草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

日本を守り抜くために自由諸国民との連帯を

2023年10月16日 | 祖国日本を救う運動
 日本が世界のどこに属するべきかという問いは、明治維新以降の我が国にとっては大問題であった。カール・ヤスパースが「人間の自由の未来のために」と題した武藤光朗のインタビューに答えた言葉が忘れられない。雑誌『自由』の昭和37年1月号に掲載されたものである。
 武藤は「『悪魔とたたかうものがみずから悪魔となる』危険を避けるためには、現在の状況のなかで国家権力もしくは超国家権力に対して、どのような態度をとればよいのでしょうか」と質問したのに対して、ヤスパースは「今日、自由諸国民は共同の自己主張によってしか、彼らの自由を救えないことを知って、堅く団結しなければなりません」と断言した。
 つまり暴力的な勢力に対抗するには、こちら側も暴力を行使せざるを得なくなり、武藤は民主主義が損なわれる危険性について触れたのである。「悪魔になる」というのはそのことを意味している。
 ヤスパースは「今後も世界の大きな国民集団が全体主義的支配のもとに入る可能性がありますから、その結果として、自由な諸国民の共同の自己主張によってしか救えないことになります」と述べた。「悪魔になる」ことなく対処するためには、一つの国が身構えるというよりは、自由な諸国民の団結を説いたのである。
 ヤスパースが考えた自由諸国民の共同体とは、北米、ヨーロッパ諸国と日本であった。それだけに彼は、日本が北米やヨーロッパと一体となることを望み、それが日本国民の幸福にも結びつくというのだ。
 イスラエルの危機に際して、北米やヨーロッパは一致したが、日本は二の足を踏んだかのような感がある。アジア人である前に、自由諸国民としての絆を強化すべきとのヤスパースの見解は、日本国民にとって何が大切かを示唆している。
 脱亜論を選択することで、全体主義国家の餌食にならずにすむという考え方には説得力がある。「日本がユニークなのは、日本国と日本文明が合致しているからである。そのことによって日本は孤立しており、世界のいかなる他国とも文化的に密接なつながりをもたない」(『文明の衝突』鈴木主税訳)と書いたのはサミュエル・ハンチントンであった。私たちは今、孤独な選択をするしかないのである。東アジアに深刻な危機が迫っているわけだから。
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