村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

彭祖宗哲

2019-01-20 23:24:06 | 羊遊会
ひよどりのこぼし去りぬる実のあかき 蕪村

「鵯 ヒヨドリ」は秋の季語ゆえ
これは秋の俳句

今日は羊の会
写真はそのお庭から見た
お隣のおうち
庭の木にひよどりがやって来て
きぃーと鳴いている
枝に留まっている所を三枚撮った
出来上がって見ると
そのうちの二枚に
丸い玉のようなものが
たくさん写っている
偶然の光の関係だろう
とても綺麗だ
鳥は上の方の枝に見える

今日のお稽古は
且座と貴人清次花月と
結び袱紗花月

その時使った薄器は
森金さんのお道具で
老松棗
立派な箱書きがあり
箱の底にも落款がある
「塗師 宗哲 印」
それを調べると
三代彭祖宗哲だった

三代宗哲
1699~1776
通称:八兵衛
幼名:鍋千代
号:方寸庵・漆翁・漆桶・勇斎・公弼・紹朴・芹生

幼少で両親に死別したが、
表千家6代・覚々斎、
7代・如心斎らに引き立てられ、
若年にして「七事式」制定に参加。
俳人であり、与謝蕪村、几菫、堀内仙鶴らと
親交を結ぶ。
代表作に覚々斎好・ブリブリ香合、
少庵好・彭祖棗など。
(ウィキペディアより)

三代 宗哲
安永5年(1776)78歳没。
名は方寸庵、漆桶、勇庵など。
御所御用にて後桜町帝の御即位調度を作す。
茶道を究め大龍和尚に参じ、
覚々斎、如心斎の信を得、
七事式制定に参画す。
俳諧を堀内仙鶴に学び、
蕪村、几菫と親交。
70歳に700の棗を作らんと、
彭粗700歳に因み俳句を付し、
彭粗宗哲と呼ばれる。
重厚な作風で夜桜棗など特技とした。
(歴代宗哲略伝ヨリ)

勉強になる ね

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 金屏の松 | トップ | 松無古今色 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

羊遊会」カテゴリの最新記事