ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

飲ミュニケーション

2006年11月09日 | ノンジャンル
復職したとはいえ、それまでの私と決定的に違う、
「お酒を飲まない」という状況に対して、周りの反応は
様々である。

お客さんや、取引先の接待などは別として、基本的に、
職場内で部下との飲ミュニケーションというものが、
殆んど無くなった。

週末や、何がしかの折々に、部下を誘ったり、部下に
誘われたりして、よく飲みに出掛けたが、
この一年というもの、そういうことが全く無い。

飲めない私を気遣っている面もあるだろうし、お酒の場で、
一人素面でいられると、気まずいということもあるだろう。

正直、淋しい気もするが、誰のせいでもない、自分のせい
なのであるから、仕方が無い。

ただ、部下同士では、たまに誘い合わせて、出掛けて
いるようなので、大袈裟だが、ひとつの世代交代という風に
考えている。

社内的には、やはり、役員や、社長クラスとは相変わらず
仕事を終えてからちょっと行こうかとなることが多く、
その面では、復職後も大して変わりは無い。
変わったといえば、食べる事、話をする事の比重が大きく
なった事だが、お茶を飲んでいる身にとっては、
ごく当り前の事だ。

飲まないと馬鹿話も出来ない自分ではあったが、今では、
その場の雰囲気に合わせて、素面で楽しく過ごせるようにも
なってきた。 
ただ、意識も神経もしっかりしているので、
長時間ともなると疲れてしまう。

飲んでいる時というのは、やはりひとつの麻痺状態に
あったのだと痛感する。
10時間あまり仕事をして、それから出掛けて、食事、
ラウンジ、ショットバー等を梯子し、夜中まで飲み歩いて
いると、時間はあっという間で、仕事をした時間と
変わらない時間を過ごすという事もしばしばであったが、
今では到底考えられない。
ある程度の時刻になると、疲れて眠気の方が勝ってしまう。

人間、変われば変わるものである。
我ながら不思議にさえ思えるが、現実として、人間というものは、
変われるのだと実感している。