること。
※ 閉門(へいもん) ➜ 江戸時代、武士・僧に科せられた刑罰の一。門や窓をかたく閉じ、出入りを禁じられた。


さるほどに、城主何某(なにがし)殿には、臺右衛門がために、遅れを取り給うことを、限りなく残念に思し召され、その後は、誠に昼夜寝食を(やす)んじ給わず、しきりに稽古出精(しゅっせい)し給い、既に日数五十日余りにして、御鍛練の功を顕わし給い、最早(もはや)これにては、臺右衛門に仕負くることもあるまじと思し召し、閉門赦免(しゃめん)なさしめ、再び立合い、この度こそ、おのれ臺右衛門、打ち据えてくれんと、心中殊に勇ませ給い、
※ 安(やす)んず ➜ その状態のままで満足する。あまんじる。
※ 出精(しゅっせい) ➜ 精を出して努めること。精励。
※ 赦免(しゃめん) ➜ 罪や過ちを許すこと。


急ぎ家老中へ仰せ渡され、臺右衛門こと、出勤すべきよしなれば、諸士弥(いよいよ)、殿の度量(どりょう)なるを感じ入り、近習の面々仰せを蒙(こうぶ)り、臺右衛門を誘引(ゆういん)し、お前に罷り出づる。その時城主曰(のたま)うよう、いかに臺右衛門、先だってその方と立合い、打ち負けたるは、我が後学(こうがく)にして、おのずから心の励みは陪(倍)し、それよりして、猶(なお)も昼夜稽古、暫(しばら)くも懈怠(けたい)せざれば、聊(いささ)か手応えも出来たるや否や、試みにまた/\立合い、その善悪を示すべし。
※ 度量(どりょう) ➜ 他人の言行をよく受けいれる、広くおおらかな心。
※ 誘引(ゆういん) ➜ 誘い入れること。いざない導くこと。
※ 後学(こうがく) ➜ 将来ためになる知識や学問。後日役にたつ事がら。
※ 懈怠(けたい) ➜ なまけること。おこたること。
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「復讐 天橋立」を読む 21

(所々稲が欠けている田んぼ)

昨日の田んぼ、聞いてみれば、田植えをしなかったらしい。夕方、畦の草刈の人に聞いた。散歩の途中に、もう一ヶ所、写真のような田んぼがあった。これはジャンボタニシの被害に違いない。

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「復讐 天橋立」の解読を続ける。

さまざま止め諌(いさ)めけれども、臺左衛門会得(えとく)せず。わが質、曽(かつ)てものに諂(へつら)わず。また人に負けることを嫌うなれば、仮にも曲がれる心を抱かず。理をもってするに、主君とて恐るゝに足らずと。そのまま支度し出できたれば、城主しなへを取りて立ち向わせ給い、いかに臺右衛門、主従とて、かゝる場所に用捨(ようしゃ)せば、却ってその芸道(げいどう)をあやまるなれば、遠慮せず踏み込んで我れを打つべし。
※ 会得(えとく) ➜ なるほどと了解すること。
※ しなへ ➜ 竹刀(しない)のことか?
※ 用捨(ようしゃ) ➜ ひかえめにすること。遠慮すること。手加減すること。
※ 芸道(げいどう) ➜ 芸能の道。芸を修業する道。



(「復讐 天橋立」挿絵7)

臺右衛門平伏し、仰せにや及ぶべき。某(それがし)後日に一命を召さるとも、わざと控えて後(おく)れを取るは、本意(ほんい)にあらず。失礼あらば御許容、偏(ひとえ)に願うなりと、会釈(えしゃく)して向うとそのまま、城主一声を励まされ、打ちかけ給うを、臺右衛門、得たりと受け留め、しばらく保ちて透間(とき)を伺(うかが)い、引き外して打つよと見えしが、城主忽(たちま)(ひる)せ給うを、付け入りて、したゝかに打ち奉り、勝負いかにと申しける。
※ 本意(ほんい) ➜ もとからの考え。本来の意志。本懐。本望。
※ 励(はげ)ます ➜ いっそう力をこめる。さらに激しくする。
※ 得たり ➜ 自分の思いどおりになったときに発する声。しめた。してやったり。
※ 怯(ひる)む ➜ おじけづいてしりごみする。気後れする。
※ したたかに ➜ 程度のはなはだしいさま。ひどく。


近習の人々、走り寄りて、臺右衛門を押し隔(へだ)て、殿の御手をとりて介抱し奉り、すぐに御居間に伴い申す。御気色(きしょく)いかゞと、各(おのおの)あやぶみ騒ぎければ、家老中、早速御前に出で、御機嫌を伺い、さてしも臺右衛門こと、君に対し言語道断の不届き、申すべき詞(ことば)もなし。いそぎ切腹にても申し付け候わんと、恐怖してこそ伺いける。
※ 気色(きしょく) ➜ 機嫌。気分。


読書:「逃げ水の坂 口入屋用心棒1」 鈴木英治 著
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