生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

リフレッシュ

2015-06-24 18:12:52 | 日記
月曜日は日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)のメンバーで下妻に行ってきました。母が入院して以来、遠出はしていませんでした。毎日午前中に夕飯を作って、3時ごろから病院へ行っていました。自分の時間もほとんど持てず、心身ともに疲れを覚えていたころ、下妻でワンデイ研修を行うというので、ぜひ参加したいと思いました。

病院へは妹と娘が行ってくれるというので、リフレッシュさせていただきました。

下妻は土浦より北に位置し、電車でならつくばエクスプレスで守谷までいき、関東鉄道に乗り換えます。
なぜ下妻かというと、ペンクラブの会員であるY先生が建てられた教会、下妻シャローム教会があるからです。
バスと電車を乗り継いで行くつもりでしたが、同じ教会でJCPのメンバーでもある友人が車に乗せて連れて行ってくれました。

教会へ行く前に大宝八幡宮に立ち寄りました。大宝八幡宮ではアジサイ展をやっていました。











つややかな色のアジサイたちが迎えてくれました。
見たこともないようなアジサイもあって、言葉も出ないほどに花の美しさに見とれていました。







主婦であったY先生は、キリストを伝えたいという一心で50歳を過ぎてから神学校に入って牧師になられたそうです。先生の信仰と熱意には圧倒されます。
困難な道もどんどんご自分の力で切り開いていかれたのだろうと思っていましたが、お話を聞くと、決してそうではないことがわかりました。

モーセが神様からイスラエルの民を救い出すリーダーとして召されたとき、「わたしは何者でしょう」と、ためらいました。
「わたしは口が重く、舌が重いのです(出エジプト記4:10)」

Y先生もモーセのように自分では何もできないと思われたそうです。でも「恐れるな。わたしはあなたとともにいる」という聖書の言葉を信じ、神が共にいてくださることを確信したそうです。神様は自分を低くするもののうえに御力を示してくださいます。
ひたすら栄光を神にお返しするという謙遜な姿勢に頭が下がりました。


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握りしめている手を

2015-06-19 11:54:23 | 教会
母はまだ入院中です。鼻からの栄養は順調に入っているようです。こんどは、口から食べて炎症が起きないかどうか試してみるそうです。食べても大丈夫にならないと退院はできません。
入院が長期化すると、歩くこともままならなくなってきます。祈るしかありません。


日曜日は、『実に、神なのです』という題でメッセージが語られました。

旧約聖書創世記のヨセフ物語は何度読んでも心打たれます。ヨセフが主人公だと思って読んでいましたが、実はヨセフの父ヤコブの物語だったのです。

12人兄弟の下から2番目のヨセフは、父親のヤコブに特別可愛がられていました。
兄たちはヨセフをねたみ、エジプトの商人にヨセフを売ってしまいます。
ヨセフはエジプトで奴隷として誠実に働き、主人の信頼を得ますが、主人の妻によって罪人とされ、牢屋に入れられてしまいます。
何年もたって牢屋から出されたとき、王様の夢を解き明かして、ヨセフはエジプトの大臣になります。
飢饉が起きて、ヨセフの兄たちがエジプトに穀物を買いに来たとき、ヨセフと感動的な再会をします。

そのときヨセフが言った言葉は「だから、今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に、神なのです。神は私をパロには父とし、その全家の主とし、またエジプト全土の統治者とされたのです。(創世記45:8)」です。


この言葉は兄たちにだけではなく、父ヤコブにも向けて語った言葉だと教えていただきました。
ヤコブは自分の人生は自分の力でつかんでいく生き方をしていました。人生の主導権を自分で持っていました。でも、思うようにいかず、悲しみ、苦しみがありました。妻ラケルが召され、最愛の息子、ヨセフを失いました。
ヤコブはヨセフが生きていることを知り、ヨセフのいるゴシェンの地に向かいました。
このとき、ヤコブは握りしめていた手を開き、主導権を神に明け渡したのです。

計画通りに行かなくても神様は、「なお、あなたを守る。あなたを愛する」と言ってくださいます。


メッセージを聞いて母のことを思いました。母は父が召されてから8年間、強い意志を持ち、自分の思う通り、自分の決めた通りに生きていました。
病気になって、明日のいのちをもわからなくなったとき、握りしめていたものを手放したようです。
わたしも握りしめているものがまだあるようです。手放したはずなのにいつの間にか握りしめていたのです。神様に主導権をあけわたします。

写真は、我が家で預かっている母の植木。ランの花がたくさん咲きました。


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二通りの生き方

2015-06-12 18:33:49 | 教会

日曜日に教会でケニアの宣教師のI先生のお話を聞きました。
I先生は
「人生には二通りの生き方があります。『奇跡など、どこにもない』という生き方と、『すべては奇跡だ』という生き方です。」と言われました。

かつてわたしは奇跡を信じていませんでした。聖書を読み始めた時も、奇跡のところは、神話のように捉えていました。海がふたつに分かれるとか、天からマナ(食べ物)が降ってくるとか、処女降誕やキリストの復活……。
どれも実際に起きたこととは思えませんでした。

あるとき、神様は何もないところから天と地を創造されたのだから、人にはできないことでも、神様なら当たり前のようにできるのではないかと思いました。そのとき、ストンと心に何かが落ちてきたようで、奇跡のすべてを信じられるようになりました。

それでも、聖書の出来事はずっと昔に起きたことです。現在、自分のまわりで起きることはないだろうと、そのように考えていました。
 でも、今は違います。奇跡としか思えないようなこと、神様が介入してくださったとしか思えないことを体験していったからです。

ケニアでは、コイノニア教育センターに来た子ども達のうえに奇跡が起こりました。
ケニアのスラムには、貧困があり、売春があり、感染症などの病気があり。上下水道もなく、汚物とゴミで溢れた道路、子どもたちは裸足で汚れきっていたそうです。
子どもたちは生きるために嘘をついたり、悪に染まっていました。「あなたは、かけがえのない人なんだよ」と言ってくれる人がなく、子どもたちの心はすさんでいました。

そのような子どもたちがコイノニア教育センターに来て、少しずつ変化していったそうです。
子どもたちの可能性を信じて待ち望み、モーセの手をアロンとフルが支えたように神の霊により、子どもたちを支えた結果、子どもたちは変わりました。新しく来た子どもたちのリーダーになったり、スラムに行ってキリストの愛を伝えるようになったそうです。


「希望というものは、うずくまったトラのようなもの」という神学者のエーリッヒフロムの言葉が紹介されました。
希望はうずくまった虎のようなもので、まだ生まれてこないものを信じて待って備えることです。子どもの中にある可能性を信じて耐え、支えていくという教育が子どもたちの人生に奇跡をもたらしたのです。



母はまだ入院中です。鼻からチューブで食事をとり、24時間点滴もしていますが、トイレに歩いて行けるようになりました。看護学生さんに洗髪や足湯をしていただいて喜んでいます。

クリスチャン・ペンクラブのHP更新しました。


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生きている言葉

2015-06-04 17:20:45 | 聖書から
母が入院して一か月がたちました。
毎日病院へ通い続けるのは、体力と気力が必要です。今日は疲れたなあ……と思うことはあっても、病院へ行くのをやめようと思う日はなく、ここまで続けられていることを主に感謝しています。
今日はわたし自身の診察の日だったので、診察の合間と終わった後に母の病室を訪れました。夕方から娘が病院へ行っています。

母は鼻からチューブで栄養をとるようになりました。もちろんチューブは一時的で、最終的には口から食べられるようになることが目標です。
検査や処置や体調の変化でつらいことが重なると、落ち込むこともあります。でも、気分のいい時は、ベッドを起こして読書したり、友人にハガキを書いたりしています。
ハガキには、「まだ退院できず、ぐずぐずしていますが、一日一日大切にしようと思っています。」
と書かれていました。

わたしは聖書の言葉を書いた紙を毎日持って行きます。最近は聖書の言葉の解説も書かれたものを持って行っています。母が少しでも慰められるようにと思って書くのですが、わたし自身が励まされています。

たとえば、次の聖書の言葉、
 「気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはなりません。(イザヤ書7:4)」
は、ひとつひとつの出来事にあたふたしているわたしに『静かにするように。恐れないように』とイエス様が優しく語りかけてくださるようでした。
聖書の言葉は生きていて力があるのですね。


日曜日は、パプアニューギニアでのマイワ語新約聖書翻訳のため、パプアニューギニアで、20年以上にわたって奉仕されたN先生のメッセージを教会で聞きました。
自国の言葉で聖書を読みたいと願う人たちの思いが、20年近くかかってかなえられたのです。電気もガスも水道もない村で現地の人たちと共に暮らしながら翻訳をされたN先生ご夫妻です。どれだけのご苦労があったでしょうか……。献書式のようすの画像をみて、胸が篤くなりました。



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