メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯

2013-07-26 21:48:56 | 本と雑誌

「完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯」 (ENDGAME Bobby Fischer's Remarkable Rise And Fall From America's Brightest Prodigy To The Edge Of Madness)

フランク・ブレイディ― 著 佐藤耕士 訳 (2013年 文藝春秋社)

 

私はいわゆる知的勝負事、つまり囲碁、将棋、チェスの類をまったくしない。もう少し範囲を広げて、麻雀はおろか、相手が人でないゲーム機などもほとんどしない。おそらく向いていないのだろうが、ある年齢になってからは食指が動かなかった。それでも、世の中で囲碁や将棋でどういう人が今強いかなどということは、一応知っていて、何人かの天才に関する話には興味があった。

 

ただチェスというのはそれを指しているところを近くで見たこともなく、むしろ映画で見た記憶があるくらいである。

 

そんな私でもボビー・フィッシャー(1943-2008)の名前は知っている。そしてそのライバルがソ連のスパスキーだったことも。米ソとも、冷戦時代にこういう話題で盛り上がるということは、多くの人の望むところだったのだろう。ピアノのヴァン・クライバーンに通じるところもある。

 

この本は、チェスのルールを全く知らない人も読むことを想定して書かれている。想像しながら、この天才、もちろん努力の天才でもあるのだが、その苦悩と勝つためのプロセス、とんでもない主張など、詳細な証言・資料もとに書かれている。

 

やはり、チェスや将棋がわかる人の方が面白いのだろうが、それでも一人の人間像として面白く読めた。

 

1943年、ブルックリンにユダヤ系として生まれたということは、やはり1942年生まれのユダヤ系、キャロル・キングと近いところにいたようだ。母親がきわめて活動的だったところも似ている。

 

フィッシャーはソ連以外に、旧ユーゴ、アイスランド、中南米、フィリピン、そしてなんと日本ともかなり関係があったようだ。

 

面白いのは解説を羽生善治が書いていること。この将棋名人、囲碁も相当強いときいているが、チェスもそのようである。

彼によれば、フィッシャーは、誰もが認める天才であること、その天才性を簡単に知ることができること、それとは別の部分(私生活など)に大きなギャップがあること、から「チェスの世界のモーツァルト」であるという。そうかもしれない。

そしてこの本で妙に印象的だったように、チェスでは引き分けがきわめて多く、不利な黒(後手)ではまず引き分けを目指すことが多い。勝ち点の状況から白(先手)が引き分けを目指した時に黒が勝つのは限りなく難しいが、白が意図的に勝ちに来たときは黒に勝つチャンスが生まれる、という。

これを読むと、そうこれはまさにヨーロッパのサッカー文化ではないか、と思う。ホームとアウェー、そして点を強引に取りに来た時のカウンター、引き分けの価値など、なるほどと思うのである。

 

ボリス・スパスキーはフィッシャーとは正反対のような性格だが、フィッシャーをよく理解したいい人だったようだ。ソ連時代、一つの分野でとびぬけた人には、いくつか似たようなことがあったと思う。

 


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