日本語には一人称の言い方が様々あります。普通は「私」と言いますが、夏目漱石のような文豪は「余」が似合いますし、旧制高校生は気取って「吾人(ごじん)」などと言ったようです。明治、大正時代には「やつがれ(僕)」「乃公(だいこう)などというのもありました。私の男性の友人、知人も様々な言い方をしています。「おれ」が多いですが、下関出身の友人は「わし」と言っていましたし、越後魚沼の大農家の当主は「おらこ」と言っています。
さて、私は「拙者」を好みます。先日、街で歩きながら何気なく家内に「拙者」と言ったら、前を歩いていた若い娘が急に振り返って、ぎょっとした表情で私を見ました。その目は点になっていました。江戸時代からタイムスリップしてきたアブナイ人物と思われたのかも知れません。そこで外では「拙者」を使わないようにしていますが、家庭内では愛用しております。適度にへりくだっており、使い易いのです。
さて、私は「拙者」を好みます。先日、街で歩きながら何気なく家内に「拙者」と言ったら、前を歩いていた若い娘が急に振り返って、ぎょっとした表情で私を見ました。その目は点になっていました。江戸時代からタイムスリップしてきたアブナイ人物と思われたのかも知れません。そこで外では「拙者」を使わないようにしていますが、家庭内では愛用しております。適度にへりくだっており、使い易いのです。