ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

新刊「投資は米国債が一番」幻冬舎刊
「証券会社が売りたがらない米国債を買え」ダイヤモンド社刊
電子版も販売中

日銀に明日はあるか

2016年08月30日 | 日本の金融政策

  新しいシリーズ、「日銀に明日はあるか」を始めます。今後の日本を考える上で、金融政策と財政政策が大きな要素ですが、まずは金融政策からです。

  8月10日のブログのタイトルは、「日銀包囲網」でした。内容は、日銀の金融政策の限界と副作用の大きさにより、これまで日銀を支持してきた金融界、金融アナリストやエコノミスト、そして驚くことに日銀内部や政府内にすら政策に疑問を持つ人たちが現われ、声を上げ始めているというものでした。

  特に三菱UFJ銀行による国債引き受けのプライマリー・ディーラーの資格返上は、財務省から「裏切り者」という声が上がるほど衝撃的だったと報道されていたことを書きました。

  私からみれば三菱銀行の決断はあまりにも当然のことだと思います。損失が確定するマイナス金利国債の強制買い取りは、まるで戦時国債の強制割り当てを思い起こさせるもので、自由主義社会ではあるまじき「財務省と中央銀行の暴挙」だからです。

   日本の株主は株主の権利が侵害されていることに対して鈍感すぎます。会社が株主に損失を与える行為をすれば、株主が訴えるのは当然ですが、それをしません。そして金融庁が銀行の生殺与奪を握っているため、経営側は目をつぶって従うしかないというのは、これもまっとうな資本主義社会とは思えません。この国では依然としてコンプライアンスとかガバナンスはないに等しく、社外取締役も名ばかりで実質的な働きはしていません。

   それに対し敢えて反旗を翻した三菱UFJを、称えてあげましょう。

   日銀は市中銀行から反旗を翻されたり、ほかからも反対の包囲網が築かれはじめている中で、いったいいつまでこの政策を続けられるのか。異次元緩和策が奏功することはあるのか。もし奏功しない時には日本はどうなるのか。こういった問題意識を持って新たなシリーズを書いていきます。

 

   日銀は7月末の金融政策決定会合の結果発表の中で、次回9月下旬の決定会合で金融政策の「総括的な検証」を行うと宣言し、その内容が注目を集めています。

   果たして2%の物価目標をあきらめる布石を打つのか、単に達成できない言い訳をするのか。逆に無理やり成果ひねり出して自己を正当化し、これまでの政策を踏襲、あるいは強化するのか。いずれにしろ「総括的検証」という言葉が示すのは将来ではなく過去の分析のはずなのですが、彼らの、たぶんに自己防衛本能に基づく自己検証を、我々がしっかりと他己検証していきましょう。

 

  先週末FRBのイエレン議長のジャクソンホールでのスピーチが、為替市場を若干ドル高方向に動かしました。ジャクソンホールの経済セミナーはカンザス・シティー連銀が毎年ワイオミング州のジャクソンホールという避暑地で開催するセミナーで、今年は利上げのタイミングを計る上で特に注目されました。

   今回はイエレン議長の他に、日銀の黒田総裁もスピーチを行っています。  その内容が今朝の日経新聞に「ひとり総括」として紹介され、BNPパリバの河野氏が解説を付けています。内容的をかいつまんで示しますと、これまでの反省や見直しなどではぜんぜんなく、どこぞの大統領候補と同じ「オレは絶対に正しい。オレを信じてついてこい」でした。ポイントとしては、

・量的緩和(国債買い入れ)よりマイナス金利重視へシフト

・利下げの限界までにはかなり距離がある

・利下げ・量的・質的緩和の余地は十分にある

・2%の目標は堅持するが、2年で、という旗は降ろす

   それに対して東短リサーチの加藤氏は以下のようにコメントしています。「マイナス金利を深堀するなら、同時に長期国債の購入を減らさないと、銀行収益への打撃が大きすぎる」。これは長期国債くらいプラスの金利を保ってあげないと、収益機会がなくなってしまうということで、だから銀行が抵抗を始めたのです。以上が記事の概要です。

   総括的検証と言うからにはさらに多くの分析が示されると思いますが、私はそれらも基本的には自己弁護のための傍証の提示がメインで、これまでの路線を修正せずにさらに唯我独尊を強めるのではないかと懸念します。クロちゃんは筋金入りの強硬派、私に言わせれば「凶暴なるクロちゃん」ですから。

   残念ながら今年に入ってのクロちゃんは、新たな政策を打つたびに市場からは逆襲され、円高と株安に見舞われています。そして肝心のCPIも先週発表の7月分で、総合指数が前年比マイナス0.4%、生鮮食品を除く指数も前年比でマイナス0.5%と悪化しています。今後も海外メディアから「クロちゃん、あんたは裸だよ」と言われ続けるのでしょう。

   日銀包囲網を作っている中でも特に銀行界は反発を強めています。理由は今年の4-6月期の減益決算です。マイナス金利の影響により3メガバンクの収益が合計で約3千億円もの減益になったというのです。金融関連株の時価総額は東証の中でも1割と大きいため、下落のインパクトは全体の足を引っ張ります。

   それをクロちゃんが株式の買い入れ額の増額で補てんしようとする。こんなことをいつまでも続けられると思っていることが大きな間違いです。

   つづく

コメント (11)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカ経済と世界的金利低... | トップ | 日銀に明日はあるか その2... »

11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Owls)
2016-08-30 18:35:59
こんにちは

林先生の仰る[財務省と中央銀行の暴挙」
この言葉が今日の金融政策のひどさが集約された言葉だと思います。

ただ、世間的には日銀の暴挙とは思われていても
財務省も結託した暴挙だとは何故かあまり思われていない
日銀が政策を変更すれば元に戻せるとられがちです。

良識ある人達も色々説明してはいても
肝心な元に戻すにも戻せない状況だとは聞き手に
伝わりにくいものがほとんどです
日銀の政策を色々批判する人はそれなりにいても
自由主義経済にはあるまじき「財務省と中央銀行の暴挙」とまで断ずる人が少ないと思います

そこら辺が市場の反応も反映されいるようで
日銀の政策は戻そうと思えばいつでも元に戻せるという
変な信頼をしてる感じがしないでもありません
返信する
危機感の欠如 (Jake Jack)
2016-08-31 20:39:22
Owlsさんへ

こんにちは。

変な信頼というより、結局はあらゆることに対して
危機感がないのだと思います。

財務省と日銀の暴挙は、私から見ると、財政危機以上の
深刻な問題だと感じます。多くの人がそう感じないことが
結局、1番の問題だと思います。
返信する
総括的な検証 (シーサイド親父)
2016-09-01 10:28:47
量的金融緩和がそろそろ限界に来ています。

日銀は9月20~21日に政策効果についての「総括的な検証」を行います。

最近元日銀関係者が書いた本が注目されています。 稚拙なレヴューを投稿しました。 ご参考になれば幸いです。




超金融緩和からの脱却
白井 さゆり著

5つ星のうち 5.0 日銀に対する信認が低下している, 2016/8/25

2013年4月に黒田日銀が始めた量的・質的金融緩和は2016年1月にマイナス金利政策も加わり、2%インフレ率を目指しているが、成果は見えない。 日銀政策審議委員を3月に退任した白井さゆり氏が書いた本書から、日銀執行部の考えを把握したいと読んでみた。

マネタリーベースの拡大がインフレ率に影響しない原因として、いくつかの要因を挙げている。
・世界的な成長率の低下
・人口動態の変化
・過剰な金融規則
・金融危機の後遺症として景気循環的なもの
・銀行・家計・企業の債務削減
しかし、著者は日本の現状に影響している要因について、深く追求することは避けている。 それは日銀エコノミストとして経済理論・経済統計分析を中心に考察する著者のスタンスまた自身もインフレターゲットを提案していた整合性から、2%インフレ率の妥当性を堅持しているように見える。

最近、取りざたされているヘリコプターマネーについては以下のような理由で実施に懸念を示している。
・財政規律が弛緩して財政再建が遠のく、そのように市場が認識すれば国債の格下げにつながる。
・インフレ率を引き上げて実質金利を一段と引き下げても、総需要が大きく拡大していくのかは不透明である。 将来の社会保障制度への不安もあり、国民はできるだけ消費を増やさずに貯蓄を維持しようとしている。
・日銀が出口戦略をとる際、超過準備額に対する付利金利を引き上げていくので、利払いが増えて、実質債務超過に陥ることになる。 それを財政規律の弛緩と市場や国民が捉えると、実体経済や市場への影響が予見し難い。

日銀がマイナス金利政策をとって以来、イールドカーブが長期にわたってフラット化している。 長期の金利に信用リスクやタームプレミアムが反映されず年金や金融機関の収益性が低下している。 日銀は9月の金融政策決定会合でQQE の総括的検証を行うようだ。 わたしたち国民は日本の将来の経済状況を俯瞰的、構造的に見て判断するチカラが問われている。




金融政策の「誤解」 ―― “壮大な実験"の成果と限界
早川 英男著

5つ星のうち 5.0 異次元の金融緩和政策、限界とその先を読む, 2016/9/1

2013年4月に黒田日銀がQQEを始めて以来、完全雇用と物価の基調がプラスに転じたことから、著者はデフレは解消したと判断している。
しかし日銀は最初の公約「2年でインフレ率2%」を先送りしていることで、市場や国民の信頼を徐々に失っている。

デフレが解消した理由としてQQEの効果もあったが、高齢化に伴う生産年齢人口の減少や労働生産性の低下による潜在成長率が下がり、その結果需給ギャップがほぼ解消したためと著者は判断している。

日本は2020年頃より団塊の世代が後期高齢者になり、貯蓄を取り崩して行く。 しかし単純にデフレ脱却=経済の活性化とはならないと著者は指摘する。 ここにリフレ派と呼ばれる人たちの誤算がある。

日銀はQQEの目標をマネタリーベースの増加に置くより、長期金利の下押しを目標にすることを明確にしたほうがよいと提言する。 QQEの出口戦略としても、これからはマイナス金利政策が注目されている。 (9月の日銀金融政策決定会合において総括的検証をする予定なので、徐々に金利政策にシフトするのかも知れない)

今後どのような政策を日銀が処方するにしても、その有効性は市場からの信頼が鍵となる。 日銀はサプライズや強がりを捨てて、市場との真摯な対話に勤めることを薦めている。

政府債務の圧縮手段として考えられている金融抑圧については、現在の国際的に資本移動が自由な状況下では、高金利国への資産フライトが起こってしまうので、個人資産への統制を強化して資産課税を行う可能性を著者は示唆している。 (最近、海外への資産持ち出し監視が強化されている)


現在、日銀元副総裁 岩田一政氏共著「マイナス金利政策」を読んでいます。

返信する
中国リスク (なんだかんだ)
2016-09-02 09:16:48
林さん、皆さん、
こんにちは。
世界経済リスクとして林さんは特に中国リスクと日本リスクをあげられています。最近は日本リスクについてはあちこちで散見するようになりましたが、中国については情報が少ないようです。また機会がありましたら、今、中国がどのような危険をどの程度蓄積している状態なのか、ご見解をいただきたいです。
返信する
Owlsさん、Jake Jackさん、シーサイド親父さんへ (林 敬一)
2016-09-02 09:51:06
いつも私のブログを熱心にお読みいただきありがとうございます。

そして今回の記事へのコメントも、ありがとうございます。

Owlsさんは私の「財務省と中央銀行への暴挙」へ賛同の意を表してくれています。

そしてJake Jackさんは「危機感の欠如」とコメントされています。そのとおりだと思います。

今後さらに私なりの解説を加えるつもりです。

シーサイド親父さんは元日銀理事の著書の感想をお寄せくださいました。相変わらずとても熱心に勉強されていますね。読んでいない私としては、「ありがとうございます」、とお礼を申し上げます。

元の理事は自分が当事者であったことから、全面的には批判しづらいでしょうね。

特に最近やめた白井氏は、最後のほうはいつもクロちゃんに反対票を入れていましたが、頭の中はとても複雑な思いが交錯しているでしょう。

岩田一政氏の本のことも、是非教えてください。
返信する
Unknown (Owls)
2016-09-02 12:40:25
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-08-31/OCRAVJ6JIJUV01

日銀の保有長期国債の償却負担が8.7兆円に-マイナス金利後に急拡大


こんにちは

現在のところ政治家・財務省と日銀による愚行は
日銀の償却負担という形で蓄積されているみたいですね

問題は蓄積が効くうちはいいけどそれ以降ですね
日本総研の河村氏によると出口が危ないではなく
出口前で危ないという恐ろしいコメントが出ています

元日銀の早川氏のお話は正論だとは思うのですが、
現実問題として手遅れじゃないでしょうか?

私は元々異次元緩和は財政ファイナンスの方が主目的という説をとっています
だからなし崩し的に非常識な政策が出てくるのは当然かなと思っています

良識派の識者の話はとても勉強になるのですが
ただ建前通りの議論に過ぎて危機感の醸成には
どうも効果が今ひとつなのがもどかしい感じがします
返信する
わたしも手遅れだと思います。 (シーサイド親父)
2016-09-02 13:30:22
でも良識派の意見が大勢になると、また妙な楽観的空気を醸成し、ホントの手遅れまでの時間を作っていくような気がします。

返信する
Unknown (目白のおっちょこちょい)
2016-09-02 18:13:44
日本総研 河村さんの「財政再建にどう取り組むか─国内外の重債務国の歴史的経験を踏まえたわが国財政の立ち位置と今後の課題─」は面白いですね。
終戦後の財政破綻時に何が行われたかが書かれています。

ところで、高橋洋一氏の「経済政策の“ご意見番”がこっそり教える アベノミクスの逆襲」の「朝日ボツ原稿 財政破綻は原発事故や核戦争より可能性が高いのウソ」に興味深い事が書かれています。

~引用はじめ

「かって、筆者も出ていたあるテレビ番組で、「三年以内に破綻する」との意見が出た。当時は東日本大震災のすぐ後だ
ったので、日本ののレートが1.3%程度であった。これを紹介し、もし本当に日本が三年以内で破綻すると思っ
ているなら、CDSを買うべきだといった。というのは、三年で4%近く「保険料」を払うことになるが、それで100%の
「保険」がもらえるわけで、二五倍の高率配当になる確実な投資だからだ。

~引用終わり~
http://goo.gl/bvVouj

このブログを読まれている方はストレスフリーを優先していると思いますので、CDSを買うことは無いと思いますが(個人が買えるものか分かりませんが・・・)、
破綻時期が分かればCDSを購入したいと思います(笑)


返信する
なんだかんださんへ (林 敬一)
2016-09-03 11:19:00
>今、中国がどのような危険をどの程度蓄積している状態なのか、ご見解をいただきたいです。

去年の今頃、詳しく中国を分析した記事を書いています。

その頃から大きな変化はないと思いますので、参照してください。別の大きな要素が出てきたということもないと思います。

危険の蓄積度を的確に示すこと私にはできません。理由は統計が不備すぎるからです。

開示していない国営・準国営企業の多くが重厚長大なので、鉄鋼・造船などの世界市況が改善しないと、デフォルトはさらに増加するでしょう。

また国営や地方政府運営の不動産関連でも、過剰投資が解消していないので。さらに経済はスローダウンせざるをえないでしょう。

また機会を見つけて分析してみたいと思います。

返信する
目白のおちょこちょいさんへ (林 敬一)
2016-09-03 11:27:08
CDSは以前説明したとおり、クレジット・デフォルト・スワップの取引です。

金融機関同士、あるいは大手の機関投資家と金融機関などがスワップを組む相対のOTC取引なので、個人は取引できません。金額も巨額です。

高橋氏はそうしたことも知らずにものを言っている可能性がありますね。

アメリカでは一部のクレジット商品(債券などを指します)を対象にETFが販売されているので、これなら個人投資家も買えるでしょう。しかし日本国債はないと思います。

それと、

>破綻時期が分かればCDSを購入したいと思います(笑)

そんな時には保険料が何十%にもなっていて、とても買えませんよ(笑)。

返信する

コメントを投稿

日本の金融政策」カテゴリの最新記事