平成27年(2015)11月13日パリで同時多発テロ事件が起こった。現時点で132人が死亡し、約350名が負傷した。事件から約2週間が経過した。この間、世界中に膨大な量のニュースが流れ、多数のコメントが飛び交った。私が接したのはそのごく一部に過ぎないが、ここでこの事件と今後の国際社会の対応について整理しておきたい。10回の予定で短期連載する。
●パリで同時多発テロ事件が発生
パリでの同時多発テロ後、イスラム教スンニ派過激組織の自称「イスラム国」ことISIL(アイシル)が犯行声明を出した。ISILは、Islamic State in Iraq and the Levant、「イラク・レバントのイスラム国」の略称である。最近はIS(アイエス)という呼び方も多く使われている。ISILについては、拙稿「いわゆる『イスラム国』の急発展と残虐テロへの対策」に書いた。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12w.htm
今回のテロの実行犯は8人と見られ、うち7人が3つのグループに分かれ、コンサートホールやカフェで自動小銃を乱射し、サッカー場で爆弾を爆破するなど、一般市民を無差別に殺戮した。
フランス当局は11月16日、ベルギー国籍のアブデルハミド・アバウドが事件の主犯格と発表した。アバウド容疑者はモロッコ系のベルギー人で、2014年に内戦中のシリアに渡航し、ISILに参加した。当局は今回のテロを首謀したほか、欧州でこれまでに起きたテロ計画にも関与したと見ている。フランス警察は、18日パリ郊外サンドニの犯行グループの潜伏先の拠点を急襲して銃撃戦を行い、アバウドが死亡したと発表された。
コンサートの最中を襲われたバタクラン劇場で、多数の観客を殺害した犯人たちは、自爆死した。フランス当局はそのうちの一人をサミ・アミムールと断定した。同容疑者は約2年前にシリアに渡航歴があるという。
サッカー競技場でもテロ犯は、自爆死した。その自爆現場でシリア旅券が見つかった。ギリシャに10月3日に入国した際の所持者と自爆犯の男の指紋が一致した。男はアハマド・モハマドで、ギリシャからセルビアなどを通過してフランスに入ったと見られる。
こうしたことから、犯人のうち少なくとも2名は、シリアのパスポートで難民の波に紛れてヨーロッパに渡っていた。バルス首相は16日、「テロはシリアで計画され組織された」と語った。また、犯人たちはISILの本拠地で訓練を受けた可能性がある。
フランスは、欧州諸国の中でもイスラム教徒の絶対数が多いことで知られる。人口の8%ほどを占める。フランス政府はイスラム教徒の社会への統合を重視してきたが、差別や就職難などで不満を持つ者たちがいる。そうした者たちの中から、ISILなどが流し続ける「自国内でのテロ」の呼び掛けに触発される者が出てきている。こうした「ホームグロウン(自国育ち)」と呼ばれるテロリストの増加が、今回の事件であらためて浮かび上がっている。
●用意周到にして冷酷無比の犯行
今回の同時多発テロでは、被害の最大化を狙った場所の選定、装備の充実、国境を超えたネットワークという3つの特徴が挙げられる。
本年(27年)1月の風刺週刊紙「シャルリー・エブド」の本社襲撃事件以降、パリの主だった施設や交通の要所には自動小銃を持った武装警察が配置されている。だが、最大の死傷者を出したバタクラン劇場や、襲撃されたバーがあるシャロンヌ通りは、パリを初めて訪れる観光客はあまり行かない場所にあり、警備が手薄だった。また、テロの舞台となった10区、11区は細道が入り組んでおり、警官と銃撃戦になっても捕捉されにくいという。テロリストは、そういう場所を選定している。
テロリスト7人は自動小銃を使用し、最大限の被害をもたらすため、同一の爆発物を身に着けていた。自動小銃の扱いに慣れているようにみえ、身のこなしも軽かったと伝えられる。計算し尽くした作戦とみられる。
風刺週刊紙本社銃撃事件と同様、今回のテロでも隣国ベルギーとの接点が判明した。実行犯グループは隣国のベルギーで組織され、仏国内で支援を受けて事件を起こしたと見られる。国境を超えたネットワークがあり、テロは用意周到に計画され、実行された。
イラクでの勤務経験を持つ元外交官で、現在キャノングローバル戦略研究所主幹の宮家邦彦氏は、「イスラム過激テロは進化しつつある。『イスラム国』は小規模テロ諸集団の緩やかな連合体の一つに過ぎないが、その能力を欧州は過少評価したようだ」と述べている。
『イスラーム国の衝撃』という著書のある池内恵・東京大学准教授は、11月16日に放送されたNHKテレビの「クローズアップ現代」で、今回のテロについて、次のように語った。なお、本稿における原語の翻訳は、それぞれの専門家の表記を尊重する。
「これまで、個々のテロのやり方という意味では、同じような事件は過去に何度もあったんですね。今回はその延長線上にあるとは思うんですが、違いは、ある種、進歩した、進化した、何が進化したかというと、むしろ組織とか手法ではなくて、冷酷さが進化したといっていいと思います。非常に手際がいい。それから、複数の場所で連携して、コーディネートして、実行している。そしてそれぞれが銃撃して、最大限銃を撃って相手を倒したあとで、みずから自爆して死んでるわけですね。そういう意味で非常に、変な言い方ですが手際がよくなっている。なぜかって、一貫するのは冷酷さが増しているということだと思います。冷静であり、冷たいということですね」
池内氏は、組織的には大きなものではないと見ている。同じ番組で次のように語った。
「私自身は依然として、われわれが通常考えるような大きな組織があるとはあまり考えてないんですね。むしろ、あくまでも自発的に、極めて小さな、きょうだいとか親戚とか、非常に仲のいい友達といった小集団がいくつか集まって、しかし非常に冷酷に、冷静に計画をして、連携して事を運んだというふうに考えています。そして、これまで行われてきたさまざまなジハードを掲げるテロの手法を、ほぼ全部使っているといっていいわけですね。 自爆する、あるいは無差別に銃撃する、あるいは襲撃をして立てこもる、そのすべてを1回の並行した一連の事件で行って、すべて成功させ、そして証拠を残さないようにそれぞれが死んでしまっているという、そういう意味では極めて計画性が高く、準備がよくできていて、そして実行力を見せつけた。ただし、これはそんなに大きな組織じゃなくても、やはりできるんですね。
武器自体は、別にイスラム国が独自のルートを開拓したわけではないかもしれない。むしろフランスやベルギーなどに通常存在している密輸・密売のネットワークから買ってくれば済むわけですね。今、お金など、武器を買うために渡した人はいるかもしれない。しかしそれほどたいした額ではないと思われます。
そして、何よりも通常、組織的に物事を行う時っていうのは、そもそも実行犯が生きて逃げて帰ってくるところまでをすべて支えようとすると、ものすごく組織的になるわけですが、この場合はもう、とにかく犯人たちがねらいどおり自爆して死んでしまってますから、その先を考える必要がないわけですね。そうしますと、依然として組織は小さくていいわけですね。武器を渡して、やれるだけやって、そこまで支援すればいいというだけですからね」と。
小さな組織で用意周到に準備してやすやすと行動し、目的を達成して、世界を震撼させているところに、今回のテロの特徴があると考えられる。こうしたテロを分析し、どう対応するか。国際社会は、大きな試練に直面している。わが国にとっても、今回の事件によってイスラム過激組織のテロへの対策が一段と重要性を増している。
次回に続く。
●パリで同時多発テロ事件が発生
パリでの同時多発テロ後、イスラム教スンニ派過激組織の自称「イスラム国」ことISIL(アイシル)が犯行声明を出した。ISILは、Islamic State in Iraq and the Levant、「イラク・レバントのイスラム国」の略称である。最近はIS(アイエス)という呼び方も多く使われている。ISILについては、拙稿「いわゆる『イスラム国』の急発展と残虐テロへの対策」に書いた。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12w.htm
今回のテロの実行犯は8人と見られ、うち7人が3つのグループに分かれ、コンサートホールやカフェで自動小銃を乱射し、サッカー場で爆弾を爆破するなど、一般市民を無差別に殺戮した。
フランス当局は11月16日、ベルギー国籍のアブデルハミド・アバウドが事件の主犯格と発表した。アバウド容疑者はモロッコ系のベルギー人で、2014年に内戦中のシリアに渡航し、ISILに参加した。当局は今回のテロを首謀したほか、欧州でこれまでに起きたテロ計画にも関与したと見ている。フランス警察は、18日パリ郊外サンドニの犯行グループの潜伏先の拠点を急襲して銃撃戦を行い、アバウドが死亡したと発表された。
コンサートの最中を襲われたバタクラン劇場で、多数の観客を殺害した犯人たちは、自爆死した。フランス当局はそのうちの一人をサミ・アミムールと断定した。同容疑者は約2年前にシリアに渡航歴があるという。
サッカー競技場でもテロ犯は、自爆死した。その自爆現場でシリア旅券が見つかった。ギリシャに10月3日に入国した際の所持者と自爆犯の男の指紋が一致した。男はアハマド・モハマドで、ギリシャからセルビアなどを通過してフランスに入ったと見られる。
こうしたことから、犯人のうち少なくとも2名は、シリアのパスポートで難民の波に紛れてヨーロッパに渡っていた。バルス首相は16日、「テロはシリアで計画され組織された」と語った。また、犯人たちはISILの本拠地で訓練を受けた可能性がある。
フランスは、欧州諸国の中でもイスラム教徒の絶対数が多いことで知られる。人口の8%ほどを占める。フランス政府はイスラム教徒の社会への統合を重視してきたが、差別や就職難などで不満を持つ者たちがいる。そうした者たちの中から、ISILなどが流し続ける「自国内でのテロ」の呼び掛けに触発される者が出てきている。こうした「ホームグロウン(自国育ち)」と呼ばれるテロリストの増加が、今回の事件であらためて浮かび上がっている。
●用意周到にして冷酷無比の犯行
今回の同時多発テロでは、被害の最大化を狙った場所の選定、装備の充実、国境を超えたネットワークという3つの特徴が挙げられる。
本年(27年)1月の風刺週刊紙「シャルリー・エブド」の本社襲撃事件以降、パリの主だった施設や交通の要所には自動小銃を持った武装警察が配置されている。だが、最大の死傷者を出したバタクラン劇場や、襲撃されたバーがあるシャロンヌ通りは、パリを初めて訪れる観光客はあまり行かない場所にあり、警備が手薄だった。また、テロの舞台となった10区、11区は細道が入り組んでおり、警官と銃撃戦になっても捕捉されにくいという。テロリストは、そういう場所を選定している。
テロリスト7人は自動小銃を使用し、最大限の被害をもたらすため、同一の爆発物を身に着けていた。自動小銃の扱いに慣れているようにみえ、身のこなしも軽かったと伝えられる。計算し尽くした作戦とみられる。
風刺週刊紙本社銃撃事件と同様、今回のテロでも隣国ベルギーとの接点が判明した。実行犯グループは隣国のベルギーで組織され、仏国内で支援を受けて事件を起こしたと見られる。国境を超えたネットワークがあり、テロは用意周到に計画され、実行された。
イラクでの勤務経験を持つ元外交官で、現在キャノングローバル戦略研究所主幹の宮家邦彦氏は、「イスラム過激テロは進化しつつある。『イスラム国』は小規模テロ諸集団の緩やかな連合体の一つに過ぎないが、その能力を欧州は過少評価したようだ」と述べている。
『イスラーム国の衝撃』という著書のある池内恵・東京大学准教授は、11月16日に放送されたNHKテレビの「クローズアップ現代」で、今回のテロについて、次のように語った。なお、本稿における原語の翻訳は、それぞれの専門家の表記を尊重する。
「これまで、個々のテロのやり方という意味では、同じような事件は過去に何度もあったんですね。今回はその延長線上にあるとは思うんですが、違いは、ある種、進歩した、進化した、何が進化したかというと、むしろ組織とか手法ではなくて、冷酷さが進化したといっていいと思います。非常に手際がいい。それから、複数の場所で連携して、コーディネートして、実行している。そしてそれぞれが銃撃して、最大限銃を撃って相手を倒したあとで、みずから自爆して死んでるわけですね。そういう意味で非常に、変な言い方ですが手際がよくなっている。なぜかって、一貫するのは冷酷さが増しているということだと思います。冷静であり、冷たいということですね」
池内氏は、組織的には大きなものではないと見ている。同じ番組で次のように語った。
「私自身は依然として、われわれが通常考えるような大きな組織があるとはあまり考えてないんですね。むしろ、あくまでも自発的に、極めて小さな、きょうだいとか親戚とか、非常に仲のいい友達といった小集団がいくつか集まって、しかし非常に冷酷に、冷静に計画をして、連携して事を運んだというふうに考えています。そして、これまで行われてきたさまざまなジハードを掲げるテロの手法を、ほぼ全部使っているといっていいわけですね。 自爆する、あるいは無差別に銃撃する、あるいは襲撃をして立てこもる、そのすべてを1回の並行した一連の事件で行って、すべて成功させ、そして証拠を残さないようにそれぞれが死んでしまっているという、そういう意味では極めて計画性が高く、準備がよくできていて、そして実行力を見せつけた。ただし、これはそんなに大きな組織じゃなくても、やはりできるんですね。
武器自体は、別にイスラム国が独自のルートを開拓したわけではないかもしれない。むしろフランスやベルギーなどに通常存在している密輸・密売のネットワークから買ってくれば済むわけですね。今、お金など、武器を買うために渡した人はいるかもしれない。しかしそれほどたいした額ではないと思われます。
そして、何よりも通常、組織的に物事を行う時っていうのは、そもそも実行犯が生きて逃げて帰ってくるところまでをすべて支えようとすると、ものすごく組織的になるわけですが、この場合はもう、とにかく犯人たちがねらいどおり自爆して死んでしまってますから、その先を考える必要がないわけですね。そうしますと、依然として組織は小さくていいわけですね。武器を渡して、やれるだけやって、そこまで支援すればいいというだけですからね」と。
小さな組織で用意周到に準備してやすやすと行動し、目的を達成して、世界を震撼させているところに、今回のテロの特徴があると考えられる。こうしたテロを分析し、どう対応するか。国際社会は、大きな試練に直面している。わが国にとっても、今回の事件によってイスラム過激組織のテロへの対策が一段と重要性を増している。
次回に続く。