●力と権力
人権の考察のため、第2章で自由、第3章で権利の検討を行った。そのなかで浮かび上がったのが、権力と国家の問題である。自由と権利は権力と国家と間で、獲得や保障がされる。本章では、人権との関係において、権力について検討する。その後、次章で国家について述べる。
権利には主体と対象がある。主体は権利を所有し行使する者である。対象は、権利を行使する相手である。主体と対象は相互に主体となり、対象となる。主体―対象は、相互的に行為を行う。行為は意思の活動による能力の発揮であり、権力の行使またはこれへの対応である。権利に係る行為は、主体―対象に効果を生む。この行為による権利の行使・対応及びその効果を、作用と呼ぶ。権利の作用は、主体―対象の相互作用である。こうした権利の相互作用を力の観念でとらえたものが、権力である。権力は意思を現実化する能力であり、他者の行為に対する強制力である。特に強制力を中心として権利の作用をとらえたものが、権力と呼ばれているものである。
権力と訳される西洋語は、英語の power、独語の Macht、仏語の puissance である。これらはどれも力を表す言葉である。日常的な言語では、目に見えないが人やものに作用し、何らかの影響をもたらすものを力という。力は物事を生起させる原因に係る概念である。
力とはまず身体的な力である。その典型が腕力である。腕の動きは、押す、掴む、殴る、奪う、投げる等、直接相手の身体に働きかける。その働きを力の観念でとらえたものが、腕力である。
力とはまた物理的な力である。自然界の風や水等の動きや火、石等の働きが、力と感じられる。人間が自然の仕組みを利用して作る道具は、身体的な力をより強いものにする。道具は、手や腕の延長である。道具が複雑な機構を持つ様になったものが機械である。機械に動力を加えることにより、人間はさらに大きな力を生み出すことができる。
力とはまた社会的な力である。人間は集団生活を送る動物であり、集団の行為によって、身体的・物理的な力は社会的に組織された力となる。物理的な力には、作用・反作用があり、相反する方向に働く。社会的な力も、支配/保護、抑圧/解放、対立/協調、奪取/供与等、相反する働きをする。権力とは、身体的・物理的な力をもとにした社会的な力である。権力も社会的な力として、相反する働きをする。
さて、力を意味する英語 power は、仏語の pouvoir から来ている。pouvoir は「~することができる」を意味する動詞である。その派生名詞 puissance は力を意味し、権力を意味するほかに、勢力や効能・機能をも意味する。
例えば、ロングマンの英語辞典は、power を次のように定義している。
the ability or right to control people or events. /the legal right or authority to do something/the ability to influence people or give them strong feelings.
すなわち、power とは、人や出来事を支配する能力や権利、何かを行う法的な権利や権威、人に影響を及ぼし、強い感情を与える能力である。この定義には、能力や権利を意味する語が使われており、権力と権利の概念は、重なり合うことを示している。日常語の中に潜むこういう意味の相関関係を整理することで、概念を明確化することができる。
幕末・明治のわが国では、西洋語の power、Macht、puissance 等を政治的・社会的な文脈で使われる場合は、「権力」と訳した。「権」の文字については先に書いたが、もともと木製の秤の重りや分銅を意味する。白川静氏の説では、「権」のつくりの部分はコウノトリで、神聖な鳥として鳥占いに使われた。そこから「はかる」の意が生じた。「権」の字は重さを量る物の意味から、バランスに影響する重さや、重さを担う力を意味するようになり、さらに社会関係に作用する個人や集団の持つ勢力や資格をも意味するに至った。 power、Macht、puissance 等を単に「力」と訳さず、「権」の字を加えて「権力」と訳したことによって、日常語の「力」と区別することができている。これは見事な工夫である。
力を含む漢字単語には、「腕力」「武力」「実力」「暴力」「協力」等、様々なものがあるが、元の西洋語には必ずしも「力」を意味する文字は明示されていない。例えば、「暴力」は英語の violence、「協力」は cooperation の訳語に使われるが、もとのほうには「力(power、force)」を意味する接頭辞や接尾辞はない。日本人が、こうした西欧単語を漢字を使って翻訳した時、「力」の文字を加えて訳したのは、深い洞察によっていると思う。
次回に続く。
■上記の項目を含む拙稿「人権ーーその起源と目標」の全文を下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm
人権の考察のため、第2章で自由、第3章で権利の検討を行った。そのなかで浮かび上がったのが、権力と国家の問題である。自由と権利は権力と国家と間で、獲得や保障がされる。本章では、人権との関係において、権力について検討する。その後、次章で国家について述べる。
権利には主体と対象がある。主体は権利を所有し行使する者である。対象は、権利を行使する相手である。主体と対象は相互に主体となり、対象となる。主体―対象は、相互的に行為を行う。行為は意思の活動による能力の発揮であり、権力の行使またはこれへの対応である。権利に係る行為は、主体―対象に効果を生む。この行為による権利の行使・対応及びその効果を、作用と呼ぶ。権利の作用は、主体―対象の相互作用である。こうした権利の相互作用を力の観念でとらえたものが、権力である。権力は意思を現実化する能力であり、他者の行為に対する強制力である。特に強制力を中心として権利の作用をとらえたものが、権力と呼ばれているものである。
権力と訳される西洋語は、英語の power、独語の Macht、仏語の puissance である。これらはどれも力を表す言葉である。日常的な言語では、目に見えないが人やものに作用し、何らかの影響をもたらすものを力という。力は物事を生起させる原因に係る概念である。
力とはまず身体的な力である。その典型が腕力である。腕の動きは、押す、掴む、殴る、奪う、投げる等、直接相手の身体に働きかける。その働きを力の観念でとらえたものが、腕力である。
力とはまた物理的な力である。自然界の風や水等の動きや火、石等の働きが、力と感じられる。人間が自然の仕組みを利用して作る道具は、身体的な力をより強いものにする。道具は、手や腕の延長である。道具が複雑な機構を持つ様になったものが機械である。機械に動力を加えることにより、人間はさらに大きな力を生み出すことができる。
力とはまた社会的な力である。人間は集団生活を送る動物であり、集団の行為によって、身体的・物理的な力は社会的に組織された力となる。物理的な力には、作用・反作用があり、相反する方向に働く。社会的な力も、支配/保護、抑圧/解放、対立/協調、奪取/供与等、相反する働きをする。権力とは、身体的・物理的な力をもとにした社会的な力である。権力も社会的な力として、相反する働きをする。
さて、力を意味する英語 power は、仏語の pouvoir から来ている。pouvoir は「~することができる」を意味する動詞である。その派生名詞 puissance は力を意味し、権力を意味するほかに、勢力や効能・機能をも意味する。
例えば、ロングマンの英語辞典は、power を次のように定義している。
the ability or right to control people or events. /the legal right or authority to do something/the ability to influence people or give them strong feelings.
すなわち、power とは、人や出来事を支配する能力や権利、何かを行う法的な権利や権威、人に影響を及ぼし、強い感情を与える能力である。この定義には、能力や権利を意味する語が使われており、権力と権利の概念は、重なり合うことを示している。日常語の中に潜むこういう意味の相関関係を整理することで、概念を明確化することができる。
幕末・明治のわが国では、西洋語の power、Macht、puissance 等を政治的・社会的な文脈で使われる場合は、「権力」と訳した。「権」の文字については先に書いたが、もともと木製の秤の重りや分銅を意味する。白川静氏の説では、「権」のつくりの部分はコウノトリで、神聖な鳥として鳥占いに使われた。そこから「はかる」の意が生じた。「権」の字は重さを量る物の意味から、バランスに影響する重さや、重さを担う力を意味するようになり、さらに社会関係に作用する個人や集団の持つ勢力や資格をも意味するに至った。 power、Macht、puissance 等を単に「力」と訳さず、「権」の字を加えて「権力」と訳したことによって、日常語の「力」と区別することができている。これは見事な工夫である。
力を含む漢字単語には、「腕力」「武力」「実力」「暴力」「協力」等、様々なものがあるが、元の西洋語には必ずしも「力」を意味する文字は明示されていない。例えば、「暴力」は英語の violence、「協力」は cooperation の訳語に使われるが、もとのほうには「力(power、force)」を意味する接頭辞や接尾辞はない。日本人が、こうした西欧単語を漢字を使って翻訳した時、「力」の文字を加えて訳したのは、深い洞察によっていると思う。
次回に続く。
■上記の項目を含む拙稿「人権ーーその起源と目標」の全文を下記に掲載しています。
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