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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

裏側から哲学

2006年11月23日 | 1哲学はなぜ間違うのか

欧米や日本での現代の哲学者は、もちろん、拙稿が提起するような言葉の限界に関する問題についても、近代西洋哲学の流れを汲む現代哲学の方法(分析哲学など)で心理や言語の理論として研究しています。それらはまたいろいろ魅力的な理論(たとえば、カテゴリー間違い論、意図問題、双子地球論メリーの部屋問題無限後退論など)を作り出しているので、いろいろかじることが好きな筆者などは、素人なりにそれらを論評してみたい誘惑にもかられます。しかし拙稿では、これらの諸説から引き出す議論はしないことにしましょう。それらについては専門家による良書が多くあるからでもありますが、哲学を遠く外側(裏側?メタ側?)から眺める拙稿の独自の見解は、既存の哲学の中身とは連結していないからです。

拙稿では、哲学の諸問題を哲学の伝統と歴史からひとまず切り離して、ずっと外側から自然科学を下敷きにして捉えていきます。存在論認識論というような深遠な概念から西洋哲学は始まりますが、筆者は、くしゃみ、あくび、貧乏揺すりとか、血圧、動悸、冷や汗、あるいは空耳、座敷わらし、さらに複数の人間集団がする歌と踊りと芝居、またはゲームやセックス、など卑近な身体運動から、哲学という人間の集団活動を調べようと思っています。

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