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●小説・・「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(20)

20.

 一台のタクシーが市民運動公園の入り口で停まった。

 「坊や、ここで良いの?」

 客席の子供は「うん」とだけ返事をした。合成樹脂製の財布から千円札を取り出して、運転手に渡す。

 「待ち合わせしてるって人は誰もいないみたいだけど?」

 百円玉と十円玉のお釣を用意しながら、運転手は問う。

 「多分、もう来ると思うから、おじさん大丈夫だよ」

 子供が答えると、運転手は後ろを向いて小銭を渡しながらまた言った。

 「そうかい?なら良いんだけど、こんな夕方になるとこの運動公園もひとけがなくなるからねぇ」

 運転手は乗せた客がまだ小さな子供なので心配していた。

 「大丈夫。僕はケイタイ持ってるし」

 子供が脇に置いてあるリュックサックを持ち上げながら言うと、運転手は後部座席のドアを開けた。

 子供は運動公園の入り口に降り立ったが、運転手は心残りな面持ちで子供を見ながら、直ぐに自動車を出すことを躊躇った。子供が窓ガラス越しに、運転手に笑顔を見せると気の良さそうな中年の運転手はやっと自動車を発進させることにした。

 タクシーが走り去って、見えなくなるのを確認すると、吉川和也は公園の中へと歩いて進んだ。

 駅までは電車で来て、駅前でタクシーに乗った。運転手が心配そうにするので財布の中の何枚かの千円札を見せて、公園で親戚の叔父さんと待ち合わせていると嘘を吐いた。運転手は疑り深そうな顔で和也を見ていたが、お金を持っていることが解ったので乗せることにした。

 タクシー運転手は小学校三年生くらいの子供が一人で夕方の運動公園へ行くというので心配もあったが、膨らんだリュックサックからはフライドチキンの良い匂いがしているし、子供の、行き先の公園で知っている大人が待っているという話に嘘はないだろうと信じて、市民運動公園まで自動車を走らせた。

 駅から公園まで自動車を走らせて5分で行ける。タクシー運転手は公園で待つ大人は、どうして駅まで迎えに来ないのだろうとも一瞬疑ったが、近いところだし取り敢えず公園まで子供を乗せることにしたのだ。

 吉川和也は公園の中を独り進む。日曜日の夕方の公園には人が居なかった。この市民運動公園はだだっ広い。野球用グランドとサッカー用グランドを設け、子供用にアスレチックや遊具を備えた広場もある。休日は朝早くから野球·ソフトボールやサッカーの試合で賑わい、午前中から公園の中を縦横に散策する年配者や老人も多い。季節によっては多目的広場でバーベキューをする集団も居る。でも休日に人が多いのも午後3時頃までで、4時頃になると公園内に居る人もちらほらとなる。

 和也が歩く日曜日夕方の公園内には他に人の姿が見当たらなかった。もう直ぐ夕暮れどきになるだろう。リュックを背負った和也は急ぎ足だった。暗くなると怖いからではない。帰りが遅いと母親や姉が心配するからだ。

 野球用グランドの前まで来た。公園内通路を真っ直ぐに遊歩道に入るのが正規の道のりだが、森の中に入るのは野球用グランドを突っ切って林の中を進んだ方が近道だ。グランドの中に入ろうとしたとき、遊歩道の方から人がやって来た。

 立ち止まって和也が人影を見てると、とぼとぼと歩きながらこちらへ近付いて来る。小太りのおじさんだ。ちょっとヨレた着こなしだが背広姿で身なりはちゃんとしている。薄くなりかけた髪を無造作に分けている。柔和な顔立ち。

 和也は直ぐに気が付いた。このおじさんは人間ではない。だが敵でもない。この男が自分を襲って来ることなど微塵もない、とよく解っていた。

 和也はグランドの低い鉄柵の前に立ったまま、凝っと男を見詰めていた。何だか男の様子が変だ。

 和也は男が自分に気が付いたら、直ぐ話し掛けて来るものと思っていた。だが男は思い詰めたような心ここにあらずといった表情で、まるで和也の存在がそこにないかのように和也の前を通り過ぎようとする。

 和也は男を呼び止めようかと迷ったが、結局やり過ごした。男はとうとう和也の存在に気が付かず終いのように、和也の前を通り過ぎて離れて行った。とぼとぼ歩く男の背中が小さくなって行く。

 勿論、和也は男が人間ではない異形の者だと解っていた。そして現在、自分たち家族の誰も住んでいない、空き家である筈の自宅にこの男が寝泊まりして、ちゃんと掃除までしていることも知っていた。

 少し前に姉·愛子と一緒に空き家になってる自宅に行ってみた。姉が話すに、一階の父母夫婦の寝室は父が独りで使うようになって後、部屋一面に真っ白く蜘蛛の巣が張り、蜘蛛の糸だらけでとても部屋の中に入れない状態と聞いていたが、どうしたことかその部屋の中は綺麗に片付いていた。

 父母夫婦が使用していた当時以上に綺麗に片付いて見える部屋を覗いて、直ぐ、和也は何とも言えないモノを感じた。いわば“妖気”みたいなものを。綺麗に整理整頓された部屋だが、この部屋に何か人間ではない怪物のようなものが居た、そういう気配が残っている。

 姉の言う、部屋いっぱいに張った蜘蛛の巣は、多分その怪物が片付けて綺麗に掃除したのだろう。

 そのとき、姉·愛子の方は部屋の中を眺めながら、口をあんぐり開けて呆けたように驚いていた。部屋の中一面を覆っていた蜘蛛の糸が綺麗になくなってしまっていたからだ。元の寝室よりも綺麗にされてある。それから愛子は弟·和也に、確かにこの部屋の中が蜘蛛の巣だらけで真っ白だったのだと、興奮して手振り身ぶりで説明したものだ。

 和也は興奮して話す姉の話を信じた。和也には解った。この部屋には少なくとも二匹の怪物が関わっている。蜘蛛の巣を張った方とそれを綺麗に片付けた方だ。だが和也も、蜘蛛の巣を張った方の怪物が、変身した後の自分たちの父親だとは解らなかった。

 グランド沿いの道を小さくなって行く男が、グランド端下の角を曲がって姿が見えなくなると、和也は振り返り、森の奥を目指すためグランドの低い鉄柵を高跳びのベリーロールのように乗り越えて、グランドの中に入った。和也の目指す森の奥へ行くには、森の遊歩道を進むよりもグランドを横断して林の中に入って行く方が近道なのだ。

 広いグランドを渡りきった和也は、グランド奥を囲む森林へと入って行く。林の中の木々と草むらの中には道がある訳ではない。ズック靴と半ズボンの小学三年生の和也には、草むらを分け行って進むのはけっこう大変だ。秋場に入ると草むらでマムシが仔ヘビを産むと聞いたことがある。和也は気を付けて一歩一歩森の中を進んだ。ヘビを踏んで咬まれてしまう危険を考えてだ。

 木々の間をすり抜けて草むらを進む和也が、次の一歩を踏み下ろそうとしたとき、「待て、和也」と声が掛かった。少ししわがれているが力強い声だ。和也は上げていた片方の足を中空でピタリと止めた。下の草むらでザザザッと音がした。蛇が草の間を通ったようだ。和也は足を下ろして、キョロキョロと周りを見た。

 和也には声の主が解っていた。林の中は木々の葉が日の光を遮り、薄暗い。

 「今のはマムシじゃ。この季節に入るとマムシは仔を産むから気性が荒くなっとる。やたら咬むからな」

 その声がすると、和也の斜め前の大木の幹の影から、裸の大男が現れた。裸の上半身の胸板は広くてその下の腹部も引き締まっている。だが大きな身体の上に乗る顔はしわくちゃな老人だった。じじごろうだ。

 「じじごろうさん!」

 和也が歓喜に溢れた顔で叫ぶ。和也がこの市民公園奥の森林へやって来た目的は、じじごろうに会うためだったのだ。

 ふんどし一枚だけで裸姿のじじごろうが、幹影から出て来て裸足で草むらを踏み歩く。煮しめたように茶色くなった、元は多分白色だったろうふんどしから出た両足の太ももは筋肉りゅうりゅうで丸太のようである。

 「マムシが気性が荒くなっとると言うが、この時期は仔を産むためによく餌を取る。活動が活発じゃからな、人もよく咬まれるんじゃ。日光を浴びるのに道端にもよく出とるしな」

 草むらを踏みしめてじじごろうが和也に近付いて来た。

 「ねえ、じじごろうさん。マムシは口から子供を産むって本当なの?」

 直ぐ傍まで来たじじごろうに和也が訊ねた。

 「あれは迷信じゃ。マムシは尻尾の方の尻の穴から小さな仔ヘビを産む。卵は前もって身体の中で孵すのじゃ」

 「大人の人から、マムシは口から子供を産むから夏の終わりや秋の初めは、生まれて来る子供を毒の牙で噛まないように、何でもかんでも手当たり次第咬んで毒牙を抜くって話、ウソなんだ?」

 「迷信じゃな。尻の穴からじゃ」

 和也は、ふう~んと納得したように頭を上下して、じじごろうを見上げた。

 小学三年生の和也から見て、じじごろうは巨人だった。いつもは手にしている六尺棒を今日は持っていない。

 気が付いたように和也が話す。

 「じじごろうさん、さっき、あのオジサン見たよ。あの、人間の格好してるけど人間じゃないオジサン。何か元気なかったけど」

 「ほう。和也はあれを知っておるのか。ふだんの格好しとってもあれが人間ではないと解るんじゃな」

 「うん、解る。あの人は優しいオジサンの顔してるけど、本当は怖い怪物だ」

 「まぁ、そうじゃな。和也が正体を見抜いたとなると、何か言って来たか?」

 「うんうん、通り過ぎて歩いて何処か行っちゃった。何か元気なくて考え込んでるみたいだった」

 「そうか。あいつは今、人間でいう“厨二病”なんじゃ」

 「中二病?」

 和也はじじごろうを見上げながら、驚いたように声を上げた。“中二”という言葉に反応したのだ。

 「今、世間では若者たちが“厨二病”とか言って騒いでおるじゃろ」

 「知らない」

 「そうか。小学三年生では“厨二病”といっても解らんか」

 「中二でしょ?ウチのお姉ちゃんだ。中学二年生だもん」

 和也は“中二病”とは何のことやらさっぱり見当も付かず、凝っとじじごろうのしわくちゃ顔を見上げていた。

 「まぁ、年頃の悩みじゃな。子供が十代半ば頃になって来ると、背伸びして大人ぶってイロイロ悩み出すコトを、馬鹿にして誰かが中二病と呼んだんじゃな。青春期の悩みじゃ。ヤング世代の青くさい悩みを、からかって“厨二病”と呼ぶ連中が居るのよ。それがイイトシになってもまだ続いておる奴らが居るとかな」

 じじごろうにそう説明されても和也はよく解らなかった。とにかく先程の見た目中年サラリーマンのオジサンが、若者が悩むようなコトで何か悩んでるんだろうな、と理解した。

 「さっきのオジサンが、その、まだ中二病が続いているの?」

 「いや、あいつは今頃、中二病が始まったんじゃ」

 そう答えてじじごろうは腰を降ろして、大木の太い根っこに座った。じじごろうの禿げ頭の大きな顔が和也の目の前に来た。

 「あのオジサンっていったい幾つなの?」

 和也は目の前のじじごろうに訊いた。和也はあの中年サラリーマンが普通の人間ではないことはよく解っている。

 「さあな。あいつも二百歳は生きとるじゃろ。三百まではいっておらんと思うが」

 「二百歳!二百何十歳も生きてるんだ!」

 和也は驚嘆した。

 「あれはふだん人間の格好しとるが魔物じゃからな」

 「魔物って凄いね」

 そう言って、子供の和也は芯から驚いていた。和也の前で座り込んでいるじじごろうが、白髪混じりで目尻に少し垂れた眉の、眉根を寄せて少々険しい表情を作った。

 「和也。おまえもワシやハチなどと接する機会が増えて、意に介さず魔物に出合うことが起こるやも知れん。いや現に今もヒトオオカミとすれ違うたしな。おまえはいわゆるサイキックじゃ。魔物が判る。魔物とは本来闇に潜んで生きる者たちじゃ。自分たちのことを気付かれることを好まん」

 じじごろうは和也から視線を外し、何を見るとはなし森の奥を眺めている。和也は黙ってじじごろうの話を聞いている。

 「ワシやハチやジャックのこともそうじゃが、他の目に付いた魔物たちのことも決して他人に話すな。とにかく魔物のことに絡むと災いを呼ぶことにもなりうる。魔物に対しては素知らぬ態度で居ることが一番じゃ」

 途中からじじごろうは和也の目を見て諭すように言った。

 「うん。解ったよ、じじごろうさん」

 和也はじじごろうのしょぼしょぼとした老人の目を見ながら、素直に応えた。

 じじごろうがふと気が付いたように、和也に訊ねた。

 「ところで和也君は、今日は何しにここへ来たんじゃな?」

 和也は「ああ…」と言いながら、背中のリュックを降ろして、リュックの口を開けて幾つかの紙袋やレジ袋を取り出して草むらの上に置いた。もうだいぶ冷めて来てるとはいえ、辺りに香ばしい肉の匂いが漂った。

 「こりゃあいつも済まんのう。ハチやジャックが喜ぶじゃろう」

 和也はじじごろうを見てニコリとしたが、何かモジモジしている。

 「何じゃ?何か言いたそうじゃのう」

 和也の表情が子供ながら深刻な顔つきになった。

 「ごめんなさい、じじごろうさん。実は相談があって来たんだ」

 じじごろうは黙ったまま和也を見ている。

 「そのぉ~…」

 和也が言い難そうにしていると、じじごろうの方から切り出した。

 「おまえさんたちの親父のことか?」

 和也の顔がハッと明るくなった。

 「そうなんだ、じじごろうさん!」

 「おまえんとこの親父は今どうしてるんじゃ?」

 じじごろうが和也の顔を見ながら訊ねた。

 「実はお父さんは“狼病”だったんだ」

 「ああ」

 話を聞くじじごろうの方は事情を知っているふうである。顎を少しばかり動かして話の先を促す。

 「狼病の方は、何でもヨーロッパから来た偉い先生が狼病の特効薬を作ってたそうで、その薬でお父さんの狼病は治ったらしいんだけど…」

 和也は銀色ヒトオオカミのことは知らない。

 「お父さんは眠ったまま目が覚めないんだ。間違いなく生きていて息もしてるけど意識がないままなんだ」

 和也が少々興奮して訴えるように喋った。

 「今も病院のベッドで寝てるのか?」

 じじごろうが訊いた。

 「うん…」和也が小さな声で返事して頷いたまま、じっと地面の草むらを見ている。じじごろうは大木の幹に背中を預けたまま、何も言わずに見上げている。二人の頭上高く木々の枝葉が覆い、隙間隙間に小さく空が覗いている。

 和也が顔を上げて思い切ったように、また喋り出した。

 「あつかましいようだけど、じじごろうさん!もし、じじごろうさんやハチさんに何か“力”があったら、その力で眠ったままのお父さんを起こすことができないかと思って。実はそれでお願いに来てみたんだ。そんなことできないのかも知れないけど、ひょっとしたらと思って…」 

 和也が子供ながら切実な調子で一気に話した。じじごろうは遠くを見るような顔をしてしばし黙ったままでいる。和也は黙ってじじごろうを見詰めたまま、じじごろうの言葉を待っている。

 「しょうがないのう…」

 ポツリとそう一言いって、じじごろうは大木の根っこに腰掛けて草むらに投げ出した両足の膝を立てると、座ったままがに股に足を開いた。胯間を一枚の煮しめたように汚れたふんどしの布が覆ってある。

 やおら、じじごろうは片手でふんどしの端をたくった。ふんどしが寄せられると股の間から、ごろんと大きな一物が転がり出るように姿を表した。じじごろうの胯間を見詰めていた和也は、両目をまん丸く見広げて、じじごろうの股ぐらから現れた丸太のような物を目にして驚いた。大きい…。あまりの大きさに驚いて声が出ない。

 ふんどしから出たじじごろうの一物は太さもかなり太いが、その長さも、ずる剥けた亀頭の先がべたりと地面に着いている。和也は去年の暮れに家にお歳暮で貰って箱詰めされてた、でっかいボンレスハムを思い出した。

 また、竿部分は肌黒く亀頭部分の黒光りする紅色の大きな一物を見ながら、和也は父親と一緒に入浴したときのことを思い出していた。まだ小学三年生の和也は母親や父親と一緒に風呂に入っていた。母親が愛子と和也を連れて実家に帰ってからは、祖父と入ったり最近は一人で入浴するようになっている。

 「うわぁ~、お父さんのモノよりも何倍も大きいや」

 しげしげとじじごろうの一物を見詰めながら和也が感嘆の一言を発した。横にたくし上げたふんどしからは、一物と一緒にきん×まの片側もはみ出して見えている。シワシワの黒い袋も大きく、一物の下でだらんと垂れている。

 じじごろうはふんどしを横にさらにたくし込んだ。デカいちんちんは根元まで現れ黒いシワシワきん×まもあらかた姿を現した。和也は目を見張ったまま喰い入るようにじじごろうの股間を見続けている。

 和也が大きなちんちんの付け根をよく見ると、黒い剛毛のちぢれ毛のジャングルの中に、白っぽいものが何本も伸びている。ひょろひょろと長く、タワシのようなちぢれ毛のあいだあいだに、けっこうな本数があるようだ。その白っぽいひょろ長いものをよく見ると、モヤシみたいにも見えるが、エノキダケの1本1本にも似ている。

 和也は不思議なものを見つけたように、じじごろうの股間をじっと見入っていた。和也は不思議に思い、じじごろうの股間を指差して訊ねた。

 「ねえ、じじごろうさん。そのキノコみたいな白いものは何なの?」

 和也には股間のちぢれ鋼毛の中にポツポツ生える白い長ひょろいものが、群生した塊のエノキダケの1本1本に見えた。

 「これは子ちんぽじゃ」

 じじごろうは明快に答える。

 「子ちんぽ?」

 「あぁ、ちんぽの子供じゃ」

 「へえ~、知らなかった。ちんちんって子供が生えるんだ。本当にキノコみたいだね」

 「いや、普通は生えん。ワシだけじゃ」

 「ええっ、僕たちにはちんこの子供は生えないの?」

 「そうじゃ。つべこべ言うな。黙っとれ」

 じじごろうがうるさそうにぶっきらぼうに言う。和也は怒られたと思ってしゅんとなり、黙って下を向いた。

 下を向いて地面を見たままの和也だったが、目の前のじじごろうが何やらゴソゴソやっているので顔を上げ、じじごろうの股間を見た。

 じじごろうは片手でふんどしを横にたくし込んで、もう一方の手で股間に生えた子ちんぽをプチンプチンと抜いている。和也はそれを黙って見ていた。

 じじごろうは自分の股間から抜いた何本かの子ちんぽを和也の目の前に掲げた。見ると、じじごろうの大きな手の指先に摘ままれた、幾本かの白く長ひょろいものは、まるで寄生虫か何かの気味悪い虫のようにくねくねと動いていた。股間からむしり取られた子ちんぽは生きているのだ。

 和也はゴクリと唾を飲んでじじごろうの摘まむ“子ちんぽ”を凝視した。

 「和也。これをおまえの父親に飲ますんじゃ」

 驚いて、じじごろうの顔を見る和也。「え?」と言ったきり言葉が出て来ない。

 「こいつは病人の身体の中の悪いものを退治してくれる。これが生きておる内に親父に飲ませろ」

 「でも…。お父さんは眠ったきり全く起きないんだ。飲めないかも知れない…」

 「大丈夫じゃ。こいつは生きておるから口に持って行けば勝手に身体の中に入って行く。そして身体の中を巡り巡って悪いバイ菌も妖力を放つ悪い“気”もみんな退治する」

 じじごろうが力強く言った。和也は口を真一文字に結んで子供ながら真剣な表情で首を縦に降って頷いた。

 「ハンカチは持っておるか?」

 和也は半ズボンのポケットをまさぐってハンカチを出した。

 「子ちんぽが五つ六つある。これをハンカチに包んで病院へ持って行け。全部でも半分でもいい、できるだけ早く親父の口に入れろ。和也、おまえ自身の手で入れるんじゃ。解ったな」

 和也はじじごろうの大きな手から何本かの子ちんぽを受け取った。和也の小さな手のひらの上で寄生虫のように細かく動いていて気持ち悪い。それを和也はていねいにハンカチに包んでポケットに入れた。

 「今から行った方がいいかな?」

 「子ちんぽはまだ死にはせん。明日でよかろう」

 じじごろうはそう言うと木の根っこから腰を上げて立ち上がった。

 「さあ、今日はもう陽も暮れかかっとる。早く帰りなさい」

 和也は急いで草むらの空のリュックサックを拾い上げて背負った。

 「じじごろうさん、ありがとう!」

 和也が深々と頭を下げた。そして勢いよく身体を回して、林の中を急ぎ足で来た道どおりにグランドの方へと向かった。残ったじじごろうはやおら草むらの上の和也の持って来た食べ物の袋を持ち上げて、森の奥へと帰って行った。

 和也は林を抜けてグランドに出て、グランドを突っ切り、公園内の通りに出て公園出入口を目指す。誰もいない夕方の公園に人影が現れた。和也の姉、愛子だ。

 「和也!こんな遅くにこんなところで何してんのよ!?」

 愛子が和也に向かって声を掛けた。若干、怒りぎみだ。

 「お姉ちゃん!」

 和也は驚いた。まさか愛子が公園に来るとは思ってもみなかった。和也と愛子はお互いに向かって歩を進め距離を縮めた。愛子は七分袖Tシャツにジーンズというラフな私服姿だ。

 「家に居ないから心配して探したのよ。やっぱりここだった」

 咎める口調に愛子の怒りの気持ちが表れている。

 「お姉ちゃん、大変だよ!お父さん目が覚めるよ!」

 愛子は弟·和也の興奮した様子にびっくりした。愛子は和也に落ち着くように言って、いったい何があったのか訊ねた。

 和也はどうして今日公園の森にやって来たかの理由から、じじごろうとのいきさつまで事情を説明した。そして驚き顔の愛子に、ポケットからハンカチを出して、何本かの“子ちんぽ”を見せた。ハンカチの中で細かく動く、まるで寄生虫のような子ちんぽを見ると、愛子は口を手で押さえてのけ反り、気持ち悪がった。

 「こんなもので本当にお父さんは目覚めるの?」

 愛子は叫ぶように言った。見るからに気持ち悪い寄生虫のような白くうごめくものが本当に何か効果があるのか、愛子は懐疑的だった。

 「だって、じじごろうさんが口に入れたら、身体の中を回って病気を治す、って言ったんだもん」

 「だって、そのじじごろうさんの股ぐらに生えてたんでしょう?メチャメチャ汚ないじゃん」

 愛子が顔をしかめて言う。

 愛子はハチとジャックは知ってるが、じじごろうは見たことがない。しかし和也から聞いたじじごろうの様相で、何となく大きな裸のホームレスで不潔な老人、という印象でイメージを描いていた。

 「でもお姉ちゃん、実際、今のお父さんはどうやっても目を覚まさないんだ。何だってものは試しでやって見るべきだろう?」

 和也が大人びた口調で愛子を説得する。和也はハチやジャックやそのじじごろうと親交を持つようになって、とても小学三年生とは思えないほど精神的に大人びたように、愛子は思う。

 「だから明日、僕は病院へ行くんだ」

 「ものは試しでやって見るって言うんならさ、和也。今から行ってみようよ。まだ今から行っても面会時間大丈夫だよ!」

 閃いたというように明るい表情になって愛子が言った。和也は二つ返事で頷き、明日独りで行くつもりでいたが今から愛子と一緒に父のもとへ行くことにした。

 愛子と和也は公園の出入口へ急いだ。夕方も遅くなって来た公園出入口には全くひと気はなく、愛子がスマホを取り出して駅前タクシーに電話をしてタクシーを呼んだ。

 

※「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(20)は終わります。以降「じじごろう伝Ⅰ」狼病編(21) へと続く。

 

◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(10)2014-5/18
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(11)2015-5/21
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(12)2016-2/20
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(15)2018-2/28
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(18)2019-5/31
◆「じじごろう伝Ⅰ」..狼病編(19)2020-1/30

 

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