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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

空間はなぜ不動なのか?

2011年11月20日 | xx7私はなぜ空間を語るのか

ふつう動物は周りの空間を手足(やヒレや翼など)で押して移動します。言い換えれば、動物は周りの空間(にある媒体物質)に作用を与えることでその反作用によって運動します。その場合、周りの空間は動かないものとして運動の結果を予測計算しています。

私たちが起きたり座ったり歩いたりジャンプしたりという身体運動を容易に実行できるためには、周りの空間が不動であると仮定することが実用上不可欠です。この理由によって、脊椎動物や昆虫など巧緻な運動が可能な動物は、人間と同じように周りの空間が不動であるとする認知システムを進化させたはずです。

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制御計算の能率化のために

2011年11月19日 | xx7私はなぜ空間を語るのか

Fernand20khnopff796622 私たちが部屋の中を歩く時、部屋は動かない。だから私たちは自分の身体がどう動いているかが分かる。自動車を運転しているとき地面は動かない。そうであるから自動車がどう動いているかが分かる。地球が自転しているとき星座は動かない、そうであるから地球の自転運動が理解できる。もし星座が動いていて地球は回っていないという理論を信じるならば、地球の自転は理解できません。

こういうように、周りの空間が不動であると感じ取ることから、私たちは私たちの身体の運動を知ることができます。周りの空間が不動であると感じることは、自分の運動を制御するために極めて能率的です。周りの空間が動いてしまうと仮定すると運動の制御計算がけた違いに複雑になります。

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空間の起源

2011年11月18日 | xx7私はなぜ空間を語るのか

つまり、そう感じられることから、私たちは私たちの身体が移動することを感じ取る枠組みとして周りの空間というものの存在を感じることができる、といえます。そういう枠組みを私たちは空間といっている。言い換えれば、空間とは私たちの身体がその中で動くと感じ取るために作られた枠組みである、といえます。この枠組みはどのようにして作られるのか? この空間と呼ばれる枠組みは、(拙稿の見解では)実は私たちの身体が移動することで作られています。空間のこの作られ方については後で詳しく述べます。

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不動の大地

2011年11月17日 | xx7私はなぜ空間を語るのか

Fernand20khnopff794945 私たちが移動するとき、空間が動かずに私たちの身体がその中を動いていく。走っている電車の中を歩く時も、電車は揺れているが電車の走行方向と関係なく私たちの身体は電車の中を歩ける、と感じられます。地球は回っていますが、私たちは動かない大地の上を歩いている、と感じます。このように、空間はまず動かないで私たちの身体が移動する、と私たちは感じるようになっているようです。

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語れることしか語れない

2011年11月16日 | xx7私はなぜ空間を語るのか

私たちは人間の身体が感じ取ることしか感じ取れない。しかもそのうちの、仲間と共有できることしか言葉で語ることはできない(拙稿18章「私はなぜ言葉が分かるのか?」 )。そのため、私たちが語る空間は、想像上の空間や数学的な空間も含めて、あなたと私が感じ取っているこのような空間をもとに作られるものでしかありません。

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