生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

絶望の隣にいる人は?

2018-04-14 16:04:46 | 日記
体調は回復してきています。時々後戻りしながら、薄紙をはがすように良くなっていくので、まだ忍耐が必要です。あせってはいけませんね。

今年は、桜が咲いている期間は長いほうだったのに、見ることができませんでした。すぐ近くの桜川の土手で咲いていたのに……。
でも、来年は見ることができるでしょう。

先月末、まだ熱があるときでしたが、学生時代の人形劇部『ろっち』の友人(Nちゃん)がホスピスに入ったという連絡を受けました。1年半くらい前に子宮がんとの診断を受け、すでに転移していて手術ができないと聞きました。

ちょうど白川郷に還暦旅行をしようと計画していた時で、当然Nちゃんも参加するはずでした。ところが、参加できなくなったと連絡があり、もうひとりの友は仕事が休めなくて2人欠席、9名で出かけたのでした。

Nちゃんは抗がん剤治療の合間に友人と出かけたりしていたので、それほど悪いとは思っていませんでした。でも、病はどんどんすすみ、今年の2月には足がパンパンに腫れていたと聞きました。
そのようなときに、ロッチのメンバーひとりひとりに巾着袋を作ってプレゼントしてくれたのです。(写真)大きさは手のひらに収まるくらいです。
ひと針ひと針に想いが込められています。

ホスピスは積極的な治療はせず、緩和ケアーを行う病院です。
何人かがお見舞いに行きましたが、「会いたいけど、会えない」と言われて会えなかったそうです。

「Nちゃんを慰める手紙を書いて」S子に頼まれましたが、熱のため手紙を書くことはできません。

でも、Nちゃんには伝えなくてはならないことがあります。『のこされている時間は短いかもしれない。』そう思ったとき、わたしは、メールにして毎日少しずつ書いて送ることを思いつきました。

「無理したらあかん。熱があるときに書かなくていい」クリスチャンのS子からのメールです。必死に叫んでいる声が聞こえるようでした。
「わかった。無理せんと、ぼちぼち書く」
「そや。ぼちぼちやで」

携帯でそんな会話をしたのですが、その日の夕方には横になりながら携帯を片手に持ってNちゃんに書き始めていました。
最初の2通のメールは短く。3通目書くときは熱が下がっていたので少し長く書きました。

福音そのもの(イエス様がしてくださったこと)を伝え、自分が救われたときのことと、救いを受け入れて、どれだけすばらしい人生をおくっているかについて書き、天国のこと、永遠のいのちについて書きました。毎回最後には聖書のことばを書きました。

毎日一通ずつ送っていて、7通目を書いたとき、書くことがなくなったと思ったのです。それでも、メールを待っているかもしれないと思って8通目を送ったのち、間もなくS子からの電話で、Nちゃんが召されたことを知りました。

8通目は読まれることはなかったのです。でも、7通のメールは確かに読んでいたと、お姉さんから伝えられました。
(Nちゃんは子どもがいなく、ご主人は2年前に亡くなっています。お姉さんがずっと付き添っておられたようです)

Nちゃんが救いを受け入れたかどうかわかりません。でも天国にいったとき、Nちゃんがいちばんに出迎えに来てくれるような気がします。

昨日の読売新聞、編集手帳に5年前に94歳で亡くなった、アンパンマンの作者、やなせたかしさんの詩が紹介されていました。

絶望の隣に
だれかがそっと腰かけた
絶望は
となりのひとにきいた
「あなたはいったいだれですか」
となりのひとはほほえんだ
「わたしの名前は希望です」


絶望の隣にある希望。クリスチャンのやなせたかしさんは、キリストにある希望は、絶望を希望に変えると綴りたかったのではないかなと思いました。


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お久しぶりです

2018-04-10 15:11:57 | 日記
こんにちは。
ずいぶん長い間ブログ更新できませんでした。このようなことは、ブログ開設以来初めてです。
風邪をひいて38℃の熱を出し、2日後には下がったのですが、再び発熱して今度は39.6℃でした。
腰の激痛とともに熱が上がり、七転八倒の苦しみでした。

病院へ行くと、急性腎盂炎ということで、安静を命じられました。
入院にならないだけよかったのですが、薬を飲んで寝ているしかありません。
今日で12日目です。2回礼拝に行けませんでした。礼拝メッセージはPCで聞けました。

家事のほとんどは夫がやってくれています。食事作りは、これまでも週に一度程度ですが、やっていたので慣れたものです。
今回は一日おきに料理をし、料理しない日はスーパーに行って総菜を買ってきてくれました。

当たり前にやっていたことができなくなると、できていたときもっともっと感謝しなければならなかったなあ……と思いました。夫にも感謝しなくてはね。
今日はここまで。


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一週間のできごと

2018-03-22 17:25:18 | 日記
16日は家庭集会のあと、都内に向かいました。従妹と妹と姪の4人で待ち合わせて夕食を共にし、妹宅に泊まりました。17日が御茶ノ水で開かれるクリスチャン・ペンクラブの例会なので、皆がそれにあわせてくれたのです。
このメンバーで集まるのは初めてです。楽しく語りあい、貴重な時間を過ごしました。

クリスチャン・ペンクラブでは、原稿を持ち寄って合評が行われました。それぞれが自分史を書いています。後日「百花繚乱」というタイトルの本として出版されます。
ペンクラブ例会前に妹と古書店を巡りました。鳥専門の古書店で鳥の生態が書かれた本を買えたのは大きな収穫でした。(海鳥の童話を書いています)

翌日の日曜は洗礼礼拝で、TEENSのメンバーが3人も洗礼を受けました。

午後からは娘たちが、婿の実家での法事の帰りに立ち寄ってくれて、大きくなったマークン(10か月)を抱くことができました。

月曜日はお疲れ休みの日にしようと思っていたら、ナルクン(3歳)が熱を出して預かることになりました。来たときは37℃台だったのに、夕方になると38℃を超えました。頓服を飲ませたのですが機嫌が悪く、夜中に「ママに会いたい」と泣きだしました。

「ママに『バイバイ』って言えばよかったのに『さよなら』って言ったから、もう会えなくなっちゃった」と言って泣きます。どんなに慰めても泣きやみません。こんなことは初めてです。こちらも悲しくなって、一緒に泣いてしまいました。

おじいちゃんが、抱っこしてドラえもんのDVDを見せて気をそらし、ふとんに寝かせると落ち着いてやっと眠りました。

朝になると「ぼく、いっぱい泣いた。ママに会えなくなったと思ったから」と言って笑いました。ちゃんとわかっていて、言葉に表せるとは驚きです。
昨日になってやっと熱が下がりました。ママに抱かれて大喜びです。

明日はまたヒックンとナルクンが来て、しばらく預かります。

新しいPCへの切り替えは、いつになることやら……。


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つくしが顔を出しました

2018-03-15 16:41:54 | 日記
さむい冬から一転、一気に春になりました。
教会へ行くとき渡る橋の手前、いつもの場所につくしが顔を出していました。

2,3日前にはまだ生えていなかったのに……。生えていたのに気づかなかったのかもしれませんが……。

「まだ冬物は片づけないでください」と天気予報で言っていました。明日あたりから寒さが戻ってくるのでしょうか。
明日から泊りがけで出かけるので、真冬のコートで行こうかどうか迷っています。

パソコンを新しく買いました。バッテリーとEドライブの挿入口が壊れてしまったからです。調べたら、買ったのは6年前でした。修理して10年はまだ使いたい気持ちですが、限界を感じて買うことにしました。

さて、大変なのは初期設定です。これまでは息子か娘がやってくれたので何の苦労もしませんでした。今回は主人と二人暮らしになので、できるかどうか不安でした。
購入した家電の店員さんに相談すると、5年間保証に入れば、Officeは無料で設定してくれるといいます。入ることにしました。。

でも、これで終わりではありません。ウイルス対策ソフトの設定、アウトルックのアドレス帳の移動、プリンターの設定……。新しいPCでダウンロードするものもたくさんあります。特に、HP更新するときに使うFFFTPソフトがうまくダウンロードできるか心配です。前回はそれだけ自分で設定しようとしたのですが、ダウンロードはできても設定ができず、結局、息子が来るまで何日も待っていたのでした。

お知らせが遅くなりましたが3月10日に日本クリスチャン・ペンクラブのHP更新しました。ここをクリックしてぜひごらんください。次の更新は、新しいPCからできますように。


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すべてはご計画の中で

2018-02-08 21:07:05 | 日記
昨日自転車で転んでしまいました。骨粗鬆症なので、絶対に転んではいけないと思っていたのに歩道の溝にタイヤがとられてころびました。膝と右手をつきましたが、痛みはありません。

恥ずかしいので、さっと自転車をたて直し、急いで走らせました。しばらくして籠に入れていた手提げがないのに気づきました。振り返ると、転んだあたりの場所に何かが落ちています。
あわててもどると自分の手提げでした。気づいてよかったです。

家に帰ってみると、両ひざが青くなっています。でも、たいしたことなさそうです。夕方ヒックンとナルクンをあずかってほしいと言われたので、PC作業をしてから夕飯の支度をしました。夕方ヒックン、ナルクンが来たので夕飯を食べさせ、そのあとナルクンと遊んでいるとき、畳にちょっと手をついたら、しびれたような痛みが走りました。よくみると腫れていて、てのひら全体が赤黒くなっています。指が動きません。右手(利き手)なので、字も書けません。

転んだとき右手をついたからでしょうか? でもそれならなぜすぐに痛みが出なかったのでしょうか。骨折していたらどうしよう……。
ナルクンが心配してバンドエイドを持ってきてくれました。

湿布を貼って寝ましたが、痛みでなかなか寝つけませんでした。
パソコントラブルがあってやっと落ち着いたところで骨折だなんて……。

でも、すべてのことは神様のご計画の中にあります。なぜこんなことが起きるのかと思うようなときも、意味のあることなのです。今はわからなくても、このとき流した涙が喜びにかわると信じます。

『できれば、骨折でありませんように。でも、ゆだねます。痛みと不自由さが今のわたしに必要ならすべて受けます。』と祈ると平安が訪れました。
朝になったら痛みも腫れもなくなっていました。指もよく動きます。念のため整形外科に行ってレントゲンを撮ってもらいました。骨折ではありませんでした!!感謝します。

聖書の言葉 「夕暮れには涙が宿っても、 朝明けには喜びの叫びがある。(詩編30:5)」



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つながりました!

2018-01-16 20:27:10 | 日記
先週の土曜日は伯母の葬儀で東京まで出かけていました。朝早かったので、前日に都内の妹の家に泊まらせてもらいました。伯母は母のすぐ上の姉です。子どものころお世話になり、可愛がってもらいました。ご遺族の方々に平安と慰めがあるように祈っています。

昨年の暮れからネットのつながりが悪く、突然切れてしまうことが多くて不自由していました。原因はルーターだとわかって、今日家電量販店へ行きました。
買ってきたのはいいのですが、設定できるかどうか不安でした。
今までは息子か娘に頼んでいましたが、息子は仕事で忙しく、娘は遠方に住んでいて、とても頼める状態ではありません。

夫もネットがつながらないと困るからと、熱心にマニュアルを読んで設定しようとしています。でも、夫も私もパソコンの知識が少なく、「ああでもない」「こうでもない」と言いながら試行錯誤しています。マニュアル通りに画面が出てこないので、どうしようもありません。

何回やり直しても同じところでストップして、いっこうにつながりません。
行き詰ってしまいました。サポートセンターに依頼すると、メーカーの人が来てつなげてくれるそうですが、有料です。ただ祈るだけでした。

ためしにLenovoの小さなノートパソコンで設定してみると、つながりました。これはウインドウズ10です。(8だったのが勝手に10になったのです)いつものパソコン(ウインドウズ7)にもつながってバンザーイ!
3時間もかかりましたが、つながってくれて本当によかったです。



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一年を振り返って

2017-12-29 16:21:13 | 日記
今年も残り少なくなりました。
一年を振り返ってみると、今年は病院通いの年でした。1月から五十肩で整形外科のリハビリに半年通いました。ようやく五十肩がよくなってきたと思ったら、腰痛が起きました。

そのあと膝痛で、まずは左に装具をつけ、右も痛んできたので右にも装具を付けました。幸い装具をつけたらどちらも痛みが和らいできました。今は歩くときはほとんど痛みません。(あちこちの筋肉が弱っているみたいです。年のせいとは言いたくありませんが……)

先日は咳喘息になりましたが、これもほとんど癒されました。

家族のことで大きな変化は、娘の里帰り出産でした。7月に男の子が産まれました。陣痛から出産まで5時間というスピードお産。安産でした。

11月には義母が老人ホームへ入居しました。

創作活動は、カツオドリを主人公とした童話を連作で書き始めました。4月には夫と三宅島へいって、カツオドリを見てきました。

クリスチャン・ペンクラブでは、9月に65周年の祝会があり、あかし集「山川草木」を出版しました。

わたし自身の変化はCS(教会学校)小学科からティーンズへ異動になったことです。それは、思いもよらないことでした。神様がわたしをつかんで運び、新しいところに置いてくださったのです。

緊張して中高生にかける言葉もわからないままに始まりましたが、半分以上は小学科で担当してきた子どもたちです。小学科で蒔かれた種が、ティーンズになって花開いてきていることを見させていただいています。

行事としては、12月2日に父母の記念会を教会でしていただきました。妹一家、息子一家、娘一家、と夫。全員が集まりました。父と母の遺骨が教会の納骨堂に収めさせていただいたたことにより、このような機会が与えられたのです。

さて、来年はどのような年になるのでしょう? それは神様しかわかりませんね。
祈りつつ、内在してくださるお方をあかししていきたいと思います。

「わがたましいよ主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何ひとつ忘れるな。(詩編103:2)」

ブログを読んでくださっている皆様の新しい年のうえに主の祝福がありますようにお祈りします。来年もよろしくお願いいたします。


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ブログ開設12年

2017-10-21 15:42:06 | 日記
ブログ開設してから12年になりました。

こんなに続くとは思っていませんでした。乳がんになったことがきっかけで、2004年にHP「生かされて・・・土筆文香」http://www5f.biglobe.ne.jp/~tukushi/を立ち上げました。携帯で見たいのでブログを立ち上げて欲しいと言う友人の要望で、翌年の10月にブログを開設しました。

もともと書くことが好きでした。でも、乳がんになるまでは、自分のことを公にするなんてとんでもないと思っていました。

でも、自分と同じようにがんになって、不安を抱いている人が多いことを知りました。
わたしは、もちろん不安はあるのですが、心の底の方には「だいじょうぶ」という安心感があり、平安が与えられています。

「だいじょうぶ」と言えるのは、何となくそう思えるというようなあやふやなことではありません。ちゃんとした根拠があるのです。

根拠は聖書に示されています。

わたしのブログを読んでいる人で、がんでなくても将来のことなどで不安を感じていらっしゃる人がおられると思います。その方たちが「恐れるな。わたしはあなたと共にいる」
と、神様が言っておられることに気づいてほしいと思い、ネットで公表しました。

これまでにたくさんの方からコメントやメールをいただきました。何日も更新していなくても、毎日見てくださる
方々もおられ、感謝しています。多くの人に支えられていると感じます。

バッハの言葉『ただ神の栄光のために』を想っています。更新頻度は少ないのですが、書き続けます。これからもよろしくお願いいたします。


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いのちの誕生

2017-07-19 15:39:22 | 日記
昨日、娘に赤ちゃんが与えられました。男の子です。3312グラムでした。

午前中検診に行き、まだ陣痛がきていないことを確かめて、家に帰ってきたのですが……。昼過ぎからおなかが痛いと言い始めました。それほど強い痛みではないので、陣痛かどうかわからないと言います。

ちょうど娘婿が一週間会社の休みをとって、泊りがけで来ていたところだったので、娘婿の運転する車に娘とわたしが乗って病院へ向かいました。着いたのは午後1時でした。

診察を受けると陣痛であることがわかり、ほっとしました。3時ごろになって5分おきに陣痛が来るようになりました。
「夕方か夜には生まれますよ」と看護師さんに言われ、驚きました。初産なので8時間以上かかると覚悟していたからです。

3時半には分娩室に入りました。娘婿は、立ち会うと言って白衣を着て待合室に行きました。後から駆けつけた主人とわたしは部屋で待機しました。
1時間半後、元気な産声が聞こえました。無事生まれたのです。陣痛が起きてから4時間たっていました。

胎児の重さが3200グラムになったと言われてから一週間たちました。なかなか生まれず、大きくなりすぎて大変なことになるのではないかと心配でした。
私自身のお産を思い起こすと、難産で1人目は17時間。2人目は48時間かかっています。

娘のお産は母親のお産の状態と似ると聞いていたので、そうなったら待つ方も耐えられなくなりそうです。

色々な不安がありましたが、一昨日の朝与えられた聖書の言葉に励まされ続けていました。

「わがたましいよ。なぜお前は絶望しているのか。なぜ御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い。私の神を。(詩編42:11)」

この御言葉は詩編43:5と全く同じでした。一昨日詩編42編を読み、昨日詩編43篇を読んで気づいたことでした。

神様は、心乱している私に「心乱さず、神を待ち望め」と繰り返し働きかけてくださったのです。
いのちを与えるのも、いのちを奪うのも、神様です。神を待ち望んで、どんなときでも神様をほめたたえられるようになりたいです。
すべてのことを働かせ、新しい命を与えてくださった神様に感謝します。


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から揚げで熱中症?

2017-06-28 15:48:39 | 日記
25日の日曜日は教会へ行けませんでした。朝5時半に目覚めてトイレに行こうとしたら、今まで経験したことのないめまいに襲われて、倒れてしまいました。とっさにドアノブをつかんだので怪我はしませんでしたが、吐き気や頭痛もします。いったいこれは何? なぜ急にめまいがするの? と不安になりました。

そのうちすぐおさまると思っていたのですが、なかなかおさまりません。まっすぐ歩くことができません。教会へはとてもいけないと思い、TEENS奉仕をお休みすることをメール連絡しようとしますが、文字が打てません。

ちょうど娘が起きてきたので、メールは打ってもらいました。
ベッドに倒れこんで、めまいの原因は何か考えていました。
考えられることは、ガンの脳転移です。乳がんの手術から13年もたっているとはいえ、再発転移の可能性はあります。いつも具合が悪くなると、そのことを思い、恐れます。

「熱中症じゃないの?」

主人と娘が同時に言いました。
えっ、熱中症? 土曜日から1歩も外へ出ていないのに……。そんなはずはないと思ったのですが、前日を振り返ると心当たりのことがありました。

土曜日、娘婿や息子一家が来るので、から揚げをしていました。1キロ近くの鶏肉を何回にも分け揚げていました。一時間半ぐらいガス台のところに立っていました。

半袖Tシャツの上に長袖ブラウスを着て、その上にエプロンをつけていました。暑くてブラウスを脱ごうとするのですが、エプロンをしているので簡単には脱げず、着たまま揚げ続けました。1時間半ぐらいかかりました。その間水分をとった覚えはありません。

夜、から揚げをみんなで食べて寝る時間になるまで体調は普段どおりでした。
寝るとき少し体がだるかったのですが、夜はよく眠れました。
そして朝を迎え……。

熱中症だとしたら、よかったと思ったのですが、熱中症で死に至ることもあるのですからあなどれません。

それにしても何ということでしょう。日曜日に教会へ行けなくなるなんて……。乳がん手術の前後2か月は別として、土浦に引っ越してから26年の間で具合が悪くて日曜日に教会へ行けなくなったのは過去に2~3回です。具合が悪くなることはよくあるのですが、土曜日まで具合悪くても、日曜になると元気になっていたのです。

幸いなことに日曜午後にはめまいがおさまり、月曜日一日寝ていたら、体調も回復しました。病院にも行かなかったので熱中症だったかどうかはわかりませんが、守られました。

教会へ行けるということは、色々な条件がそろっていなければだめなのだと気づかされました。めまいがしたり、体のどこかが痛んでも、けがやぎっくり腰で歩けなくても行けません。
地震や大雪、竜巻などのひどい悪天候のときも行けないでしょう。

当たり前のように思っていたのですが、当たり前ではなかったのです。

神様に何と言いましょう。文句を言うのでしょうか。なぜ日曜日に具合が悪くなったのですか?と問いかけましょうか……。

いいえ、感謝します。今まで毎週何の支障もなく教会へ行けていたことを。そして、癒し、元気を回復させてくれたことを。
わたしのことを造ってくださった神様は、わたしの細胞ひとつひとつをご存じです。癒すことも病気にすることも出来るお方です。たといがんの再発転移だったとしても、わたしにいちばん良いことをしてくださる神様のなさることをアーメン(その通りです)と言うだけです。



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ひろくん、よかったね!

2017-05-30 17:07:32 | 日記
今年の1月14日のブログで紹介したひろくんのことを書かせていただきます。

2歳のひろくんは生まれつき拡張型心筋症で、補助人工心臓をつけて病院で過ごしていました。ひろくんが生きていくためには心臓移植しかないとのことで、「ひろくんを救う会」が立ち上がり、募金活動が始まりました。

日本での幼児の心臓移植は6年間で4件だけだそうです。それで、米国で手術を受けることにしたのですが、なんと3億1千万もの費用がかかるそうです。その額を聞いたとき、そんな大金が集まるのだろうか……と思いました。教会では、熱い祈りがささげられました。

わたしも毎日ひろくんが移植手術を受けられるように祈りました。
12月に募金活動を始めて半年足らずで2億8千万近く集まりました。そのことも奇跡といえるのですが、もっとすごいことが起こりました。

渡米の準備を始めていたとき、国内でドナーが現れて、5月11日に移植手術が行われたのです。それを聞いたとき、神様のみ手が働いたのだと驚き、震えました。神様のなせる奇跡です。移植を待っていた子どもたちはひろくん以外にも何人もいたでしょう。でも血液型や色々な診断結果でひろくんが選ばれたのです。

ドナーが現れたということは、ひとりの子どもが天に召されたということです。
子どもを亡くした家族がいるということです。愛する子どもの臓器提供を決意したご家族の方の気持ちを思うと悲しい気持ちになりますが、今、順調に回復しているひろくんの体の中で、召された子どもの心臓は力強く動いています。

ひろくんが、国内で手術が受けられるとは誰も思っていませんでした。渡米するとなると、たくさんのリスクがあり、現地でどのぐらい滞在しなければならないかも不明で、大変なことだったでしょう。ところが、神様はわたしたちが想像する以上のすばらしいことをなさってくださいました。

まだ合併症や感染症のリスクがあるそうです。一日も早く退院できるように祈っています。
「ひろくんを救う会」のHPに術後のひろくんの様子が掲載されています。



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どんな些細なことでも

2017-05-13 15:49:17 | 日記
三宅島の感動がまだ続いています。上の写真は帰りの船中から写した夕焼け。

旅行記にも書きましたが、今回の旅行は旅行社を通してではなかったので、色々な心配がありました。民宿も東海汽船も観光タクシーも電話一本で予約したので、間違えはないか不安でした。天気が悪ければ船が出ないというのも心配でした。コンビニはなく、店や食堂もたくさんはないということで、あらかじめ地図を見て確認していました。

旅行中は、ひとつひとつのことについて祈っていました。船があまり揺れないようにとか、腰が痛まないようにとか、カツオドリと出会えるようにとか……どんな些細なことでも祈りました。そうしたら、すべてかなえられたのです。そして、不思議なことにかなえられる前から平安が与えられました。

このように書くと、不思議に思う方もいるでしょう。
そもそも祈りというのはどういうものなのか? 祈る対象はどんな方なのか?と疑問に思われるでしょう。

クリスチャンが祈るときは、最初に「天におられる父なる神様」と呼びかけます。
天の父なる神様とは、天地万物を作られた全能の神様です。なんでもご存じで、どんなことでもできる方です。だから、祈らなくてもすべての必要はわかっておられ、備えてくださり、守ってくださるのです。それでも祈るのは、子どもが大好きなお父さんに願いを聞いてもらうのと同じような感じです。

天地万物を作られた偉大な方が、ちっぽけなわたしの願いを聞いてくださるというのでしょうか? 
「願っても、求めても与えられないこともあるのに……。願ったことと反対のことが起きることもあるのに……。」
と思うかもしれません。確かに「明日晴れにしてください」と祈ったのに雨になることはありますよね。
でも、それは神様が祈りを聞いてくださらなかったわけではないのです。もちろん聞こえているのですが、小さな子どもがナイフなど危険なものを求めたとき、親は与えませんね。それと同じで、求めた物とは違っていてもその子にとって、最も良い物を与えてくださるのです。

先日の水曜礼拝で主の祈りについて学びました。
主の祈りとは、イエス・キリストの弟子たちがどのように祈ったらよいかイエス様に尋ねたとき、イエス様が教えてくれた祈りです。

主の祈り
天にいます私たちの父よ。
御名(みな)があがめられますように。
御国(みくに)が来ますように。
みこころが天で行われるように地でも行われますように。
私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
私たちの負いめをお赦しください。
私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。
国と力と栄は、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。


5行目に「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。」とありますが、毎日食べるものを与えてくださいという、日常生活のことを祈っています。それは、どんな些細なことでも祈るように神様がすすめておられるという意味だと聞きました。

祈ればその通りになるから信じるのでなく、信じているから祈る。祈った通りにならなくても、神様はいつも最良のものを与え、最善をなしてくださいます。


写真は息子夫婦からと娘夫婦からの母の日のプレゼントです。


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小旅行で大きな収穫(その5)

2017-05-09 17:06:07 | 日記
翌日はアカコッコ館でバードウオッチングを予約していますが、アカコッコ館の周囲では、海鳥のカツオドリを見ることができません。

漁師さんに頼んで釣り船で三本岳に行くという方法があります。夫に言うと反対されてしまいました。
カツオドリに会えないまま帰ることになるかもしれないと思ったのですが、きっと会えるという気がして、予定通りアカコッコ館に行くことにしました。


アカコッコとは国の天然記念物に指定されている鳥です。アカコッコの名をとってアカコッコ館が大路池の近くに建てられています。             

写真はアカコッコ館に展示されているパネルを写したものです。

雨が降ったりやんだりしていましたが、日本野鳥の会のレンジャーの方が野鳥観察を導いてくださいました。双眼鏡を貸していただいて、いざ出発です。 

           
しきりに鳥の声はするのですが、なかなか姿を見せてくれません。雨が上がると出てくるらしいですが……。
アカコッコには会えました。スズメのように地面をとび跳ねてあるくので見つけやすいです。林に続く道で、モーモーと牛のような鳴き声がしました。



声の方を見ると、黒い鳥が木の枝から飛び立つのがみえました。「カラスバト」だそうです。  
写真は八丈ビジターセンターのHPから拝借しました。

カラスバトはあまり人前に姿を現さないので、この鳥を見ただけでもすごいことだと言われました。カラスのように黒いのですが、首回りに虹色の輪が見えます。
小さな鳥、ウチヤマセンチュウも見ました。素早くて、見つけたと思ったら、もう姿が見えなくなりました。
鳥の写真は撮れませんでした。

バードウオッチングが終わって、アカコッコ館で帰りの船がどの港から出るのか教えていただきました。着いた港と同じ、錆ヶ浜です。ただし、条件付きだと言われてドキッとしました。
条件付きとは船を出航させるものの、接岸できるかわからないという意味です。船が接近した時点で風や波の高さなどを計測し、安全なら接岸。ダメな場合は通過か引き返しになるそうです。帰りの船は一日一本だけなので、乗れなければ島にもう一泊しなければなりません。

とにかく港へ行かなくては……と、島を一周しているバスに乗って、港に向かいました。
ターミナルにいる人たちは、みんなのんびりしている感じだったので、きっと船は出ると思い、民宿で作っていただいたお弁当をいただきました。


2階の展望スペースに行くと、海鳥が飛んできました。なんと、カツオドリです。何羽も何羽も飛交っています。
あまり驚いて、「カッ、カッ、カッ、カッ……」と言ったまま言葉が出なくなってしまいました。カツオドリたちが見送りに来てくれたように感じました。写真は失敗です。空ばかりの写真が8枚。ようやく一枚だけ写っていました。


船は無事接岸し、出航しました。


帰りは1等客室です。すいていたので12人部屋を夫と二人で貸切り状態でした。

今回の三宅島への旅行は色々なことが初めての経験だったので不安がありました。数日前に腰を痛めていたのでコルセットをしての旅でした。体調がくずれることも、船酔いも不安でした。でもすべて良好でした。船酔いは、帰りにちょっと気分が悪くなった程度です。腰は全く痛くなくなったので帰りはコルセットを外しました。

カツオドリとなかなか出会えませんでしたが、常に平安がありました。主が共にいてくださったことを実感しました。すばらしい自然と、島で出会った方々の温かさに触れ、また行きたくなりました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。                   おわり



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小旅行で大きな収穫(その4)

2017-05-06 16:46:02 | 日記
連休に息子一家と娘夫婦が泊りがけで来ていたので、更新が遅くなりました。
三宅島旅行記の続きです。

観光タクシーで伊豆岬灯台を見学しました。



明治42年に建造されたランプ式無人灯台です。角柱形の灯台は珍しいです。
天気の良い日は新島、神津島や遠く富士山を望むこともできるそうですが、曇っていたので残念ながらみえませんでした。


大路(たいろ)池です。
およそ2000年前の噴火でできた火口湖と言われています。


大路池の入口にある迷子椎と呼ばれる樹齢数百年の木です。幹周り7.5メートル、樹高15メートルのスダジイです。大路池周辺の密林に迷い込んでも、この大木を目標にすれば助かるので迷子椎と呼ばれているそうです。
枝が支柱でささえられています。

島を一周して、阿古地区にもどってきました。

ところでカツオドリにはまだ出会っていません。明日の天気は雨の予報です。
民宿で一休みしてから、ひとり海岸に出てすわっていました。



写真は小さくてわかりにくいですが、遠くに三本岳が見えます。
三本岳は三宅島から西南西、約9km沖に切り立っている島で、正しくは『大野原島』と言い 三宅島から見ると3つの突岩が切り立って見えることから『三本岳』と呼ばれているそうです。



カツオドリは三本岳にいるらしいので、こちらの方へ飛んでくるのではないか期待して待ちました。いつまで待っても飛んできません。
カツオドリを見ることができなくても、時間は無駄になりません。海の色、磯のにおい、波しぶき、波の音などしっかり記憶しました。
海岸にはだれひとりいませんが、右側に誰かがいるように感じ、何度も首を横に向けました。


カツオドリの代わりにスズメぐらいの鳥が飛んできて消波ブロックにとまりました。
わたしを慰めてくれているのでしょうか。いつまでも飛び立たず、じっとしていました。


民宿に戻ると、夕食の用意が出来ていました。


夕食は海の幸満載のおかずでした。とれたての魚のさしみ。ノドグロの煮つけなど……おいしくいただきました。

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小旅行で大きな収穫(その3)

2017-05-01 16:14:35 | 日記
今回の旅行で初めて知ったことがあります。三宅島への定期船は1日1便しか就航していません。波が高いと着岸できずに戻ることもあるそうです。

また、三宅島にある3つの港のどこに着くか、またどこから出るのか数時間前にならないとわからないというので、驚きました。
旅に出るときは、綿密な計画を立てて用意周到に準備している夫は、落ち着かない様子です。わたしも台風でなければ船は毎日出ているのだろうと思っていたので、三宅島に行くことができても、何日も帰れなかったらどうしようと思いました。



民宿の庭に溶岩がオブジェのように並べられていました。

民宿で朝食をいただいたのち、観光タクシーで島をまわりました。
三宅島は一周30.9キロメートルです。自転車で一周する人もいるようですが、道はかなり起伏があるので、わたしたちにはとうてい無理です。
                            
三宅島は太古の昔から、何度も噴火を繰り返してきたそうです。
20世紀以降では、1940年(昭和15年)、1962年(昭和37年)、1983年(昭和58年)、2000年(平成12年)と4回の噴火が発生しています。
また、現在も年に数回程度、ごく小規模な噴火が起きているそうです。

ひょうたん山は昭和15年に雄山北東山腹の標高200m付近から噴火。大量の溶岩・火山弾・スコリア・火山砂が放出され、たった約22時間のうちに「ひょうたん山」が形成されました。   


昭和58年10月3日、山の中腹にから噴火しました。高さ100m以上に吹き出た溶岩は、阿古地区の一部を飲み込みました。幸いにも人的な被害はなかったそうです。


2007年、この溶岩流の上に、火山道体験遊歩道が完成しました。 




阿古小中学校跡が当時のままの状態で残っていました。流れ出た溶岩が小中学校の校舎で止まったそうです。学校は運動会の代休で休みだったそうで、もしここに子どもたちがいたら……と思うとぞっとしました。


溶岩の隙間から葉が茂り、自然の再生力を目の当たりにしました。


降ってきた直径一メートルぐらいの石を使って石垣が作られています。   

何度噴火を経験しても立ち上がる島民の、島への熱い思いを感じました。 

*小中学校の写真、一部変更しました(5/6)



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