ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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人権123~ネイション形成の必要条件

2014-11-22 12:49:01 | 人権
●ネイション形成の必要条件

 アンダーソンは、著書『想像の共同体』で、ネイションを「イメージとして心に描かれた想像の共同体」であると定義し、「それは、本来的に限定され、かつ主権的なものとして想像される」と述べた。これが「想像の共同体」論である。アンダーソンは、ある人間の集合は、共通の言語を持つ人間集団だと考えられるようになったからこそ、主権を持つ共同体だと想像されるようになったと説く。萱野稔人氏はこの説を支持し、著書『ナショナリズムは悪なのか』で、この説の根拠を「人間の間での意思決定が言語によってなされるから」だとし、「ネイションの形成にとって一義的なのは言語の共通性」であり、ネイションは「あくまでも言語の共通性にもとづいて想像される」と説く。
 これに対し、スミスは言語を決定的とすることに異論を述べる。そして、ネイションの形成にはエスニックな核として、神話や歴史的記憶が必要だと説く。私は、言語は重要だが、言語の共通性は絶対必要な条件ではないと考える。スイス、カナダ等、多言語国家が存在するという事実は、アンダーソンや萱野氏への反証となる。集団的自己意識の形成は、多言語国家においても可能である。国民に共通する意識をつくるための核があれば、多言語の集団においても、意識形成はできる。スミスのいう神話や歴史的記憶が、その核となり得るものである。
 スミスは、ネイションの起源を近代以前のエスニックな要素に求めている。理由は、(1)西欧では エスニックな核を土台としてネイションが形成されたこと、(2)それがモデルとなって世界中に広がったこと、また(3)そうしたエスニックな核を持たない集団がネイションの形成を目指す時には、歴史と文化を持つ共同体という神話や象徴をあえて「創造」しなくてはならなかったことーーである。
 私は、スミスの説くエスニックな核の必要性に同意する者だが、さらに重要な、ネイションの形成の第一の要素があると考える。それは、権力である。ネイションの形成において、言語よりも、また神話・歴史的記憶よりも重要な条件は、権力の形成である。集団を形成する権力が先にあり、権力によって一定の領域を統治すれば、その後にその領域に住む人民に一個の国民としての集団意識を持たせることが可能である。実際まず政治権力による領域の支配が行われ、次に、その領域内で権力による住民の統合や文化的な同化が行われた例が多くある。
 集団的自己意識は、権力のもとで、後から形成し得る。その時に必要なのが、神話・歴史的記憶というエスニックな核である。自己意識形成には、言語の共通性が有利であることは言うまでもない。だが、言語は共通していても、集団を結びつける物語がないと、集団の意識は分裂しさえする。逆に、エスニックな核がしっかりしていれば、言語は必ずしも共通でなくとも、行政で公用語が機能すれば、国民の統合ができる。
 なお、集団的自己意識を形成する際の核は、エスニックな神話・歴史的記憶でなく、何らかの思想であってもよい。権力を以て国民に思想を教育・宣伝し、またその思想を表す公用語を教育することによって、国民の実質化を進めることができる。
 それゆえ、私は、ネイションの形成に必要な条件は、必要度の高い順に、(1)権力、(2)神話・歴史的記憶または思想、(3)言語となると考える。権力を見落とし、神話・歴史的記憶のみで思想を評価しなかったり、言語を絶対必要条件としたりするのは、欠陥のある見方である。
 権力の形成は、エスニック・グループ以外の集団でもなし得る。自らの政府を持ち、主権・領土・国民の3要素を持つ政治組織としての国家を作ろうとする集団は、エスニック・グル―プのみではない。政治団体・思想団体・宗教団体等、何かの集団が政府を持とうとし、政府を持ち国家を建設したら、その集団が統合する社会は、ネイションとなる。
 こうした何らかの集団が、政府の樹立を目指し、ネイションを形成しようとする運動と、エスニック・グループがネイションを目指す運動とに共通するものーーそれは、集団による権力の獲得・拡大の運動である。集団による権力の獲得・拡大が強く妨げられる場合、そこに実力のぶつかり合いが起こる。その大規模なものが、戦争である。国家間の戦争であれ、独立をめぐる戦争であれ、戦争は集団の権利をかけた実力の行使である。集団は他の集団または他の国家との戦いの中で、共同性が強まる。単なる言語的・文化的・経済的な共同体ではなく、興亡盛衰をかけた運命共同体となる。
 ここで人権について述べると、人権は、単に国内において革命や政治参加によって発達しただけでなく、対立・抗争し合う諸国民との戦いを通じて、主に国民の権利として発達した。諸国民は、それぞれの権利をかけて戦った。その過程で国民の権利が獲得・拡大された。その権利を普遍的な理念で表現する場合に、人権と呼んできたのである。
 エスニック・グループとネイションについて書いたが、これら双方に関係するものに、ナショナリズムがある。ナショナリズムについて検討するには、先に国民国家の形成・発展について歴史的かつ理論的に述べることが必要である。そこで次に、国民国家について書くことにする。

 次回に続く。

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