生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

心のすき間が埋められて(その2)

2005-12-10 15:33:09 | エッセイ


 また、そのころ喘息の発作をよく起こしました。3才の時から小児喘息でしたが、中学生になる頃には治るといわれていたのに、神戸に引っ越してから、ますますひどい発作を起こすようになっていました。
 
 今は、喘息はきちっと予防をすればひどくならずにすみ、がまんをしてはいけないとされていますが、当時はひたすらがまんすることしかできませんでした。
 呼吸が苦しくて横になることもできず、座椅子にもたれて肩で息をしながら一晩過ごしたことがずいぶんありました。がまんしきれず夜中に救急外来にいき、注射を打ってもらったこともしばしばでした。
 
 このままなら、一生治らないかもしれない。就職も結婚もできない。という不安が起こってきました。病院の帰り、夜の坂道で歩けなくなり、道をはって歩いたこともありました。
 そのとき、こんなみじめで苦しい思いをしながらどうして生きていかなくてはならないのかと思いました。
 
 私は、サエちゃんという架空の友達を心の中で作って、1日のほとんどを空想の世界で過ごしていました。現実逃避です。そうでもしなければ、つらくて耐えられない日々でした。先生からは「死んだ魚の目をしている」と、いわれました。実際、生きているのに死んでいるような者でした。
 
 わたしは架空の友人、サエちゃんを神様のように思い、困ったときは「サエちゃん助けて」と叫んでいました。でも、本当に大変なときはサエちゃんはでてきてくれませんでした。
 サエちゃんは、心のすき間を埋めるものではありませんでした。

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