今日も明治時代の尋常小学校の生徒が使った教科書から「正直」を紹介します。今も昔も「正直」は一番大切な態度として誰もが認めるところです。
第十四課 正直
正直は身を立て家を起すべき本なり。正直なれば、人にはづることなく、我が心にもはづることなし、人をあざむかず、我が心をあざむかず、身にくもりなく、いさぎよきこと鏡の如し。
或る人、主人の金二百両をあづかりて、旅にいで、途にて馬にのり、金嚢(ふくろ)を鞍にむすびたるまま、打ち忘れて宿屋に入りたり。かくて、夜半に目さめて、其の事を思ひ出し、心を煩はし居たるに、彼の馬方訪ひきたりて、金嚢をかへしたり。其の人深くよろこび、金十六両を礼にあたへしに、辞してうけず、ただ、「夜中まゐりたれば、其の賃銭だけたまはれ、」とて、わづか二百文をうけて去りたり。
不義にして富み且貴きは、浮べる雲の如し
日本人の正直さは、宿に置き忘れた金、タクシーの忘れ物、落とし物などがちゃんと持ち主に戻ってきた、といった話でよく紹介されます。今も昔もそれが正しい行いだと教えられているからだと思います。この修身の話もそうしたエピソードの一つです。最後に「不義にして富み且貴きは、浮べる雲の如し」と難しい言葉で締めくくりながらも「不正直な行いで得た金や地位は、浮雲のように流れ去っていく」と印象づけ、短い言葉で納得させたのですね。論語ですか。
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