ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トッドの人口学・国際論28

2010-01-23 08:41:03 | 文明
●再びアメリカ論

 本稿では前半の初めに、トッドのアメリカ論を書いた。後半でイスラエル及びユダヤ人社会、日本、中国等に触れてきたところで、最後に再びアメリカ論を述べたい。

 トッドは、歴史的に見て、帝国には、軍事的・経済的強制力とイデオロギー上の普遍主義が必要だという。ところがこれらの資質が、アメリカには欠けている。「全世界の現在の搾取水準を維持するには、その軍事的・経済的強制力が不十分である」「そのイデオロギー上の普遍主義は衰退しつつあり、平和と繁栄を保証すると同時に搾取するため、人々と諸国民を平等主義的に扱うことができなくなっている」とトッドは指摘する。そして、次のように明言する。「この二つの基準に照らしてみると、アメリカは著しい不足振りを呈する。それを検討するなら、2050年前後にはアメリカ帝国は存在しないだろうと、確実に予言することが出来る」と。
 そして、トッドは、アメリカに対して、帝国であろうとすることを止め、普通の国民国家に戻るよう勧めている。「世界が必要としているのは、アメリカが消え去ることではなく、民主主義的で自由主義的にして、かつ生産力の旺盛な本来のアメリカに立ち戻ることなのである」と。
 トッドは、文明は「衝突」せず、「接近」するとし、それを妨げているのは、アメリカの世界戦略だと批判する。アメリカの帝国的行動に反発するトッドは、ヨーロッパとロシアの連携を支持する。日本に対して、独仏露の枢軸に参加して、ともにアメリカに対抗し、多極化を進め、多極体制の世界政治を主導しようと呼びかける。また、将来の国際政治の中心は、アメリカではなく国際連合になるとトッドは想定し、日本が安全保障理事会の常任理事国になり、ドイツとフランスで常任理事国の地位を共有することを提案している。
 トッドはアメリカ帝国の解体を予想するが、衰退しつつあるのはアメリカだけではない。すでにヨーロッパが衰退しつつある。アメリカはその後を追っている。西洋文明が衰退期に入っているのである。トッドは、ヨーロッパ人として、ヨーロッパの栄光の継続を願っているのだろうが、ヨーロッパは20世紀初頭に絶頂期を過ぎた。2度の大戦によって、文明の内部で相撃ちをし、富の源泉だった植民地を失い、勢力が大きく減少した。ヨーロッパの統合は、こうした傾向に抗して、ヨーロッパを再興しようという努力である。それは、覇権国家アメリカや新興勢力日本への対抗のためでもある。EUの結成や統一通貨ユーロの制定は、成果を挙げている。しかし、個々の国家を見れば、イギリスにもドイツ、フランスにも昔日の面影はない。EU全体でも、かつての大英帝国の強盛はない。
 トッドは、現在の世界では、西洋文明とイスラム文明の対立より、旧大陸と新大陸の対立が生じていると主張する。端的に言えば、ヨーロッパとアメリカの対立である。もし西洋文明の内部で、ヨーロッパ文明とアメリカ文明の離反が進むならば、西洋文明の全体がいっそう衰退を早めるだろう。

●多極化する世界におけるアメリカのあり方

 トッドに比べ、ハンチントンは、西洋文明の衰退をより客観的に認識している。1998年(平成10年)日本での講演で、ハンチントンは、「西洋文明は、現在はもちろん、今後数十年の間も最も強力な文明でありつづけるだろう。だが、他の文明に対する相対的な力は衰えつつある」と語っている。また、ハンチントンは、アメリカの相対的な地位が低下していくことも予測している。西洋文明とアメリカの衰退を予測するからこそ、ハンチントンは、アメリカは文化的な根っこを大切にして、ヨーロッパとの連携を強化するように勧める。西洋文明を普遍的とせず、自らの価値観を他に押し付けるのをやめ、他の文明を理解し、文明の衝突を回避して、米欧の主導で世界秩序を再構築することを提案するのだろう。
 私が、トッドとハンチントンに明確な違いを見るのは、片やフランス人、片やアメリカ人という、拠って立つ国家が異なる点である。トッドは、反米主義者ではないが、フランス人としてアメリカへの対抗や自立をめざす。アメリカは不要であり、欧露はアメリカに依存せずにやっていけるという。アメリカ人の傲慢に対し、フランス人の意地を示しているようなところがある。ハンチントンは、アメリカ人であり、アメリカの国益をもとに考えている。
 ハンチントンは、1998年(平成10年)日本での講演で、次のように述べている。「多極化する21世紀の世界では、諸大国は合従連衡を繰り返しながら競争し、衝突し、連合していくに違いない。だが、そのような世界では、一極・多極体制の世界の特徴である超大国と諸大国との緊張や対立はなくなる。そのため、アメリカにとっては、多極体制の世界における大国の一つとなるほうが、唯一の超大国であったときよりも要求されるものは少なく、論争も減り、得るものは大きくなるだろう」と。
 トッドは、「世界が必要としているのは、アメリカが消え去ることではなく、民主主義的で自由主義的にして、かつ生産力の旺盛な本来のアメリカに立ち戻ることなのである」と述べているが、その主旨と、ハンチントンの主張は、大きく異なるものではない。トッドもハンチントンも、アメリカの長期的な衰退を予測している点は共通する。また、帝国的な国家から大国の一つに戻ることを勧める点も共通している。
 私もまた日本人の立場から、アメリカの超長期的な衰退を予想する。そして、アメリカは、超大国から大国の一つに地位に移行していくだろうと推測する。日本人は、そうした超長期的な展望のもとに、日本のあり方を考え、対米関係、対中関係を考えなければならない。
 私は、アメリカの強欲的資本主義と中国の貪欲的共産主義には反対する。しかし、反米でも反中でもない。アメリカには、建国理念の再興と多民族の協和を期待する。中国には民主化と伝統的道徳の復活を期待する。そして、日本は、独立主権国家としての自立性を回復し、米中を含む諸国家との共存共栄の道を進むべしと考える。文明学的に言えば、日本文明は、一個の文明としての独自性を自覚し、西洋文明・シナ文明等との共存共栄を図り、世界の平和と発展に貢献すべしと主張する。

 次回に続く。


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