生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

ザクロのほっぺ(2)

2018-11-25 16:23:24 | 童話
                     ザクロのほっぺ(2)          土筆文香


ホッサイのむねはちくりといたみました。丘を二つこえた町に人買いがいるのです。ホッサイはそこに向かっていました。
坂道を半分ほどのぼったところで、あたりはまっ暗になりました。みあげると満天の星がまたたいています。すんだ空気がヒヤリとして思わず首をすくめました。
いつも首に巻いていた布をつかもうとして、さっきはずしていたことに気づきました。

(今まで、このいやなほっぺたをかくさずにエリサと話をしていたのか……)
ホッサイは子どものころを思い出しました。

(母さんは、オレが生まれてからずっと『人前ではほおをかくしていなさい』といった。父さんから『こんな顔に生まれて、一族のはじだ』といわれ、家をとび出した。それでどろぼうになった。
生きていくためには、しかたなかったんだ。だけど、もっと別な生き方があったんじゃないかな)

そのとき赤い大きな星が現われ、あたりが昼間のように明るくなりました。

「な、何だ、これは」
ホッサイはブルブルふるえました。エリサは荷車からとびおりると、ホッサイのふるえる手をそっとつかみました。
空をみていると、何人もの天使がとんできて、すんだ声でいいました。

「きょうダビデの町で、あなたがたのために、すくいぬしがお生まれになりました。この方こそ主(しゅ)キリストです」
そういうと天使たちは鈴の音のような声で歌をうたいました。

ふたりはうっとりと、その声に耳をかたむけました。やがて天使のすがたがみえなくなると、エリサがいいました。
「とうとうお生まれになったのね!」
「生まれたって、だれが?」
「神様の子どもよ。そのお方は人間をほろびからすくってくださるって、父さんがいってた」
エリサは大きく息をすいました。

「おじさん、ダビデの町、ベツレヘムに連れていって」
「オレには関係ないよ」
「おじさんのためにも生まれてくださったのよ」
「えっ、オレのためにも……」
 
ホッサイとエリサは赤い星をめざして進みます。少しでも早く着くようにエリサは荷車を後ろから押しました。赤い星はかちく小屋の上にかがやいていました。

ふたりがかちく小屋をそっとのぞくと、赤ちゃんが飼い葉おけの中で横になっていました。赤ちゃんはじっとホッサイをみています。ホッサイの目から大粒の涙がこぼれました。
「オレは、これまで悪いことばかりしてきました。今日はひつじをぬすみ、この子をだまして売るつもりでした。ごめんなさい」
そういいはじめたとき、エリサの家族がかちく小屋に入ってきました。みなが再会の喜びで大声をあげたり、だき合ったりしたので、ホッサイの

言葉を聞いたのは赤ちゃんだけでした。
「この人、ホッサイさん。親切でやさしくてとってもいいおじさん」
エリサが家族に紹介しました。

おばあさんがホッサイに近づいてきました。
「孫のエリサがお世話になって、ありがとよ」
と頭を下げました。
 顔を上げたとき、おばあさんの首にホッサイと同じようなザクロのあざがみえました。おばあさんは首のあざをかくそうともせず、むしろよくみえるように背中をぴんと伸ばし、あごを前につきだしました。

その後、ホッサイはエリサの家族の一員になりました。首にまいていた布は、もういらなくなりました。
                    
                        おわり

あと書き
童話に出てくるホッサイは、生まれつき頬にあざがありました。
それは恥だから隠すように親から言われていました。ホッサイは布でいつもあざを隠していました。布を取ると、出会う人ほとんどが気持悪がってしまいます。それで泥棒になったのですが、エリサに会う前までは孤独でした。
エリサはホッサイの頬を見ても驚きもせず、かわいいと言います。それは何故でしょうか?

エリサのおばあさんの首にも同じようなあざがあったからです。おばあさんは隠しませんでした。
「人と違う部分があっても、日常生活で見慣れていれば、当たり前の情景として受け入れることができます」
隠さなければいじめられるような社会だったら、とても悲しいですね。

天使たちの言葉、「きょうダビデの町で……」は新約聖書ルカ2:11に書かれています。
「ザクロのほっぺ」は創作ですが、聖書に書かれていることは、本当にあったことです。神のひとり子、イエスさまがお生まれになったことのすばらしさを思いながら書きました。





にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。



ザクロのほっぺ(1)

2018-11-22 15:44:52 | 童話
クリスマス童話を書きました。この童話は、日本クリスチャン・ペンクラブで発行しているニュースレター38号(11/15発行)に掲載された作品を書き直したものです。
ニュースレターでは枚数が限られているので書ききれなかった部分を入れました。2回に分けてアップします。



                    ザクロのほっぺ       
                                            土筆文香

むかしイスラエルにホッサイという名のどろぼうがいました。両ほおに半分に割ったザクロのようなあざがあるので、首にまいた布でかくしていました。 
ぬすみがばれてつかまりそうになると、布を取ってニヤリと笑います。あざは真っ赤で、血がはりついているようにみえました。

「わー、化け物だ!」
みた人は、おどろいて腰をぬかします

「わっはっはっはー。オレはいま、人を食って来たたんだぞう」
ホッサイが大声で言うと、たいていの人は逃げ出してしまいます。 
 
夕暮れ時、ホッサイは荷車を引いて荒野を歩いていました。ぬすんだものを売って帰るところです。  
やぶの中からひつじの鳴き声がしました。みると一匹のひつじがやぶにひっかかっていました。ホッサイは荷車の中にひつじを投げこみました。

「オレはなんてついているんだ。今夜はひつじなべだ」
ニンマリしながら歩いていると、向こうから女の子がかけてきました。
(また、えものがやってきた。あの子をだまして、人買いに売ろう)

「ひつじのペペ見かけなかった? わたしの大切なひつじなの」
 女の子がたずねました。
「さあ、知らないね」

 ホッサイはとっさにほおをおおっていた布を取り、車の中のひつじにかぶせましたが、すぐに『しまった』と思いました。あわてて手でほおをかくすと、女の子がいいました。
「かわいいほっぺ!」

「これをみて、こわいとか気持ち悪いとか思わないのか?」
ホッサイがたずねると、女の子は首を横にふってにっこりと笑いました。女の子は8歳でエリサという名前です。

荷車の中からひつじの鳴き声が聞こえました。エリサが荷車をのぞくと、布の下からひつじが顔を出しました。
「あっ、ペペ! おじさんがペペをみつけてくれたのね」
エリサの顔がぱっとかがやきました。

「ま、まあな。この車に乗るといい。家まで送ろう」
 ホッサイはできるだけやさしい声を出しました。
「わーい。ありがとう。こんな車に乗ってみたいって前から思ってたの」
 エリサは何のうたがいもなく荷車に乗りこむと、ペペをだきしめました。

「お家はどのへんにあるのかい」
「ずっと遠いところ」
「遠いところって?」
「わたしたちはひつじかいなの。ひつじさんの食べる草がいっぱい生えているところをさがしながら旅をしてるの。夜はテントで寝るのよ」
「そうか……」
「ペペがいなくなってさがしているうちに、わたし、まいごになっちゃったんだ。でも、おじさんに会えてよかった」

「丘にのぼれば、家族のいるところがわかるだろう」
夕焼け色の空がだんだん深いあい色に変わってきました。

「暗くなってもわかるの?」
 エリサはちょっと不安そうです。
「わかるさ。ひつじかいたちは、夜は火をたくんだろう。目印になる」
 
ホッサイは荷車を引いて坂道をのぼります。

カタコト カタコト 

木でできた車輪が回ります。でこぼこな場所に来ると、とび出してしまいそうにゆれますが、それが楽しくて、エリサはゆれるたびにキャッキャッと声を上げました。

「おじさんって、親切でいい人ね」
(いい人だって! そんなこといわれたの、はじめてだ。オレみたいな者がいい人になれるんだろうか……)
エリサはペペといっしょにねむってしまいました。

                        つづく



日本クリスチャン・ペンクラブのHP更新しました。ここをクリックしてご覧ください。ニュースレターもHPより閲覧できます。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。

タッタとタンタ

2016-11-25 16:39:40 | 童話
地震が起きたり、11月なのに雪が降ったり、予測しないことが起こると落ち着かなくなってしまうわたしです。

聖書には「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)と書かれていますが、この言葉を心にとめて日々過ごしたいと思います。

日本クリスチャン・ペンクラブ関東で発行している「文は信なり」ニュースレター35号にわたしの書いたクリスマス童話が掲載されました。原稿用紙4枚の短編です。

わたしは、短編が苦手で、原稿用紙10枚以下の童話が書けませんでした。ストーリーを思いついた瞬間、長い作品になっているのです。そのわけは、ドキドキハラハラするようなおもしろい作品にしたい。複雑で謎解きも入っているようなストーリーにしたい。読者に伝えたいことをふんだんに盛り込みたい……などと思っているからです。

児童文学の仲間に、「あなたは長編型なんだから、長編を書いていけばいいのよ」と言われました。長編型と短編型があるのですね。長編だと書き上げるのに何年もかかってしまいます。レターに掲載したり、合評会に持っていったりするには短編の方がいいのです。
 
去年ぐらいからやっと原稿用紙5枚作品が書けるようになりました。今年は3枚の作品をと思ったのですが、オーバーして4枚作品になってしまいました。複雑なことは考えない。素直な気持ちでまっすぐにイエス様の方を向いて書いたら短い作品が書けました。紹介させていただきます。


             タンタとタッタ     土筆文香




タッタとタンタはようくんのくつしたです。

タッタ、タンタ、タラッタラッタ、タンタ 

ようくんの足にはかれるとタッタとタンタはうれしくてうたいます。
ようくんがねむっていると、なきごえが聞こえてきました。ふとんの上にくつしたのかたほうがピクピク動いています。

「どうしたの?」
「ぼく、タッタ。弟のタンタがつれていかれちゃったんだよう」
ようくんはくつしたをぬいだとき、かたほうずつほうり投げたことを思い出しました。
「ネズミがタンタをくわえて走るのをみたんだ」
「えっ、ネズミが?」
ようくんはびっくりしました。
「このへやは、ネズミの通り道になっているんだ。ベッドの下をみてごらん」
 ようくんがベッドの下をのぞくと、緑色のラインがみえました。ラインはつくえの下を通り、かべのところで消えています。
「ラインをたどっていくと、かべを通りぬけられるんだ。かべの向こうに別の世界がある」
「別の世界?」
「ぼくをポケットに入れて、ラインの上を歩いて」
ようくんは、つくえの下にもぐってラインの上を進み、かべにつきあたりました。すると、いつの間にかかべを通りぬけていました。

そこはまぶしいほど明るくて、青空の下に雪の原っぱがどこまでも広がっています。はだしの足が冷たくて、ようくんは足を上げたりおろしたりしました。
向こうに小屋がみえます。
「ネズミはきっとあの小屋にいる」
タッタがポケットでモコモコ動きました。
ようくんは足が冷たいのをがまんして雪の上を歩きました。

小屋の戸を開けると、ネズミたちが輪になっていて、その真ん中にタンタがいました。
「ぼくのくつした、返して」
ようくんが持ち上げると、キーキーと声がしました。タンタの中にネズミの赤ちゃんが三びき入っていたのです。

「今年はとくべつ寒い冬で、子どもが何ひきも死んだんだ」
「でも、これがあると子どものいのちが助かるの。かしてもらえないかしら」
父さんと母さんネズミが前足をすり合わせました。

「ぼくはかまわないけど、タッタは?」
ようくんがタッタをポケットから出すと、タッタはピクピクうなずきました。
父さんネズミがタッタをみつけました。

「もうひとつのくつしたさんも、かしてくれないか」
みると、ふるえているネズミの赤ちゃんがもう三びきいました。
タッタまでかしたら、ひとりぼっちになってしまいます。ようくんが迷っていると、

「ぼくもネズミさんをあたためてあげたい」
タッタがいいました。
ようくんは、タッタをネズミにさし出しました。なみだがほおを伝わり、しょっぱい味が口に広がりました。
 
小屋を出ると外は雪がふっていました。ようくんは、急に心細くなりました。家に帰るにも雪の原ばかりで帰り道がわかりません。
風がふいて、ふぶきになりました。体がこおりそうです。一歩も歩けなくなって、雪の上に倒れてしまいました。

ザックザックと足音がして、だれかが近づいてきました。その人は、赤いふくを着て赤いぼうしをかぶり、白いひげの……サンタさんです。
 サンタさんは大きな手を広げてようくんをだき上げ、ふところに入れました。サンタさんの上着の中はふわふわであたたかです。

「今日はクリスマスなの?」
ようくんがたずねると、サンタさんはうなずきました。
「ようくんはクリスマスにいいことをしたね」「いいこと?」
「タッタとタンタをネズミにかしてあげたじゃないか」
「サンタさん、みてたの?」
サンタさんはにっこり笑いました。

「クリスマスはプレゼントをもらうより、あげる人の方が幸せになるんだよ」
ようくんはほっとしてサンタさんにだかれてねむりました。
目がさめると自分のベッドにいました。まくらもとに二つのくつしたがおいてあります。タッタとタンタです。くつしたの中にたくさんのおかしがつめられていました。
「ネズミさんたちはどうしたの?」
「元気で大きくなったよ。春になったから、サンタさんに連れられて帰ってきたんだ」
タッタとタンタが口をそろえました。かべの向こうでは時間のたつのが早いのです。

ようくんは、おかしを分けて家族のみんなにプレゼントしました。ネズミのためにラインの上にもおきました。
タッタとタンタは、ひさしぶりにようくんにはかれて、うれしそうにうたいます。


タッタ、タンタ、タラッタラッタ、タンタ



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。

ポールのおくりもの

2014-12-12 17:29:24 | 童話
クリスマスが近づいてきました。

今年は教会学校のクリスマス会で約60人の低学年が「リトルドラマーボーイ」を演奏することになりました。
ミュージカル風の劇にして、太鼓をたたく子ども、ダンスをする子ども、賛美をする子どもたちが精一杯イエス様の誕生をお祝いします。
そのもとになる童話を書きましたので紹介させていただきます。絵は、教会学校で一緒に奉仕しているTさんが書いてくださいました。
               
ポールのおくりもの


ポールは、小さな家にたったひとりですんでいました。ポールの家は雨漏りがし、風がふくとバタバタとやねがはがれそうになります。嵐がきたら、とばされてしまいそうなちっぽけな家でしたが、ポールはちっともこわくありませんでした。神さまがいつもいっしょにいて守ってくださることをしっていたからです。


ポールの宝物は、小さなおわんとたいこです。ポールは毎日町に出かけていっては、門のところにお椀を置き、通る人たちに頭をさげます。親切な人がお金を恵んでくれるのをじっとまつのです。いちまいもコインをもらえない日があります。

そんなときは、ヤージーさんの畑に行って野菜をもらって帰ります。ヤージーさんは形が悪かったり、しなびた野菜をわざと畑にのこしておき、ポールのようにひとりぼっちの子どもや貧しい人が自由に持って帰れるようにしてくれています。

でも、たまに何もないときがあります。そんなときは、たいこをたたきます。むちゅうでたたいていると、おなかのすいていることをわすれてしまいます。
ポールのたいこは手作りです。2本のスティックでたたくと、とてもいい音がでました。



ポールがたいこをたたくと、壁の裏にひそんでいたネズミたちが出てきます。ネズミたちは、たいこの音にあわせてリズムをとっています。ヒヨドリは、たいこの音にあわせて首をクルクル動かしてうたいました。

ある冬の日のことです。その日もぜんぜんお金(かね)がもらえなかったので、ヤージーさんの畑にむかっていました。冷たい風が首筋をなで、ポールはブルッと身震いしました。
「畑に何もなかったら、どうしよう……」



ポールがふらふらとした足どりで畑に入ろうとしたとき、通りからワイワイガヤガヤとにぎやかな声が聞こえてきました。
羊飼いたちが歩いてきたのです。うれしそうに歌をうたっている羊飼いの少年、マルコもいました。
「どこへいくの?」

ポールはマルコにたずねました。
「ベツレヘムにいくんだ。救い主がお生まれになったんだ」
「えっ、救い主が!」

ポールは、『ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた』という言葉を思いだしました。
お母さんが毎晩のようにそらんじていた神さまの言葉です。

「いつ生まれるかわからないけれど、そのお方は本当の王様、世界を救うお方なのよ」
とお母さんがいっていました。

その救い主が今日うまれたというのです。
「とうとう、おうまれになったんだね」
ポールはうれしくてむねがあつくなりました。

「一緒にお祝いにいこうよ。ぼくは、お祝いに仔羊をおささげするんだ」
マルコはうまれて間もない仔羊を脇に抱えていました。大人の羊飼いたちもそれぞれプレゼントを手にしています。
「ぼくは、何も持ってない……あげるものが何もない」



ポールは悲しくなって畑にもよらず、とぼとぼ家に帰りました。
家に帰ると、机の上に干しいちじくが置いてありました。
朝から何も食べていなかったポールは、むちゅうで食べました。おなかがいっぱいになったとき、
ポツン、テコン、ポツン、テコン
と音が聞こえてきました。みると、おけの上でネズミたちがダンスを踊っているのです。

「きみたち、何やってるの?」
「救い主がお生まれになったから、嬉しくて踊ってたんだよ」
いちばん大きなネズミが答えました。
ヒヨドリがとんできて、はずれた音でうたいます。

「ララララーラララ」
ポールは耳をふさぎました。
「どうして聞いてくれないの? 救い主誕生のお祝いの歌なのに」
またネズミたちが踊りだしました。

ポツン、テコン、ポツン、テコン
あまりにもへんてこなリズムなので、ポールはおなかをかかえてわらいました。
「きみたち、もっと調子よくできなの?」
「これで、せいいっぱいさ」
「わたしもこれがせいいっぱいの声よ」
 ヒヨドリはケホケホとせきこみました。

ポールはたいこを出してきました。  
ラパパンパーン
とたたくと、
パパパンパーン
とねずみたちが踊り、
 ララランラーン
とヒヨドリがうたいます。

「そうそう、その調子」
ラパパンパーン
パパパンパーン
ララランラーン
ラパパンパーン
「たいこをたたいて、それを救い主へのプレゼントにしたら」

ネズミにいわれてポールは目の前がぱっと明るくなりました。

「そうしよう! 救い主はベツレヘムで生(う)まれたんだって。きみたちもいっしょにいこう」
「いくよ、いくよ。ワーイワーイ」
「わたしもいくわ」
ヒヨドリは、羽を震わせました。
「ところで、ここにあったいちじくはだれがもってきたのかな……きみたち、知らない?」
「知らないよ。気がついたら机のうえにあったんだもの」
「不思議だなあ」
「きっと神さまがくださったのよ」
ヒヨドリがいうのをきいて、そうかもしれないとおもいました。いちじくを食べていなければ、たいこをたたく力も、ベツレヘムまで歩いていく力も出なかったでしょう。

「さあ、出発だ!」
ポールはひもでたいこをこしにくくりつけてたたきながら歩きました。

 

曲がどんどん生まれ、ふくらんでいきます。
「楽しそうだね。仲間に入れて」
りすがやってきていいました。
「楽しそうね。わたしたちも仲間に入れて」
 うさぎもやってきました。



空にはいままで見たことがなかった赤い大きな星が出ています。
ベツレヘムに近づくにつれ、ポールは心配になってきました。
救い主は、ぼくのたいこを喜んでくれるかな。プレゼントは宝石とか、仔羊のほうがよかったんじゃないかな。ぼくみたいに貧しくて、何にも持っていない者がいってもいいのかな」
 不安になって空を見上げると、赤い星が『こっちだよ。はやくおいでよ』といっているようにチカチカまたたきました。


赤い星の真下に小さな家畜小屋がありました。

ポールは小屋の前で立ち止まって、ふーっと息をつきました。家畜小屋の戸は開いていました。そっとのぞくと飼い葉桶の干し草のうえに赤ちゃんがねていました。そのむこうに赤ちゃんのお父さんとお母さんがすわっています。

こんなに貧しくて、みすぼらしいところでお生まれになったなんて……。家畜小屋は、ポールの住むこわれかけた家よりも貧しい場所です。
「お入り、貧しくていいんだよ。何も持っていなくてもいいんだよ」
と、言われた気がしました。



ポールは思いきって赤ちゃんの前に進みでると、たいこをたたきました。ねずみとりすとうさぎはリズミカルにダンスをし、ヒヨドリは美しい声でうたいます。

♪リトルドラマーボーイ♪のうた

うたいおわって赤ちゃんの顔をみると、ぱっちり目が開いていて、ポールにむかってにっこりほほえみました。
赤ちゃんイエスさまは、ポールたちの演奏と歌とダンスを喜んでくれたのです。

それからポールはたいこをたたいて町の人たちに救い主誕生の知らせを告げるようになりました。
もちろん、ネズミとりす、うさぎとヒヨドリもいっしょです。
             
                             おわり

*絵をクリックすると、大きくなります。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。




笑い上戸(その2)

2014-06-14 20:45:44 | 童話

 さやかは亜佐美に背を向けてむっつりしていたが、ようやく口を開いた。
「わたしを笑わせたら、劇に出てもいいよ」

(やった!)亜佐美はガッツポーズをした。
「アルミ缶の上にあるみかん。ふとんがふっとんだー。内臓がないぞう。梅はうめえ」
亜佐美はさやかを笑わせようと必死だ。
「猫が塀から落ちた。へえっ!」
さやかは二コリともせず、すましている。

(ヤバイよ。さやかが笑わなかったら、あたしが笑い上戸の役をやらなきゃなんない)
 翌日、亜佐美が笑い話のネタをいくつも考えて学校へいくと、さやかは学校にきていなかった。今まで休んだことがなかったのに。

 放課後、亜佐美はさやかの家に向かった。商店街の外れの細い路地裏をいくと、トタン屋根の平屋が並んでいた。一軒の家から五歳ぐらいの男の子が泣きながらとびだしてきた。

「待て、こら。逃げる気か」
 耳が痛くなるほどの声がして、父親らしき男が追いかけてきた。片手に酒瓶を持っている。亜佐美は思わず電信柱の陰に隠れた。
 男の子は顔をひきつらせてじっとしている。男は、子どもの襟首をつかんだ。

「やめて!」
そのとき、聞き覚えのある声がした。さやかだ。さやかが裸足でとびだしてきて男の子をかばうように抱くと、
「お父さん、サトルは悪くないでしょ」
といって、父親から酒瓶をとりあげ、男の子と一緒に家の中にもどった。

「こら、酒持っていくな!」
 父親の叫ぶ声のあとに、ケタケタケタとさやかのいつもの笑い声が響いてきた。

「アーハハハハハ、酒瓶がころがってる」
「ハッハッハッハッ」
「フフフフフ」

 父親と男の子の笑い声も聞こえた。亜佐美は声も出なかった。しばらく玄関の前に佇んでいると、さやかが気づいて顔を出した。
「亜佐美……」
 さやかはきまり悪そうな顔をした。
「今日休んだから、どうしたかと思って」
「ちょっと待って」
 さやかはくつをはいて出てきた。ふたりは日の当らない路地を並んで歩いた。

「母さんが家出してから、父さんはお酒を飲むたびにサトルをたたいたり突き飛ばしたりするの」
さやかは下唇を噛んで地面をみつめた。

「わたしが面白いことをみつけて笑うと、父さんやサトルも笑って、平和になるんだ」
「それじゃ、学校で大笑いしてたのは……」
「つらいことを忘れるためだったの。ほんとはちっともおかしくなかった。でも、笑ってないと不安でたまらなくなるから……」
さやかの目からポロッと涙がこぼれ落ちた。
「……ごめん。王女の役はあたしがやるよ。死ぬ気でやればできるさ。ハハハ」
 亜佐美は作り笑いをした。

「そんな笑いじゃだめ。こうするの。ワーハハハハハ」
さやかはおなかをかかえて笑った。

「あっ、笑っちゃった。わたしの負けだね。劇に出るよ。出たら、心から笑えるようになれるかもしれないし」
といってまた笑った。
亜佐美もつられて笑った。心の棘が溶けていくような気がした。

                          おわり



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


笑い上戸(その1)

2014-06-13 17:08:45 | 童話
久々に創作童話を掲載します。
原稿用紙7枚の作品を2回にわたって連載します。
感想を聞かせてくださると嬉しいです。


          
笑い上戸(その1)

                                            土筆文香

アーハッハ イーヒッツヒ ウーフッフ
今朝も五年三組の教室は笑い声にあふれていた。さやかはハンカチで涙を拭きながら、おなかをかかえて笑っている。
「何がそんなにおかしいんだよ?」
 遅れて登校してきた亜佐美が、さめた目でさやかをみた。
「えっと、何がおかしかったんだっけ……忘れちゃった。アーハハハハ」
 
さやかは忘れたことがおもしろくて、また笑った。亜佐美はあきれながらも自然に顔がほころんでくるのを感じた。
さやかは一日に何回大笑いするんだろう。鉛筆が転がっただけで笑うのだからおめでたい性格だ。きっと何の悩みもないんだろうな。
亜佐美はいつも怒っていた。何をしていても両親から「勉強は?」といわれる。いい返せば「いいかげんにしなさい」としかられる。ちっとも話を聞いてもらえないのでふてくされ、まるで心に棘が生えたようになってしまった。
 秋の学芸会で三組は劇をすることになった。

 脚本は作家志望の棚橋さんが書いた『ジャックと笑う王女さま』笑い上戸の王女が主人公で、王女の笑いを止めた男が王女と結婚できるというストーリーだ。

 亜佐美は、笑い上戸の役にさやかを推薦し、クラス全員が賛成した。
「それでは、王女の役は柿本さやかさんに決定しました。柿本さん、いいでしょうか」
 学級委員の中本君がいった。 
また大笑いするだろうと、亜佐美は隣の席のさやかを横目でみていた。さやかは笑わなかった。こわばった顔で返事もせずにじっと机の角をみている。こんな顔のさやかをみたのははじめてだ。

「返事しなよ。さやかにぴったりの役だよ」
亜佐美がささやくと、さやかは口を一文字に結んで首を横にふった。
「どうする、大木亜佐美。柿本がやらないなら、お前やれよ」
「何であたしがぁ。じょうだんじゃない」
 亜佐美はげんこつで机をたたいた。
「推薦したんだから、責任持てよ」
 中本君がいうと、

「そうだ、そうだ。柿本がやらないんだったら、大木がやればいい」と声が上がった。
「それでは、主役は大木さんがいいと思う人」
 いっせいに手が挙がった。
「多数決で主役は大木さんに決まりました」
「多数決で決めるなんて、反対」
 亜佐美が中本君をにらんだ。

「やりたくないんなら、柿本を説得しろよ」
 中本君がいうと、また「そうだ、そうだ」の声が上がる。
「みんなもそう言ってるから、決定します」

大勢の人の意見が正しいとは限らないのに何でも多数決で決めるやり方に亜佐美は腹を立てた。
こうなったら何としてもさやかに主役をやってもらうしかない。

 次の日、亜佐美はさやか顔をみて驚いた。唇がへの字になっている。笑ってないときでも、いつも微笑んでいたのに……。
「さやか、劇に出たら学校中の人気者だろ」
亜佐美は一生懸命さやかをおだてた。
「さやかほどいい笑い方をするヤツはいないよ。いつもつられて笑っちゃうし」


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


似顔絵描きの一生(7)最終回

2013-11-13 16:10:48 | 童話
 子どものころのことや宮殿で王に気に入られていたときのこと、宮殿から追い出されたことなどが次々と思い出されました。最後にあの人に会ったときのことを思い出しました。  

 悲しげな眼で何かを訴えているようでした。
「わたしが間違っていました。王宮でぜいたくに暮らしているうちに、貧しい人を無視するようになってしまったのです」
 ジョエルは手を組んで祈りの姿勢をとりました。そのとき、自分の手が思うように動かせることに気づきました。体中の痛みもうそのように消えています。

 ジョエルはとび起きると、描きかけの絵の前にすわりました。ふと窓に目をやると、あの人の顔がみえました。はっとして窓辺までいくと誰もいません。もういちど絵の前に座って窓に目をやると、あの人の顔がありました。瞳の色がはっきりとみえます。
「この色だ!」
 
 ジョエルは白と黒と茶、青と藍色の絵具をまぜ、紙切れにためし描きをしました。
「少し違う。何かが足りない」
 水を足したり絵具を足したり減らしたりしながら何度も何度も色を作りました。
「もう少し、もう少しなのに……色が作れない」
 ジョエルは絶望して頭をかきむしりました。

「ジョエル、あきらめるな」
 耳元であの人の声がしました。あの人がジョエルに寄り添うように立っていました。
(熱病で死にかけていたとき水をくれたのも、飢えていたときパンをくれたのもあなただった。あなたはいつも一緒にいてくれたのですね)
「ありがとうございます」
 ジョエルの目から涙がこぼれ落ちました。それがパレットの上にポトリと落ちました。筆でまぜると、あの人の目の色そっくりになりました。ジョエルは震える手で瞳をぬりました。

「涙色の瞳」
 ジョエルは満足そうにつぶやくと、あの人の腕に抱かれて目を閉じました。
 

 翌日ジョエルの家を訪れた人は、安らかなほほえみを浮かべて死んでいるジョエルと、完成した肖像画をみつけました。肖像画は後に美術館におさめられ、多くの人の心を慰め続けました。

                          おわり


長い作品を最後まで読んでくださってありがとうございます。2009年のブログにイエス様の瞳の色について次のように書いています。

【10年ぐらい前、聖書を舞台に童話を書いているとき、「イエス様の目は何色ですか?」とS牧師に尋ねたことがありました。民族学的に考えて何色ですか?という意味で聞いたのですが、S牧師は少し考えてから、 「イエス様の目は涙色」と答えてくださいました。
いっさいの苦しみ、痛みを引き受けてくださったイエス様の目は、きっと涙色なのでしょうね。】


そのときから、涙色の瞳の童話を書きたいと思っていました。
ようやく書けました。もの書きは、絵を描く人と音楽を奏でる人、演劇とも共通するところがありますね。

いちずに求めていく晩年のジョエルのようになりたい。生きているうちに神様の御心とひとつになった作品を書きたいと願っています。



日本クリスチャンペンクラブのHP更新しました。ここをクリックしてご覧ください。



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。

似顔絵描きの一生(6)

2013-11-11 12:47:55 | 童話
(6)

 娘の家をあとにすると、いつしか足が自分の生まれた村に向かっていました。
(父さんは元気かな。相変わらずお酒を飲んでいるんだろうな)
 窓から家の中をのぞくと部屋はきちんと片づけられており、人の気配がありません。隣の家から男の人が出て来ました。濃いひげが生えていたのですぐにはわかりませんでしたが、太い眉と大きな目をみてニコラだと気づきました。

「ニコラじゃないか。戦地からもどってきたんだね」
 ニコラは不思議そうな顔をしてジョエルを眺めました。
「ぼくだよ。ジョエルだよ」
「えっ、ジョエル! 大きくなったなあ」

 ニコラは自分より背の高くなったジョエルをみて驚き、肩を抱きしめました。二人はしばらく再会の喜びに浸っていましたが、ニコラがふと口をつぐみ、悲しそうな目でジョエルをみつめました。

「お前、あれから家を出て一度も帰らなかったんだって? 三年前お父さんは病気になって死んでしまったよ。ベッドの中でお前の名前をずっと呼んでいたんだぞ」
「お酒ばかり飲んで、ぼくのことを殴っていた父さんが、ぼくの名前を?」
ジョエルは不思議でなりません。
「父さんは、弱くて寂しがり屋だったんだよ。だからお酒がやめられなかった。ジョエルのことが憎くて殴っていたわけじゃなかったと思うよ」

 ニコラの言葉を聞いて、父さんに悪いことをしてしまったと思いました。三年前といえば、宮廷画家として王宮にいたころです。父さんのことなどすっかり忘れて王様に喜ばれる絵を描くことに夢中になっていました。(王様を描くことより大事なことがあったのに……)そう思ったとき、またあの人の姿が頭に浮かびました。

(7)

数年後、ジョエルはあの人に出会ったとき一緒にいた娘と結婚し、ふたりの男の子が生まれました。でも、あの人に会うことはありません。
ジョエルはあの人の姿を求めながら、似顔絵描きを続けていました。貧しい人からはお金をとりませんでした。
 
 六十年の月日がたち、ジョエルの腰はすっかり曲がってしまいました。奥さんは天国へいき、息子たちはふたりとも外国で暮らしていました。
 ジョエルはリュウマチという病気になって、絵筆を持つのも大変になりました。それでも絵筆を指にしばりつけて描いていました。あの人の似顔絵はずっとイーゼルの上に乗せたままです。あと、瞳の色をぬるだけで完成するのに……。

  ジョエルは自分のいのちが長くないことを知っていました。最後に絵を仕上げてから死にたいと願いました。
朝から雨が音をたてて降っていました。リュウマチの痛みがひどくて、ジョエルは横になっていました。何日も食べていませんでした。


つづく




にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


似顔絵描きの一生(5)

2013-11-09 17:28:55 | 童話
「悪いけどそんな暇はないね。似顔絵を描く画家はいくらでもいるだろう。別の画家に描いてもらいなさい。それでは失礼」
 
ジョエルは女の人に背を向けると馬車に乗りこみました。馬車の中から振り返ると、女の後ろにやせた男の人が立っていました。その人は悲しそうな目でじっとジョエルをみつめていました。ジョエルの胸はずきりと痛みました。

(仕方なかったんだ。王様に待ってもらうことなんてできない。そんなこと言ったら機嫌を損ねて宮廷から追い出されてしまうかもしれない)
 ジョエルは心の中で必死に言い訳をしていました。
 

(5)
それから三年の間は夢のような日々でした。ジョエルは王や王妃の絵だけでなく、頼まれて宮廷に出入りする貴族の絵を何枚も描きました。

 ところがある日、女王が新しい画家を連れてきて王に紹介しました。王が新しい画家に命じると、画家はすらすらと絵筆を動かしました。その絵はちっとも似ていませんでした。王は十歳も若いように描かれ、女王は実際より鼻が高く、目がぱっちりと描かれていました。
 王と女王は新しい画家をたいそう気に入って、その画家にばかり絵を描かせるようになりました。ジョエルにはちっとも声がかかりません。とうとうジョエルは宮殿を追い出されてしまいました。

 ジョエルは、しかたなく前住んでいた場所に帰っていきました。小屋に入ると、壁に自分が描いた一枚の絵が貼ってありました。
(あっ、この人は……)
ジョエルは男の似顔絵をみてはっと胸を突かれました。宮殿の門前で女の人を追い払ったとき、女の人の後ろにいたその人の悲しそうな顔を思い出しました。

 ジョエルは宮殿でもらった絵具で男の顔を描きはじめました。瞳を描こうとしたとき、絵筆が止まりました。
(何色の目だったかな?)
 前に描いた絵は黒一色で描いているので、瞳の色はわかりません。
 その人のやせたほお、とがった鼻、うすいくちびるははっきり思い出せるのに、目の色だけはベールに包まれているようにぼんやりとした記憶しかありません。
(あの人と、もっと前にも会っているぞ)

 ジョエルは子どものころ、死にかけている母親の似顔絵を描いてほしいと家にやってきた女の子を思い出しました。そのとき女の子と一緒にいた男があの人だったのです。
(あの子に聞いてみよう。あの子はまだあの家に住んでいるだろうか……)

 記憶をたどりながら、女の子の家を捜し歩き、ようやく見つけることができました。女の子はすらりと背の高い娘になっており、年とった母親と暮らしていました。

「あのおじさんは、あれからもう一度きてくれて、母さんの病気を治してくれたのよ。でも、その後は一度も会ってないの……。瞳の色? うーん。覚えてないわ。もし、おじさんに会えたらわたしにも知らせて。お礼が言いたいから」
 娘は目をキラキラさせていいました。

                               つづく



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。

似顔絵描きの一生(4)

2013-11-07 13:20:44 | 童話

(4)
 六年の月日がたち、ジョエルは二十歳の青年になりました。顔料を手に入れて、色つきの絵を描くようになっていました。あるとき、道端で絵を描いていると大風がふいてきて絵がとばされてしまいました。

 その数日後、貴族の馬車がジョエルの小屋の前に停まりました。立派な身なりをした男が降りてきて、ジョエルに深々と頭を下げました。
「宮殿までお越し願いたい」
「……?」

 あまりにも突然のことに、ジョエルは声も出ません。
「あなたの描いた絵が、王様の目に留まりました。」
 絵が王に仕える貴族の馬車にとんでいき、それをみた貴族が王にみせると、王はたいそう気に入って、「この絵を描いた人を捜して王宮に連れてこい」と命令していたのでした。
「王様があなたに肖像画を描いてほしいといっておられます。どうか宮殿においでください」
「き、宮殿に……」 
 ジョエルは夢をみているのではないかと思いました。
 
 
 ジョエルは王様に気に入られ、宮廷画家として住みこみで絵を描かせてもらうことになりました。
 ジョエルに与えられた部屋には、まわりにダイヤがちりばめられた豪華なベッドがありました。床は大理石です。天井からは何十本ものろうそくが灯るシャンデリアが吊るされていて、夜でも絵を描くことができます。

 夢にまで見た高価な絵具、絵筆や紙、イーゼルもそろっていました。一日三回食べきれないほどのごちそうが運ばれてきて、夜は羽根布団にくるまって寝る生活にジョエルは雲の上にいるような気持でした。

 今日は王がキツネ狩りに行くのでついてくるようにいわれました。狩りをする王の姿を描くように命じられたのです。
 ジョエルは約束の時間より早くしたくをすませ、門の近くで待っていました。

 貧しい身なりをした女の人が門に近づいてきました。
「似顔絵の天才と呼ばれている画家に会わせてください」
 婦人は門番にすがるようにしていいました。
「おまえのようなみすぼらしい者がくるところではない。帰れ!」
 門番は女の人を追い払おうとしています。

「お願いします。天才画家にお願いがあるんです」
 女の人はますます大きな声を上げて叫びましだ。そのとき、宮廷にいる画家はジョエルひとりでした。
「天才画家ってぼくのことかな」

 天才画家だなんていわれたことに気をよくしてジョエルは女の人に話しかけました。
「ああ。あなたでしたか。お願いです。わたしの娘が死にかけているのです。どうか娘の絵を描いて下さい」
 婦人はひざまずき、地面に頭をすりつけるようにひれふしました。
「うーん……」
 ジョエルが考えこんでいると、ラッパの音が鳴り響きました。王を乗せた馬車がやってきたのです。 
               
                      つづく




にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


似顔絵描きの一生(3)

2013-11-05 20:32:24 | 童話

(3)
 ジョエルは画材と着替えをかばんにつめこむと、家をとび出しました。冷たい秋風がジョエルを追いかけてきました。ジョエルは町へ向かって息の続くかぎり走りました。

 ジョエルは村はずれの家畜小屋で一晩過ごし、翌朝町へいきました。町にはいろいろな人が歩いていました。シルクハットをかぶりステッキを持って歩く紳士。羽飾りをつけた大きな帽子をかぶっている婦人。でっぷり太った商人風の男性。はだしでぼろぼろの身なりをした子どもたちもいました。

 ジョエルは道端の石に腰を下ろして、ひとりの婦人を描きはじめました。婦人が気づいて近づいてきました。
「まあ、わたしのことを描いているの?」
「勝手に描いてすみません」
 ジョエルは叱られるのかと思い、深く頭を下げました。
「買わせてもらうわ」

 目の前に銀貨を出されて、ジョエルは驚きました。これなら立派にひとりで生きていけると思いました。
 ジョエルは似顔絵描きとして生きることを決意しました。スタートはよかったのですが、その後はいいことばかりではありません。どんなに心をこめて描いても、「似てない!」と文句を言われ、お金をもらえなかったり、逆に簡単に描いただけで喜ばれたり。銀貨をくれる人はそれから現れず、収入はわずかです。その日の食べ物を買うのがやっとの生活でした。夜は道端に寝て、雨の日は教会に泊めてもらって暮らしていました。

 家を出て二年目の冬、寒気がして震えが止まらなくなりました。道端で一枚きりの毛布にくるまってうずくまっていると、今度は火のように身体が熱くなりました。はやり病の熱病にかかったのだと気づきました。でも、ジョエルのことを気にかけたり、世話をしてくれる人はひとりもいません。
 
 のどがかわいてたまらなくなりました。でも、体が弱っているので水を汲みに行く力がありません。そのとき、目の前に小さなコップが差し出されました。差し出したその人は、やせた男の人でした。どこかで会ったことがある気がしましたが思い出せません。
 ジョエルはコップを受け取ると一気に飲み干しました。冷たい水がのどを通っていくとき、熱が下がり、病気が治ったことに気づきました。
 
 
 家を出て四年目、小さな小屋に住むようになっていましたが、雨ばかり降って仕事がない日が続きました。何日も食べるものがありません。体を動かす気力もなく、床に横たわっていました。

「このまま、飢えて死ぬんだな」
 ジョエルがひとりごとをいったとき、戸口が開いて、あの人が入ってきました。その人はひときれのパンをジョエルの手ににぎらせると、にっこりほほえんで何もいわずに出ていきました。
 パンを食べたとき、体に力がよみがえってくるのを感じました。雨音はぴたりとおさまっていました。
 
 ジョエルは助けてくれた人のことを忘れないため、その人の似顔絵を描きました。木炭しかないので、黒一色で描き、壁にはりつけておきました。

                             つづく



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


似顔絵描きの一生(2)

2013-11-03 16:43:37 | 童話
(2)
ニコラが戦地に行った次の日、ジョエルの家に村の人たちがぞろぞろやってきました。ニコラのお母さんがジョエルの描いた絵を近所の人にみせたので、それが評判になっていたのです。

「ジョエル、わたしのことを描いてちょうだい」
「わたしの子どもを描いてほしいの」
「おばあさんの絵を描いて」
 次々注文がきて、ジョエルがとまどっていると、めずらしくお酒を飲んでいない父さんが、にこにこして番号の書かれた布きれを配りはじめました。

「お金を払える人が先だよ。並んで、並んで」
「前金だなんて、がめついわね」
「当たり前だ。金を持ってないやつは、帰った、帰った」
お金を持ってこなかった人たちは、プリプリしながら家にもどっていきました。

「父さん、ぼくの絵は、お金をもらえるようなものじゃないよ」
ジョエルが父さんのシャツを引っ張りました。
「うるさい。お前は黙って絵を描けばいいんだ!」
 ジョエルは仕方なくいちばんたくさんお金を出してくれた人から描きはじめた。
 父さんはもらったお金で酒を買ってきて飲みました。ジョエルがいくら止めてもききません。
「ぼくは父さんの酒代をかせぐために描いているんじゃないんだ!」
 ジョエルは裏通りに出ると、樽を蹴りながら叫びました。
 
父さんが出かけているとき、トントン戸をたたく音がしました。戸を開けると見知らぬ男の人が立っていました。
その人は、やせていてほおがげっそりとしていましたが、目は深い泉のようで、すいこまれそうな瞳をしていました。服は穴だらけで裾はぼろぼろでした。その服は何日も洗っていないように汚れやシミがついていました。
「何か用ですか?」
ジョエルがたずねると、男の後ろから小さな女の子が顔を出しました。

「うちにきて。母さんの絵を描いてほしいの……お金は持ってないんだけど」
女の子はすがるような目でジョエルをみつめました。
「母さんは、あと一週間の命だっていわれたの」
女の子の目から涙がほろりとこぼれ落ちました。

ジョエルは自分の母さんが死んだときのことを思い出して、胸がズキリと痛みました。
「いいよ。きみの家にいこう」

女の子の家は隣村でした。ベッドにはやせて顔色の悪い女の人が寝ていました。ジョエルは、女の人が元気だったときの顔を想像して描きました。

描き終えたとき、家の中には病気のお母さんと女の子しかいませんでした。
「父さんはどこへいったんだ?」
 女の子にたずねると、
「あの人はお父さんじゃない。知らないおじさん」
と答えました。

「わたしが、『お母さんそっくりの絵を描ける人がいたらいいのに……』っていったら、あのおじさんがきて『その人のところへ連れていってあげよう』っていってくれたの。あたしは、だれにも聞こえないような小さな声でいったのに不思議ね」
 女の子は出来上がった絵を満足そうにながめました。

「あのおじさんはね、真っ白な服を着て青いマントをはおっていたの。でも、ジョエルの家にいく途中で道路で寝ていた人と服を取りかえたの。だから、あんなボロボロな服を着ていたの。それから、その人にマントもあげちゃったのよ」
 女の子は大きな目をくりくり動かしました。

家に帰ると、いきなり父さんにほおをなぐられました。
「お前、お金も出せないようなところへいって似顔絵描きやったんだって!」
 女の子のお母さんの絵をただで描いたことが早くも父さんの耳に入っていました。
「悪いかい?」
「悪いに決まってるだろ!」
「どうして悪いんだよ」
「金も払えないやつのために絵を描くなんて……」
「金、金、金……何でも金だ。金が入れば全部酒代になってしまうのに」
 
ジョエルがいいおわらないうちに反対のほおをなぐられました。
「もう、がまんできない!」

つづく


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


似顔絵描きの一生(1)

2013-11-02 13:21:29 | 童話
童話を書くときは、読者の対象年齢を考えて書きます。小学校低学年向け、高学年向け、中学生向けなど……。

でも、この作品は対象年齢を考えずに書きました。あえて言うなら高学年から大人向けです。

童話や小説を20年以上書き続けていましたが、何度か転機が訪れました。この作品は、今回大きな節目を越えて書いたものです。

このような作品を募集しているところがないため投稿できませんので、ブログで公開させていただくことにしました。連載は8回くらいになりそうです。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

          
 似顔絵描きの一生       土筆文香

(1)
 むかしフランスの田舎にジョエルという名の十歳の少年がいました。ジョエルは絵を描くのが好きで、今日も木炭で板切れに一心に絵を描いていました。

「お前、また遊んでるのか!」
 父さんがふらついた足取りで近づいてきました。またお酒を飲んでいるようです。
「遊んでるわけじゃない。父さんこそ昼間から飲んで……」
「なんだとぉ、口答えする気か」
 父さんがこぶしを振り上げたので、裏口から素早く外へ逃げました。

 ジョエルは裏通りの樽の上にすわりました。樽の上で昼寝をしていた野良猫が、うらめしそうな顔をしてジョエルをにらむと、塀にとび移りました。
 ジョエルは絵の続きを描きました。輪郭だけ描いたのですが、母さんの顔がうまく書けません。頭の中でははっきりと母さんの顔がみえるのに、いざ描こうとすると真っ白になってしまいます。

(どうして思い出せないのかな……。母さんが天国へいったのは、先月のことだったのに……)
髪は目に浮かびます。自分と同じ栗色です。腰まで長くてひとつにしばっていたのですが、半年ほど前に突然ばっさりと切ってしまいました。
母さんは、小麦粉とバターを買ってきて、たくさんパンを焼いてくれました。久しぶりに食べる白いパンに感激してジョエルは五つも食べました。あのとき、母さんはパンを食べたのでしょうか。自分が食べるのに夢中で気づきませんでしたが、ひとつも食べなかったような気がします。

 夜、スカーフを取った母さんの頭をみたとき、心臓が止まるほど驚きました。髪を売ったお金でパンの材料を買ってきたのでした。
 父さんが働きさえすれば、こんな貧しい暮らしをすることがないのに……。母さんは働き過ぎて病気になったのです。母さんが死んだのは父さんのせいだと思うと、怒りがこみ上げてきました。

 ジョエルは母さんの後ろ姿を描くことにしました。腰まである栗色の毛を描いていると、隣の家のニコラがやってきました。年はジョエルより十歳年上で、兄さんのようにやさしい青年です。
「やあ、細かいところまでよく描けてるじゃないか」
 ニコラは絵をのぞきこんでほほえみました。
「でも、顔が描けないんだ……」
 
 ジョエルが悲しそうな目でニコラをみつめました。
「後ろ姿の方がいいぞ。顔は想像できるからな。母さんは、笑っているときも泣いてるときもあっただろ。いま、どんな顔してるんだろうって想像するのは楽しいじゃないか」
 ニコラの言葉を聞いてジョエルの暗い心にぽっと灯がともりました。

「ジョエル、お願いがあるんだ……」
 ニコラが少し改まった顔でいいました。
「何?」
「おれの……似顔絵描いてくれないか」
 ニコラは顔を赤らめてポリポリ頭をかきました。
「えっ、ニコラの?」
「おれ、来月戦地へいくんだ。だから、おれの似顔絵を母さんに渡したいんだ。絵があれば、少しは寂しさもまぎれると思って」
「うん。わかった」
 ジョエルはニコラの少しとんがった口、口のまわりに生えているポシャポシャしたひげ、太い眉毛、大きな目、そして高くてカッコイイ鼻を一生懸命観察して描きました。

 次の日、できあがった絵をニコラに渡すと、
「ありがとう、ジョエル。お前、天才だな」
ニコラは喜び、一週間後に戦地へ向けていってしまいました。
  
                          つづく


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


                                  

変えることのできないものは……

2012-07-26 16:12:05 | 童話
猛暑がもどってきました。明日からのCS夏期キャンプ、熱中症が心配です。

昨日は、児童文学者協会茨城支部の例会でした。1年ぐらいかけて書いている長編を合評していただきました。この作品は最初20枚でした。書き直して50枚になり、現在101枚。3回目の提出です。
読んでもらうだけでも大変だと思うのですが、みなさんていねいに読んできてくださり、意見を言って下さったので感謝しました。

「主人公が努力して勝ちとっていく成長物語でなくてはならないのに、受け入れて従って行く。導かれていくというのは、主体性がない。」
と言われました。
そのことは、わたしの作品に対してよく言われることです。

確かにそうでしょう。でも、本当の主人公は少年ではなくて、その父親なのです。
「テーマは父の無償の愛なんです」と言うと、「それがよくわかるように書いてほしい」と言われました。うーん。書いたつもりなのですが……。伝わっていないのですね。
そのほか、後半を書き急いだことも指摘され、またまた書き直しです。完成までの道は遠いです。

クリスチャンは、神様のみ心を第一に求めて、それに従っていきたいと願っています。自分の思いではなく、神様の思いを優先させたいのです。
そのような生き方は『主体性のない生き方』と捉えられることがあります。

世間では、一生懸命努力して自分の力で勝ち取って行く生き方がよしとされる傾向があります。童話を書いている仲間で『がんばって努力すれば報われる』ことをテーマとして書いている人は多いです。

けれども、自分の力ではどうしようもないことにぶつかったときはどうするのでしょう。現実には、努力しても報われないこともたくさんあり、自分の意志に反する状況に置かれ、その状況を変えることが不可能だとしたら、どうしたらいいのでしょう。

今回のわたしの作品は、戦国時代の小説です。少年が父親に反抗して家を飛び出します。どんなに働いても貧しさから抜け出すことのできない暮らしに別れを告げ、成功して城主になろうという夢を抱いて出発するのですが、人買いに売り渡されて見世物小屋で働くことになり、自分の無力さを思い知らされます。
どうしてもその状況から抜け出せないとわかったとき、受容していきます。のちに父親と再会し、父親が身代わりとなって助け出してくれます。

自分の力でどうしようもないところに置かれたときは受け入れられるように。努力によって変えることができることに対しては努力を惜しまないという生き方をしたいと思っているので、それが作品にも現れます。

ラインホルト・ニーバーの書いた詩を紹介します。(2006年にもこのブログで紹介しています)



                 祈り

変えることのできないものに対しては、

それを受け入れるだけの冷静さを、

変えることのできるものに対しては、

それを変えるだけの勇気を、

そして、変えることのできないものと、

変えることのできるものとを見分ける知恵をわたしに与えて下さい



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。




でんでんむしのかなしみ

2012-03-17 17:17:31 | 童話
来年は新美南吉(1913年~1943年)の生誕百周年です。
南吉と聞いてピンとこない人でも「ごんぎつね」の作者といえばおわかりになると思います。
北の賢治(宮沢賢治)、南の南吉といわれたほどの童話作家です。

「ごんぎつね」は今でも小学校の国語の教科書に載っていると聞いて嬉しくなりました。いつから載るようになったのでしょうか……。わたしが小学生の時は載っていませんでしたが、6歳年下の妹の教科書に載っていました。

わたしが初めて南吉の童話に出会ったのは、高校生の時、妹の教科書からでした。「ごんぎつね」を読んで涙が止まらなくなりました。相手に気持ちが伝わらない悲しみに深く共感したのです。

また、南吉の書いた童話で「でんでんむしの悲しみ」という作品があります。美智子皇后が推薦されて有名になり、絵本にもなっています。

童話には自分の殻だけでなく、友達の殻にも悲しみが詰まっていることに気づくでんでんむしのことが書かれています。
紹介させていただきます


  
でんでんむしのかなしみ


  一ぴきの でんでんむしが ありました。
  あるひ、その でんでんむしは、たいへんな ことに きが つきました。

「わたしは いままで、うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」
 
 この かなしみは、どう したら よいでしょう。
 でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。
 
「わたしは もう、いきて いられません。」
と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。

「なんですか。」
と、おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまって いるのです。」
と、はじめの でんでんむしが、はなしました。

 すると、おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」

 それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。

 すると、その おともだちも いいました。
「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
 そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。

 こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どの ともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
 とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。

「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
 そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。



わたしは、この作品をお借りして、「でんでんむしのよろこび」という童話を書きました。
童話はわたしのHP「生かされて・・・土筆文香」に前半を掲載しました(久々の更新です)のでご覧ください。後半は後日アップします。

(南吉のことは2011年9月14日ブログにも書いていますので合わせてお読みいただけると嬉しいです。)



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。


拍手ボタンです

web拍手