生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

そのままの状態で

2007-04-30 13:31:58 | 教会

27日は、義母と母と3人でお台場にいってきました。わたしと主人が結婚して以来、義母と母は気が合うようで、よく一緒に出かけていました。子供が小さいときは、毎年春休みに子供どもたちと義母と母とわたしで小旅行に出かけていました。義母が体調をくずし、母が父の看病で忙しくなって、しばらくの間会っていませんでした。会いたいという2人の願いで、お台場見学をしようということになったのです。

わたしは案内役でしたが、何年も関東に住んでいながら、わたしもお台場は初めてで、ネットで調べて案内しました。その前の日に行った六本木も初めてだったのです。これで遠方から来られた友人を案内できます!(かなりの方向音痴で、迷わない自信はありませんが)写真はフジテレビ展望台から見た景色です。


昨日の礼拝では「神に召し出されたように」という題でのメッセージがありました。
おのおの自分が召されたときの状態にとどまっていなさい。(Ⅱコリンント7:20)

とパウロがコリントの教会宛に送った手紙に書かれています。神に召し出されるというのは、神さまの招きに答えること、つまりキリストを信じることです。
結婚してからキリストを信じた人は、そのまま結婚生活を続けなさい。割礼を受けている人もいない人もそのままでいなさい。重要なことは、神さまの命令を守ることです。とパウロは薦めています。



クリスチャンになったからといって、急激な変化を求められるわけではありません。『召されたままの状態でいなさい』というのは、そこに神さまの意図があるのだそうです。

確かに、洗礼を受けたとき、性格や生活が180°変わるわけではありません。もちろん、劇的な変化をする人も中にはいますが、変わらない人の方が多いのではないでしょうか。わたしも、洗礼を受けても相変わらずわがままで癇癪を起こしていました。すぐに変化するものだと思っていたのに変わらないことが悩みでした。
しかし、変化はゆっくり起こるのです。それは努力ではなく、神さまがキリストと似た者になるようにと私たちを少しずつ造りかえて下さるのです。

「身分、境遇、過去の体験などをネガティブに受け止めて嘆く人が多いですが、たとえ苦しい体験をしたとしてもそれを神さまの祝福として受け取ることができたら幸いです」と牧師先生が言われました。


先日トラクトにあかしの執筆を依頼されて、さきほど書き終えました。救いの証ですから、今まで書いた物です。それを推敲し、制限字数内におさまるように書き直しました。書いていて、自分の辛い過去の経験が祝福であったとしみじみと感じました。辛い経験がなければ、キリストに出会わなかったと思えたからです。


苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。私はそれであなたのおきてを学びました。(詩編119:7)


モネ展

2007-04-29 18:30:13 | 日記

26日は、娘と六本木の国立新美術館で行われているモネ展に行ってきました。
美術館に行く前に乃木坂で働いている妹と『東京ミッドタウン』で待ち合わせして、昼食を共にすることにしました。連休前なのですいていると思っていたのですが、日比谷線六本木駅を降りると、大勢の人。ほとんどの人が先月オープンしたばかりの『東京ミッドタウン』をめざしているようで、旗を掲げて列をなしている団体さんもいます。団体さんの後についていったら迷わず目的地に着きました。


高級チョコレートが売っている店があるというので、のぞいてみました。一口サイズの小さなチョコレートが2個で7300円。驚いてしまいました。甘い匂いだけかいで早々に店を出ましたが、次々に人が来て買い求めていました。
「食費何日分になるかしら……」と娘もため息をついています。きらびやかでハイセンスファッションの店舗が並び、大勢の人たちがショッピングをしていましたが、なぜか悲しい気持ちになりました。


このような場所で好きな物が好きなだけ買えるほどお金を持っていたとしても、本当の幸せではありませんね。このできたばかりの『東京ミッドタウン』も何十年もたてば古くなり、建て直さなければなりません。目に見える物は全て移ろっていくのです。

いま、健康と若さが与えられていても、人はみな老いて死を迎えるのです。何が幸せなのか、大切なものは何なのか、何のために生きるのか?がわからずに、滅びの道をまっしぐらに進んでいく人の群を見たような気がして悲しかったのです。


モネ展のことを書くつもりで話しは横道にそれてしまいました。『東京ミッドタウン』から徒歩5分、国立新美術館がありました。ここも大勢の人でしたが、館内ではゆっくり絵を見ることができました。
有名な日傘の女性、睡蓮、ルーアン大聖堂など、写真や模写ではなく実物を見ると、迫ってくる物を感じます。色使いが素晴らしく、常識に捕らわれていないところがすごいと思いました。たとえば、雪は白いという概念がありますが、モネの描く雪は白ではなくときにはブルー、ときにはピンク……。藤は花が紫ではなく白で、葉に紫を入れて描かれています。


いちばん心に残ったのは、「神秘の契約」という作品。縦3メートル、横2.5メートルもある大作で、火が燃えているような抽象画です。「契約」とはアブラハム契約のことかもしれないと勝手に思いました。
神さまがアブラハムを祝福し「わたしはあなたの子孫にこの地を与える」と一方的に契約を結んで下さったことが創世記に書かれています。燃えるような神さまの愛を表している気がしました。解説を聞いてないので実際はどうかわかりませんが……。どのような作品か文字ではとうてい表現できませんが、「神秘の契約」という作品が脳裏に焼き付いています。願わくばもういちど見たいと思いました。


写真は国立新美術館です。

奇跡の大漁(その4)

2007-04-26 07:23:16 | 聖書から
これから東京へ行きます。娘と六本木で待ち合わせしてモネ展を見に行くのです。六本木は初めてなので迷わず行けるか不安です。実家に2泊して28日夜に帰ってくる予定です。

昨日の続き(最終回)です。

ペテロの罪の告白の後に、イエスさまは彼に「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです」と新しい使命を言い渡しました。

人間をとるというのは、聖書の教えを伝えて、罪を自覚する人々を神さまのもとに導くという意味があります。


罪を自覚して自らの弱さを告白したペテロをイエスさまは新しい働きのために用いようとしました。自らの能力や経験をアピールできた者ではなく、罪の弱さを自覚する者が用いられるのはなぜですか?

と質問がありました。

その答えは、『罪と弱さを自覚してからこそ、神との関係が正しくなる』です。


わたしの場合は……そういえば、罪と弱さを自覚させられるような出来事があった直後、テレビ撮影があったのでした。

ペテロはイエスさまの「これから後、あなたは人間をとるようになるのです」という招きに答えて「彼らは舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った(ルカ5:11)」のです。



残していく家族のために何の保証もないのにペテロはイエスさまに従っていく決断をしました。どうしてそのような決断ができたのでしょうか? あなたが人生の重大な決断をするときは、どのような条件(理由)が必要でしょうか?


これが最後の質問です。


イエスさまに人間をとるようにといわれ、何もかも捨てて従ったペテロの決断力には驚きます。このときペテロはイエスさまのことを100%理解していたわけではありませんでした。でも、漁師をやめ、網を捨ててイエスさまに従いました。決断するのに理由など必要なかったのです。

ペテロが漁師であったときは、魚が捕れるか捕れないかが最大の関心事でした。人の関心事は、魚(財産)をどれだけ持っているかということになりがちです。
でも、神さまの関心事は魚のことではなく、人の命を救う働きです。



「人は、たとい全世界を手にいれても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。(マタイ16:26)」
とあるように、永遠の(まことの)いのちを得ることがいちばん大切だとイエスさまは教えておられます。

本当にそうですね。人生でいちばん大切なことは、お金持ちになることでも、人から認められることでも、安定した生活を送ることでもなく、“まことの命を持っているかいないか”なのです。

「奇跡の大漁」の要点をまとめると、次の3つになります。
 1神さまに従うことの大切さ。
 2天地万物を造られた主イエス。
 3神さまは魚より人のいのちを大切にしておられる。
 

 
                     おわり

「奇跡の大漁」を4回に分けて書きましたが、家庭集会では1時間半くらいで学びました。とても内容が深く、また聖書の引用も多く、すべてを書き切れませんでした。
聞き逃したこともあり、また私見も入っていますがご了承下さいね。


奇跡の大漁(その3)

2007-04-25 17:33:10 | 聖書から
昨日の続きです。

シモン・ペテロがイエスさまの言葉に従って深みに漕ぎ出して網を降ろすと、大漁の魚が捕れました。
それまでペテロはイエスさまのことを「先生」と呼んでいたのですが、このことを境に「主よ」と呼びかけるようになります。(聖書で「主」とは、神をさして使われる称号です)

ペテロがイエスさまに対する呼び名を変えた理由は何ですか?という質問がありました。


大漁の魚が捕れたとき、ペテロは腰を抜かすほど驚いたのでしょうね。
いままで漁師として培ってきたもの……経験、能力、価値基準が根底から覆されたのではないでしょうか。そして、神であるイエスさまの能力を目の当たりにして、恐れおののきました。
そして、自分の罪に気づき、「主よ、わたしのような者から離れて下さい。わたしは罪深い人間ですから」と言ったのです。


天にあるもの、地にあるもの。見えるもの、見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。(コロサイ1:16)とあるように、

御子イエスさまは万物を創造されたので、自然を従わせることができ、見えないもの(水面下の魚)を見ることができたのです。

つまり、その夜魚がとれなかったことも、深みに漕ぎ出して網を降ろしたときたくさんの魚が捕れたことも、偶然ではなくイエスさまがしてくださったことだったのです。


色々なことが突然起こります。自然災害、病、交通事故、戦争、事件など、人は1秒先のことすら予測することができません。絶対に安全な場所などどこにもなく、明日も元気で生きているという保障もありません。誰でも漠然とした不安を抱えて生きています。

でも、この聖書箇所から『天地万物を造られ、それを支配しておられるのはイエスさまだということ』を教えられ、安心しました。イエスさまは、お造りになった天地万物を愛しておられます。天地万物の中には、わたしたち人間も含まれています。だから、何が起きても大丈夫。イエスさまのみ手の中ですから。

奇跡の大漁(その2)

2007-04-24 11:46:45 | 聖書から
22日の続きです。

聖書のルカ5章1~11節に漁師シモン・ペテロがイエスさまと出会って、奇跡の大漁を目の当たりにし、弟子として召されるまでの出来事が書かれています。

一晩中漁をしても魚が1匹も取れず網を洗っていたペテロに「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」とイエスさまが言われました。それに対してペテロは「……でもおことば通り網をおろしてみましょう」と言い、イエスさまに従いました。


ペテロは漁の専門家でイエスさまは素人です、この時、ペテロは魚が捕れると思ったのでしょうか、あるいは捕れないと思いながら従ったのでしょうか? あなたは理不尽だと思いながら何かに従った時はありましたか? また、それはどうしてですか?


という質問がありました。わたしは最初「ペテロは魚が捕れないと思いながらも従った」という答えを考えていました。でも次の質問の答えを考えていたとき、ペテロが100%疑っていたら、従わなかっただろうなあと思いました。


パソコンの調子が悪くなると必死にマニュアル本を読み試行錯誤します。それでもできないと息子に頼みます。息子は、やり方を教えてくれます。それはマニュアルと全く違うことが多く、こんなことしてもなおるわけがないと思ってしまいます。でも、もしかしてなおるかもしれないと、かすかな希望を抱いて息子の言葉に従うと、たいてい解決します。


そのことを考えると、ペテロはいま、網をおろしても魚が捕れるはずはないと思いつつ、ひょっとしたら捕れるかもしれないと希望を抱いて網をおろしたのでは?と答えました。


正解でした。わたしは自分の経験からペテロの心理を推理したのですが、聖書にヒントとなることが書かれていました。ペテロの船に乗ったイエスさまは、船の上で群衆に向かって聖書を教えています。おそらく1時間ぐらい話されていたのでしょう。ペテロはイエスさまのすぐそばで聞いていました。そのとき、ペテロはイエスさまのことを信頼できる方だと思ったのではないでしょうか。


それにしてもペテロはよく従ったと拍手したくなります。ペテロは少なくともイエス様を信じる前のわたしより素直な性格だったんでしょうね。従ったから、大漁の奇跡を見ることができ、イエスさまの弟子となったのです。

納得してから従いたいと思ってしまいます。でも「聖書は、理解して従うのではなく、従ったら理解できるということを教えている」という牧師先生の言葉に深くうなずきました。



つづく


今日「生かされて…土筆文香」のHPに2004年に「シニアタイム」に4回の連載で掲載された童話「心の風船」を更新しました。(このブログでは去年の9月に公開しました)

ようやく咲いたチューリップ

2007-04-23 14:05:19 | 乳癌
チューリップが咲きました。今回も球根を植える時期が遅かったのですが(なぜか毎年植える時期を逃しています)ようやく咲いたので、とても嬉しいです。去年の春、芽が出たとき嬉しくて、3/25に球根のうたを書いたのですが、結局花は咲咲きませんでした。花が咲く前に虫にやられてしまったのです。

でも、それは腐って土の養分となりました。その後で植えた球根は、腐った球根の養分を吸って育ち、きれいな花を咲かせました。去年失敗したことは無駄にはなっていない。去年かなわなかったことが今年はかなうかもしれないと花を見て思いました。


今日は病院へ行って来ました。約1年前から乳癌専門の先生に看てもらうようになり喜んでいましたが、その先生が産休に入られて、また別の先生になりました。
引継はできているはずなのに、診察室に入ると「手術は7年前でしたか?」と聞かれ、がっかりしました。(3年4か月前です)
1年以上超音波検査をしていなかったので、頼んでやってもらいました。結果を聞きに行く日は1か月も先です。こんなにのんびりしていていいのかなあ?と不安になります。

リュープリンという腹部注射をやめたので、その影響が来月半ば頃出てくるかもしれないと言われました。たといそれで調子が悪くなっても、たいしたことはないでしょう。


待合室で「ガンに生かされて」(飯島夏樹著 新潮社)を読みました。飯島夏樹さんは、『天国で君に逢えたら』の作者です。先月出演させてもらった「ライフ・ライン」のDVDを見た方が、「是非読んでみて下さい」と貸して下さったのです。

わたしは、乳癌手術の後、癌患者のあかしや闘病記をほとんど読んでいません。癌でなくても、死に至る病を負っている人のテレビドラマも見ていません。「東京タワー」は途中までしか見られませんでした。

癌になる前は全く平気でした。心のどこかで自分はそのような病気にならないと思っていたからです。
でも、乳癌になってからは、身につまされるというか、自分に置き換えて感情移入し、つらくてたまらなくなるのです。特に主人公が死んでしまう場合はつらいです。最近やっと読めるようになってきました。

素晴らしい文章に出会いました。


最終的に辿り着くべきなのは受け入れること。結局はそこにいくべきではないだろうか。

最近、完全に自分の命の時間が神の御手の中に入ったと感じる。


余命3か月と宣告され、癌の終末期に入った飯島さんが書いたものです
生きるとは? 命とは? 考えさせられますね。

ゴメンナサイ。家庭集会の学びは明日書きます。


奇跡の大漁(その1)

2007-04-22 17:25:39 | 聖書から
田圃に水が入りました。シラサギが喜んでいます。


昨日の「はこぶねクラブ」に自閉症という障がいを持っている小学1年生のHくんが、お父さん、お母さんと一緒に参加してくれました。
30分近くもかかる紙芝居をしましたが、Hくんは静かに聞いてくれました。お話の内容のすべてを理解することはできなかったかもしれませんが、Hくんがイエスさまを信じる心を持っていると感じました。

おやつをいただきながらお父さん、お母さんとお話をしました。Hくんを育てる大変さと喜びを伺って、神さまがHくんご一家を祝福してくださっているのだなあと感じました。Hくんが参加してくれて、とても嬉しかったです。

今日の教会学校のお話も終わって、ようやくほっとしました。


家庭集会の学びを書いて欲しいと2人の友人に言われましたので、礼拝メッセージではなく、20日の家庭集会の学びを何回かに分けて書かせていただきます。


聖書箇所はルカ5章1~11節で、漁師シモン・ペテロがイエスさまと出会って、奇跡の大漁を目の当たりにし、弟子になるという教会学校でもよくお話するところです。

ガリラヤ湖で漁をしていたペテロは、夜通し働いても魚が1匹もとれず、落胆しながら網を洗っていました。そこへイエスさまが来られ、ペテロに声をかけ、船を出すように頼みました。陸から離れたところで、ペテロを乗せたままイエスさまは群衆に向かって聖書を教え始めました。

このとき、イエスさまはどうしてペテロの船を選んだのでしょうか?イエスさまは何を意図されていたと思いますか?


という質問がありました。難しいですね。ガリラヤ湖には他にも船があったはずなのに……。

5:10に「これから後、あなたは人間をとるようになるのです」とあるので、イエスさまは始めからペテロに宣教の働きをする者にしようとしていたのではないか?という意見がありました。でも、なぜイエスさまはペテロに声をかけたのでしょう?

この問いの正解は「わからない」でいいのです。神さまのみこころによりペテロが選ばれたのです。みこころを完全に知ることはできないので、わからなくて当然なのです。

いま、キリストを信じる者となっているこのわたしも神さまによって選ばれたのです。
劣等感でがんじがらめになっていたわたしをなぜ? その理由はわかりません。でも神さまは世界の基(もとい)の置かれる前からキリストのうちに選んでくださったのです。

神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。(エペソ1:5)


なんと嬉しいことでしょう!! このブログを読んでおられるあなたも神さまに愛をもって選ばれているのですよ。       
       
                 つづく

劣等感のお話(その3)

2007-04-20 18:15:39 | エッセイ
今日は我が家での家庭集会でした。(今日の学びについては後日書きます)、明日は子供集会「はこぶねクラブ」(手作り紙芝居をします)、明後日は教会学校での礼拝のお話、3日間緊張が続きます。体調がくずれないようにお祈り下さい。
昨日の続きです。


運動ができないことと体が弱いことの他に、容姿、手先が不器用なこと、臆病で消極的な性格……劣等感を抱いていたことを数えればきりがありません。文章を書くことに対してすら劣等感がありました。
何より大きな問題は、自分が欠陥人間だと思いこんでいたことです。神がもしいるのなら、神さまはわたしを作るとき何かを間違えたのだと思いました。神さまの失敗作だというわけです。


小学校高学年のころ、せめて自分の性格だけでも変えようと試みています。何度も自己改革を決心し、日記に「今日から、別の人間になる!」と書いては努力するのですが、結局何も変わらない自分に絶望するのでした。

わたしは自分の欠点だけに目を留めて、長所や与えられている能力に気づきませんでした。人はそれぞれ異なった能力を与えられていて、そこに神さまのご計画があるのですが、そのことがわかりませんでした。



「わたしたちは、与えられた恵みに従って異なった賜物を持っているので……(ローマ12:6)」
「それぞれが賜物を受けているのですから、神さまのさまざまな恵みの管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。(Ⅰペテロ4:10)」

と聖書に書かれています。


神さまは実にユニークな存在として人を造られました。DNA遺伝子の組み合わせは10の24億乗にもなるそうです。つまり同じ人間は過去、現在、未来においてこの世界に存在しないということです。オンリーワンです!
神さまは「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)」と言ってくださっています。

神さまの失敗作などはなかったわけです。欠陥人間など存在しません。
人それぞれ異なった使命があるから、性格も能力も違うのです。そのことを劣等感にさいなまれている人に伝えたいです。



               おわり


劣等感のお話(その2)

2007-04-18 13:59:58 | エッセイ

劣等感を抱いていたのは、運動ができないことだけではありません。喘息という持病があること、体が弱いことにも劣等感がありました。喘息は、今では多くの人に正しく認識されていますが、わたしが中学生の頃は老人の病気だと思っている人も多く、喘息だというと怪訝な顔をされたので、学校では誰にも言いませんでした。

それでも発作が起きると3日から1週間も学校を休んでいました。テスト前に具合が悪くて休むと、「ずる休みしてテスト勉強していたんでしょう。」とクラスメートに言われ、辛い思いをしました。
喘息になったのは、自分の過失ではないのに悪いことだと思っていました。
 

大人になって、クリスチャンになってからもこの気持ちを引きずっていました。喘息は高校生のころから段々良くなってきて、短大に通うころはすっかり治っていました。だから幼稚園の先生の仕事ができたのです、もっとも家のことは一切せず、お弁当は母に作ってもらっていましたが……。

結婚して出産後、喘息の発作が起こったとき、ひどくショックを受けました。「神さま、どうしてですか?」と神さまを恨み、嘆きました。
当時は、病気はマイナスでしかないと考えていて、体が弱いということは人間としての能力が欠けていると思っていました。


喘息が出てないときでも、非常に疲れやすいのでフーフー言いながら子育てをしていました。子供が風邪をひいて熱を出すと、自分も熱を出していました。子供に手がかからなくなると、友人たちはパートを始めました。わたしも結婚後一度だけ働いたことがありますが、3日で体をこわしてしまい、やめました。
働ける人がうらやましくてなりませんでした。

でも、再び喘息の発作が起きるようになったことで、わたしはまた教会に通うようになりました。そして喘息のこと、体の弱いことを嘆かなくなりました。
10年前に書いた詩を紹介します。
         

               弱いから  

体が弱くて色々なことができないもどかしさは
誰もわかってくれない
いや、ひとりだけ
わかってくださる お方がいる

弱いから 何もできないのではない
できることが わずかだから
祈って
いちばん大切なことを
選んで やっていっている

最近 やっとそのことが
恵みなんだと 思えてきた

もし体が丈夫で たくさんのことができたなら、
大事なことを忘れて
「ああ、忙しい」と言いながら
走り回っていたでしょう
祈ることさえ忘れて



聖書の言葉
しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。(ルカ10:42)

劣等感のお話(その1)

2007-04-16 13:14:11 | エッセイ

子供のころ、わたしは劣等感のかたまりのようでした。なにひとつ取り柄がない。自分に長所などひとつもないと思いこんでいました。格別劣っているのは、運動神経だと思っていました。

その思いは、幼稚園のころからです。先生が大縄をまわして、ひとりずつくぐり抜けるという遊びをしたとき、わたしはどうしてもできませんでした。かけ声をかけてタイミングを教えてもらっても、縄に当たるような気がして怖くて一歩が出ませんでした。


そのとき先生が「運動神経、にぶいなあ」とあきれるようにいった言葉が忘れられません。5歳のわたしにその言葉の意味はわからなかったかもしれませんが、「自分は運動神経がにぶいのだ」と思いこんでしまったのです。
小学校でも、中学でも体育の成績はたいてい2でした。

徒競走では、パーンとピストルのなる音が怖くて、その音に一瞬ひるんでから駆け出すので、遅れてしまうのでした。


ところが大人になって(30歳過ぎてから)、格別に運動神経がにぶいのではないということがわかりました。スイミングを習い始めたのですが、25メートル泳げなかったわたしが、体力が続く限り3泳法で泳げるようになったのです。ただ、コーチの言うとおりに手足を動かしただけでしたが、同じ時期に始めたメンバーの中では上達が早かったので、自分ながらおどろいてしました。


運動ができないからと、小、中、高と体育の時間が苦痛でたまらなかったのですが、一体何だったのでしょう? 
考えてみると、「恐れ」と「運動神経がにぶいのだという思いこみ」がわたしの運動能力にブレーキをかけていたようです。(そのころはまだ、イエスさまを知りませんでした)

スイミング教室でなぜ上達したのか? やはり恐れはありました。けれども怖いとき、いつも心の中で祈っていたのです。そして、『すなおな心でコーチの言うことに従った人がいちばん上達する』とスキーの上達法を教えてもらったときのことを思い出して、そのとおりしたからです。運動神経はあまり関係なかったようです。

神さまの言うことにもすなおな心で従うことができますようにと祈っています。


いつまでも残るものは……

2007-04-14 10:54:30 | 聖書から

去年の春に読んだ「人生を導く5つの目的(リック・ウォレン著、パーパス・ドリブン・ジャパン)」をまた読んでいます。
これは40日間で読めるようになっています。さっと読んでしまうのでなく、熟読するようにと1日の分が区切られています。去年40日かけてじっくり読んだはずです。ブログにも何度か書きました。ところが1年たって内容の半分以上忘れていることに気づき愕然としました。(何をいまさら……)

記憶力が悪いことはわかっています。聞いた話を3歩歩く間に忘れてしまうこのごろです。なので教会でのメッセージは一字一句とまではいかないものの、ほとんどをメモしています。(自分でも読めないようなひどい字ですが……)
聖書の言葉も、箇所を忘れることが多いのです。


どんなに記憶力の悪いわたしでも、繰り返せば少しは心に刻みつけられると思って再読しています。この本は毎年春に読むことにしたいです。
去年父の死に遭遇したとき、生から死を考えるのではなく、死から生を考えることを始めました。若いときは、死はずっと先のことだと思い、自分が死ぬときの心境など想像すらしていませんでした。


でも、若くても死は突然やってくることがあります。また、どんな人間でもかならず一度死ぬということが決まっています。
死ぬときに持っていけるものは何もありません。どんなにお金持ちになっても、あるいはノーベル賞を受賞したり、オリンピックで金メダルをもらっても、死後にメダルや表彰状を持っていくことはできません。死後何が残るのでしょう?

「「人生を導く5つの目的」には以下のように書かれています。

愛は遺産を残します。あなたが地上に残すことができるもののうち、最もその影響を与え続けるものは、富や業績ではありません。あなたが人とどのように接してきたかが後世に影響を残すのです。マザーテレサがいったように「『あなたが何をしたかではなく、あなたがどれだけ愛を込めたかが重要なのです』愛こそ永遠に残る遺産の秘訣なのです。

忙しさは人との関係における最大の敵です。


と書かれているのを読んでドキッとしました。忙しいからと理由をつけて小さき者の訴えを無視したことがなかったか? 延々と話す友の悩みをじっくり聞かなかったことはなかったか? 助けを必要とし、手をさしのべている人がいるのにしらないふりをしたことがなかったか? と考えています。
人生の目的は「人を愛すること」なのに何か間違っていなかったか? と問われています。

人生-愛=0(ゼロ)
と書かれていました。


こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。 (Ⅰコリント人への手紙13:13)

こんなはずじゃなかった

2007-04-12 13:51:30 | 聖書から

「こんなはずじゃなかった。今までの2年間は何だったの? 学校も先生も信頼できない。」

大学3年生になるA子さんから電話がありました。希望を持って学んでいたのに、学校側の不誠実と先生の曖昧な対応に絶望してしまったのです。20歳の彼女にとって人生最初の大きな試練といえるでしょう。


「別の学校に行っていたらよかったのに……。」と後悔するA子さん。学校を中退して他の学校に進学できれば解決するのでしょうが、経済的に無理だそうです。
学校から就職も斡旋してもらえなくなり、将来のことで不安になり途方に暮れていますが、最後に「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。(聖書の言葉)」だよね」と言ったので安心しました。神さまがきっと道を開いて下さるでしょう。


人生の選択を誤まったと思うことがあります。
実際、人生は選択の連続ですね。そしてわたしも何度も誤った選択をしています。
以前教会で次のようなメッセージを聞きました。


いつも正しい選択ができればいいのですが、ときには間違った選択をしてしまうこ
とがあります。
もとにもどってやり直すことができない場合でも絶望しないようにしましょう。
神さまは、そのところから祝福してくださるからです。
取り返しがつかないということはないのです。

アブラハムはサラに子が生まれることが信じられないで、ハガルによって子供を得
ました。
それは、間違った選択でしたが、神さまはイシュマエルをも祝福してくださいまし
た。


アブラハムというのは旧約聖書に出てくる人物で『信仰の父』と呼ばれています。アブラハムには子供がありませんでしたが、彼が75歳のとき、神さまが「あなたの子孫にこの土地を与えよう」と約束してくださいました。
そのときは信じたアブラハムでしたが、その後何年たっても妻のサラに子供が生まれませんでした。月のものもなくなっているサラが妊娠する可能性はないように思えました。


サラはアブラハムに、自分の女奴隷ハガルによって子供を得て下さいと頼みます。(こういうことは子孫を残すため当時よく行われていたそうです)
「それは、罪をおかすことだ。神さまが約束されたのだから待とう」とアブラハムは反対すべきでした。ところがあっさりとサラの薦めに従ってしまうのです。
そしてイシュマエルという子供が生まれます。しかし彼は神さまの約束された子供ではありませんでした。のちに不妊の女と言われていたサラにイサクが生まれます。
イシュマエルとハガルは追い出されますが、神さまはイシュマエルをも祝福して下さるのです。


聖書にはこのような失敗の記事がたくさん書かれています。偉人伝なら事実失敗があってもそこは省略されるでしょう。でも、聖書は忠実に失敗も書いています。ダビデも大きな失敗をしたことが記されています。それを読んで安心し、慰められているのです。

たとい選択を誤っても、失敗しても、神さまを見上げることによって必ず道は開けていきます。無駄なように思われる時も後になって有益だったと思える日がきますから、希望を持ち続けましょう!

父に見てもらいたかったシニアタイム

2007-04-10 13:24:55 | 日記

介護情報誌シニアタイムが送られてきました。8日に届いていたのですが、留守の間に届いたようで、マンションの宅配ボックスに入っていました。

宅配便不在通知の紙がどういうわけか我が家のポストに入っていなくて届いていることを知りませんでした。今朝、新聞を取りにポストのところへ行って何気なく(毎日ちゃんと見ていません)掲示板を見ると、宅配便不在通知の紙がピンで留めてありました。名前を見てびっくり……。きっと部屋番号を間違えてポストに入っていたのでしょう。掲示板に貼って下さったかたに感謝! さっそく宅配ボックスから出しました。


シニアタイムは去年は年に4冊出版され、わたしの書いた童話「心の風船」を連載させてもらっていました。今年から年間誌になったので、発行が待ち望まれました。今回は施設に入所しているおばあさんを主人公にした「スエさんと桜」を掲載させていただきました。
(この童話のことは、昨年7月27-29日、9月28日のブログに書いています。)

「スエさんと桜」には特別な思いがあります。去年、父の存命中に読んでもらったのです。父が生涯で最後に読んだ童話となってしまいました。
「この童話はシニアタイムに掲載されるかもしれないの」と言うと、父は「これは、Mちゃん(娘)にぜひ絵を描いてもらいなさい」と言いました。
父の死後、娘は「おじいちゃんの願いだから一生懸命描く」と言って何日も徹夜して描いたのでした。
娘がわたしの作品の挿し絵を描いて、それが出版されたのは初めてです。


出来上がったものを父に見せることができなくて悲しいです。でも、きっと天国で喜んでくれていることでしょう。

「お父さん、スエさんと桜がちょうど桜の季節に出ましたよ」

シニアタイムはHPから購入することができます。HPをぜひご覧下さい。このブログのブックマークにあります。

日本クリスチャン・ペンクラブのHP更新しました。4篇のエッセイ、5編の詩をアップしました。是非ご覧ください。


今日は、ホームページ「生かされて……土筆文香」の3周年記念日です。そのことに今気づきました。(18時50分)


ハッピーイースター

2007-04-08 22:07:36 | 聖書から
わたしのいちばん好きなつくしの写真をアップしました。満開の桜の下に生えていました。つくしも神さまを見上げています。目だたないけれど、見つけた人が思わず微笑み、ほっとするようなつくしになりたいです。


今日はイースターです。イースターはイエス・キリストの復活を祝い、記念する日です。
今日のメッセージは、イエスさまの墓に女たちがやってきた場面からでした。女たちはイエスさまの体に香油を塗ろうとしていました。でも、墓は大きな石でふさがれています。  

女たちは自分たちの力では石を動かせないことを知っていました。「あの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか?」と不安でいっぱいでした。それでも香油を塗りたい一心で墓に向かいました。ところが女たちが墓にいくと、石はすでにころがされて墓の入り口があいていました。

わたしたちも自分の力ではどうしようもない大きな問題、困難にぶつかることがあります。望みも消え、途方に暮れることがあります。途方に暮れたときこそ目を上げて主を見上げるようにとの薦めがありました。


そうです。イエスさまをよみがえらせて下さったお方がおられるのです。石をころがしてくださったお方がおられるのです。だから、どんな困難があってもかならず解決していただけると確信します。イエスさまはどんなときでも生きる力を与えて下さると約束してくださっています。死に打ち勝ったイエスさまを心から褒め称えます。



私たちは四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。(Ⅱコリント4:8)

苦難の中にある友へ

2007-04-07 11:03:23 | 教会

今週は受難週で、毎朝早天祈祷会がありました。『主イエスの受難と私の困難』というテーマでスタッフの先生方が順番にお話してくださいました。(めぐみ教会に6人も先生がおられることがスゴイ!)

日曜の夜はひどく疲れていて、翌日早天祈祷会に行こうという気持ちになれませんでした。月曜の夜になって、1日だけでもいいから行こうと決心し、火曜日から今日まで行き続けることができました。

明け方、寝過ごして早天に行けなかった夢を見ました。「今日で最後だったのに……。あー残念だ、あー残念だ」とひとりごとを言っている夢です。はっと気が付くと5:30分でした。

朝もやの中、満開の桜の下を自転車で走ると幻想的な気持ちになります。今朝はわりあいあたたかでしたが、昨日までは霜がおりていました。静寂の中にいると一瞬時間が止まっているのではないかと思われます。こんなに美しい花を造り、目を楽しませて下さる神さまに感謝します。


このような桜をゆっくり眺めることもできないでいる友人のことを思いました。先日友人から電話がありました。同居しているお姑さんが認知症になり、夜も眠れず、振り回されて疲れ果ててしまったという深刻な悩みを聞きました。
聖書が読めない。メッセージテープも聴けない。祈ることもできない。「どうして私がこんなに苦しまなければならないのかわからない」という言葉に慰めの言葉がみつかりませんでした。
祈ることすらできなくなってしまうほどの苦しみは、わたしも体験したことがありますが、彼女の苦しみに比べればたいしたことありません。


でも、イエスさまの苦難は、彼女の苦難よりはるかに大きかったのです。イエスさまは神であると同時に人でもあります。今日は人としてのイエスさまの苦難について語られました。
3年も一緒にいた愛弟子ユダに裏切られた苦しみ。不法な裁判が行われ、無実なのに有罪判決を言い渡された苦しみ。公衆の面前で平手で打たれ、ののしられ、ムチ打たれ、十字架につけられるという不法な刑罰を受けた苦しみ。
このような苦しみにあったナザレのイエスの思いはどんなものだったでしょう?

S先生が苦難の中にあったとき、先輩から「男は大病と左遷と投獄によって本物の男になる」と言われ慰められたそうです。病気することによって肉体の限界を知り、左遷によって理不尽な取り扱いを経験し、投獄で自由を拘束されることにより本物の男というより、本来の人間になるということでしょう。

「男は」だけでは不公平だと思い、女の場合を考えました。
「女は大病と友人の裏切りと家族の苦難によって本物の女になる」

苦難の中にある友に神さまからの慰めがありますように。

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