加東市掎鹿谷地区の見晴らしのよい高台の田圃の中の一段低くなった一角に薬師堂があります。小さなお堂と2基の板碑、灯籠、真ん中に穴のあいた大きな石などがあります。この石はかつてこの一帯にあった掎鹿寺の三重の塔の心礎だったとされています。
この地にあったとされる掎鹿寺は、発掘調査の結果、法隆寺のように周囲を塀で囲み、中に講堂や金堂、三重塔があった大きな寺だったとされています。当時の瓦が出土しており、約800年前の鎌倉時代のもので、この頃に廃寺となったようです。
薬師堂から周囲を見渡してみると東条川の流れにそって広々と田圃がひろがっており、見晴らしのよいところです。目を閉じてこの地にあった壮大な堂塔伽藍を想像してしまいました。
この地にあったとされる掎鹿寺は、発掘調査の結果、法隆寺のように周囲を塀で囲み、中に講堂や金堂、三重塔があった大きな寺だったとされています。当時の瓦が出土しており、約800年前の鎌倉時代のもので、この頃に廃寺となったようです。
薬師堂から周囲を見渡してみると東条川の流れにそって広々と田圃がひろがっており、見晴らしのよいところです。目を閉じてこの地にあった壮大な堂塔伽藍を想像してしまいました。
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