生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

いっさいのものを造られたお方

2008-09-30 15:58:06 | 教会

先週の礼拝メッセージは、Ⅰコリント人への手紙10:23、24からクリスチャンの倫理は自由に基づく選択であり、その選択の動機はキリストへの愛ということでした。
今週のメッセージでは、いっさいのものを造られた大いなる神様について語られました。


Ⅰコリント10:25には


[市場に売っている肉は、良心の問題として調べ上げることはしないで、どれでも食べなさい。]
 と書かれています。

良心の問題というのは、宗教的問題という意味です。宗教上汚れている肉かどうか心配しないでということです。(値段、栄養、健康、などについては考えないといけませんね。とくに食の安全がおびやかされている現代では…・・・)

理由が26節に書かれています。


[地とそれに満ちているものは主のものだからです。]

神様は天地万物を造られたので、いっさいが主のものなのです。


 天は神の栄光を語り告げ、
 大空は御手のわざを告げ知らせる。
 昼は昼へ、話を伝え、
 夜は夜へ、知識を示す。
 話しもなく、ことばもなく、
 その声も聞かれない。(詩編19:1-3)
 

***************************************


この詩篇を読むと、神様が壮大なスケールでせまってきます。
天と地、地に満ちているものすべてを神様が造られたと思うと感激します。大自然や色々な種類の動植物を見ると、どれほど科学が進歩しても人間では決して造り出すことができないものだなあと思います。

たとえ人が新しい生命を造ることができても、何もないところから創造することはできません。一粒の種もひとかけらの細胞すら生み出すことはできないのです。でも、神様は何もないところから、ことばによって造られました。そして、神様の造られたものはみごとに調和しています。 
****************************************

メッセージでは肉が偶像に捧げたものであると言われた場合どうするかについて語られました。もちろん、自由なので食べてもかまわないのですが、パウロ先生は弱い心を持つ人を傷つけないように配慮して食べてはいけないと言っています。(Ⅰコリント10:28)
*****************


わたしが乳がんの手術を受け、退院して間もないころのことです。妹が再発を心配して乳がんによいという水をわざわざ富山県まで行ってくんできてくれました。18リットル入りのポリ容器を8個も持ってきてくれました。

涙が出るほどありがたく、さっそく朝夕に飲みました。しばらくして妹が、実はその水をくんだとき、祈祷してもらったのだと言いました。祈祷された霊水だから、きっと再発しないよと言われたとき『どうしよう』と思いました。

まさに偶像に捧げた肉ですね。でも、妹がわたしの体を心配して片道5時間もかけてくんできた水を「いらない」とは言えません。わたしは、「天地を造られた唯一の神様を信じているから、水に霊的な力があるとは思っていないの。でも、富山の谷川の水は成分もいいのでしょう。とてもおいしいから、きっと体にいいのだと思う。わざわざくみにいってくれ、重いのに運んでくれて有難う。次回からは祈祷はしてもらわなくていいからね」
と言って飲み続けました。妹は気を悪くすることもなく、その後5回もくみにいってくれました。

本当の自由とは

2008-09-28 17:29:07 | 教会

一生懸命努力して書いた小説でしたが、まだ×4と言われて落ち込んでいると思っておられるかたがいるかもしれません。でも、わたしはまったくと言っていいほど落ち込んでいません。もっとダメなのだと思っていたからです。

指摘されたことのほとんどが納得のいくことでしたし、言われなかった部分はちゃんと書けていたわけですから、以前に比べれば一歩前進というところでしょう。
祈って、神様に力をいただいてから書き直していきたいと思います。

今日の礼拝ではⅠコリント人への手紙10章からメッセージをいただきました。先週の日曜のメッセージから続いているので、先週のメッセージを先に紹介させていただきます。


クリスチャンは『~してはいけない』とか、『~しなければならない』ことが多くて、窮屈だと思っている人はいませんか?
Ⅰコリント人への手紙10章23節には「すべてのことは、してもよいのです。」と書かれています。

イエスキリストをおくってくださった唯一の神に信頼しているわたしたちは、何をしてもいいという自由が与えられています。

でも、本当の自由は自らを制約するものです。

23節の続きには「しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。」と書かれています。
何をしてもよいけれど、すべてのことが神様を喜ばせるものではありません。

クリスチャンの倫理は、律法を守るか守らないかではなく、自由に基づく選択です。クリスチャンは正しい選択をできる力があるのです。だからクリスチャン人生は豊かなのです。

選択の基準は何でしょうか?

24節には「だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。」と書かれています。
選択の基準は他者への愛です。

ピリピ人への手紙2:4には「自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。」と書かれています。

選択の基準は選択の動機でもあります。キリスト者のあらゆる行動の動機は愛と感謝です。イエス様がどうだったか…・・・イエス様の犠牲の愛を思えば、他の人を愛することができるのです。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

かつてわたしは、自由とはあるがままに生きること。感情の赴くままに行動することだと思っていました。自分を抑えたり、がまんしたりしないで感情に任せて言動したとき、他の人を傷つけ、自分をも傷つけることに気づきました。癇癪を起し、あばれても何の良いこともありません。
本当の自由とは、何をしてもよいけれど、何をするか選択していくことなのですね。

三浦綾子さんの小説「病めるときも」の中に「右か左か判断に迷うときは、自分に損になる方を選びなさい」というようなセリフがあったことを思い出します。自分が損をして、他の人が益となる方を選択することをすすめているのです。そのような選択ができるのはキリストの生き方がそうだったからですね。

教会学校で賛美した「これこそ愛」の歌詞「ぼくたちはイエスさまから愛をたくさん受けたのだから、友だちを助けてあげたい、これこそ愛」を思い起こしました。

まだまだまだまだ

2008-09-26 17:37:20 | 日記

児童文学の会(正式名は、日本児童文学者協会茨城支部です)の合宿に行ってきました。泊まったのが県立中央青年の家(土浦市内)なので、修学旅行に行った気分でした。当日は青年の家に80人の中学生も泊まることになっていたのですが、キャンセルになり、広い施設をわたしたち8人だけで使わせていただきました。時間的に余裕があったので、たっぷりある休憩時間にはお菓子を食べながら雑談をし、楽しい時を過ごしました。

最初に日本児童文学者協会理事の本木洋子さんが児童文学についてレクチャーしてくださいました。

2年前、北関東児童文学交流会のときの講師も本木さんでした。(2006年6月19.20のブログに書いています)とても深い内容で、たくさんのことを教えていただきました。全部は紹介できませんが、印象に残ったことを書かせていただきます。


*「ことばの業」について

朝日新聞のコラムCM天気図で天野祐吉さんが『ことばが貧しい政治家について』書いていますが、文学者にもあてはまります。

ことばに魅力を出すには、何も難しいことばを使うことはありません。「美しい」「一生懸命」など概念的なことばを使わず、自分だけの体験を通して培ったことばを用いることによって、人を誘い込んでいきます。
また、オノマトペ(擬音語、擬声語)を効果的に使うことも大切です。

*視点の問題について
一人称の作品は、作品全体が統一性を持ち、作者の意図が出しやすいのですが、限界がつきまといます。また、主人公自身がカメラマンなので、主人公を通して見た世界だけを描いています。

三人称の作品は、カメラマンが別にいるので他者的視点で見ることができます。登場人物ひとりひとりにカメラを向けることができますが、カメラの向きはひとつのシーンで一人に固定することが大切です。そうでないとぶれてしまいます。カメラを向けてない人の心理は動作やセリフで表すようにします。

最近の児童文学は、一人称的三人称で書かれたものが増えてきました。一人称的三人称とは、一人称の視点を保ちながら三人称として書く方法です。

*一元描写と多元描写について

一元描写とは、ひとつのシーンでは常に一人の登場人物にスポットをあてて書くことで、多元描写とは、ひとつのシーンで何人もの人物にスポットをあてて書くことです。一元描写をマスターして視点がぶれないようにすることが大切です。


レクチャーの後、作品の講評をしていただきました。提出されていた作品は長編が4つでしたので、一作品に一時間半くらいかけてじっくりと学ばせていただけました。

わたしの作品について、仲間の一人は「前回の作品よりずっと良くなっている。出版へ近づいたね」と言ってくれました。それを聞いた本木さんが言った言葉は「まだまだまだまだ」でした。そしてたくさんの『やぶれめ』を指摘していただいて、「うん、うん」と納得し、自分の未熟さとことばの貧しさ、そして勉強不足を痛感したのでした。

まだ×4です。ひとつの「まだ」が5年としたら、20年ぐらいかかるのでしょうか。気が遠くなりそうです。でも、年老いても脳細胞は活性化し続けるそうですから、あきらめずに書き続けたいと思いました。


今日は病院で血液検査を受けましたが、その帰りに図書館でたくさん本を借りてきました。



*写真は青年の家から写したものです。高台にあるので、見晴らしがよかったです。
「青年の家」の食事はとてもおいしく、広いお風呂もあり、宿泊費は1泊(3食付き)何と2140円でした。研修目的なら、だれでも泊まれるようです。

書くことの原動力

2008-09-23 11:20:49 | エッセイ


今月初めに行われたクリスチャン・ペンクラブの研修会「オータムジョイフル」のことは先日書きましたが、その折に提出した課題文を紹介します。

クリスチャンでない方は「福音(ふくいん)」の意味がわからないのではないかと指摘を受けましたので、福音ということばをキリストと書き直しました。「キリストのして下さったこと」と書いた方が正確ですが…・・・

ちなみに福音とは、『良い知らせ』という意味です。聖書の良い知らせとは、神の御子イエス・キリストを救い主として信じる者は、罪赦され、神との関係が回復され、だれでも永遠のいのちをもつことができることです。

書くことの原動力

子供向けに童話や小説を書き始めて17年になります。作品ができると児童文学同人の合評会に持っていき、厳しい批評を受けています。
 
構成が悪い。登場人物の性格の違いがはっきりしない。情景描写が足りない……など言われ、何度も何度も書き直します。書き直したものを持って行っても、これでよしなどと言われることはまずありません。
 
ダメなところばかり指摘されて、書く気力さえ失ってしまうことがあります。それでも、気を取り直して書き続けます。どんなことを言われても書き続けられるのは、作品を通して子どもに福音を伝えたいという思いがあるからです。

「上から助けが与えられるというストーリーではダメです。テーマを考え直して下さい」あるとき児童文学の会でこのように言われました。言った方はクリスチャンではありません。さらに、その方は言われました。
「主人公が努力して自分の力で勝ち取っていくストーリーに書き換えれば、素晴らしい作品になるでしょう。作家としてデビューしたいなら、言うことをききなさい」

作品が認められること、作家としてデビューすることが書くことの目的だとしたら、わたしはその方に言われたとおりに書き直したでしょう。でも、わたしは書き直しませんでした。

その後、色々なところに投稿しても入選することがなく、書くことがみこころではないのかもしれないと思いはじめたとき、なぜ自分が子どもたちにキリストを伝えたいのかを改めて考えてみました。中学二年の時、生きる意味が見いだせずに毎日が虚しく、死を願う日々だったこと。そのようにつらい思いをしている現代の子どもたちにキリストを伝えたいと願ったからこそ書いてきたのです。  

原点に立ち返って必死に祈りながら書いた作品に小さな賞が与えられ、その後、別の作品で一冊の本を出版していただきました。

現在はファンタジーの長編に取り組んでいますが、ファンタジーはそれまで書いてきたリアリズムの作品より何十倍も難しいのです。わたしの知恵、文章力、想像力……持っているものすべてを総動員させても書き上げることは不可能です。わたしには無理なのだと半ばあきらめの心境になったとき、神様には不可能ということがないと気づきました。

「神様、どうしたらいいのですか?」と祈ると、『神の国とその義とをまず第一に求めなさい』のみ言葉が示されました。小説の書き方を学ぶより、まず神様のことを第一に求めるべきだといわれたように思いました。
具体的にどうすればいいのだろう……と考えていたちょうどそのとき、0聖書学院で聖書科通信の学びがあることを知りました。それで、とびつくように旧約聖書の学びを始めました。学びを通して神様がどれだけわたしのこと愛しておられるかがわかって、胸が熱くなりました。

この熱い思いを作品に託そうとペンをとりました。この思いの高まりが書くことの原動力となって、書き上げることができたのです。私の知恵でも力でもなく、主の力によって書き上げられたのだと確信し、感謝しています。



この夏はオリンピックもほとんど見ないで創作に打ち込みました。いよいよ明日、書き上た作品を持って児童文学の会の研修会に出かけます。(作品は参加者全員に8月中に送っています)どのような評価を受けるか……覚悟はできていますが、神様のみ手にゆだねて…・・・。







シモン・ペテロ(その2)

2008-09-22 12:50:59 | 聖書から

19日の家庭集会の学びの続きです。聖書箇所はルカ5:1-11です。
緑字は聖書、青字は牧師先生のことば、茶色字はわたしの感想です。


7そこで別の船にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。
8これを見たシモン・ペテロはイエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。」と言った。
(略)10イエスは、シモンにこう言われた。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」



漁師であるペテロの最大の関心事はどれだけ魚が捕れるかということのはずです。大漁はすなわち富を得ることです。
二そうの船が沈みそうになるほどの大漁だったわけですから、イエス様に「これからも漁を手伝ってください」と言うのが普通でしょう。ところが、ペテロはイエス様に「わたしのような者から離れてください。私は罪深い人間ですから」と言いました。

ユダヤ人にとって、罪深いというのは死に直結することです。
そのことに対して、イエス様は「こわがらなくてもよい」と言われました。
その言葉には、『わたしはあなたを死なせるために来たのではない。あなたにもういちど命を授けたのだよ』という意味が含まれます。


聖なるものにふれたとき、自分の罪深さに恐れをなすという気持ちはわかります。わたしは祈るとき、毎日「神様」と気安く語りかけていますが、自分は聖なるお方に話しかける資格がないのではないかと恐れを抱くことがあります。自分の中に醜い思いが巣食っているからです。

確かに神様と人との関係は罪によって断ち切られていました。でも、イエス様の十字架によってわたしたちは神様の子どもとしていただけ、親しい関係に回復しました。

シモン・ペテロを招いたとき、イエス様は十字架にかかる前でしたが『あなたにもういちど命を授けたのだよ』と完了形で伝えています。



11彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。


ペテロはイエス様の言葉に従ってから理解できたのです。イエス様に命を感じたのです。自分の本質を見透かされ、イエス様は自分の本質にある問題を解決して下さる方だと感じたのです。
だからこそ、取れた魚すら捨ててイエス様に従いました。ペテロの中で価値観の転換が起こったのです。



牧師先生による聖書の説明のあと、家庭集会出席者ひとりひとりイエス様に出会ったときのあかしを話しました。そのとき6人の方が話しましたが、それぞれ別の方法で神様から働きかけられ、キリストに導かれていったことを知って感動し、感謝でいっぱいになりました。


                   おわり

シモン・ペテロ(その1)

2008-09-20 21:41:49 | 聖書から

昨日は我が家での家庭集会でした。聖書はルカ5:1-11で
「深みに漕ぎ出したシモン・ペテロ」の学びをしました。緑字は聖書、青字は牧師先生のことば、茶色字はわたしの感想です。


1節
群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、イエスはゲネサレ湖の岸辺に立っておられたが、


群衆というのは数千人いたと考えられるそうです。群衆が押し迫るようにというのは、イエスさまのことばに強い関心を示していることを表しています。イエスさまのことばを「神のことば」と書いているのは、筆者のルカが、イエス様が神様だと告白していることを示します。ゲネサレ湖というのはガリラヤ湖のことです。


2節
岸辺に小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。
3節
イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。


イエス様はシモンの舟に乗って群衆に向かって話をされました。そのとき、ペテロはイエス様と一緒に舟に乗っていたので、いちばん近くでイエス様の話を聞いていました。
数千人の人に話してマイクもなしに聞こえたのは、まわりが静かだったからでしょう。人々も静まり返って熱心に聞いていました。


4節
話が終わるとシモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と言われた。


話が終わったとき、これまでイエス様は1対数千人でしたが、シモンと1対1になって言われました。「深みに漕ぎ出して・・・・・・」


5節
するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」


シモンはプロの漁師でした。一晩中漁をして魚が一匹もとれなかったときは、網をおろしても無駄だということを経験から知っていました。
イエス様は、漁師ではありません。それなのにシモンが「でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」と言ったのは、イエス様の言われることを理解したからではありません。

シモンはイエス様とは初対面ではなく、その前にイエス様がシモンのしゅうとめの熱を癒されたのを見ています。(ルカ4:38-40)


イエス様に不思議な力があることを思って従ったのかもしれません。


6節
そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。


理解できなくても従うことが大切です。従ったら理解できることがあります。
神様のことを理解できないのは神様に問題があるのではなく、その人に問題があるからです。理解できなくても、従うことが信じるということです。



かつてのわたしは、へりくつを言って納得しなければ従わないと片意地張っていました。
長年漁師として働いていた経験から、網を下ろしても魚が捕れるわけないと思っていたのにもかかわらず、「でも、おことばどおり網をおろしてみましょう」と言ってイエス様に従ったペテロを見習いたいです。


                つづく


写真は先日ヒックンと行ったポティロンの森です。

「両手いっぱいの愛」のCD

2008-09-18 13:27:07 | 日記

6/2に書いた「神様の愛はどれぐらい」という記事に教会学校で歌っている賛美「両手いっぱいの愛」の歌詞を紹介させていただいきました。

9月初めに「両手いっぱいの愛」のCDがサーバンツミュージックミニストリーから発売されたというコメントをくださったかたがおられ、リンクを貼ってくださいました。そのサイトから先日申し込むと、さっそくCDが送られてきました。

想像以上にすばらしい曲ばかりで、何回も繰り返し聴いています。11曲入っていて、すべて「両手いっぱいの愛」の高橋泉さんが作詞作曲されています。幼子のような素直な信仰により、一曲、一曲ていねいに祈りながら作られたのだなあと感じました。曲を聴いて神様の愛にふれ、おもわず涙が出てきました。今もCDを聞きながら書いています。

CDの中の1曲の歌詞を紹介します。


光の中で

1 愛するに時があり 与えるに時がある
 優しい光の中で はじめて素直になった
涙するに時があり 微笑むに時がある
神様のなさることは 時にかなって美しい

ありがとう神さま くすしい導きを
ありがとう神さま 愛する心を

2 信じるに時があり 受けるに時がある
流れる光の中を これから二人で歩く

ありがとう神さま あたたかな安らぎを
ありがとう神さま 愛する喜びを
 ありがとう神さま くすしい導きを
ありがとう神さま 愛する心を


「~するのに時がある」というのは、旧約聖書伝道者の書3章からの引用でしょう。
3章11節には「神のなさることはすべて時にかなって美しい」と書かれています。
まっすぐな信仰がないと心からこの言葉を言うことができません。

色々な出来事が起こります。どんなときにでもそう言えるようにわたしもなりたいです。


高橋泉さんは、今年のはじめ、心臓の病で一時的に心肺停止状態となり、病院へ運ばれましたが奇跡的に助かったそうです。5月に心臓の手術を受け、現在も病と闘っておられます。泉さんの健康が支えられ、これからもすばらしい賛美曲を作っていくことができますように。この賛美集がたくさんの方に用いられますようにお祈りします。

「両手いっぱいの愛」のCDはこのサイト http://www.servants87.com/index.htmlから購入できます。


*このブログでは基本的に宣伝や商品紹介はしませんが、今回は、ひとりでも多くの人に聴いてもらいたいと思って紹介させていただきました。

*昨日わたしのHP(ブックマークにあります)に童話「つばさをなくした天使」を掲載しました。

オータムジョイフル(その4)

2008-09-16 16:31:01 | 日本クリスチャン・ペンクラブ

盲腸炎で入院していた息子は、13日に退院し、14日から一家で泊まりに来ました。ヒックンに大人5人が振り回されて、何をしたのか覚えていないほどです。賑やかな連休でした。


オータムジョイフル、1日目の夜はグループに分かれて、それぞれが書いてきた課題文を発表し、話し合いをしました。原稿用紙2-3枚のあかし文を書く目安を教えていただきました。


①1文の長さは適当か(目安50字以内)
②段落は適当か(目安100字~150字)
③主題と内容が合っているか
④起承転結がはっきりしているか
⑤文にねじれや意味不明の箇所がないか
⑥説教調になっていないか
⑦キリスト用語の多用はしていないか


自分の書いたものを評価してみると、①と⑦がひっかかりました。⑦は人に教えていただいて気づきました。自分では気づかずにキリスト用語を使っていたのです。(福音という言葉)

ノンクリスチャンにもわかるように説明する文章が入っていればいいのですが、それを書くと字数オーバーになってしまいます。なかなか難しいです。何回も推敲した文章でもひっかかるのですから、ほとんど推敲してないブログの文章は、あかし文になっていないのでは? と心配になってきました。これからはもう少し気をつけたいです。


「推敲は健康診断ならぬ健筆診断です。健康診断を受けるように健筆診断を受けることが大切です。人に批評されることにより、自分の気づかなかった文章のくせもわかってきます。人から指摘され、書き直すことにより成長します。それは批評される恵みです。」

と聞いて、その点において、わたしは大いに恵まれていると感謝しました。

最後に

「小さな群れよ。恐れることはありません。(ルカ12:32)」
「求めなさい。そうすれば与えられます。(マタイ7:7)」

の2つの聖書の言葉が読まれました。



ときたま書くことが怖くなるときがあります。でも、恐れを抱かず、書き続けようと思いました。

神様のみ心にかなった文章が書けるように求め続ければ、かならず書けるようになるのだと励まされて帰途につきました。

      
おわり

オータムジョイフル(その3)

2008-09-13 21:49:05 | 日本クリスチャン・ペンクラブ

クリスチャン・ペンクラブの研修会オータムジョイフルは、埼玉県寄居で行われました。私の住む茨城県土浦市からは、直線距離にすればそれほど遠くないかもしれません。でも、電車ですと上野まで出て高崎線に乗り換えなければなりません。上野から熊谷まで快速で約1時間、熊谷から秩父鉄道に乗り換えて30分ほどで寄居に着きます。家を出てから上野まで行くのに1時間半かかるので乗り換え時間を入れると4時間もかかり小旅行という感じです。寄居も熊谷も初めてだったので、どんな所なのかとわくわくしました。


埼玉で行うということで、埼玉県とゆかりのあるキリスト者について3人の方が発表してくださいました。その中で荻野吟子の生涯に心惹かれました。
荻野吟子は日本で第一号の女医ですが、わたしは数か月前まで彼女について何も知りませんでした。渡辺淳一の「花埋(うず)み」という小説を友人から貸してもらって読み、荻野吟子のことを初めて知ったのです。

1851年生まれの吟子は、16歳で結婚しますが夫に性病をうつされ、3年で離婚されてしまいます。順天堂病院に入院し、治療を受けますが、医師がすべて男性であったためひどい屈辱を受けたと感じ、女性の医師の必要性を感じます。
自らが医師になるという志をいだいて上京し、東京女子師範学校を卒業したのち私立医学校好寿院に入学します。そこでは、女性がひとりもいないのでいじめを受けますが、袴に高下駄をはいて通ったそうです。

1882年(明治15年)に卒業し、内務省医師開業試験を受けようとしますが、女性であるがゆえに拒絶されてしまいます。
その時代は、女性の立場が低かったことを思わされます。

性病になったのはご主人のせいなのに離縁されてしまうなんてあんまりです。
女性の名前でキクとかウタとかウメなど2文字が多いのは、夫が呼びつけて用事を言いつけやすいようにとの理由からだそうです。吟子も、“ぎん”だったのを自分で吟子としたようです。


女性が本を読んだら離縁される時代でした。ましてや勉強して医師になりたいなどと言ったら、気がふれたと思われてしまいます。医師になることを希望した吟子が実家で反対されたのは当然かもしれません。それでも吟子に味方をし、助ける者があって、明治18年医師試験を受けることができ女医第一号となりました。吟子34歳のとき、ついに開業できたのです。

今の時代では考えられませんね。以前教会の学び会で、「創世記には女性は男性の助け手として造られたと書かれています。だから、妻は夫に仕えるものです」とうようなことを誰かが発言したら、怒って帰ってしまった女性がいました。伴侶のことを「夫」とは呼ぶけれど、「主人」とは決して呼ばないという女性も多いです。

医師になった翌年に吟子は洗礼を受けています。キリスト教演説会を聞きに行ったことがきっかけで教会へいくようになったようですが、クリスチャンになって心がどのように変化したのかは、「花埋み」には書かれていません。

渡辺淳一氏はノンクリスチャンですから当然ですが、クリスチャン作家によって書かれた小説があればぜひ読みたいと思いました。

その後吟子は再婚し、北海道へ行ったり、苦労を重ねますがキリストと共にある平安と喜びに満ちた人生を送られたのだと信じます。

帰りに熊谷駅の売店によると荻野吟子にちなんだ「吟子せんべい」が売っていました。

吟子の愛唱聖句を紹介します。(文語訳聖書)

「人その友の為に己の命を損なう 此れより大なる愛はなし。(ヨハネ15:13)」

            
つづく

オータムジョイフル(その2)

2008-09-12 18:23:06 | 日本クリスチャン・ペンクラブ

クリスチャン・ペンクラブ研修会の最中に息子が盲腸炎で入院というメールが入りました。体が丈夫で、生まれてから今まで一度も入院したことがなく、この4.5年は熱も出したことがなかった息子が入院とは…・・・。

動揺しましたが、命にかかわる病気ではないこと、お嫁さんが必要なものは病院に持って行ってくれていることを聞いてほっとしました。息子がまだ結婚していなければ、親が面倒をみなければなりませんが、お嫁さんがいるのだからおまかせしましょう。幸い入院した病院はお嫁さんのご実家の近くです。ヒックンをご実家に預けて病院へ行ったと聞いて安心しました。

手術はしないで、散らすそうです。わたしは、昨日になって初めて見舞いに行きましたが、顔色もよく元気そうでした。まだ24時間点滴ですが、明後日ごろ退院できるらしいです。伝染病や深刻な病気でなかったことを主に感謝しました。この機会に息子が神様に心を向けてくれるといいのですが…・・・。


さて、今回のオータムジョイフルのテーマは「私とあかし文章」でした。あかしの文章を書くにはどのようなことに気をつけたらよいか教えていただきました。

わたしはお目にかかったことがありませんが、前理事長のM先生は常に「文は信なり」とおっしゃっていたそうです。

聖霊の力をいただいて整えられて書く。書くというより書かせていただく。テクニックより信仰。わたしが前面に出るのではなく、キリストが透けて見えるように書
くことが大切です。


「神様は書くことがお好き」
なのだと聞いて、確かにそうだなあと思いました。

旧約聖書にモーセの十戒のことが書かれていますが、十戒は神様が石の板に指で書いたものです。十戒というと、厳しいおきてのように感じられますが、実は神様の愛の言葉です。人間が幸せに生きていくために必要なことが書かれているのです。

新約聖書(ヨハネ8:6-11)には、イエス様の前に姦淫の女を連れてきて、イエス様を試そうとするパリサイ人たちのことが書かれています。そのときイエス様は黙って地面に何か書いておられました。何を書いていたのかわかりませんが、書くという姿勢が神様をあかししているのだと聞いてはっとしました。

それまでわたしはイエス様が何を書いておられたのか、そのことばかり気になっていたからです。
書いた内容より、じっと地面に何かを書く姿勢が言葉以上の説得力を持ち、まわりにいた人たちに罪を気づかせたのです。

「書き続けるという姿勢が人を救い導くために用いられるのです。」と聞いて、わたしも生涯書く姿勢をとり続けようと思いました。


写真は寄居駅から撮りました。
                
                     つづく



オータムジョイフル(その1)

2008-09-10 17:46:01 | 日本クリスチャン・ペンクラブ

8日、9日は日本クリスチャン・ペンクラブの研修会「オータムジョイフル」に参加しました。
宿泊した寄居かんぽホテルは高台にあり、見晴らしの良いところでした。まだ夏の暑さが残っているものの風は涼しく、間近に迫る山の中腹に家々が建ち並ぶのをみて、一瞬スイスにいるような錯覚に陥りました。

参加者は、3名の新しい方を含め総勢23名です。力強い賛美から始まりました。
研修の一部を紹介させていただきます。


開会礼拝では、理事長のI先生がメッセージして下さいました。


わたしたちは特別に偉い人の影響も受けますが、名もなき小さな身近な人からも影響を受けます。身近な人のあかしが、救われる大きなきっかけになることがあります。

多くの高齢者は生きる喜びを失っています。でも、わたしたちは天に召されるまで使命を持ち続けます。イザヤ書には次のように書かれています。


わたしに聞け、
ヤコブの家とイスラエルの家の
すべての残りのものよ。
胎内にいる時からになわれており、
生まれる前から運ばれた者よ。
あなたがたが年をとっても、
わたしは同じようにする。
あなたがたがしらがになっても、
わたしは背負う。
わたしはそうしてきたのだ。
なお、わたしは運ぼう。
わたしは背負って救い出そう。
(イザヤ46:3.4)

「夕暮れ時に光がある(ゼカリヤ14:7)」
とあるように、人生の夕暮れ時が祝されるのは、わたしの命を天国に運んで下さる神様がおられるからです。

『わたしに聞け』とは祈りを促すことばです。神のみ声を聞くことから神を知るようになります。
「人生を導く五つの目的」(リック・ウォレン 著)に書かれているように神を喜ぶことがわたしたちの生きる目的です。


遠い大昔のことを思い出せ。
わたしが神である。ほかにはいない。
(イザヤ46:9)


神のみ業(わざ)を思い出すことが大切です。年をとると忘れることも多くありますが、忘れるということは、次のことを覚えるために必要なことです。

神のみ業を思い出すことは、信仰の初心に返ることで、思い出すことは脳を働かせることです。

23歳で召された滝廉太郎は、召される前に「『荒城の月』が歌われるかぎり、わたしのことが思い出されるだろう」と言ったそうです。

イエス様はわたしのことを覚えていて下さいます。

書けるうちに遺言状や詫び状を書きましょう。命はいつ取られるわからないので、わたしに託されたペンの業を今日のうちに書き遺しておきましょう。


つづく




ヒックン台風

2008-09-07 15:50:14 | 日記

ヒックン台風に振り回されています。
今日は娘と交替で礼拝に行ってきました。

やっと昼寝しました。寝かしつけるのはおじいちゃんの役目です。
初めてわたしの名前(ユコチャン)を呼んでくれました。1回だけですが……。


「つばさをなくした天使」あと書き

2008-09-06 09:09:24 | 童話

今日は午後から子供家庭集会のきらりんクラブに出かけます。夕方からヒックンが来て泊まり、日曜は一日預かります。7日は教会学校の奉仕はできませんが、礼拝にだけは行けそうです。(「1時間半ぐらいならひとりでヒックンをみているから、教会へ行っておいで」と主人が言ってくれたのです!)
月曜、火曜はクリスチャン・ペンクラブの研修会で寄居(埼玉県)に一泊します。
 
これから掃除と夕飯の下ごしらえをしなければなりません。時間がないので、ワードで下書きに書いていたけれど更新していなかった記事を掲載します。
「つばさをなくした天使」は8月1日から27日にかけて10回の連載で掲載しました。原稿用紙40枚の童話です。
掲載してから日にちが経ってしまったので、やや間が抜けた気がしますが、今日はあと書きを掲載させていただきます。


「つばさをなくした天使」は、10年ほど前に書いた童話です。聖書(ヨハネの福音書5:1-15)に38年も病んでいてベテスダの池のほとりにいた人がイエスキリストに出会って病が癒されたんことが書かれていますが、わたしはこの箇所にずうっと心惹かれていました。

イエス様がその人に「よくなりたいか」と尋ねます。わかりきっていることなのにあえて尋ねるのです。その人は、素直に答えません。「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。(ヨハネ5:7)」
長い間病んでいたことで少し卑屈になっています。そこがわたし自身と似ていると思ったのです。

自分も小児喘息で長い間病んでいたのですが、中学生の時、父の知人の紹介で漢方薬屋さんに連れて行ってもらいました。そのとき店員さんに「この薬を煎じて飲み続ければ必ず治りますよ」と言われました。そのとき、ひねくれていたわたしは(そんなに簡単に治ってなるものか)と思ったのです。

治りたくてたまらないのにそう思ってしまったのはなぜでしょう……。わたしの心はかなり屈折していたようです。

ベテスダの池のほとりにいた病人は、信仰深い者ではないように思えますが、イエス様によって癒されます。癒されてからの人生は、主をほめたたえる人生に変えられたようです。
 
さて、物語の主人公エルは天使ですが、罪を犯してしまいます。実際は、天使(み使い)は罪を犯しませんし、いたずらもしないのですが、擬人化して書いています。書いているうちにエルの心とひとつになっていきました。

エルがゲッセマネのイエス様に出会うシーンは、「子どもの聖書絵物語」の絵を見て思いを巡らしました。
間近にイエス様の苦しむ姿を見たかのようにはっと胸をつかれました。ゴルゴダの丘に行ったときはイエス様の体からしたたる血を感じ、イエス様が十字架にかかってくださったのは、わたしのためだったのだと激しく泣きました。この童話を書くことによって、十字架の意味が強く迫ってきました。

聖書を舞台に作品を書くにはまだまだ勉強不足の者だと感じ、つばさ以来、聖書を舞台とした童話は(クリスマス童話以外)書いていませんが、いつかまた書きたいと願っています。


失意の中で

2008-09-04 17:14:52 | 日記

娘が一人暮らしのアパートを引き払って家に戻ってきてから4か月半たちました。6月に宿泊合宿で運転免許をとり、7月、8月は夏休みだからとゆっくりして、9月から働く予定にしていましたが、まだ仕事が決まりません。家事は何もせず、昼まで寝ていて……こちらにストレスがたまってきていました。
夕べはほんの些細なことで娘にひどいことを言い、娘は泣いて部屋にこもってしまいました。

娘との親子げんかは日常茶飯事ですが、今回はどう考えても一方的にわたしが悪く、いいわけのしようもありません。あやまらなくては……と思うのに、口を開いたらまたひどいことを言ってしまいそうな気がしたので、夕べは娘と一言も口をきかずに寝てしまいました。

一昨日ジェラール・シャンドリーの<人が死んでのちに残るのは、集めたものではなくて散らしたものである >という言葉を書きましたが、Tさんは良いものを散らし、わたしは悪いものを散らしているのではないか……と恐ろしくなりました。

わたしの口から出る言葉によって、娘だけでなく多くの人の心を傷つけているのではないか?どんなに気をつけていても、これから先も悪いものを散らし続けるのではないかと恐れ、悲しくて泣きました。

悪い言葉、傷つける言葉の元はわたしの心にあります。わたしの心には罪があるから、二度と悪い言葉を言わないようにしようとしてもダメなんだと落ち込んでしまいました。

今週月曜から毎朝早天祈祷会が行われていますが、夏の疲れが出て肩と首が痛むので出席していませんでした。今朝も行くつもりはなかったのですが、目が覚めると5時50分です。早天祈祷会は6時からなので急げば間に合います。失意のまま一日を過ごしたくないと思って、大急ぎで着替え、洗面をすませて自転車に飛び乗ました。
わたしの心にぴったりのK先生メッセージに神様の臨在を感じ、震えました。


クリスチャンになっても、恐れを感じることはあります。自分の失敗、無能さについて恐れ異様な不安を抱くことがあります。(まさに今のわたしの状態ではありませんか)

でも、わたしたちは、恐怖より力強い方を知っています。と言って詩篇91篇を読まれました。


いと高き方の隠れ場に住む者は、
全能者の陰に宿る。
私は主に申し上げよう。
「わが避け所、わがとりで、
私の信頼するわが神」と。
主は狩人のわなから、
恐ろしい疫病から、
あなたを救い出されるからである。
(略)
千人が、あなたのかたわらに、
万人が、あなたの右手に倒れても、
それはあなたには、近づかない。
あなたはただ、それを目にし、
悪物への報いを見るだけである。
それはあなたが私の避け所である主を、
いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。

『いと高き方の隠れ場に住む者』
とは誰でしょう? と問われ、わたしではないと思いました。娘の心をひどく傷つけてしまったわたしです。全能者の陰に宿りたいけれど、その資格はないと思いました。

そのとき、エペソ人への手紙が読まれました。

「私たちは……生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、-あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです-
キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。(エペソ2:3-6)」


いと高き方の隠れ場に住む者とは、なんとわたしのことだったのです。生まれながらに神の御怒りを受けるべき子だったわたしですが、キリストがわたしを包み込んでくださり、キリストが死ぬことによってわたしを天の所へ住まわせてくださったのです。

詩篇91編14節以下は彼を自分の名に置き換えて読むようにすすめられました。


彼がわたしを愛しているから、
わたしは彼を救いだそう。
彼がわたしの名を知っているから、
わたしは彼を高く上げよう。
彼が、わたしを呼び求めれば、
わたしは、彼に答えよう。
わたしは苦しみのときに彼とともにいて、
彼を救い彼に誉を与えよう。
わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、
わたしの救いを彼に見せよう。


涙をこらえるのに必死でした。わたしは罪ある者ですが、その罪をイエス様がぬぐって下さったのではありませんか。全能者の陰に宿ることができるのですから、どんなものも恐れる必要はないのだということを改めて教えられ、心軽くなって帰りました。

娘と顔を合わせたとき、わたしは素直にあやまりました。
ちょうどそのとき電話がかかってきて、娘のアルバイトの面接が明日に決まりました。明るい方へ向かっている気がします。

限りある命をおぼえて・続編(2)

2008-09-02 18:06:41 | 教会

今年の2月にくも膜下出血で突然召されたTさんの忘れられない思い出があります。
「Tさんの思い出」としてアンケートにわたしが書いたものを掲載します。


病気の方や高齢者の方のところに訪問する奉仕、訪問隊に参加したときのことです。一時入院したSさんを見舞おうとして病院へ向かいました。そのときTさんは、可愛いミニ鉢植えをいくつも持ってきておられました。

病院へ行くと、手違いで退院した後でしたので、Sさんのお宅を訪れたのですが留守でした。結局見舞うことができなかったのですが……Tさんは帰りがけに「ご苦労さま」と言って、鉢植えのひとつをわたしに下さったのです。

また、横田めぐみさんの写真展の会場奉仕をしたときは、奉仕者にお茶とお菓子を持ってきて労をねぎらってくださいました。

Tさんは、一緒に奉仕する者にまで心づかいをして下さる、そのような優しい方でした。わたしが乳がんになってからは、教会で顔を合わせるたびに「大丈夫ですか?」とたずねてくださいました。

Tさんから受けた優しさをほかの人に示すことができるように祈っています。

Tさんの死はあまりにも突然で、訃報の知らせを聞いたときはショックですぐには受け入れられませんでした。わたしでさえ衝撃を受けたのですから、ご家族の方の受けた衝撃はどれほど大きかったことでしょう……。
あんなにお元気だったのに、まだお若いのに、ご主人をはじめ多くの方に必要とされているのに何故?……という思いが湧きあがります。

けれども、考えてみると高齢で召される場合を除けば、人の死は、本人も周囲の人も納得できないことが多いのではないでしょうか。
たとえ末期癌で余命を宣告され、宣告どおりの時期に召されたとしても、なぜ自分が志半ばで死ななければならないのかと理不尽に思うでしょう。

でも、理不尽だと思うのは人間の側であって、神様の側から見ると、その人のちょうどよい時に天国へ迎え入れて下さるのですから、ちゃんと理にかなっているわけです。このことは、癌になって命のぎりぎりのところに立たされて気づかされたことです。

命を与え、命を取ることのできる神様はどんなときでも最善をなして下さると信じます。
Tさんのご遺族の方々に主にある慰めがありますように。

Tさんの、優しい心づかい、笑顔、愛のこもった言葉がわたしの心にしっかりと刻み込まれています。わたしだけでなく、多くの人の心にも刻まれているでしょう。
三浦綾子さんが著書の中でも引用していますが、

<人が死んでのちに残るのは、集めたものではなくて散らしたものである >
                      (ジェラール・シャンドリー)

この言葉は真実だなあとTさんの生き方をみて思いました。


おわり


拍手ボタンです

web拍手