生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

中学生の私に伝えたかったこと

2019-07-29 15:29:42 | 日本クリスチャン・ペンクラブ
土曜日、日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の例会に行ってきました。熱帯低気圧の影響で電車が止まったら困るなあ……と、やきもきしましたが、傘は日傘として使っただけでした。
例会では「あの日、あの時」というタイトルでエッセイを書いています。
何を書いてもいいのですが、400字(原稿用紙一枚分)で書くという決まりがあり、四苦八苦していました。どうしても数行多くなってしまうのです。削ると意味が通じなくなってしまいます。何を残して何を削るか……悩みました。
400字の場合は、書きたいこと、言いたいことがたくさんあっても、ひとつに絞って書いていけばなんとか書けることに気が付きました。
JCPでニュースレターを発行しました。その中で先日出版した自分史「百花繚乱」の余話を書きました。わたしは、中学生だった自分に当てて書きました。
      

中学生の私に伝えたかったこと

中学2年の時、私は自分の存在価値がわからず、死を願うほどでした。『自分史』ではそのことが大きな位置を占めています。
自分がどういう存在なのか教えてもらえたら、あれほど苦しむことはなかったのに……。そう思いながら、現在の自分が中学生の私に話したらどんな会話になるか想像して書いてみました。

「どうして泣いているの?」

「死にたい……。何をやってもダメなの。生きる資格がない」

「生きるのに資格なんかいらないわ」

「でも、みんな言うの。あの人、変わっているねって」

「みんなってだれ。家の人? クラスの人? 学校の人? 日本中、世界中の人? 」

「……」

「変わっているって言われたの? 変わっていていいのよ。それがあなたの個性だから」

「私には生きる価値がない……」

「そんなことないわ。あなたには大きな価値があり、あなたにしかできないことがあるの」

「私にしかできないことって?」

「今はわからなくても、将来必ず見つけられるわ」

「どうして私に価値があるってわかるの?」

「それは、あなたを造った方が『非常によかった』と言われたからよ」

「私を造った方?」

「神様はね、天と地とその中にあるすべてのものをお造りになったの。そして、造ったものに『よし』と言われたの。神様は人間……あなたのことも造って『よし』と言われ、『愛する子ども』とまで言ってくださったの。

「でも、私は愛される資格がない。罪があるから」

「あなたの罪は赦されているわ。聖書には『わたしはあなたのそむきの罪を雲のように、あなたに罪をかすみのようにぬぐい去った』と書かれているの。

神様は、あなたの罪を赦すために愛するひとり子イエスを十字架につけてくださったの。あなたの罪は赦されたのよ。もう泣かないで。あなたはひとりじゃないから」

 自分の存在価値がわからなくて悩んでいる今の青少年にも伝えたいです。

『わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)』



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苦痛総量一定の法則

2019-07-23 18:02:22 | 教会
先日の日曜日の礼拝メッセージはダニエル書2:1-18からでした。メッセージの中で「苦痛総量一定の法則」という言葉が心にとまりました。

人が一生の間に受ける苦痛の総量は同じだという人がいます。本当でしょうか?わたしは苦痛が人一倍多いと思っているので、一定の法則に対して反発したくなります。

健康で何の苦痛もなく、裕福で悩みもなく、望むものすべてを手に入れ、幸せに暮らしている人をうらやましいと思ったことがあります。

でも、幸せそうに見える人が実は大変な悩みを抱えていて、人にも言えずに苦難に耐えていることがあります。あるいは今は幸せな生活をおくっていても、子どものころ苦痛を受けながら過ごした人もいるでしょう。
あるいは若いうちは何の不自由もなく過ごしていたのに老年になってから苦痛の日々を過ごしている人もいるでしょう。

苦痛総量一定の法則が正しいかどうかはわかりません。ひとりの人が一生の間に受けた苦痛を客観的に調べることができないからです。それに苦痛の度合いが人によって違いますね。

他人の痛みはたいしたものではなく、自分自身の苦痛は100倍にも感じられる。と聞きますが、それは本当だと思います。

旧約聖書ダニエル書に出てくるネブカデネザル王は、間違ったことを言っても、気に入らない人を抹殺しても、誰にもとがめられないほどの権力を持っていました。 そのネブカデネザル王が夢を見ただけで恐れ、平安がなくなると、知者たちに夢の解き明かしをさせようとし、それが出来ない知者たちを抹殺しようとします。

一方ダニエルは殺されるかもしれないと知っていて王にしばらく時間をくださいと申し出ています。それは、祈るため必要な時間です。3人の信仰の友と共に神に祈り、神から夢の内容と意味を示していただき、ダニエルと3人の友、知者たちのいのちが助かるのです。



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すばらしい存在

2019-07-17 16:27:36 | ティーンズ
読売編集手帳に谷川俊太郎さんが、バカボンのパパ(赤塚不二夫の天才バカボン)に詩を送ったことが書かれていました。

未成年の自殺死亡率が、統計をとりはじめてから最悪となったそうです。原因は、親子の不和、学業不振、進路の悩みなどが多いようです。
詩には『自分はすばらしい』と書かれています。

自分がすばらしい存在であることを知っている人は、なんと幸いなのでしょう。どんな人でも、すばらしい存在なのです。

たとえ学校の先生に「お前の存在は価値がない」と言われても、親から「お前なんか生まれてこなければよかったのに」と言われ、友達からは「お前なんかいなくても誰も困らない」と言われても、それを受け入れてはいけません。

人間の価値は、何が出来るか出来ないかで決まるわけではありません。勉強が出来なくても、運動が出来なくても、いっこうにかまいません。存在そのものに価値があるからです。
でも、悲しいことに自分はダメな人間だと思い込んでしまう人が多いのです。ダメな人間なんていないのですが……。もし、ダメな人間だとしても、価値があるのです。

聖書には「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ書43:4)」と書かれています。

「愛している」というのは男女の愛ではなく、いのちをかけて大切にするという意味です。
自分のことを嫌いにならず、好きになってください。バカボンのパパのように『自分はすばらしいのだ』と堂々と言ってください。



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北海道旅行 稚内~札幌、函館 その6

2019-07-11 16:28:19 | 家族
帰りは飛行機ではなく、新幹線です。
新函館北斗駅から新幹線に乗って青函トンネルを通りました。トンネルを通るとき、ドキドキしましたが、特別アナウンスもなかったので、海中を通り抜けているという実感はありませんでした。約20分で通過し、約4時間で上野駅に着きました。

今回の旅は、すべて順調で、天候にも恵まれて最高でした。体調も整えられ、具合が悪かったことを忘れるほどでした。娘と孫の世話をして役目を果たしたので、慰労の意味があって、夫がこの旅行をプレゼントしてくれたのかもしれません。何よりも神様からのプレゼントでした。

結婚して38年たちますが、夫は寡黙なので、なかなかコミュニケーションがとれず、会話が成立しませんでした。結婚当初、あまりにもしゃべらないので「どうしてしゃべらないの? 結婚前はもう少ししゃべっていたのに」と尋ねたことがありました。

「会社でたくさん話しているから、せめて家では話したくない。疲れるんだ」と言いました。(仕事は営業ではありません)「うん」「いや」「べつに」しか言わなかったので、わたしは寂しくてたまりませんでした。

夫から返事があってもなくてもひとりでしゃべることにしました。そうでなければ家の中が暗くなるのです。そのおかげで、わたしも無口だったのですが、おしゃべりになりました。

夫は流氷に囲まれているようで、近づくと氷の壁にぶつかってしまいます。冷たい人だと思いました。でも、そうではなかったのです。

夫は変わりました。定年退職して少しずつしゃべるようになり、孫が生まれてもっとしゃべるようになりました。夫が孫をお風呂に入れているとき洗面所にいたら、夫の声が聞こえてきました。1歳半の子に絶え間なく話しかけていました。

夫の周りにある流氷は溶けだしてきています。もうすぐすべて溶けるでしょう。



書き忘れていましたが、宗谷岬で流氷館に入りました。マイナス10℃の部屋に流氷と動物の剥製が展示されていました。流氷をさわると、少し溶けていたのを思い出しました。



                  おわり


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北海道旅行 稚内~札幌、函館 その5

2019-07-10 16:33:07 | 家族
五稜郭で乗ったタクシーの運転手さんが親切で、おいしいお寿司屋さんの紹介と函館山往復案内をしてくださるというので、すべてお任せしました。

道路は混んでいるだろうなと思ったら、タクシーとバスだけが通れる道があって、すいすい登っていきました。



函館の夜景は古くから世界三大夜景のひとつとされ、日本夜景遺産の自然夜景遺産にも登録されているそうです。津軽海峡と箱館港に挟まれ、扇形のように市街地が広がった地形が特徴的です。
 
夜景がいちばんきれいに見える場所を教えていただきました。カメラを夜景モードに切り替えられなかったので、日が落ちてからの写真はよく撮れませんでした。

函館のホテルに泊まって、翌日はいよいよ帰路に着きます。





旅の最終日(6/27)は、午前中に赤レンガ倉庫、運河を見学しました。
                 つづく


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北海道旅行 稚内~札幌、函館 その4

2019-07-08 16:05:51 | 家族
札幌まではJRで行きました。
札幌のホテルに荷物を置いて、札幌市内を見学しました。普段のわたしだったら、このあたりでへたばっているのですが・・・不思議に元気で、札幌の町を歩いてみたくて外に出ました。





赤レンガ庁舎と時計台です。

時計台に着いたときは午後6時だったので、中には入れませんでした。(残念)


翌日は函館です。札幌から函館へはJR特急で4時間弱です。函館に着いてまず向かったのは五稜郭タワーです。



五稜郭は、日本でも珍しい星型要塞(稜堡式城郭)で、土方歳三ら新選組の最期の地でもあります。

五稜郭は、江戸幕府により安政4年(1857年)に、蝦夷地を管理して外国から防御するために7年かけて作られました。日本でも珍しい星型要塞(稜堡式城郭)です。



星型要塞とは、15世紀のイタリアで始まり、ヨーロッパ各地に広まった築城方式で、代表的な建築家の名からヴォーバン様式とも呼ばれています。

なぜ五稜郭が星の形をしているかというと、堀で囲んだ星型の先端に、砲台を設置できるようになっていて、本拠地である箱館奉行所を敵から守れるようにするためだそうです。

実は、五稜郭は戦場ではなくて、あくまで本拠地であり屯所なので、土方歳三を始めとした新選組が実際に戦ったのは、その先の海岸線にある「弁天台場」や「一本木関門」だそうです。


五稜郭奉行所(五稜郭公園内)


五稜郭からホテルに向かう時、またハプニング(というより、わたしの失敗)がありました。タクシーに乗ろうとしたら、わたしの荷物がひとつないのです。小さなバッグならうっかり忘れたと言えるでしょう。けれどもないのは、大きなキャリーケースでした。タワーに上る前にコインロッカーに入れ、荷物を全部出したつもりでした。あせって戻ると、ロッカーに残っていました。海外旅行だったら100%盗まれていたでしょう。


                     つづく


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北海道旅行 稚内~札幌、函館 その3

2019-07-06 14:33:45 | 家族
灯台は紅白の縞模様でした。灯台は船を港へ安全に導くため、大きな役割を果たしていましたが、GPSで位置情報がわかるので、灯台はどんどん廃止されているのだそうです。(一年で150基以上)
仕方のないことですが、せめて建物だけでも残してほしいと思いました。

翌日稚内から新千歳空港へ向かいました。プロペラ機は初めて乗りました。



飛行機に乗るとき、ちょっとしたハプニングがありました。搭乗手続きを済ませて椅子にすわっていると、案内放送がありました。夫がいません。最終案内になっても戻ってきません。夫には時々黙ってふらりとどこかへ行って戻ってくるという癖がありましたが、飛行機に乗り遅れたら大変です。

「ああ、どうしたんだろう。どこへ行ってしまったのかしら?」
あせっているので、夫の携帯に電話しようという発想がありません。もっとも電話してすぐ出てくれるのは5回に一度ぐらいです。

わたしは焦って探し回りましたが姿が見えません。CAに告げると、「スマホか携帯で連絡つきませんか」と尋ねられ、携帯を持っていることに初めて気づきました。あわてて電話しようとしたとき、ゆっくりとした足取りで夫が戻ってきました。

「あっ! お父さん。どこ行ってたのよ。最終案内も終わっているのに」
「売店を探していたんだ。そんなに急がなくても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわ、早く早く」と夫をせかして搭乗口へと走りました。

夫はのんびりしていて、わたしはせっかちです。待ち合わせ場所に行くのにわたしは少しでも早めに着くことを心がけていますが、夫は時間ぎりぎりに出ます。
(結局忘れ物をして遅くなるのはわたしですが……)

夫は無口でわたしはおしゃべり。夫は几帳面でわたしはずぼら。その他あらゆる点で違っていて、ふたりの性格で共通点は少ないです。共通する趣味もありません。



1時間弱で新千歳空港に無事着きました。つづく


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北海道旅行 稚内~札幌、函館 その2

2019-07-03 16:15:12 | 家族



遠い昔、社会科で間宮林蔵のことを学びました。樺太探検をして、確か間宮海峡を発見した人だったような……。



間宮林蔵の碑
 
文化5年4月13日、幕府から命を受けた間宮林蔵(当時29歳)は、松前奉行支配調役・松田伝十郎とともに、第1次樺太探検に出発しました。

このとき、林蔵は郷里から持ってきた墓石を海岸に建てました。死を覚悟で出かけたのですね。

同年7月13日、第2次樺太探検のため、アイヌの船に乗って単身で出発し、トンナイ(旧真岡付近)で冬を越し、翌年5月に樺太を北上、樺太北端のナニオーまで踏査して樺太が島であることを確認しました。

この時の探検地図が、後にシーボルトによって紹介され、樺太北部と大陸の間が「間宮海峡」と命名されたそうです。


ノシャップ岬にも行きました。
ノシャップとは、「岬のそば」「岬がアゴのように突き出たところ」というアイヌ語、「ノッ・シャム」が語源となっているそうです。

うっすらと利尻富士が見えます。海に浮かんだ富士山のようです。


ギリシアの建築物を思わせる防波堤です。太い円柱となだらかな曲線を描いた回廊は、世界でも類のない建築物として内外の注目をあびているそうです。

1日目は稚内のホテルに泊まりました。
                   つづく


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北海道旅行 稚内~札幌、函館 その1

2019-07-01 15:42:43 | 家族
6月24日9時に土浦の自宅を出て羽田空港へ向かいました。飛行機に乗るのは久しぶりです。前回は耳が痛くなり、苦痛でした。

今回はあらかじめ耳抜きのやり方を調べて練習していたので、痛みはそれほど苦になりませんでした。
羽田から稚内まで約2時間弱です。土浦では雨が降っていたのですが、稚内で降りると真っ青な空で、さわやかな空気に包まれていました。
旅行社を通して頼んでいた観光タクシーに乗って出発しました。



牧場が広がっていました。氷河期の地形をそのまま利用しているそうです。



牧場の向かい側に広がっている海は、2色に分かれていました。



鹿が車まで寄ってきました。

「日本最北端の地」の記念碑(このブログ記事のトップに画像掲載しています)

北極星の一稜をモチーフに、中央には北を示す「N」、台座の円形は「平和と協調」を表しているそうです。



大韓航空機墜落の慰霊の塔です。昭和58年9月1日未明、日本人28名を含む乗員乗客269名が犠牲になりました。この事件は印象深く残っています。ひとりひとり、みな明日があると思って生きていたのに、一瞬で失われてしまうとは……。
亡くなった方のご遺族のために祈りました。

前回の記事の写真、取り替えました。


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