レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

セーラームーン論②奇妙なカップルたち

2006-05-17 16:11:54 | 月にかわって:少女マンガ論文要約
2 奇妙なカップルたち
 『セーラームーン』において、プリンセスとプリンスというおとぎ話的なカップルが確かに過去から未来までの軸を成してはいる。しかしこの物語の「プリンセス」はかなり奇妙な存在である。
 プリンセス・セレニティはほかのセーラー戦士たちに護られていて、それぞれの戦士は母星たる惑星を持っている。惑星の守護戦士であり、同時に「プリンセス」である。つまり、「プリンセス」とは、王女という以前に守護戦士の肩書きなのだ。連載終了の2年後に描かれた『ぱられるせーらーむーん』でも、「今日からあたしがお姫様!この星を救うわよっ!」とのセリフが出てくる。本編の第5部で、うさぎに遠い星の戦士が言う、「プリンセスは護られて強くなっていくものだから」。強さもプリンセスに期待されるものであり、ただ受身で護られるという前提はない。
 現実には「プリンセス」とは、キングまたはクイーンの娘として生まれるか、プリンスと結婚することでしかなれない他律的な存在である。しかし『セーラームーン』世界では最高の位置にあり、娘・妻としてではない。
 では「プリンス」は? プリンス・エンデュミオンは現世で「地場衛」として生きている。この名前は「地球を守る」の意味で、古風なヒーローに一見ふさわしい。しかし物語を読めば、この「守る」は、古典的なヒーローとしての意味でなく、むしろ、「攻」――男性的とされるーーの対立概念である「守」であることに気づくだろう。衛=タキシード仮面は、戦いの場で主導権を取りはしない。そもそも変身後の衣装がタキシードであり、元来が軍服の一種であるセーラー服よりもはるかに実用的ではない、このことからも彼が戦闘用のキャラクターでないことがわかる。彼の務めは、うさぎ=セーラームーンを精神的に支えることである。
 戦う女を一歩退いた位置で支える、これで古い少女マンガファンは、『ベルばら』のアンドレを思い出す。アンドレは、近衛隊長オスカルのばあやの孫で、幼なじみとして彼女のそばにいる。もっとも彼の場合は、長年の片想いであり身分違いという二重のハンデを追っているので、控えめな態度もそう異なことではない。
 その点、衛=タキシード仮面はプリンスであり、うさぎとはほぼ同格であるので、退いた態度は一層特筆に価する。しかも、彼はうさぎに護られるという役回りにもなっている。
 番外編の『かぐや姫の恋人』に登場する宇宙翔(おおぞらかける)と名夜竹姫子(なよたけひめこ)のカップルは、うさぎ&衛とパラレルを成す。翔は宇宙飛行士の夢を持っていたが、心臓病でそれを断念し、科学者になっている。幼なじみの姫子は月へいく夢を実現しつつある。うさぎの相棒のネコのルナは、人間の姿で彼に言う、「あなたは生きなければだめ あなたの本当のかぐや姫が宇宙からやがて帰ってきたときに 家の明かりをつけて出迎えてあげなきゃ」――伝統的な役割分担しか頭にない人々なら目をむきそうな場面に違いない。
 女のほうが動的なカップルが出る一方で、第3部以降に登場する、はるか=セーラーウラヌス&みちる=セーラーネプチューンもまた目だっている。みちるは、バイオリニストとして活躍しており、美しく優雅で女らしい。はるかはF1レーサーで、たいていは男装しており、多くの人は彼女を男だと思い、みちるとは似合いのカップルと賞賛している。読者の間でも、うさぎ&衛よりも人気があった。はるかは戦いにおいては変身してセーラー戦士となる。つまり、戦いという使命=公生活では女、私生活で男の服を着ているのだ。これも、「公」を男の領分とする見方に逆らう。男っぽくふるまう、アンドロギュノス的なはるかと、女らしく強いみちる、うさぎ&衛よりも「男女」カップルのように見える二人がともに女であるという状況も、この作品世界の奇妙な特徴である。
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